■□■□■ 震生湖のご案内(オロモルフ)■□■□■

震生湖1

 我が家から数キロの所に、震生湖という湖があります。
 周囲約一キロの小さな湖です。
 大正12年の関東大震災のとき、このあたりは活断層が沢山あって大きな被害が出たのですが、人の住んでいない丘陵地帯の一角も崩れました。
 そのため谷川がせき止められ、湖が出来ました。
 関東大震災で出来た湖は、たぶんここだけでしょう。
 自然に出来たもっとも新しい湖だそうです。
 何年か前に行った事があるのですが、12月1日の土曜日に、紅葉を見ようと行ってきました。
 歩く元気はないのでタクシーに乗りましたが、着いたのは前回とは反対の丘陵の上の部分でした。
 そこに、この写真のような歌碑がありました。

 有名な窪田空穂の、秦野の丘という歌です。

「日あたりの
 若葉ほぐるる
 楢山に
 あな珍らしや
 ちごちごの花」

「ちごちご」とは、たぶん翁草のことでしょう。
 奈良平安時代から風土記や歌集などに出てきます。
 たとえば梁塵秘抄に次のような歌謡があります。

「春のはじめの・歌枕
 霞たなびく・吉野山
 鶯佐保姫・翁草
 花を見捨てて・帰る雁」

 歌碑の写真を撮りました。
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震生湖2

 丘陵の上についてしまったので、そこから湖面までは急な坂を下へ下へと降りることになります。
 その途中、若い人たちが道具を担いで坂を登ってくるのに逢いました。
 どうやら、何か撮影をしているらしい。
 それ以外にも、不法投棄物をかたづけているらしい若者の一団とゴミを丁寧に拾っている老人の一団がいました。ボランティアなのでしょう。
 いちばん多かったのは撮影らしい一団、次がボランティアの一団。
 一般の観光客はそんなにはいませんでした。
 なんだか複雑な気持ちになりながら、さらに坂を下りると、ようやく湖面が見えてきました。
 これは明らかに数年前とは正反対の場所に着いたのだなあ――と家内と話しつつ、湖面の左側の道を歩きました。
 ちょっとしてから写真を撮りました。
 こういう風景です。
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震生湖3

 本来の入り口に近い場所にたしか弁天様があったと思いながら歩いてゆくと、ありました!
 本来口から見ると湖面の右側の道に、弁天様の赤い鳥居がありました。
 小さな神社ですが、湖水の守り神でもあります。
 掲示板に次のように書かれていました。

「秦野福寿弁財天社
 日本三大弁財天の総本山 奈良の天河弁財天の分霊を頂く神なり
 功徳
 学問、技芸、音楽の発達を促す
 又女人には愛嬌を授け美人となり良縁を得、子宝が授かる」

 じつに素晴らしい! と感激しながら参拝。
 天河弁財天とは、奈良の天河神社。
 日本三大弁財天とは、天河、竹生島、厳島のこと。これに江ノ島を加えて四大弁財天に数えたりもするようです。
 弁財天とは印度の女神で、仏教とともに日本に入ってきて信仰されるようになったらしい。七福神でもあります。
 私の祖母は江戸時代の人でして、上野の弁天様を信仰していました。それに影響されて父も信仰していました。
 弁財天は日本古来の女神である市杵島姫命と習合したので、明治以降話がややこしくなりまして、今では天河神社の祭神は市杵島姫命とされています。
 天河神社は弁財天を最初に祀ったので三大弁財天の第1とされるのだそうですが、壬申の乱の先勝祈願の功績で有名になり朝廷から重んじられたようです。南朝の吉野朝にも関係が深いです。
(詳しいことは知りません)

 とにかく、愛嬌が出ますようにと、祈りました。男も愛嬌が大切!
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震生湖4

 弁天様からはもう本来の入り口が見えていました。
 そこには広い駐車場や店があります。
 撮影に来ていた中には有名な俳優がいたらしく、中が見えない黒ガラスの車が出るところで、撮影班らしい人たちが車に向かってお辞儀をしていました。
 入り口のすぐそばに、寺田寅彦の句碑がありました。
 寺田寅彦は関東大震災を科学的に観察したとされますが、震災後にこの地を訪問して句をつくったのでしょう。

「山さけて
 成しける池や
 水すまし
(寺田寅彦)」

 池とありますが、たしかに湖としては小さいです。大きな池という感じです。
 定義としては湖になるんでしょう。
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震生湖5

 車を丘陵の上に待たせてあるので、しかたなく来た道を戻りました。
 要するに湖の奥に向かって歩くわけです。
 半周500メートルなので近いのですが、道は上がったり下がったりの階段で出来ていますからかなり疲れます。うっかりすると転びます。
 何カ所かで写真を撮りました。
 その一つがこれです。
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震生湖6

 似た場所でもう一つ撮りました。
 この日は晴れてくるというので行ったのですが、青空は僅かで、写真に撮りますと空が白くて湖面が多少青いという不思議な写真になりました。
 湖面には手前の空が映っているからでしょう。
 紅葉はほんのわずかですが、湖の奥の方はかなり綺麗です。
 奥まった雰囲気があります。
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震生湖7

 しばらく階段を上下しながらやっと一番奥に到着しました。
 そこからの眺めもそう悪くはないので、写真を撮りました。
 しかし、この写真に写っていない下の部分には、ボランティアが集めたらしいタイアやゴミが積まれていました。
 不法投棄するけしからん者がいるらしい。
 幸い量は少ないようでしたが、まったく酷いものです。
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震生湖8

 さて帰路ですが、タクシーを待たせてある丘陵の上の道路まで登らねばなりません。
 若い人とか山登りの好きな老人なら何でもないでしょうが、私にはじつに重労働です。
 およそ五メートルごとに休憩し、呼吸を整えてまた登るという有様。
 それでも何とか登りきりました。
 ただし脚が痛み、とくにふくらはぎの痛みは三日たっても治りませんでした。
 上に着いてから、途中でタクシーを止めてもらって、丘陵から市街を一望する景色をカメラに収めました。
 これで震生湖のご案内は終わりですが、最後に紅葉の写真を出します。
 紅葉が広がる景色は無かったのですが、入り口の近く(寺田寅彦の句碑のそば)に、赤い樹木がありましたので、写真に撮りました。
 あまり趣のある色ではありませんが、掲示いたします。
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