KISS・KISS


H・アール・カオス『KISS・KISS』☆☆☆

先日、「めぐり逢い」という古典的メロドラマムービーを見ました。その中に、古典的プレイボーイであるケーリー・グラントを思いやって、その祖母が、「いつか、あの子が人生の勘定書を請求された時、今のままでは多分払い切れない ような気がする」というセリフがありました。英語の方は聞き取れなくて、字幕を見て、ハッと思ったのですが、LIFE'S ARREARSとは、そういうことなのかな、と考えた次第です。無理をしすぎた"ツケ"が回ってくるとか、日本でも云いますよね。

元々の意味は、閻魔大王の前に引き出された時、「今までのおまえの人生は‥‥」などといって大王が見る勘定書のことかもしれないけど‥‥(^^;)

そうするとストーリーは‥‥、

あるところに男A(白河)がいました。あるとき男B(水田)と出会い、恋に落ちますが、男Bは、エイズという人生の勘定書を払わなくてはならない時期に差し掛かっており、健闘むなしく死んでしまいます。
男Aは、また一人になってしまいました。

っていうことかな、と思います。でもこれらは、全て今考えた事で、観た時には何にも気が付きませんでした。それどころか、白河さんが「男役」とも気がつかなかった。えらく体の線が見えない服装をしているなぁ、位にしか考えなかったのでした。(^^;)
実際に見ている最中は、動きの切れの良さとスピードに目を奪われ、白河さんのリフトの安定度に驚き、挑発し続ける音楽と「勘定シスターズ」にどきどきしていました。

LIFE'S ARREARSは、闇から迫ってくる所とか、白塗りとか、不敵な笑みとかから実に西洋的な悪魔を思わせました。赤い薔薇から吸血鬼カーミラを、わさわさ寄って来るところからゾンビーを。

私は、この話は、「・」のお話だと思いました。「KISS」と「KISS」の間に人生がある。それが愛だ(←しゃれです(^^;) )という話だと理解しました。最初に出会った時の「KISS」があり、一人がこの世を去って別れる時の「KISS」がある。死んでしまう原因はいろいろあるだろうけど、何等かの理由で人は死んでいくものだから、それ(死)を止める事は出来ないのだから。どんな人生であれ、出会いがあって別れがある。そういうお話だと思いました。白河さんの役が、女性でなく男性であったことも符号します。女性と男性の「KISS」では、また意味が違ってくるけど、欧米では、挨拶代わりに男性同士でも「KISS」しますからね。で、ライフズエリアーズは、AIDSの象徴というよりは、死神、もっというと、バンパイヤのような感じがしました。でも、直接的な力を下すわけではなく、まさに「しのびよる死」であるなぁと思いました。最後の薔薇は格好いいですね。アントニオ・ガデスに通じる格好良さだと思いました。

時かけ



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