2003年 8月

2003年8月24日(日)  米・カナダ大停電 交通・通信混乱続く−16日〜18日、日経朝刊各記事より。
 米北東部からカナダにかけて広範囲で発生した大停電は15日朝までにニューヨーク、ペンシルベニア州などで復旧作業が進み、失われた発電容量の内8割が回復した。ニューヨーク・マンハッタンでも一部地域で電力供給が始まった。しかし通勤の足となる地下鉄は運休したままで電話もつながりにくくなっており都市機能の混乱が続いている。
 米国とカナダの電力業会団体の北米電気信頼性協議会(NERC)は、6,180万kwの発電容量の内15日午前8時の段階で4、860万kw分が復旧したと発表。中略
 ニューヨーク州では警察官ら約4万人を総動員して厳重な警戒態勢を敷いた米メディアによると同市ブルックリンで略奪事件が発生、26人が逮捕されたほか、カナダの首都オタワでも不法侵入事件が起きたが大規模な略奪事件には発展していない。
 オハイオ州では停電のため五大湖からの給水システムがストップし150万人の生活に深刻な影響が出始めた。米連邦航空局は14日までに運行を取りやめていた各空港の規制を順次解除。AP通信によるとエア・カナダは15日夕まで全便運休を決めた。
 今回の停電は米北東部からカナダの21の発電所がわずか9秒間で送電を停止した。これらの発電所は米東部一帯を網羅する広域送電網で結ばれていた。米国内では電力自由化の一貫で発電、送電、配電の三部門の独立が進み、一つの送電線を複数の発電会社が共同利用するのが当たり前。@ある発電会社が電力供給を停止、送電線の電圧が急降下A同じ送電線を利用する多数の発電所で負荷が急激に高まり、安全装置が作動して運転を停止、といった現象が次々に起きた可能性がある。こうした連鎖反応を防ぐため送電網にはコンピューターによる監視制御システム(SCADA)が備え付けられている。今回の停電ではこの安全装置が上手く働かなかったようだ。以下略  −以上16日朝刊  

 このほか企業活動への影響や日本国内の情勢も同日付け同紙に詳しい。17日、18日は全体的な影響を総括する記事が出ている。朝日と比較して具体的なデータがやや豊富で、ライフライン全体や企業活動への広範な影響を記事にしている。一方街路で一夜を過ごした多数の市民のルポのような内容は殆どない。16日朝の時点でSCADAシステムの問題だろうと指摘している。少なくともアメリカ駐在の記者のレベルは日経が○。

 今回の北米東部大停電では、米の電力供給システムの問題、停電による生活や企業活動への影響度、行政の対応力(警察や消防のレベルを含む)、メディアの対応、市民の反応を知りうる良い機会であった。また日本のメディアのレベルや電力行政への各方面の意見を知る機会でもあった。

2003年8月17日(日)  北米東部大停電 米加5100万人に影響−15日〜16日、朝日新聞朝夕刊記事より。
 米東部時間14日16時10分(日本時間15日午前5時10分)頃、ニューヨークやトロントなど北米東部一帯で大規模な停電が発生した。米国内では原発9カ所を含む21カ所の発電所が停止した。ニューヨーク市のブルームバーグ市長はテロを否定し、ニューヨーク北部かカナダ南部で電力故障があった、復旧には数時間かかるとの見通しを明らかにした。地元電力会社は完全な復旧は15日未明になるとみている。ニューヨーク周辺の各空港はいずれも一部閉鎖されたが午後8時頃から一部の運行を再開しつつある。ニューヨーク市内の鉄道、地下鉄は全て運転を停止した。高層ビルやトンネル内の地下鉄車内にいた多数の上客は徒歩で地上に脱出した。交差点の信号も消え、中心部に通じる橋やトンネルも一方通行などの規制が続いているため交通は大混乱している。−15日夕刊

 一夜明けた15日朝(日本時間同日夜)までに、発電量の3分の1が復旧した。復旧はカナダのトロント市地域で最も早く、14日午後9時頃には再供給が始まった。だがニューヨーク市などは予測を超えて復旧が遅れた。金融街のウォールストリートでは午前6時、タイムズスクエアでは同8時頃に電力が戻った。完全復旧までには数日を要する可能性もある。ニューヨーク市当局によると、原因は依然はっきりしていない。15日朝の通勤時間帯には混乱が予想されたため、ブルームバーグ市長は市職員の内どうしても勤務する必要のあるもの以外には自宅待機を指示。民間企業にも協力を求めた。臨時休業する企業や商店が目立ったが、ニューヨーク証券取引所は定刻通り午前9時半に取引を開始した。
 ニューヨークでは大勢の「帰宅難民」が発生し、マンハッタン中心部だけで数千人とみられる人々が駅やホテルの駐車場、道路脇など、町の至る所で夜を明かした。タイムズスクエアに近い2000室の高級ホテルでは車寄せのアスファルトに約2000人の泊まり客がじかに横になっていた。停電からおよそ1時間半で自家発電が止まり、ホテルは泊まっていたおよそ1500人を待避させた。火事でも起きたら待避させられない、とのホテル側の説明。最大の問題はトイレ。郊外への通勤列車が発着するグランドセントラル絵でなどでは数千人が夜を明かした。タイムズスクエアでも道ばたに横になる人々の姿が目立つ。警官が多く安心なようだ。市内の総合病院は全て自前の発電設備を備え混乱は起きていない。暗闇で転んだお年寄りや冷房が止まって息苦しさを訴える喘息患者などが殺到し対応に追われている。65年と77年にニューヨークで大規模な停電が起きたときは数百億円とも言われる略奪が発生し数百人が逮捕されたが、今回は散発的な被害が報告されているだけで、平安な一夜が明けた。
 米北東部の変電調整を担当しているPLMインターコネクション社は、ニューヨーク州北部かカナダの大きな発電所が稼働停止に陥ったために今回の大規模停電が起きた、との見方を示した。米国の電力供給ネットワークは、カナダを含む東部、西部、中部の三つに別れている。発電所や変電所がトラブルに見舞われた場合に備え、ネットワーク内の他の発電所から電力を補完するシステムができている。しかし今回は有効に働かず逆に停電が拡大した。停電は落雷や暴風雨などの影響で頻繁に起こる。通常は小さな系統毎の保護装置によってネットワークを離脱し影響を最小限にくい止めるが、この最初の防御機能が働かないと広範囲が不安定な状態になり発電所などは二次的故障を避けるために次々と自動的に止まり連鎖して行く。日本と異なり米国の事業体系は複雑だ。私営の電力会社だけで240社ある。しかも送電、配電、小売部門などに分社化している。事業毎に小さな企業が競争し、効率的で安価に電気を供給する仕組みだ。平時は問題なく運営されているが、ひとたび今回のような停電が起きると、一体的運用のしにくさが大きな障害となる。関係企業が多いので、原因究明も遅れがちになる。日本の電力関係者によれば、自由化が進む米国ではコスト削減が先に立つので今回の停電なら現地時間の明け方までに復旧すれば十分という意識だ、日本では停電が最も嫌われるとのこと。日本でも米国の1.5倍という高い電気料金が地域独占の電力行政の弊害だとの認識から電力自由化が進められている。しかし電力会社から送電部門を切り離す「発送電分離」は、電力業界が「安定供給には一体的な運用が必要」と反対し、分離が見送られた。−16日朝刊

 電力会社コン・エジソンは15日夜(日本時間16日午前)、ニューヨーク市の電力供給が午後9時過ぎに完全に再開されたと発表した。約29時間ぶりの完全復旧だった。まだ、デトロイト周辺などが停電中でオハイオ州の一部では浄水場が機能せず水不足が深刻化している。
 今回の停電の原因はまだ特定されていないが、背景に送電網の老朽化があるという点では見解がほぼ一致している。米加両国が原因究明と再発防止策を探るため合同作業チームを設置することで合意した。安全保障の観点からも早急に原因究明を行う必要性があると認識されている。
 ニューヨークの地下鉄は16日朝には再開される見通し。停電が長引くデトロイト周辺に展開する自動車工場では大手だけで50カ所以上の操業がとまった。米加の精油所も14日夜は7カ所が停止、15日も完全復旧できていない。
 電源が必要な電話機や携帯は不通となり、旧型電話機のみが使用できた。冷蔵庫が使用できなくなり食品店では冷蔵・冷凍食品の大半を廃棄している。情報伝達ではラジオが活躍した。−16日夕刊

 昨年11月に米でまとめられた報告書では、米国の送電施設は60年代に造られたものが多く、以来ほとんど改善されていない、大規模な停電の懸念や、脆弱さがテロの標的になる危険性が指摘されていた。専門家は起こるべくして起きた事故とみている。今回の大停電の原因究明は長ければ数ヶ月かかるとみられている。ニューヨークの地下鉄は16日早朝、約36時間ぶりに運行を再開した。
 日本の電力自由化について。電力小売りの自由化の対象となっている市場は契約規模2000kw以上の大工場・ビルで全需要の26%。これが05年度には65%に広がり家庭用を含む全面自由化も検討されている。制度上は自由化がすすんでいる格好だが、現実を見ると新規参入者の自由化市場でのシェアは東電管内で3.5%にとどまる。北米東部で起きた大停電は自由化を進めてきた米国のエネルギー政策の欠点が浮き彫りになったという見方もある。しかし、名ばかりの「自由化」で独占状態が続く日本の場合、軸足を自由化の方向にさらに移すことは電力会社の経営に緊張感を与えるためにも必要だろう。経済産業省幹部も「今回の停電で自由化にブレーキがかからないか心配だ」と語る。−17日朝刊


 長文になった。米加東部大停電に関する朝日の記事を並べた。新聞記事で足りないのは定量的な記述だ。停電地区の人口程度しか記述がないが、交通は平常時の旅客数から影響人数が直ちに解る。通勤通学人口や物流への影響、電気以外のインフラの停止状況、通信の問題は電話だけか、社会、経済全体への影響はどうか等、新聞記者は目の前の情景描写も重要だが、テレビと違うのだからタイムズスクエアを歩いてインタビューすれば集められる情報だけではなくて、もっと想像力を働かせて情報を集めてもらいたい。
 今回の大停電を事例にして、社会インフラのリスク評価と社会インフラへの行政の関与のあり方について考えてみれば、それぞれの社会インフラに求められる供給信頼性とその信頼性を確保するための行政(=規制)の方法が明らかになる。社会インフラが2〜3日停止しても個人の生活や安全が大きく損なわれることが無いことがより頑健な社会というものだろう。だとするとむしろしょっちゅう停止するほうがそのような社会が自然に出来上がる。つまり供給信頼性が高いほど高い供給信頼性が要求されるから、重要なことは供給信頼性の的確な評価と、その供給信頼性が十分に公開されることである。その上で望ましい供給信頼性やコストを議論すべきである。この評価も公開もいずれも不十分であると言える。電力の場合評価は比較的容易と思うが公開が難しい。料金は同じなのに地域や需要家によって著しい不公平があるからだ。地域の需要量の差によって格差が温存されていると思うが、病院や工場など重要顧客の存在も多少考慮されているかも知れない。地域と供給電圧による供給信頼性のクラス表示を公開すべきと思う。

END