2016年10月


2016年10月5日 

 (某先輩から届いたメール)
 「大阪藤井寺、阿倍野の市場を徘徊しましたが どこもシャッター通りで人気がありません。近くに大きなスーパーができたせいでも有りません。やはり夫婦だけ、あるいは一人だけ、または空き家が多くなり購買人口が激減しているせいだと思います。」

 (返信メール)
 個人商店のいいところは、商品知識が豊富な店主とコミュニケーションができることだが、物流やウェブによって産直などの通販が拡大し、一方ショップモールのようなプレジャー提供サービス、コンビニのような利便性を提供するサービスの出現や、流通大手の衛生管理や品質管理への信頼性が向上することによって消費行動が多様化し、個人商店はこれまでのような常連顧客との継続的な関係を維持できなくなっている。

 大阪天神橋筋のような大きな商店街でも、次第にチェーンの居酒屋やファストフード、コンピニが増えてつまらない場所になりつつあります。ただしそういう思いは私だけでないと思うのでこれから逆転もありうる。個性ある品揃えや売り手とのコミュニケーションが好ましいと思う人は多いはずだ。個人商店がスーパーと同じモノを並べていてもだめで、売り手の工夫や努力が必要。最近はやりの自治体のクーポンのばらまきは税金のばらまきで無駄だ。

 神戸元町の高架下商店街はノスタルジックな喫茶店やレトロな服飾店ぐらいが話題になっているがじつはそれだけでない。個性的な商品を並べた新しい店舗が多数あって、売り手も買い手も若い人が多い。今阪急がここをモール化しようとしているが、個性豊かな店が多いことが集客パワーなのだから、百貨店の発想で店子の審査をしたりすればきっと失敗する。

 台湾の夜市のにぎわいを知ってますか?おいしくて安いだけでなく小さな屋台でも食品は衛生的に扱われており、素材を見せ調理を見せ、客がにぎやかに食べているところを見せる、という劇場化がさらに客を引き寄せている。夜市にでかけること自体が市民も観光客にも目的化する。行けばわくわくする。各地で商店街の活性化が問題になっているが、低予算で速効という点では台湾夜市が良いモデルだ。


2016年10月1日 日本の捕鯨(イルカ漁)の現状 -作成中

 テーマ
 日本の東海地方では伝統的にイルカを食用としており現在も小規模な漁が行われている。
 イルカはおおむね体長4m以下の鯨をいう。現在、国際捕鯨委員会(IWC)加盟国における管理対象は13種類の大型鯨類とされており、イルカは漁獲規制がなされていない。 日本のイルカ漁は小規模に実施されているが、主に欧米から強い批判がある。その理由はイルカがある程度高い知能を有し、人間とのコミュニケーションが可能なので、イルカは愛すべき高等ほ乳類である、従ってこれを殺したり捕獲して水族館などで飼育すべきでない、というものである。

 海外での類似例
 同様の批判は、韓国の犬を食べる習慣にも向けられていて、食用として飼育されている犬が狭い檻にいれられたまま幼犬の内に食肉にされるが虐待であるとの批判が大きく、韓国は表向き食肉を禁止した。
  興味深い事例として、ノルウェーに65頭のみ生息するオオカミがその75%を捕殺することが認められた。その理由は羊がオオカミに殺されるというものだが、オオカミに殺される羊は、羊の死亡総数の1%程度に過ぎないとのことである。
 
 日本の捕鯨の歴史
 イルカ漁を含む捕鯨は日本では古代から主に食用のために行われており近代以前の鯨漁は小舟で行われヒトも命を賭した漁であった。
 イルカを食用とするのは現在では日本の一部の地域であるが、鯨は特に規制前は日本人の重要なタンパク源であり、ほぼ捨てられるところが無いほどに利用されている。北欧の海産国なども同様であった。
 一方江戸期まで主にアメリカが北太平洋で乱獲した鯨は鯨油をとることだけが目的で、そのために太平洋の島々の開発が進みまた当時鎖国していた日本に捕鯨船団の補給基地を作るためにペリー提督が来て開港をせまる理由ともなった。

 イルカ漁の実体
 このように捕鯨およびその派生であるイルカ漁は、古代から食用を主な目的として続けられてきた漁であり、江戸時代までは宗教的な理由もあって陸上動物の肉食を避けてきた日本人にとって、鯨は魚類とともに貴重なタンパク源でもあった。
 鯨漁は古くは人間と巨大な鯨の勇壮な戦いであり、イルカ漁は未だ伝統的な方法により食肉処理に適した漁法としているが、捕獲後棍棒で打ち直ちに血抜きをすると入り江が血で染まりこれを見た外国人に残酷だとされて先年映画化もされた。原始的であるが、捕獲したその場で暴れないように撲殺し、すぐに血抜きを行うのは食肉処理の方法として最も合理的で、イルカにも長時間の苦痛を与えない方法であろう。




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