弁天様と道陸神様 お話 坂本こと 画 古渡理行
手掘り・江戸崎の昔話 第十六話 掲載 99・03・07



 むかーし。佐倉の井戸の内坪という里に、満々と水を湛えた大きな池があり、そこには弁天様がすんでおられた。
 池のまわりはきれいな篠竹が幾重にも生い茂り、そこら中すがすがしい空気がみちみち、いかにも神様がいらっしゃるというふうじゃった。
 村人はずっと昔からこの池を弁天池と呼び、池の中ほどにある島に一本の大きな丸太を渡して島に祠(ほこら)を建て、弁天様をおまつりしておった。
 弁天様は知恵や長寿・財産を授ける神様であるとともに水の神様でもあった。だから弁天池だけはどんな干ばつにも決して涸れることはなく、いつも澄んだ水があふれそうに湧いておった。
 村人たちは池から水を引いて堰を築き田んぼに利用したり、共同の洗い場を作って米をといだり野菜を洗ったりと大切に水を使っておった。村人たちは収穫があると必ず祠にお供えをしたのでお供え物は絶える事がなかったそうな。
 さて、この里を守っていらっしゃる神様はまだ沢山おった。-----道陸神(どうろくじん)様たちじゃ。道陸神様の役目は村境や道の辻辻にそれぞれ東向き、西向き、南向き、北向きに立ち、旅人の安全や子供の成長を守ったり縁結びをする事じゃ。
 また悪いはやり病(やまい)や悪霊を追い払うのにも大変に力があった。
 特にこの里の道陸神様は、けがをした村人がさらしの布とお供えをして一心に拝めばケロリと治してしまうので人々の信仰も厚く、お参りがひっきりなしじゃった。
 ときに、この里の道陸神様たちが全部足が悪くてびっこをひいておられるということじゃ。それは村人たちの悪いところをすべて身に引き受けて身代わりになってしまわれるからだそうな。
 あまりにも不思議な事じゃが村人たちも思っておった。
「何とおいたわしい。また何とありがたい事じゃろう」
 そこで井戸の内坪の二十二軒の人々は、そのご恩に報いるため毎年一月二十五日を道陸神様たちをたたえるお祭りの日と決め、まぜご飯をお供えしてお祝いしておるそうじゃ。 
 ところで、このあとは弁天様と道陸神様のお話じゃ。
 ある月の美しい夜じゃった。南向きの道陸神様は、眠れぬまま月の光に誘われるようにぶらぶらと散歩をしておった。ふと上の方を見ると弁天池のほうが一段と輝いて見え、道陸神様は急に吸い寄せられるようにそちらへ向かって歩き出していた。気が付いたときはもう弁天池のすぐ近くじゃった。
 道陸神様は憑かれたように篠竹を掻き分けて突き進み、とうとう池のほとりに出た。するとその当たりはもう、空気が凛と澄んで池の水面が月の光できらきらとまばゆく輝き、まるで天上の極楽のようじゃった。
 あっと息をのむ道陸神様の耳に、何やら琵琶の音色のような音がかすかに、あるいは時々強く、聞こえてきたんじゃ。
 琵琶の音色は、張りつめた空気をやわらげるように流れておった。
 そうなんじゃ。弁天様が琵琶を弾いておられたんじゃ。長いしなやかな指から生まれ出る音色はやはり仏様の世界のものじゃった。
 この音は、人間の耳には何も聞こえはしないのじゃ。
 ふだんは池の底深く静かに村人を見守っていらっしゃる弁天様も、気が向けばこうして水面に現われて音楽を楽しんでいらっしゃるのじゃった。
 「何と美しい。このようなお方がこんな近くにおられようとは」
 道陸神様は、弁天様をいっぺんに好きになってしまわれた。無理もない事じゃった。
 来る日も来る日も里の入り口に立って悪病や悪霊と闘い、一方では村人たちの災難を一身に引き受けて、酷いものばかりを見てきている道陸神様じゃから。
 「弁天さまぁ、私と結婚してください。お願いだ」
 道陸神様はありったけの大声を出して、弁天様に呼びかけたんじゃ。
 すると弁天様は、
 「いいでしょう。ただしこの丸太を渡ってこの島にたどり着けたら」
 そう言うと弁天様はすーっと池の底深く沈んでしまわれたそうな。
 道陸神様は、その後何百回も何千回も丸太を渡ろうとしたが、足が悪いのでとうとう渡ることができず、あきらめてしまわれたんじゃと。
 今も井戸の内坪には弁天池が残っているがずっと小さくなり、島も丸太も跡形もなくなってしまったということじゃ。
(おしまい)

初出 しろやま 平成二年七月二十日

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