「脱出」
出演協力    りかさん




コード
「ねえ、今ってさ・・・・・・夜・・・だよねぇ?」

りか
「うん・・・夕日が沈んでからかなりたつもん・・・」

コード
「明るいよ・・・ね?」

りか
「昼間みたい・・・渡り鳥さんがいってた通りね」


日中は灼熱地獄のような砂漠。
その足元が砂地から固い岩だらけに変わり、ちらほらと草が生えた辺りからさらに半日ほど歩いた頃でしょうか?
夕日が西の山陰に沈んでからしばらくしてようやっと2人は「街」へとたどりつきました。

固いアスファルトの道路にコンクリート造りの建物、生い茂る街路樹に永遠に水を出し続ける噴水・・・何もかもが今まで自分達が見てきた場所は全く違っていました。
だけど、2人が一番驚いたものは街の中を昼間のようにしている明かり。
太陽が沈んだというのに街の中はたくさんの光にあふれていました。
星やお月様の光よりも輝く街灯、家の明かり、ネオン・・・・・・2人はしばしの間あぜんとしていました。


りか
「ねえコード、あれってお星様じゃないよねぇ?」

コード
「うん・・・違う、お星様じゃないよ」

りか
「でもさっ、アレなんか赤とか青とかいろんなふうに光ってて綺麗だよね」

コード
「りか・・・気になってるんだけど、さっきから鳥さんよりも速く動いてるアレって何かな?」

りか
「う〜ん、わかんないけど・・・アレが通り過ぎていくと変な匂いがするのよね」

コード
「たしかに・・・それになんか空気が変だよねぇ」


時々すれ違う車の排気ガスにむせながらも、2人はどんどん街の中へと進んでいきました。
どれぐらい歩いた時でしょう、


女の子
「ママっ、ママっ、見て見て、わんちゃんとペンギンさんがいるぅ!!」

コード
「!?」

りか
「何?」


街の中を探検しているうちに人陰がほとんど見られなくなり、2人は少しばかり油断していました。
2人が振り返ると、ほんのすぐ目の前に人が・・・。
両親に手を繋がれている女の子が、りかとコードをくりくりした瞳で見つめています。


コード
「しまった・・・」

りか
「ね、ねぇ、どうする? 急いで逃げる?」

コード
「う、うん・・・だけど、敵意が感じないしあの顔って攻撃してくる顔に見えないんだけど」

りか
「様子見てみる?」


2人が小声でそんな事を話している間に、女の子は両親の手をはなすとすぐ目の前までやってきてしゃがみ込み、ニコニコしながら2人を覗き込みました。


父親
「ほう・・・こんなところにペンギンがいるなんて・・・」

母親
「ほらほら、そんなに近付くとペンギンさんとわんちゃんがびっくりしちゃうわよ」

女の子
「大丈夫だも〜ん♪ ねぇ〜、わんちゃんお名前はなんていうの? ペンギンさんはお友達?」

りか
「??? ねえっ、なんて言ってるの?」

コード
「ぼ、僕が知るわけないだろっ!!! りかはどうなの?」

りか
「ペンギンのあたしだって知るわけないじゃないっ」


動物と人間・・・決して言葉の通じる事のない存在。
そう、生活の仕方も考え方も違う存在。
だから問題が起きてしまうのです、ほんのちょっとの誤解がもとで・・・・・・。


母親
「ふふふっ・・・顔を見合わせて、お話ししてるみたいねっ」

女の子
「ねぇママ、いい子いい子してあげたらペンギンさんとわんちゃん喜んでくれるかな?」


そう言って女の子がりかの頭を撫でようと手を伸ばした時でした。


コード
「・・・!!!」

りか
「あっ!!」


女の子がしゃがんでいたとはいえ2人の頭上から伸びてくる手。
2人の体が一瞬のうちに緊張に包まれました。
鼓動が痛いほど強くなり、その瞳は大きく見開かれていきます。
もう、2人の視界には女の子の可愛らしい笑顔やその姿を見つめている両親の姿はありませんでした。
ただ1点に向けられています。


コード
「りかっ、逃げろー!!!!」

女の子
「きゃああああっ!!!」





コードの牙が女の子の腕に食い込んでいました。
動物の持つ条件反射・・・。
頭の上から伸ばされた女の子の手は、いつのまにか猛禽類の足へと変わっていました。

いつも自分達の存在を脅かす恐ろしい相手。
たくさんの動物達の命を奪ってきた恐怖の足。
コードはりかを守るために地面を強く蹴り、自分でも気がつかないうちに飛び出していました。


母親
「たっ、大変っ」

女の子
「痛いっ!! ママぁ痛いよぉ!!!!」


辺りに響く女の子の泣き声。
コードの口元と女の子の腕に赤い筋がありました。

グルルルルルルルルル・・・。

りかの前に立ち襲い掛かってきた相手を威嚇するコード。
その姿を見て父親はコードと同じように家族の前に立ち2人を睨み付けていました。

父親
「シッ!! シッシッ!!」

りか
「コード、危ないっ」

コード
「こいつっ! 向こうに行けよっ」


追い払おうとしても逃げずにうなり声をあげるコードに、父親は持っていた鞄を振り回してきました。


りか
「コードっ、逃げてっ・・・こっち!!!」


2人は力一杯走りました。
女の子の声が聞こえなくなるまでずっと。
女の子の声が聞こえなくなってもずっと。
どれだけ走っても別の人陰が見え、2人を恐怖が襲います。


「ぐれぐれも『街』に近寄っちゃいけないよ、それだけは忘れちゃダメだ」


2人の頭の中には渡り鳥さんの言っていたその言葉がずっとくり返されていました。
街の光の綺麗さについつい街の奥深くへと踏み込んでしまった事を後悔していました。
早く街を出たいという焦りが湧き出ていました。
だけど、街の中でも明るいのは表通りだけ・・・。
裏路地に行けばそこは薄暗く、無気味な世界が広がっていて、2人はどこにいるのかさえ分からなくなってしまいました。


りか
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ねえ、ねぇコード・・・ココどこ?」

コード
「はあ、はあ・・・んと・・・はあ、はあ、はあ・・・わかんなくなっちゃったよ」


いつもならたとえ道に迷ったとしても無事に乗り切ってきた2人ですが、ここは大自然の中ではなく人間が作り上げた世界。
自然の法則が全くない、人間達のすみか。
重苦しく押しつぶされそうな嫌な雰囲気と、人間達が襲い掛かってくるんじゃないかと言うプレッシャー。
今までにない恐怖が2人を包み込んでいました。
と、辺りを見渡していたりかの目に1匹のネコの姿が移りました。


りか
「ネコさん、こんばんわ・・・教えてほしい事があるの・・・・・・・・・」


息苦しい雰囲気の中の小さな希望。
『これで街から脱出できるかもしれない』
2人の心はその事でいっぱいになり、嬉しさにおもわず笑みも。
しかし・・・。


ネコ
「フギャー!!!!」

コード
「!?」


2人の姿を見たネコは背中の毛を逆立て牙をむき出しにすると、先ほどのコードと同じように威嚇してきたのです。


りか
「ネコさん、待って! 私達べつにあなたに危害をくわえる気は全くないの、ただ道を聞きたいだけなの」

ネコ
「うるさーいっ!! ひとの縄張りに入ってくるなんていい度胸だねっ、さっさと消えなっ!」

コード
「ご、ごめんなさい・・・僕達はこの街から出たいだけなんだっ、すぐに出て行くから道を・・・」

ネコ
「早く消えなっ!! これ以上あたしを怒らせるんなら・・・ただじゃおかないよっ!!」


「シャアアアアア」という声とともに暗闇の中に現れた5つの光。
ネコは瞳をギラギラとさせて右手をあげると2人に鋭い爪を見せたのです。
『なんで?』と言う疑問が頭に浮かぶと同時に2人はその場所を後にしていました。

生き抜くための行動。
大自然の中にあるたくさんの食料・・・しかし、都会の中ではその日1日を生きるために動物達の間では争いが起きています。
たとえ大切な友達でも、自分の命をつなぐ食料の前では邪魔な存在になってしまう・・・。
可愛いからと無理矢理人間のもとに連れられてきて、捨てられた動物達。
澄んだ心が壊されるのは、ほんの一瞬。
人の住む世界の掟を知らないりかとコードにはどうしても分からない決まり事。


コード
「!! りか、川だっ!」


偶然発見できた小さな小さな川・・・。
それは公園の中を通る人間が作り上げた生活廃水を流す人工の川でした。
その川にかかる1本の橋。
月明かりも街の光も届かず暗闇に包まれていたその橋の下に、2人は逃げ込みました。


コード
「・・・・・・。渡り鳥さんのいう事を守っていればこんな事には・・・・・・。りか、ごめんね・・・」

りか
「コードがあやまる事じゃないわ、私だって忘れていたんだから・・・それよりも、これからどうするか考えましょう、どうやったらこの街を・・・・・・はっ!!」


コツ、コツ、コツ、コツ・・・・・・
タッタッタッタッ・・・・・



橋の上から響いてくる人間の足音に2人は声を殺して息を潜めました。
ただ橋の上を通り過ぎていく人々・・・いつも通りの生活を過ごしているだけ。
急いで帰宅している人もいれば、運動している人もいれば、デートをしている人も。
けど、2人には自分達を脅かす存在に感じました。
いまにも橋の上から覗き込んできて自分達を見つけるんじゃないか・・・気持ちの落ち着く暇がありません。


コード
「りか、危険かもしれないけどお日様が登るまでここにいよう。暗い中動き回るよりもその方が脱出できると思うんだ」

りか
「うん、どんな危険があるか分からないし・・・そうしましょう」


いつしか街の明かりも少なくなり、橋の上から人の足音も聞こえなくなりました。
深夜・・・。
大きな街も眠りにつく時間。
あたりには目の前の川の流れる音だけが響いていました。
ゆっくりと、でも確実に時間は過ぎていきます。
2人が待ち望む夜明けまで・・・。






チチッ、チチチチチチッ・・・。
東の空が闇から青色に変わり、黄金に輝くお日様の一部が顔を出してきます。
朝、2人が待ち望んでいた時間、この街から脱出する時。

コード
「りか、大丈夫?」

りか
「ええ、もちろん・・・早く行動に移しましょう、のんびりしていたらいつ人間達が来るか分からないわ。この川沿いに下流へと向かっていけばきっともっと大きな川か海に出れるはずっ」

コード
「うん、行こうっ!!」





ちょっとした油断から飛び込んでしまった危険な場所・・・街。
その街から大自然の中へと脱出する1歩が今始まりました。
橋の上には早起きをした人たちが何人か通り過ぎていましたが、だれも2人には気がついていません。
大きな大きな街の中ではとっても小さな存在の2人。
けれど、その決意はとても大きなもの。
生き延びるため。
大自然の中へ戻るため。
人間の恐ろしさを伝えるため。
街に住む動物の事を教えるため。


きっと自然の中に住む動物達にはずっと理解できない事でしょう。
ひょっとしたら2人のように興味を持って街へ訪れている動物がいるかもしれません。
それに、自分達のすみかを思いながら力つきた動物も・・・。
だから2人は必ず脱出しなければなりません。
同じ世界にある全く違う存在。
それをたくさんの動物達に知らせるために。