■■■ 角田喜久雄の時代伝奇(オロモルフ)■■■


◆◆◆ 1 まえがき ◆◆◆

「古書通信」の最近の号に、角田喜久雄の実質デビュー作『妖棋傳』の初版本とその異装版の話がありまして、とても興味深く読みました。
 私のところに有ります角田本は、みな戦後の復刻と新作ですが、その中の私にとっての代表作は、何といっても次の三点です。

『妖棋傳』(昭和10年4月〜11年6月発表)
『髑髏銭』(昭和12年11月〜13年7月発表)
『風雲将棋谷』(昭和13年12月〜14年12月発表)

 これらは、戦前において「時代伝奇」と呼ぶべきジャンルを確立した作品であり、戦後の半村良さんのSF味の濃い伝奇小説の元祖とでもいうべき作品です。
 戦前の伝奇と言えば、国枝史郎の『神州纐纈城』(大正14〜15年)が知られていますが、物語作りの巧みさと面白さでは角田喜久雄が圧倒的です。面白い物語を創る天才でした。

 私はSFデータベース(元SF図書目録)を作成するとき、角田喜久雄の伝奇も入れるべきだと考えまして、この三作に『黒潮鬼』などを加えた代表的な作品を収録しました。
 これに対しまして、SFと非SFとを厳密に区別しようとする人たちから「?」を投げかけられましたが、著名な評論家の中島河太郎さんから「入れてくれてとても嬉しい」という御手紙を頂戴しました。同じく評論家の石川喬司さんも認めて下さったと思います。


◆◆◆ 2 妖棋傳 ◆◆◆

『妖棋傳』の冒頭は、

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一 縄いたち
 浅草駒形の裏通り。
 ばったりと風の絶えたむし暑い深夜の街に、あおくさい水藻の香がほんのりと淀んで、大きな暈を冠った銅色の月が唯事ならぬ気配に鈍く光を放って大江戸の中天にかかっていた。
 ・・・・・・・
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 豊臣秀次にまつわる将棋の駒、銀将の秘密をめぐって千変万化する物語です。
 戦前の初版本の表紙は将棋の駒があしらわれ、そこに人物も描かれているのですが、残念ながらそういう表紙の本は持っていません。
 写真の上は、私が若いころに『妖棋傳』を読んだ時の本で、河出書房の新編大衆文学名作全集第11巻です。分厚い箱入りの全集で、戦前の多くの名作が収められていたと思います。昭和31年刊行。
 写真の下は、昭和の終わりに富士見から出た文庫による復刻シリーズです。富士見文庫にはこのような戦前大衆小説の復刻が多数あります。
 本作品は時代伝奇の先駆けであると同時に、将棋小説の先駆けでもありました。
(『妖棋傳』は当然ながら何度も映画になりました。私は映画は苦手なので見ていませんが、小説そのものが映画的手法で書かれていますから、とても映画にしやすい作品だったと思います)

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◆◆◆ 3 髑髏銭 ◆◆◆

 一つの傑作が評判になっても、レベルが落ちない第二作を書くのはとても難しいことですので、角田喜久雄も第二作がどうなるか、注目されたのですが、第一作に劣らぬパワーを見せつけまして、時代伝奇作家としての地位を不動のものとしました。それが『髑髏銭』です。

『髑髏銭』の冒頭は、

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 黒猫
 一
 はッと息をのんでお小夜は目をあげた。
 何かそこを、影のように、かすめて過ぎた気配のあるのを感じたからであった。
 だが、戸外はしみいるように、音もなく降る雨である。
 幾日も幾日も、降るかと思えばやみ、やんだかと思えばまた降る、長雨の、鬱陶しい薄暗さの中に、草や梢の緑はようやくその濃さを加えて、何かしら甘酸っぱい、花の薫りのようなものが家の中にまで漂っていた。
 しんと、風のそよぎさえない静けさ。
(気のせいかしら?)
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 若い薄幸の美女、お小夜が奇妙な事件に巻き込まれようとする場面ですが、むろんそれだけではありません。怪しい事件が次々に起こり、美男剣士が登場し、さらに鎖がまを使う謎の殺人鬼「銭酸漿」が現れます。
 そして、「髑髏銭」という秘宝を隠した謎の古銭にまつわる物語が展開してゆきます。

 私が最初にこれを読んだのがどの本だったのか、覚えていないのですが、先の河出書房版だったか、あるいは次の写真の上(昭和25年刊行の講談社版)か中(昭和33年刊行の東京文藝社版)だったでしょうか。
 この『髑髏銭』も富士見文庫で復刻されています。下がそれです。
 もう少し前の復刻では春陽堂文庫がありますが、それは持っていません。

 角田喜久雄は時代伝奇『妖棋傳』で有名になる前は探偵小説を書いていたので、ミステリー的な手法が応用されており、さらに映画的手法も取り入れていて、じつに巧みに創られています。
 私は学生時代に、角田喜久雄の時代伝奇三部作『妖棋傳』『髑髏銭』『風雲将棋谷』に耽溺していたので、のちにSFを書くようになってからも、この三作へのオマージュを自分のSFの中に時々入れておりました。
 角田ファンであればすぐに気づいてニヤニヤするであろうような書き方です。

 なお最近、1984年に制作された映画「どくろ銭」をスカパーで見ました。
 原作にかなり忠実でしたが、少々凄みに欠けていました。理由は、怪人銭酸漿が単なる浪人のように見えてしまった事でしょう。
 この映画で一つ発見しました。それは、藤田まこと主演で人気の「剣客商売」の設定が、この『髑髏銭』の設定と瓜二つである事です。柳沢吉保を田沼意次に変えれば、他はまったく同じなのです! 
 池波正太郎は明らかに角田喜久雄を模範にしています。もっとも角田も、それまでの講談本の類を参考にはしていたでしょうが・・・。

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◆◆◆ 4 風雲将棋谷 ◆◆◆

 多くの人が認めている三部作の最後は『風雲将棋谷』ですが、三作品の中で最も有名で、多くの版が出続けました。映画にもなりました。
 少なくともこの三部作では、あとになるほど評価が高まり面白くなりよく売れたというのですから、角田喜久雄の才能は驚異です。
 記録によると、十六歳の中学生の時に書いた作品が、その時点(大正時代)で活字になったそうですから、並外れた才筆です。

『風雲将棋谷』の冒頭部分を記します。

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 さみだれ縄
 一
 しのぶ湯と染め出した暖簾を分けて、まるで牡丹の花がぱッと開いたように、若い娘の姿が立ち現われた。
 白い、というよりも透きとおるような膚(はだ)のなめらかさ。ぱッちりと澄み切った切れ長な目の周囲にほんのり湯上がりの紅味を残して、可愛くくくれた頤(おとがい)、血をふくんだような赤い唇。洗い髪を娘らしくきりりと後にたばねて、片手を暖簾へかけたまま心持胸をそらせて空を仰いだ姿は、女でさえ思わずほッと見とれるくらいのあでやかさである。
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 主人公の一人である十九歳の小町娘、お絹の登場場面です。
 このお絹、岡っ引の父に習った縄術の名手であるとともに、将棋の名手でもあり、賭け将棋で町人からカネを巻き上げようとする不良侍をやっつけて拍手喝采。
 怒って刀を抜いた侍を手練の縄術で翻弄。
 しかし意趣返しに遭って危機一髪というところで、義賊雨太郎に救われます。
 当然ながらお絹と雨太郎は相思相愛の仲に・・・。
 折から江戸の町は十九歳の娘ばかりが行方不明になる怪事件が勃発。
 そこへ蠍怪人・黄虫呵が現れて危機また危機。
 そして物語は信州の秘境「将棋谷」へと拡がり、主人公を助ける不思議な虚無僧、財宝の秘密を隠した将棋の王将など小道具大道具を散りばめて、謎は謎を呼び、ついに登場人物たちの出生の秘密が明かになって大団円を迎えます。
(発端の時代は、江戸期最強の将棋指しといわれた天野宗歩が京から江戸へ来た弘化二年という設定です)

 ところで、いま流行っている将棋漫画に、『3月のライオン』『しおんの王』『ハチワンダイバー』などがあり、中で最もダイナミックなのが柴田ヨクサルの『ハチワンダイバー』ですが、その中に、「中静そよ」という巨乳美女が主人公の一人として登場し、大活躍します。
 賭け将棋の天才で、どんな賭けも拒まずに勝ち続け、アキバの受け師という異名で呼ばれています。
 この天才女流棋士の年齢が、実は『風雲将棋谷』のお絹と同じ十九歳なのです。
 柴田ヨクサルは小学生時代はプロになろうと考えていたほどの将棋好きのアマ強豪で、アマ五段の段位を持っています。
 おそらくは角田喜久雄の『風雲将棋谷』を読んでいたでしょう。
(将棋という言葉が題名になっている小説ってそう多くはありません)
 ですから、その女主人公のお絹にヒントを得て、アキバの受け師中静そよを登場させたのではないか――と推理しています。

 写真の上は、私が学生時代に読んだ本の表紙とそのイラストです。昭和25年刊行の矢貴書店版です。
(表紙絵は『風雲将棋谷』ではありません。中にある将棋谷のイラストを右側に示します)
 本のタイトルになっている『黄昏の悪魔』ですが、これはスリラーと呼ばれた探偵小説で、戦後の作。この探偵小説の中に、「黄昏のブルース」という架空のヒット歌謡曲が出てきまして、学生時代の私にとってはそれがとても印象的でした。
 写真の中は、春陽堂文庫の復刻。
 下は富士見文庫の復刻です。

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