■■■ 四元法とベクトル解析(オロモルフ)■■■


◆◆◆ 四元法とベクトル解析(0) 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年11月29日(月)12時09分41秒◆◆◆

 日本の無線技術の歴史をまとめてみたいと思って資料漁りをしておりますが、日本における無線技術の濫觴は日露戦争にあり、それに貢献した開発者は木村駿吉です。
 そこで木村駿吉の伝記を調べる作業を続けておりますが、その途中で四元法に行き当たりました。
 木村駿吉は本来的には技術者ではなく、理論物理学者で電磁理論の専門家であり、海軍に招聘されて無線機器開発に邁進する前は、電磁理論に熱中していました。
 エール大学で得たphDもそれに関連した球関数の理論でした。
 そのような電磁理論の研究を進める中で、電磁場の解析に適すると考えられたハミルトンの四元法に強い興味を抱くようになり、何人かの欧米の学者と協力して国際四元法協会の設立を推進し、一応は協会が出来ました。
 その後は四元法自体がベクトル解析法に押されて衰退してしまったので、この協会も駿吉の熱意も空中分解してしまったようですが、木村駿吉は四元法についての専門書を日本で最初に書いた人物でもあり、歴史に残すべきだろうと考えました。
 ・・・というわけなのですが、そもそも四元法とは何か――が分かりませんので、あれこれと勉強して、まとめてみました。
 以下は伝統文化の掲示板に出したものですが、こちらの方が電気や物理の方が多いと思いまして、すこし改善してハード研掲示板に出しました。
 かなり幼稚な内容ですが・・・。

[続く]

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◆◆◆ 四元法とベクトル解析(1) 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年11月30日(火)16時47分32秒◆◆◆

 ベクトル解析の教科書はたくさんありますが、四元法の教科書は少ないので、
◎堀源一郎『ハミルトンと四元数』(海鳴社)
 は貴重だと思います。
 堀先生はその昔、ラジオやテレビの番組でご一緒した事がありますが、気さくな先生です。元東大天文学科教授。いま八十歳くらいだと思います。
 四元法はハミルトニアンなど数学者理論物理学者として著名なハミルトンが、複素数による二次元ベクトル表示の三次元化を図って苦労したあげくに考え出した体系で、一時期、大流行しました。
 木村駿吉も熱中しまして、国際四元法学会の設立を呼びかけ、欧米の学者と協力して設立に成功しています。
(だからピンチョンもSF的な小説『逆光』の中で、木村駿吉と四元法の話を書いているのでしょう。ピンチョンは、四元法もベクトルも電磁理論を扱うが、無線電信は電波を使うので関係が深く、だから木村駿吉は両方をやっていたのだろう・・・といった意味の事を書いています。木村駿吉がギブズやド・フォレストと一緒に研究していたような書き方です)
 ほぼ同時期から、ヘビサイドやギブズによって現在につながるベクトル解析法が発達して、四元法は廃れたように見えましたが、三次元における回転を伴う現象の計算に向いていて、とくに昨今のコンピュータによる高速計算に適している数学的手法であるため、見直されてきて、宇宙飛翔体の計算やコンピュータグラフィクスに応用されています。
 ある場合には現在のベクトル解析法より便利なのです。
 とくに、ベクトル解析法と違ってかけ算の結合則を満たしますので、計算に便利です。
 ベクトルだと(ab)cとa(bc)で答えが違ってきますが、四元数では同じで、幾つ掛けても結果は四元数です。だからコンピュータグラフィクスなどの計算に便利なのでしょう。
 なお四元数とは、

 a+bi+cj+dk
 として、
 ii=jj=kk=−1
 ij=k、jk=i、ki=j
 ji=−k、kj=−i、ik=−j
(ベクトルとも複素数ともよく似ています)

 複素数は、jを虚数として、

 a+jb
 jj=−1

 三次元のベクトルは、ijkをxyz座標の三つの軸の単位ベクトルとして、

 ai+bj+ck
 i・i=j・j=k・k=1
 i・j=・・・=0
 i×i=j×j=k×k=0
 i×j=k、j×k=i、k×i=j(交換は負)

 ですから、式の形としてはよく似ています。

 もともと四元法は複素数の三次元化ですし、ベクトル解析法は四元法に刺激されて出来たのですから、形が似ているのは当然です。

(堀先生の本で面白かったのは、鏡に映る姿が、左右は逆だが上下は逆にならないというクイズみたいな話を、四元法で説明していることでした)

[続く]

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◆◆◆ 四元法とベクトル解析(2) 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年12月 1日(水)12時03分43秒◆◆◆

 ベクトルはいろんな分野に現れますが、とくに電場や磁場はベクトルそのものです。
 その電場と磁場は微分や積分で結ばれていますから、電磁理論ではベクトル量の解析を方程式で示さなければなりません。
 始祖の英国人マクスウエルは名著『電気磁気理論』の中で、その方程式を四元法によって表現しています。
 私もマクスウエルの本(複製)を持っていますが、とても煩雑でして、とうてい読み切れません。
 このややこしい電磁理論を、ベクトル解析の手法によって分かりやすく簡明な形にしたのはイギリスのヘビサイドだと言われます。
 ヘビサイドという人は、数学的な厳密さを追究するのではなく、直感的に分かりやすい手法を創案する名人で、実用主義の天才とでも言うべき人でした。
 木村駿吉らが苦労していたコイルとコンデンサと抵抗からなる電気回路の性質も、駿吉らは微分方程式を立ててそれをいちいち解くという、数式好きの人でなければ悲鳴をあげてしまう方法で考えていたのですが、ヘビサイドは複素数を利用してこれを簡単に解ける方法を編み出しました。抵抗に相当する量が複素数のインピーダンスという量になるのです。
 たとえば、抵抗RとコイルLがつながった電気回路では、その両端から見た抵抗に準じる量は、jを虚数として、R+jwL という複素数になります。実際には有り得ないと思われる量ですが、これをインピーダンスといいます。
 虚数を実数に掛けますと、複素数の二次元表示では実数のベクトルを90度回転させますが、インピーダンスの虚数成分も入力波の位相に関して同じことを示します。
 複素数のインピーダンスという量の導入はヘビサイドの功績だそうです。
 この概念の導入で、交流の電気回路はとても扱いやすく、設計もしやすくなりました。
 むろん入力交流波形への前提条件はあります。現実の電磁気振動はCOS(wt)ですが、これをCOS(wt)+jSIN(wt)という形にして、微分しても積分しても形が変わらないようにしたのです。そうするとCOS(wt)という微分積分によって形が変化する入力が、exp(jwt)という微積分によって基本形が変わらない形になるので、微分方程式はかけ算割り算になってしまい、抵抗のみの回路と同じように扱えるのです。
 いろんな人が改善したでしょうが、現在学生が習う電気回路理論は、ヘビサイドの創案が元になっていると思います。
(交流波形を複素平面上のベクトルで表す方法――電気屋さんにとってはお馴染みの方法――はスタインメッツが発案したそうです)
 また、それでも解けない過渡的な現象(連続的なCOS波ではなく、突然立ち上がるような不連続な波に対する電気回路の応答)は、ヘビサイドの演算子という方法で、数学的な厳密さは棚上げにして、強引に解いてしまいました。これはデルタ関数とも関係がありますが、ヘビサイドは数学的厳密性よりも現実的な回答を得る手段を重視して、ヘビサイド演算子に行き着いたようです。
 現在では微分方程式のほか、ラプラス変換、フーリエ変換などいろんな方法で過渡的な現象が解けるようになっており、コンピュータ化されていますが、ヘビサイドはその突破口を開いたのです。
 ヘビサイド層の提唱も、ヘビサイドの直感力の凄さを物語っています。
 この実用的直感力によって、ヘビサイドは複雑怪奇なマクスウエルの方程式を、じつに簡明なベクトルの式に整理したのです。

▼四元法とベクトルの教科書

 伊藤先生のベクトル解析の教科書は有名です。

◎伊藤徳之助『應用ベクトル解析』丸善(昭和23年8月)
(私が持っているのは学生時代の終わり頃に買ったもので増刷です)

 ベクトル解析を利用した電磁理論の本は無数にありますが、数学的手法としてのベクトル解析では、この本が代表的だと思います。
(伊藤先生の本は他にもあります)

[続く]

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◆◆◆ 四元法とベクトル解析(3) 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年12月 2日(木)11時40分48秒◆◆◆

 木村駿吉がエール大留学中に学んだギブズ(1839〜1903)は、私も大学生時代の講義で名前を聞きましたので、なんだかとても懐かしい気持ちになる人物です。
 エール大学に長く勤めながら数多くの業績をあげ、ノーベル賞の設立がもう少し早ければ受賞は確実だっただろうと言われた著名な物理学者・数学者です。
 私は学生時代に、ステップ的な波形のオーバーシュートやアンダーシュート(波形の歪みのこと)が、位相が直線で振幅が制限されている場合、かならず9パーセントになるという、ギブズ現象を学びまして、とても興味を持ちました。ギブズはフーリエ級数展開でこの現象を見つけたのですが、他の方法でも分かります。
 卒業後に振幅に制限がなく位相のみに制限がある場合(つまりギブズ現象とは逆の場合)、これが17パーセントになるという現象を見つけまして、これをギブズ現象に類似の現象として論文に書いて学会に発表した事があります。これは私の博士学位論文の一部になっています。
 木村駿吉はエール大の大学院でこのギブズの講義を聞いて勉強し、試験を受けましたが、その成績が残されています。
 それによりますと、熱力学や幾何学がfair、電磁気学がgoodです!
 ギブズ教授の指導のもとに書いた論文も残っています。ハミルトンの四元数を用いて新しいナブラ記号を定義して論じた電磁気学の論文です。たとえば、“On the Nabla of Quaternions”など・・・があります。

 ギブズは、熱力学、光の電気理論、フーリエ級数、統計力学など多くの分野で業績を残しましたが、ここで強調したいのは、ベクトル解析の確立です。
 その基礎となったのは、ハミルトンの四元法(ギブズはハミルトンの弟子でもあったそうです)と、ドイツの数学者兼文学研究者のヘルマン・グラスマンの広延論だとされ、外積という概念はグラスマンから得たようです。
 ギブズはヘビサイドほどではないにせよ、現実的な現象への応用を目指した研究をおこなって、現在のベクトル解析にきわめて近い解析法や記法を発案したとされます。
 なおギブズとヘビサイドは交流はなく、双方が独立して同じような解析法に行き着いたそうです。
 現在理系の学生が勉強する、整理されて分かりやすいベクトル解析法(内積・外積・三種の微分grad、div、curlなどを駆使する方法)は、ギブズによるところが大きいと思います。
 このベクトル解析法とガウスの定理やストークスの定理でファラデイの電磁誘導やアンペアの電流による磁界や変位電流の考えなどを微分形式に直しますと、とても簡単にマクスウエルの電磁方程式が出てきます。
 マクスウエルの電気磁気理論の本に書いてある厖大な数式がウソのように見えるほど簡単になってしまうのです。

注:grad:スカラー→ベクトル(傾斜)
  div :ベクトル→スカラー(発散)
  curl:ベクトル→ベクトル(回転)

 下はマクスウエルの電気磁気理論です。
 複製ですが、装幀は立派です。ものすごく難しい書き方がなされていますが、明治時代の物理学や電気工学の学生たちは、これを必死で読んでいました。当時の雑誌に輪講の知らせなどが出ています。

[続く]

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◆◆◆ 四元法とベクトル解析(4) 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年12月 3日(金)12時10分53秒◆◆◆

 先に伊藤徳之助先生の『応用ベクトル解析』をご紹介しましたが、戦前に伊藤先生が出された『ベクトル解析』の序文に、ベクトル解析の発展の歴史が書かれていると知って、そちらの戦前の方を買ってみました。

◎伊藤徳之助『ベクトル解析』岩波書店/昭和四年二月発行

 たしかに、序文がずいぶん長くて、そのほとんどがベクトル解析の歴史でした。
 ざっと読んでみましたが、これまで書いたこととの矛盾は有りませんでした。
 伊藤先生によりますと、ベクトル解析の発展は幾何学的な立場と代数学的な立場があり、前者はメビウスの流れで主にドイツ系の学者で、後者はイギリスのハミルトンやヘビサイド、アメリカのギブズらで、ギブズのダイアディック(アフィノール)の発展はめざましいものである――としています。
 複素数を二次元ベクトルとして表現する方法はデンマークのヴェッセルが1797年に発見し、さらに三次元化を考えたが成功せず。もし成功していたらハミルトンに先駆けただろうとのこと。
(ただしヴェッセルの複素数二次元表示は、長いこと知られないでいたそうです)
 ギブズがハミルトンの四元法やグラスマンに刺激されたベクトル解析を発展させたことは、この序文にも書かれていました。
(ギブズのダイアディックは、学生時代に先生の論文に有ったりもしたので、興味を持って勉強しようとした事もありましたが、自分の研究にはさほど必要性は無くて、そのままになっていました。テンソルの必要性も有りませんでしたし・・・。ギブズとは独立して同じようなレベルに達していたヘビサイドは、ギブズの著作を読んで絶賛したそうです)
 この本には、いろんな学者のベクトル解析用の記法を比較して示してありますので、参向になります。
 a、bをベクトルとしますと、
◎スカラー積は、ギブズが  a・b
        ヘビサイドがab
◎ベクトル積は、ギブズが  a×b
        ヘビサイドがVab
◎勾配は、   ギブズが  ▽
        ヘビサイドが▽
◎発散は、   ギブズが  div/▽・
        ヘビサイドがdiv
◎転回は、   ギブズが  ▽×/curl
        ヘビサイドがV▽/curl
◎dyadは、 ギブズが  ab
        ヘビサイドがa.b

 現在の使われ方は、ギブズの影響を強く受けていることが分かります。
 スカラー積を( )で、ベクトル積を[ ]で表す方法がありますが、これはどうやらローレンツによるものらしいです。
 curlをrotと書くのはドイツ系だと思います。

付1:木村駿吉の『四元法講義第一冊』(内田老鶴圃/明治30年)は、おそらくは日本における四元法解説の最初の著作でしょうが、その序文の中で駿吉は、ハミルトンの他にグラスマンの広延法を高く評価しています。またギブズが四元法をまったく使わないベクトル解析法で電磁理論を論じていることに対して、そこにある内積と外積は四元法の−SとVにほかならないとして、あまり高い評価は与えていません。残念ながらこの四元法講義は第一冊のみで終わり、第二冊以降は出ませんでした。第一冊の内容は四元法に到る準備のようなもので、四元法そのものではありません。中断した理由は不明ですが、多筆家で知られた駿吉が書かずに終わったのは、第一冊執筆ののちに四元法を用いないベクトル解析の有用性に気づいたためかもしれません。あるいは四元法で理学博士を得ようとして失敗したため書く気を失ったのでしょうか。

付2:ハミルトンの四元法という分野はある種の魔力を持っていまして、カルトに近い熱烈な信奉者を生んだそうです。木村駿吉もその魔力に取り憑かれて、国際四元法学会の設立に奔走したのでしょう。ギブズやヘビサイドのベクトル解析の見事な実用性によって一時は下火になった四元法ですが、コンピュータの発達とともに甦ったのは、ある意味科学技術史の奇跡であり、その魔力は健在だったのでしょう。私のような門外漢でさえ、こうやって興味を持つのですから・・・。

[完]

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