3年選択理科 環境ホルモンについて4     月     日

   3年     組      番 氏名(                                  )

ダイオキシンにも内分泌撹乱作用がある

 もっとも、スチレンについては、本来の意味での環境ホルモン作用が確認されているわけではない。スチレンは、女性ホルモン・レセプターとは結合しないにもかかわらず、工場労働者への生殖影響が報告されている化学物質である。その意味では、新しいタイプの内分泌撹乱物質といえるのかもしれない。
 この新しいタイプの内分泌撹乱物質という点では、史上最強の毒物と呼ばれるダイオキシンも同じだといっていい。
 ダイオキシンとは、75種類のポリ塩化ジベンゾ‐バラーダイオキシン(PCDD)と、135種類のポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)の総称であるが、これらの化学物質は女性ホルモン・レセプターとではなく、Ah(アリルハイドロカーボン)レセプターと呼ばれる受容体と結びつく。そして複数の内分泌系の作用を撹乱し、さまざまな生殖異常を引き起こすのではないか、と考えられている。
 Ahレセプターは、PCBやダイオキシンと結合することだけはわかつているが、それ以外の働きはほとんど解明されていない。何しろ、Ahレセプターと結合するホルモンがまだ発見されておらず、そのため「オーファン(孤児)レセプター」というニックネームまでつけられているほどなのだ。
 ダイオキシンは、チトクロムP450など肝臓で合成される薬物代謝酵素系を誘導する能力(酵素誘導能)が極めて強いことから、体内に侵入すると酵素が過度に分泌され、それがホルモン・バランスまで崩してしまうのではないか、との指摘もある。
 ダイオキシンにはすでに発がん性や催奇形性が認められているが、この他、精子数の減少や子宮内膜症など生殖異常との関連性を示唆する動物実験の結果も得られている。ここでは、このところ日本でも増加しているといわれる子宮内膜症とダイオキシンとの関連性を明らかにした実験の結果を紹介することにしよう。
 1993年、米国ウィスコンシン大学のR・ボーマン博士らは、アカゲザルを用いて行ったダイオキシンと子官内膜症との関連性を探る実験の結果を発表した。

研究チームはまず、ダイオキシンを体重一キログラム当たり五ナノグラムと二五ナノグラムの割合で混ぜたえさを用意した。そしてその二種類のえさを、それぞれ別のアカゲザルのコロニー(群れ)に四年間与え続け、その後、十年経つた時点で子宮内膜症の発症率を調べた。その結果、前者のコロニーでは71パーセント、後者では86パーセントものアカゲザルが子官内膜症にかかっていたのだ。ダイオキシンをまったく混大していないえさを与えたコロニーでは、33パーセントのアカゲザルに軽い子宮内膜症の発症が見られた程度だった。
 第4章でも指摘したように、この実験結果から直ちに「ダイオキシンが、子宮内膜症急増の元凶だ」と決めつけることはできない。ましてや、女性ホルモンやプロラクチンと呼ばれるホルモンが子宮内膜症の発症メカニズムと深く関わっていることも次第に明らかになってきているのである。しかし一方で、この病気に悩む女性たちが、いわば〃化学物質漬け〃の現代文明の申し子であることもまた事実である。彼女たちはこの世に生を享けた瞬間から、無防備のまま、さまざまな化学物質にさらされ続けてきた。子官内膜症患者が著しく増えていることは、患者たちの胎児期、乳幼児期までさかのぼらなければ本当の原因はつかめないだろう。胎児期、乳幼児期に化学物質の暴露を受けた影響で内分泌擾乱が起こり、そしてそれが今、取り返しのつかない悲劇を生んでいるのかもしれない。今、そのような疑いが次第に濃厚になってきているのだ。

ゴミを燃やしただけでダイオキシンが発生する

 ダイオキシンと総称される有機塩素化合物のうち、最も毒性が強いのは、2、3、7、8‐TCDD(四塩化ジベンゾーバラ‐ダイオキシン)である。何しろ、その毒性の強さは青酸カリの一万倍、あの有機ワン系の神経性毒ガス、サリンに比べても約二倍。人工化学物質の中では〃史上最強の毒物〃といわれているのも決してオーバーな表現ではないのである。
 この2、3、7、8,TCDDは、有機塩素系農薬の開発が始まつた1960年代、その製造過程でたまたま不純物として作り出された。だが、それは、ベトナム戦争の「枯れ葉作戦」によるダイオキシン被害が明らかになるまで、特に人々の関心を引くような化学物質ではなかった。
 1973年にベトナム戦争が終結した後、この有機塩素化合物の猛烈な毒性がにわかにクローズアップされることになる。「枯れ葉作戦」が原因と思われる人体への影響が相次い  で暴き出されたからだ。ベトナムでは、肝臓がんや硬口蓋がんといったがんが多発し、二
重体児や無脳症の子どもなど先天異常児が数多く生まれ、死産や流産が続出した。アメリカでも、ベトナム帰還兵の妻たちが異常出産するケースが相次ぎ、大きな社会問題となった。実は、アメリカ軍が南ベトナムの熱帯雨林に大量に散布した除草剤は2、4、5‐T(トリクロロフェノキシアセテート)と2、4‐D(ジクロロフェノキシアセテート)の混合物で、2、4、5‐Tに2、3、7、8‐TCDDが含まれていたのである。
 次いで1976年7月には、イタリアはミラノの北、セベソという町で、化学工場の爆発事故が起きている。この工場では除草剤2、4、5‐Tを製造しており、周辺地域一帯はダイオキシンの雲に覆われた。住民からは5万6000pptもの高濃度でダイオキシンが検出され、健康被害は数千人に及んだ。その被害の中には、事故の後、妊娠中の女性の多くが人工中絶したという報告も含まれていた。
 そして翌1977年、ショッキングな事実が判明する。オランダの研究者K・オーリーが、都市ゴミ焼却場からダイオキシンが発生していることを突き止め、ダイオキシン発生源が有機塩素系農薬の不純物だけではないことを明らかにしたのだ。

 ゴミを燃やしただけで猛毒ダイオキシンが発生する―。このオーリーの発見は世界中を震えよがらせ、ダイオキシン研究の一大転機にもなった。多くの化学者、毒物学者などがダイオキシンの謎に迫る研究に乗り出し、やがて、有機塩素化合物を300〜400℃程度に加熱すると、ダイオキシンの前駆体(ダイオキシンの元になる物質)と塩素が簡単に結合し、ダイオキシンの発生を促進するという事実も明らかになった。それ以来、都市ゴミ焼却場とダイオキシンの問題は、研究者にとって避けて通れぬ重要なテーマとなる。
 もちろん、日本でも研究は始まった。その先陣を切ったのは、愛媛大学農学部の脇本忠明教授らの研究グループだ。
 脇本教授らは、中国・四国・九州地方の12カ所の都市ゴミ焼却場から排出されるフライアッシユ (飛灰)と焼却灰を採取して、さまざまな分析方法を駆使して調べよげ、1983年、すべての焼却場から高濃度のダイオキシンが検出されたという驚くべき事実を発表した。
 調査にあたった脇本教授らは、この発表を機に欧米並みのダイオキシンの規制値が定められ、一日も早くダイオキシン汚染にストップがかかることを期待したに違いない。事実、厚生省は『廃棄物処理に係るダイオキシン等専門家会議』を設置し、ダイオキシンのリスク評価に着手した。だが、84年5月に発表された検討結果は、脇本教授らの期待とはおよそかけ離れたものだった。
 期待を裏切られた脇本教授は、当時をこう振り返る。
 「厚生省とダイオキシン等専門家会議は、こともあろうに、ダイオキシンの安全宣言を出したんです。まだ情報が十分じやないから、この程度なら大丈夫だろうと。たしかにダイオキシンは検出されたけど、大した濃度ではありません、となったんです。今の基準値よりもはるかに高濃度のダイオキシンが検出されたにもかかわらず、疑わしきは罰せずで、安全だと明言してしまつたんです」
 このような厚生省の認識の甘さが、我が国のダイオキシン対策が後手後手に回ることになった大きな原因であることは、誰も否定することができないだろう。

ダイオキシン汚染列島・日本

 化学物質には、それぞれ「耐容一日摂取量」というものが、国ごとに定められている。耐容一日摂取量とは、人間が毎日摂取しても生涯を通じて健康上耐えられる量を、体重を基準に算出した値だ。
 この耐容一日摂取量を一つの目安として、ダイオキシン規制の国際比較を試みてみよう。
 規制が最も厳しいのはアメリカで、史上最強の毒物ダイオキシンには耐容量などありえないという観点から、耐容一日摂取量を限界値ギリギリの体重一キログラム当たり0.01ピコグラムと定めている。ドイツもダイオキシン汚染への関心が高く、耐容一日摂取量は10ピコグラムであるが、これとは別に1ピコグラムという目標値を打ち出している。
 それに対して日本の場合はどうか。厚生省は1996年6月、WHO(世界保健機関)の数値をそのまま採用する形で、10ピコグラムという耐容一日摂取量を設定した。一方、環境庁はその半年後、環境行政の指針として5ピコグラムの値を示している。
 だが、いずれの数値もまだまだ甘すぎるという批判の声も随所で上がっている。脇本教授もこれらの数値に批判的な一人だ。
「厚生省の10ピコグラムも環境庁の5ピコグラムも、ダイオキシンの発がん性がベースになっているんです。1000ピコグラムがネズミの発がんの目安で、単純にそれを100〇分の1、200分の1にしただけにすぎません。しかし、超微量で生殖影響が出る環境ホルモンを考慮すれば、これではお話にならない。しかも、これらの値は成人の健康な男性を基準にしています。乳幼児や子どもは一切考慮されていないのです」
 ダイオキシンは脂溶性をもつので、母親の体内に蓄積され、それが授乳を通じて子どもへと移行する。脇本教授は、「母乳を飲んでいる乳幼児は、基準値の七〇倍から八〇倍のダイオキシンを摂取している」と危惧している。
 さらに心配なのは、日本の大気中のダイオキシン濃度が世界で最も高いという恐るべき事実だ。環境庁は86年度から隔年で大気中のダイオキシン濃度のモニタリング調査を実施し、その結果を公表しているが、九六年度冬場の調査結果を見ると、大阪府堺市では一立方メートル当たりのダイオキシン濃度は最大で2.84ピコグラム、東京都新宿区では最大2.5ピコグラムと測定されている。成人男子の場合、通常一日一五立方メートル程度の空気を呼吸しているといわれるから、単純計算すると堺市の住民の一日当たりのダイオキシン摂取量は42.6ピコグラム、東京都新宿区の住民では37.5ピコグラム。体重六〇キロの男性だと、空気を吸つているだけで、厚生省の定めた耐容一日摂取量の六〜七パーセントに達してしまうのだ。
 もちろん、食品から体内に入り込んでくるダイオキシンもかなりの量に上るだろうし、大気中に残留している有機塩素化合物はダイオキシンだけではない。こう考えると、私たち日本人は慄然とするような空間で、日々の生活を送つているといわざるをえない。
 ダイオキシンの発生源としては、不純物としてダイオキシンそのものを含む有機塩素系農薬、都市ゴミ焼却場、産業廃棄物処理施設、学校や家庭の焼却炉などが挙げられるが、今や我が国の津々浦々にまで汚染が進んでいるとの指摘もある。
「ダイオキシンが食品から人体に入るルートの六割は魚ですが、近海魚のダイオキシン濃度が高いのは水田の影響が大きい、と私は思いますね。有機塩素系農薬の使用は一九七〇年代に禁止されましたが、日本の水田にはその副産物のダイオキシンが分解されないまま残留しているんです。日本の水田という水田は、すべてそう見なすべきではないでしょうか。それほど水田のダイオキシン汚染は凄まじいんです」
 脇本教授はそう憂慮している。
 ベトナムで先天異常児が生まれ、妊娠している女性の死産や流産が多発した頃のダイオキシン体内残留濃度は、最も低い人の場合で100ppt前後だといわれている。今や大都市に住む日本人のダイオキシン体内濃度は90ppt。1970年代前半のベトナム人のそれに迫りつつある。ベトナムの悲劇がいつ日本で繰り返されても不思議はないのである。

環境ホルモンがヒトの異常行動を引き起こしている!?

女性ホルモン・レセプターと結合して内分泌作用を撹乱し、さまざまな生殖異変をもたらす化学物質―。何度も繰り返すが、これが本来の意味での環境ホルモンだ。DESやDDT、一部のPCB類、ビスフェノールA、ノニルフェノール、フタル酸化合物などが、その代表的なものといっていいだろう。だが、これまで述べてきたように、一方でまた、新しいタイプの内分泌撹乱物質も確認されている。ダイオキシンやほとんどのPCB類、スチレンなどがこのグループに分類されている。これらの化学物質は、女性ホルモン様作用をもたないにもかかわらず、何らかの形で内分泌作用を混乱させ、さまざまな健康障害を引き起こすのである。
 もちろん、この二つのグループを一括して広い意味での環境ホルモンと捉えても構わない。ここでは、おさらいの意味も含めて、この広義の環境ホルモンがヒトの健康にどのような影響を与えているのかをまとめておくことにしよう。

―――――――――――――――ワークシート―――――――――――――――

3年選択理科 環境ホルモンについて4を読んで

  3年  組   番 氏名(                 )

1.ダイオキシンの問題となる作用についてまとめてみよう。

2.ダイオキシンの発生源についてまとめよう。

3.環境ホルモンが引き起こしている現象についてまとめてみよう。

4.文章を読んだ感想を書こう。