前川・手塚ゲリラ公演


アンファン・テリブル『前川・手塚ゲリラ公演』☆☆☆☆

演出家が、自分が演出した芝居の直後に演技しなくちゃいけない、というのは自分が日頃言ってる言葉が全部自分に帰ってくるからやりにくいだろうと思います。舞台の立ち方とか、「さすがに違うぜ」というのを見せなくちゃいけないから。どういう登場の仕方するか注目しながらみていたら、普通に登場してきました(^_^;)

前川ソロ
のたのたと肩を揺らして女が歩いて来る。所々破れているジーンズの上下。化粧っけのない素顔。中央に置いてあるパイプ椅子に白いシーツを巻き付ける。舞台後方に歩いて行き、背中を向けたまま、たたずんでいる。手を組んだまま背伸びをする。腰の当たりの素肌がまぶしい。ぼろぼろのジーパンは、後ろポケットの底の部分が破れている。その破れ目に手を突っ込んで無造作にタバコを引っこ抜く。いつもそうやっているかのような自然な動作だ。深く吸いこみ、ふーっと煙を吐く。煙はゆっくりと形を変えながら、舞台上を漂う。この間、無音。観客としても息が抜けない。

後ろの台に置いてあった酒を飲みほし、真ん中に置いてある椅子に座る。手の平で顔をなぞり回す。ほっぺた、くちびる、はな、まぶた‥‥、かくん、と体が前に倒れる。手が肘の所から吊り上がる。丁度、紐で引っ張られているかのように。そのまま、肘から先が、ぶらぶら揺れる。首を横に曲げ、指をくわえる。もごもごと味わう。やがて、腰を激しく突き動かし始める。椅子の背につかまり、激しく動く。背にもたれかけたシーツに首を突っ込みもだえる。椅子の背もたれの隙間をくぐり抜け、シーツに突っ込んだ頭が、体が、徐々に出てくる。シーツがずれてゆく。もうすぐ、顔が見えそうだ。緊張の一瞬。前川さんの顔がのぞく。思わず息を飲む‥‥。

それから、出てきた時と同じようにして、出口へ歩いて行きました。このあたりの記憶はもう忘却の彼方です。前川さんは、最初は別に役作りしてなくて、舞台上で、次第に役に入って行ったというように見えました。これは、次の手塚さんも同じです。

手塚ソロ
頭を金髪に染めた、細身の男が入ってくる。これが手塚さんか!(健康みてないので初めて見るのです)体が妙に傾き、震えている。とてもストイックな人に見える。目指すところと、そこに至る道程のギャップに傷つく人‥‥。本編に名前が出てきた、尾崎豊のような人を想像してしまう。しばらくマイムが続く。やがて突然、口を開く。「お願いします」そして音楽が流れる。いきなりやられてしまいました。それまでのマイムと乾いた声との落差に。これから芝居に入るんだぞ、という決意のいさぎよさに。ちょっとずるいかもしれない。でも目茶苦茶格好いい。一気にその世界にひきずり込まれた。

引きつった笑い顔。「動き」にこだわる手塚さん。指を赤いトレーナーの袖にこきざみに突っ込み続ける。それを執拗に繰り返す。SEXを連想させるマイム。手が自分の意思とは無関係に動いているかのようだ。手の動きは激しさを増す。次第に本人の意識も攪拌する。

細かい展開は定かでないのですが、服を着る時の動作が印象に残っています。服を着る時、まず袖口に手を通します。その突っ込む動作を、手を前後に何度も突き動かしながら、ゆっくりと時間をかけて通して行くのです。顔は歓びに震えています。左手が「入る」と今度は右手。とても嬉しそうな手塚さん。前川さんと手塚さんのマイムに共通していたのは「手のマイム」です。それが後半への伏線となります。

前川・手塚、二人芝居
そんな女の子と、そんな男の子が出会います。端の方に、手塚さんがぽつんと立っている。前川さん、真ん中に出てきて、タバコを吸う。それから、足でタバコを揉み消す。男「羊の絵を書いてよ」女「君がいなくなると、本当に寂しくなると思うよ」 多分『星の王子さま』のセリフでしょう。つまり、「センチメンタル‥‥」から続いているという事かもしれない。今、目の前にいる女は、あの中学生の一人が成長した姿なのかもしれない。二人の激しい演技が続きます。

会話ではない。その言葉しか知らないかのような男が、激しい感情をこめて、女に叩き付ける。女は、それを受け止める。感情のうねり。互いに何かを求め合う。やがて、激しく抱き合う男と女‥‥。

二人とも愛し合っている。けれども、抱き合うだけでは何も変わらない。男「羊の絵を書いてよ! 羊の絵を書いてよ! 羊の絵を‥‥」女「君がいなくなると‥‥」男「嘘つき、嘘つき、嘘つき!」二人の喧嘩。立ちつくす二人。

白いシーツを肩に掛けて、たたずむ前川さん。去っていこうとする手塚さん。本当は好きなんだけど、男は去ろうとしている。固唾を飲んで展開を見守る。一歩、二歩‥‥。あと僅かで上手に消えてしまう所で立ちつくす手塚さん。突然、右手が、すーっと勝手に動き出す。手のマイムかな? と思ったとき、左手が、右手のマイムをやめさせる。もう、そんなことはやめよう、とでもいうように。素直になれよ、とでもいうように。

それから、ゆっくりと、今度は前川さんの方に向かって歩き出す。心の中の葛藤が痛切に伝わって来る。二人の手が触れ合う。前川さんの瞳からひとしずくの泪。井上陽水の「新しいラプソディー」が流れている。二人にとっての永遠ともいえる、至福の時が流れている‥‥。

もう一度、陽水の同じ歌が流れる中、二人が正面を向いて挨拶し、舞台を去る。誰もいなくなった舞台に延々と曲が流れている。目の前には、前川さんが踏み潰した吸い殻がある。さっきまでの出来ごとを頭の中で振返る。あそこで、二人が抱き合っていた。あのとき、前川さんが、涙をながした。あのとき手塚さんが笑っていた。あのとき‥‥。頭の中でいつまでも反復していた。


アンファン・テリブル・プロデュース
『前川麻子・手塚とおるのゲリラ公演』☆☆☆☆
会 場:高円寺明石スタジオ
期 間:1992/12/15 〜 20 「センチメンタル・アマレット・ポジティブ」終了後、突発的に上演
観劇日:12/20 マチネ終了後 桟敷の真ん中あたり

時かけ



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