2008・9・2
集中豪雨による鈴鹿「藤内小屋の被害」

御在所岳裏道4合目にある藤内小屋は土石流により、
大きな 被害を受けた。 左の写真は藤内小屋新館。
土石流で建物が2Mほど移動した。
自衛隊有志のボランティア活動、山仲間の復旧活動により、
僅かに復旧への 見通しが見えてきました。
写真は10月11日

 
 

ここより下流にある日向小屋も写真のような被害を受けた。
建物の左側には小さな広場がオープンテラスとして使われて
おり、 登山道がそこを通っていた。現在は全て押し流されて、
清水の舞台のようになってしまった。

 
  土石流で運ばれた岩の除去作業。小屋仲間のボランティア。
この日は、CBCTVが取材に来ていた。
 
 

2008年暮れの藤内小屋

雪の中、復旧作業が進んでいる。
屋根に積もった雪の重さで新たな被害も発生。
今回で7回目の参加。自分専用の大工道具はもちろん、
1台15kgのジャッキ4台、小型ジャッキ2台を持ち込みました。
春にはジャッキを使って建物を元の位置に戻します。

 

 
 

神戸からも大学生の子供と、その友達を加え、
家族で応援に駆けつけてくれました。
旧館の大部屋は何とか使えるようになり、
蒔ストーブで暖をとりながら、昼食。
この日は12人が集まりました。

 

 

 

 

   

 

剣岳雪渓登山

2008・8・13〜15

黒部ダム〜内蔵助平〜ハシゴ谷乗越〜
真砂沢ロッジ〜長次郎谷〜剣本峰〜剣沢小屋
〜立山〜東一ノ越〜黒部ダム

 

    内蔵助平  黒部ダムから4時間30分  
ハシゴ谷乗越までは、予想外によく整備されていました。真砂沢ロッジに18:00着。
   

真砂沢ロッジ前でテント泊 
14日、 稜線はガスの中。剣沢雪渓を30分登る と
長次郎谷。上部はガスの中。アイゼンとピッケル 、ヘルメットの完全装備で長次郎谷雪渓を詰める。

   

1時間ほど登り、上部のガスと、他のパーティの撤退を見て、登頂をあきらめる。はるか下に剣沢が見える。雪渓の締まりもよく、ピッケルを杖に、快適に登っていただけに、残念。

お昼前に剣沢小屋に到着。風と雨模様のため、小屋泊とする。午後2時半頃から、強風を伴った雷雨。頂上をあきらめ、撤退したことが正解で複雑な気持ち。夜中も風雨が激しく続いていた。

    15日、相変わらずガスのなか。剣沢小屋を6時に出発。大山さんは、食事が進まず、同室の静岡の2人パーティに同行し、雷鳥沢を下り、アルペンルートにて下山。大町温泉で落ち合う約束。

石川さんと私は、ガスと風のため、3000Mの稜線歩きは中止し、内蔵助小屋から 内蔵助谷を下りました。小屋から内蔵助カール雪渓のトラバースが続き、神経を使いました。
     
内蔵助谷の雪渓。稜線を外れてから、風は止み、標高が下がると青空も。    

内蔵助谷最下流。丸山東壁。稜線からダムまで今日すれちがった登山者は2人のみ。夏の北アルプス内蔵助谷は4人だけが満喫できました。

 

   

黒部川から鳴沢岳又は赤沢岳。あの山の真ん中を扇沢までトンネルが掘られている。黒部川を渡ってダムまでの最後の登り、約180Mは気力の勝負。トロリーバス乗り場に
15時到着。
大町温泉、薬師の湯で大山さんと再会。

名古屋帰宅は9時40分。

 

       山  歩  き  

北アルプス後立山連峰南部はこまくさの楽園でした。
扇沢から種池山荘をスタートとして、鳴沢岳〜針ノ木岳
〜蓮華岳 〜七倉岳〜不動岳〜烏帽子岳〜
野口五郎岳 〜 雲ノ平〜鷲羽岳〜三俣蓮華岳〜
双六岳〜 新穂高温泉 を、2003年から4年かけて
歩きました。

 

2005・8

北アルプス 不動岳からの烏帽子岳
こまくさの群落にいたるところで出会いました。

 

 

 


南アルプス光岳 2007・8 

左から石川、大山、臼井

大山さん
 多治見山岳会会長、50代から登山を初め、病み付きとなる。 愛知建築士会名古屋西支部では一緒に山歩き同好会を運営。最年長でもがんばっています。今年1月10kmマラソン初デビュー。

石川さん
 中学時代から山歩きを初め、ずっと地元の山を隈なく歩いてきました。
地元の山のことなら何でも知っています。私より6才若く韋駄天です。
今も毎月山行を欠かしません。

 

 

上河内岳から聖岳・赤石岳・荒川岳

 

 

聖 岳

 

 

2006・8

雲ノ平  

 

 

黒部川最源流から三俣蓮華岳 

 

 

北アルプス裏銀座鷲羽岳より槍・穂

23才から会社の同僚と始めた登山。東京近郊の奥多摩、奥秩父から丹沢の沢登り、北、南、中央アルプス、越後、上信越、那須等、仲間と独学で実践してきました。

名古屋に帰り子供ができても、背負子に乗せて歩きました。30代後半からは御在所岳藤内小屋に通い、ロッククライミングやアイスクライミングを教わりました。子供(男3人)が大きくなると、家族全員でテント持参の登山。白山や北アルプスを歩きました。

日本山岳会東海支部、K2登山隊長で遠征出発2週間前の黄金週間に、穂高で雪崩に遭い亡くなられた徳島和男さんとは、仕事を通じ親交を持ち、藤内沢でアイスクライミングを教えてもらいました。

50代、高校の同級生である友人が3000m峰をすべて歩くという目標をたて、パートナーを依頼され、一緒に歩きました。私が登山計画を作成し、南アルプス北岳、間ノ岳、農鳥岳、塩見岳、荒川岳、赤石岳、聖岳で南は完了。北へ移り、乗鞍岳まで付き合い、,あと(仙丈、富士、立山、槍、穂、御岳)は大丈夫とのことで終わりました。

その後は今のメンバーと、かって登り残したコースを中心に歩いています。