|
ホーム 上へ お茶の話 お茶の歴史 あの子を探して1 あの子を探して2 雍正帝 張愛玲「色、戒」 有名な橋の話
| |
映画より怖い本当の暗殺未遂事件
映画「ラスト・コーション」の原作、張愛玲の『色、戒』の主人公・王佳芝と易にはモデルがいた。王佳芝のモデルは女スパイ鄭蘋如、易のモデルは丁黙村、実際に中統の女スパイによる暗殺未遂事件が1939年に起きたのである。
王佳芝のモデル鄭蘋如は、日中の混血児で、父親は鄭英伯、母親は木村花子(中国定住後は鄭花君と改名)という。父親の鄭英伯は日本の法政大学留学中に革命運動に参加、辛亥革命は復旦大学教授になるが、上海陥落後は重慶の国民党の中統(CCとも)責任者の片腕として地下抗日活動に従事していた。母親は日本人ではあるが、日本亡命中の孫文の講演に感銘を受け革命活動に参加した人物である。鄭蘋如は19歳の時にはすでに中統の指示のもと、母親から学んだ流暢な日本語と画報『良友画報』の表紙モデルとなったほどの美しい容姿、そして巧みな社交術で、汪兆銘政権の特権階級の社交界に潜り込んで情報収集活動をしていたという。一方、丁黙村は国民党の特務出身で汪政権の特務機関の主任として、抗日活動や反政府運動、及び中国共産党の弾圧を手がけ、恐れられていた。丁は、国民党特務の手の内を知り尽くしていた。その丁黙村を暗殺するために、美人計が計画され、選ばれたのが鄭蘋如である。丁黙村はかつて名光中学校長であり、この頃鄭蘋如はその中学に通っていたから、一応師弟関係で顔見知りでもあった。まもなく計画通り丁黙村は鄭蘋如にのめり込んだ。
1939年12月21日、鄭蘋如は組織との打ち合わせ通り、丁黙村に毛皮を買ってくれるようねだり、毛皮店に誘い込んだ。しかし、丁は通行人の不信な行動から危険を察知して、店を飛び出し、通りに待たせてあった防弾仕様の車に乗って逃げてしまう。鄭蘋如は失敗を諦めきれず丁黙村に会いに行き、丁の部下に捕らえられ、投獄、厳しい尋問を受けることになる。丁黙村は鄭蘋如を殺す命令を出すことが出来ずにいたが、妻が部下に命じて監獄から出させて銃殺させるのである。死刑の後、鄭蘋如が丁を愛してしまった為、肝心の時に逃がしたのだ、という噂が流れた。
張愛玲『色、戒』を映画化したアン・リー監督は「張愛玲が書く小説の題材は全てほかの人物や物事だが、この作品だけは自分を題材にしている」と述べている。小説の舞台は汪兆銘政府時代の上海、張愛玲は汪兆銘政権で宣伝部常務副部長や法制局長をつとめた胡蘭成(作家・思想家)と1944年に結婚していた。しばらくの幸せな生活の後、1947年に離婚している。この作品からはいろいろな張愛玲が見えるようだ。張愛玲が香港で大学時代を過ごし香港陥落で上海へ戻るのは王佳芝と重なるし、政権幹部夫人として易夫人や馬夫人等とも重なり、汪兆銘政権幹部等の危機感は夫を通じて身近で感じていたはずであり、また悲しいことであるが易夫人と同じく信頼していた夫に裏切られていた。だから作品には、虚構ではない、本物のピンと張りつめた空気が感じられるのだろう。
|