■■■ 平成22年5月4日大山参り(オロモルフ)■■■


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4416『大山参り0』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 5日(水)12時44分40秒◆◆◆

 この連休の唯一の外出として、家族と大山参りに行ってきました。
 江戸時代から続く大山参りの擬似体験と、子供たちが社会人としての試験に合格したお礼参りです。
 というわけで、家内はお賽銭をはずんでおりました。

 それですっかり疲れてしまい、足が痛くて、昨日の夜から何も出来ません。
 そういうわけで掲示板の連載もしばらく休みます。
 そのかわり(?)、明日から大山の写真を連載いたします。
 前にも一度やりましたから、前から見て下さっている方には二番煎じですが、我慢してください。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4418『大山参り1』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 6日(木)10時02分22秒◆◆◆

 大山参りは江戸時代から盛んになった風習で、大山講をつくっての登山は江戸時代の庶民にとっての大きな娯楽だったようです。
 丹沢の外れにある大山の山頂に位置する「関東総鎮護・大山阿夫利神社」は、山・谷・雷などの神(伊邪那岐神伊耶那美命の御子)を祀っていて、その歴史はとても古く、第十代崇神天皇の時代(卑弥呼の時代の後期)に大和朝廷から正式に格式ある神社として認められました。
 ですから朝廷が認めた神社としても日本で最も古いのですが、さらに戦後の山頂の発掘調査の結果縄文後期から祭祀がなされていたことが分かっており、じつに縄文時代からの神社(の原型)であったことが認められております。

 例によって奈良時代以後は神仏習合の山岳修験道としても栄えましたが、明治の分離によってお寺の部分が山の中腹に移り、現在の形になりました。
 大山阿夫利神社を現在の形にしたのは、平田篤胤の弟子である権田直助だと言われています(島崎藤村『夜明け前』)。
 大山講は現在まで続いており、大山講の人たちのための旅館が山麓に数十軒もありますが、最近では流石に人数が減ってきているそうです。
 占領中の神社圧迫によって神社本庁が出来たとき、関東総鎮護を誇りとする大山阿夫利神社はその勢力範囲の広さから神社本庁には属せず、独自の活動をしたようですが、最近では所属するようになったそうです。

 大山阿夫利神社の参道は、長さが約八キロもあります。
 小田急線の伊勢原駅から山頂まで全部参道です。
 とうてい歩いては行けず、タクシーかバスで行きます。
 昔の人は江戸などから歩いてここまで来て、さらに歩いて山麓まで行き、さらに徒歩で山に登ったのですから凄いものです。

 駅から山麓までの参道に三つの鳥居があります。

▼上の写真

 写真の上は駅のそばにある一の鳥居です。マンモス銀行の間にあります。

▼中の写真

 中は山麓に向かう途中にある二の鳥居ですが、昔は参道をまたぐ形で立っておりました。それが道路の拡幅のために無理になり、道路の脇に立て直されました。
 この二の鳥居をくぐらずに参道を行くのは変なのですが、大きな神社ではどこでも参道と普通の道路とが一緒になってしまっているので、しかたありません。写真は大山の側からのものです。正面からは樹木が邪魔になって撮れませんので。

▼下の写真

 下は三の鳥居で、これは山麓に近い場所にあります。
 このあたりになりますと、周囲は全部山で、山の懐に入った感じがします。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4420『大山参り2』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 7日(金)10時06分37秒◆◆◆

▼上の写真

 ここがタクシーを降りた場所です。
 正面がお店が並んでいる急勾配の狭い参道で、ケーブルカーの駅まで550メートルあります。
 この場所の左に道が見えますが、これはお店通りの中間まで車で行ける道です。ただし混んでる時はとても無理です。
 右後方に行くとバス停があります。私はバスが苦手なのでタクシーで行きました。伊勢原駅からここまで20分くらいです。

▼中の写真

 この看板にありますように、道にコマの絵が埋め込んであります。
 これから登る参道は急勾配のため、石段と平らな場所とが連なってできています。石段の数は27です。一つ一つはそれほど沢山の段ではないのですが、27もあるとかなり大変です。
 このコマは、一つの石段ごとに埋め込まれており、その石段が幾つ目かがわかる仕組みになっています。

▼下の写真

 このようなコマの絵です。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4421『大山参り3』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 7日(金)10時08分55秒◆◆◆

▼上の写真

 いよいよここが、お店通りの入り口です。
 下町の露地みたいな感じて、じつに庶民的です。

▼中の写真

 入るとすぐにこういう店があります。
 土産物屋さんと食堂です。
 時々テレビに出てくる大山コマを作る実演の店もあります。
(ただし大山コマは縁起物でして、回して遊ぶのは無理です)

▼下の写真

 お店を一軒(左右に二軒)過ぎると、はやくも次の石段になります。
 石段の一つ一つは、多くて数十段、少ないと十段以下なのですが、それが五百メートルの間に27もあると、相当疲れます。
 道の右側に、名前の書かれた古い石柱が並んでいます。
 昔寄進した人の名前なのでしょう。
 いたるところにあります。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4422『大山参り4』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 7日(金)10時10分54秒◆◆◆

▼上の写真

 石段を一つ登るとお店が一軒か二軒あって、また次の石段になります。

▼中の写真

 そこを過ぎるとまた石段。

▼下の写真

 さらにまた石段です。
 これはちょっと長めの石段です。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4424『大山参り5』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 8日(土)10時58分20秒◆◆◆

▼上の写真

 所々に、屋根の無い道と石段があり、外の空気を吸うことができます。

▼中の写真

 少し行くとまた屋根があります。

▼下の写真

 お店が何軒か続いて、その先にまた石段です。
 石段は27もあるので、その写真を全部見たら悪夢になってしまいますから、この先ははしょります。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4425『大山参り6』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 8日(土)11時00分45秒◆◆◆

▼上の写真

 お店の写真もたくさん撮ったのですが、これまであまり掲載しなかったので、一つ・・・。
 民芸品のお店です。

▼中の写真

 ここは民芸品とまんじゅうを売っております。
 ここで、孫に回しやすいコマを買ってやってくれ――と言われたのですが、大山コマは有名ではあっても回して遊ぶのには向きません。
 それでも回しやすいのがあるだろうかと、お店の人にたずねたところ、困ったような顔をしていました。
 まあとにかく、小振りのコマを一つ買いました。
 これをあとで回してみましたが、案の定とても回しにくいものでした。
 私の書斎にも大きな大山コマをひとつ飾ってありますが、完全な縁起物です。いくら頑張っても回せません。
(でも、うまい人は回せるらしいですね。驚くのですが)
 孫にはあとで私が持っている回しやすいコマをやることにしました。

▼下の写真

 ここでキャラブキを買いました。比較的食べやすかったです。
 大山詣のお土産は、コマとキャラブキと、帰りに買った塩羊羹。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4426『大山参り7』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 8日(土)11時03分26秒◆◆◆

▼上の写真

 このお店の連なる参道(コマ参道?)は、ずっと屋根のあるアーケードみたいな道になっているわけではありません。
 時々、外に出ます。

▼中の写真

 ここなどは、完全に外の景色で、ハイキングのような雰囲気になります。

▼下の写真

 緑に包まれております。
 参拝した五月四日という日は、一週間前の天気予報を見て、いちばん青空が見えそうだと思って選んだのですが、正反対でした。
 その前日まで抜けるような青空。その次の日も青空。
 この日だけが雲。
 私の普段の行いが悪いので、こうなるのでしょう。
 でも、前回は霧で十メートル先も見えない悲惨な天候でしたから、それよりは良いです。
 やはり緑は良いですね。
 すがすがしい気持ちになります。
 須佐之男命が出雲のある土地に行って、すがすがしい気持ちになったので、その土地を「須賀」と名づけたとか・・・。
(脱線しました)








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4428『大山参り8』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 9日(日)11時01分41秒◆◆◆

▼上の写真

 ハイキングコースみたいな場所に出たので、これでおしまいかと思うと、さにあらず。
 その先にこんなアーケード参道の入り口が見えます。

▼中の写真

 入ると、すぐにこんなお店があります。
 左下にコマの絵がありますが、これが、何番目の石段(踊り場)かを示しています。
 もう20を越えている筈です。

▼下の写真

 正面から見ると、こんな具合で、賑やかなお店が続いています。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4429『大山参り9』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 9日(日)11時03分5秒◆◆◆

▼上の写真

 こんなお店があり、

▼中の写真

 またこんなふうに石段が続いていて、

▼下の写真

 こんなお店があります。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4430『大山参り10』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月 9日(日)11時05分0秒◆◆◆

▼上の写真

 そこを過ぎますと、ついにコマ参道(アーケード参道)の端になります。

▼中の写真

 こんな石段があり、そこを登ると、

▼下の写真

 左手に川をまたぐ橋があり、それを渡ると、石段の先に何やら建物が見えてきます。
 ケーブルカーの臨時の切符売り場です。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4432『大山参り11』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月10日(月)12時00分40秒◆◆◆

▼上の写真

 突き当たりに案内板があります。
 山歩きが好きな人は、神社に参拝したあと、あちこち歩くらしいです。

▼中の写真

 これが臨時の切符売り場です。
 拍子抜けするほど空いています。

▼下の写真

 そこから石段があって、その上に赤い鳥居が見えますが、その横が駅です。
 鳥居は、根之元神社です。御祭神は、磐拆神、根拆神、石筒之男神の三柱の神です。いま連載している『古事記』で、伊耶那美命が火迦具土神の災難でお亡くなりになったとき、怒った夫の伊邪那岐神がお切りになった剣の先端から生まれた神です。悪縁を絶ちきるので、崇敬されています。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4433『大山参り12』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月10日(月)12時03分19秒◆◆◆

▼上の写真

 ケーブルカーの駅に到着しました。
 空いているので助かりました。
 ふだんのケーブルカーは、20分に一度出ますが、ゴールデンウイークは8分に一度ですので、30分待てば乗れるだろうという話だったのですが、まったく待たずに乗れました。
 連休で混むのは、前後が雨でその日だけが晴天だったときだそうです。
 あと、バブル絶頂期は大変な混み方で、エンエンと行列が出来たそうです。
 しかし今回は、前後が晴天でこの日だけが曇り。しかも景気が悪いのであまり外出しない、などで、混まなかったようです。
 それでも、普通の日に行った前回前々回に比べれば、ずっと混んでいます。ケーブルカーも二倍以上出ていますから・・・。

▼中の写真

 数分待つだけで、上からやってきました。

▼下の写真

 乗ってる時間は、六分です。
 途中は大山寺の駅があるだけです。
 われわれは今回は下りませんでした。
 すぐに終点に着きました。
 周囲の山が綺麗に見えます。
 青空が見えないのが残念ですが。
 終点の駅は出発駅を少し小さくしたような形です。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4434『大山参り13』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月10日(月)12時07分45秒◆◆◆

▼上の写真

 駅からこういう道をしばらく行きます。

▼中の写真

 綺麗な道が続いています。

▼下の写真

 やがて広場に出ます。
 正面にお店が見えます。
 食堂と土産物屋を兼ねた店が三軒連なっています。
 ここで休んでいる人もけっこういました。
 この三軒の店の左側に、下社の拝殿に行く長い石段があります。
 ケーブルカーの駅は閑散としていたのに、ここに来るとこんなに人がいます。
 どこから沸いたんだろうと思ってしまいます。
 中には犬を連れた人もいます。
 ケーブルカーに乗らず、ハイキングのように歩く人もいるらしいです。
 昔は全員が歩いたのですが・・・。

 次はいよいよ下社の拝殿です。
(もし大山阿夫利神社に興味があって土地勘を得たい方は、グーグルなどの地図をインターネットでご覧ください。参道から上まで、かなり細かな所まで出ています。ただし地図では高低感が出ませんから、実際の雰囲気とはだいぶ違います)








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4436『大山参り14』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月11日(火)12時51分38秒◆◆◆

▼上の写真

 前回の横に長い三軒のお店の左側に、このような長い立派な石段があります。石段の両脇には寄進者の名前を記した石柱が無数にあります。

▼中の写真

 石段を少し登りますと、途中の右側にこのような建物があります。
 参集殿休憩所です。
(もっと良い写真はたくさん撮ってあるのですが、どうしても人の顔が大きく写ってしまうので、掲示出来ないのです。なにしろ人が多いですから、近くにこちらを向いた人がいない瞬間を探すのはとても難しいのです)

▼下の写真

 そこからまた、この綺麗な石段を登ってゆきます。
 今回の参拝でいちばん心配だったのは、私と家内の転倒です。
 なにしろ家の中の平らな場所でも転ぶのです。
(蘭姫も最近は平らな場所で転びますけど)
 ですから気をつけてはいたのですが、やはりコマ参道の小さな石段の昇りで、家内が転びました。
 油断して、歩きながら別のことをしていたのです。
 昇りながらの転倒は、下に転がり落ちることはないので、まだ危険性は少ないのですが、降りで転んだら大変です。
 とにかく手すりの近くを、歩く事に専念して他の事はいっさいせずに――と注意しました。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4437『大山参り15』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月11日(火)12時54分18秒◆◆◆

▼上の写真

 石段の途中から外の山を見ると、こんなふうです。
 とても綺麗です。

▼中の写真

 まもなく、鳥居が見えてきます。
 この先が拝殿です。

▼下の写真

 ついに、拝殿に到着しました。
 写真はたくさん撮ってあるのですが、ほとんどの写真に知らない人の顔がたくさん写っているものですから、掲示しにくいのです。
 ですから肝心の拝殿がちょっとだけですみません。
 まずは家族揃って参拝しました。
 家内は、娘が試験に受かって何とかなったので、お礼にお賽銭をはずんでおりました。
 大山阿夫利神社は、円錐形の大山全体が御神体で、ここは下社と呼ばれています。
 本社は山頂にあります。
 山頂への道の入り口は、この拝殿の左側にあります。
 若くて元気な人は山頂まで一時間くらいかけて登山するのですが、我々はとうてい無理です。
 おそらく古く質素な社殿があるんだろうと思います。
 山頂を拙宅の近くから撮った写真は、前にお見せしました。
 神主さんたちの宿舎らしい建物が写っておりました。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4438『大山参り16』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月11日(火)12時56分47秒◆◆◆

▼上の写真

 これは拝殿の右に連なる御神札授与所です。
 ここで御神札をいただきました。

▼中の写真

 授与所から右に折れますと、このような立派な建物が急勾配に土台(ここからは見えませんが、この建物の右後は急峻な崖なのです)を作って立っております。
 ここには祈祷本参拝受付があったり霊山大山四季写真展がなされていたりします。

▼下の写真

 この建物の右下を覗きますと、こんなふうで、ちょっと怖いくらいです。
 これは下社の社務所のようなものだと思いますが、大山阿夫利神社全体の社務所は、山の麓のバス停よりもっと下にあります。社務所だけでとても広い敷地があり、立派な能舞台があります。今回は行きませんでしたが。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4439『大山参り17』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月11日(火)13時21分10秒◆◆◆

▼附録1

 家の近くから大山山頂を撮った写真を再掲します。

▼附録2

 大山社務所内にある能舞台の写真を、パンフレットから複写します。
 いずれも前に一度お見せした写真です。

▼附録3

 ついでながら神奈川県の地図も・・・








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4441『大山参り18』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月12日(水)11時47分18秒◆◆◆

▼上の写真

 残念ながら参拝日は曇りでしたが、それでも平成19年の濃霧よりはだいぶマシでした。
 拝殿の反対側は眺望絶佳ですので、いくつか撮っておきました。

▼中の写真

 だいたいの方角は、南東だと思います。

▼下の写真

 晴れた日には山頂からは房総半島まで見えるそうですが、下社からの今日の展望は、伊勢原の町なみくらいまでです。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4442『大山参り19』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月12日(水)11時49分7秒◆◆◆

▼上の写真

 下の建物は石段の途中にあった参集殿です。

▼中の写真

 標準的な展望です。

▼下の写真

 同じく・・・です。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4443『大山参り20』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月12日(水)11時50分50秒◆◆◆

▼上の写真

 これは、拝殿の横にあります説明です。

▼中の写真

 横からの拝殿です。
 拝殿前の参拝客が、すこし減ってきて静かになりました。
 若いお母さんが、幼稚園か小学下級生くらいの子供に、参拝の作法を教えていました。ほほえましい光景です。

▼下の写真

 拝殿と授与所の間に、名水を汲む入り口があります。
 われわれは汲みませんでした。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4445『大山参り21』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月13日(木)10時48分14秒◆◆◆

▼上の写真

 下社の拝殿の後は深い森なのですが、前回は濃霧で何も見えませんでした。
 そこで拝殿と森を撮ってみました。
 われわれは背後の深い森を拝んでいるわけです。
 麓に住む多くの日本人に恵みをもたらしてくれたお山です。

▼中の写真

 拝殿から鳥居を振り返った姿です。
 善男善女がぞろぞろ・・・。

▼下の写真

 長い石段を降ります。
 昇りはまだ良いのですが、降りは本当に怖いです。
 若い人は何でもないのですが、老人は危ないです。
 で、とにかく家内によく言いまして、かならず手すりに掴まりながら降り、途中では無事に降りる事以外は何も考えない事にしました。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4446『大山参り22』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月13日(木)10時50分2秒◆◆◆

▼上の写真

 これは降りのケーブルカーの駅からの眺めです。

▼中の写真

 ケーブルカーはあっというまに終点に着きます。
 駅のそばから下を見るとこんなふうです。

▼下の写真

 すぐに、お店通り(コマ参道)の上端部分が見えてきました。
 上から二番目くらいの場所に、昼食を予約した「かんき楼」があります。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4447『大山参り23』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月13日(木)10時53分9秒◆◆◆

▼上の写真

 上からコマ参道を降りはじめてすぐの左側が「かんき楼」の本館です。
 座敷が六つの小さな旅館です。
 いかにも山の中の旅館という雰囲気です。

▼中の写真

 その反対側に「かんき楼」経営の食堂があります。
 大変な賑わい方です。
 本館には誰もおらず、食堂の人に声をかけて案内してもらいました。

▼下の写真

 部屋は二階で、そこにこんな準備が・・・。
 大山は豆腐が名物ですので、このあたりの旅館の料理は全部豆腐です。
 この写真に見えているうち、漬け物を除いたすべてが豆腐料理です。
 このあと四皿くらいの料理が運ばれてきて、それが全部豆腐料理でした。
 結局、十種類くらいの料理のうち、豆腐で無いのはご飯と漬け物の二種だけでした。
 さすがに漬け物やお米の飯は豆腐では作れないようです。
 というわけで、豆腐は当分食べたくないという気持ちになりました。
(原料が中国産なのだろうか・・・といった事は考えない事にしました)
 値段は一人3150円。部屋代は合計2000円ですが、実際には200円しか請求されませんでした。(向こうが間違えた?)
 前に麓の旅館で食事したときは4000円くらいで、その時は十種類くらいの豆腐料理の最後のデザートにも豆腐シャーベットが出ました。徹底しています。今回は安価なのでデザートは無しです。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4448『大山参り24』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月13日(木)10時57分30秒◆◆◆

▼附録4(上の写真)

 この「かんき楼」というのは、江戸時代から続いている御師の店です。
 大山講の参拝客をお山に案内して食事の接待などをする御師は、伊勢神宮の御師と同様の働きをしていたのですが、明治維新で廃止となり、先導師と名を変えました。
 そういう歴史を持った家が経営している旅館です。

▼附録5(下の写真)

 で、ここのご主人(たぶん先代)が、大山の歴史を研究して、分厚い本を書きました。
 大山詣というのは教科書にも載るくらい有名なのですが、意外に解説書は見つかりません。だいぶ前になりますが、社務所に聞いてみたところ、「かんき楼」のご主人がお書きになった本がある――と教えられて、お願いして入手しました。
 この本の著者は、大正二年生まれ、大山関連の役員を長くつとめ大山能の奉納を続けるなど、生き字引のような人。
 著述の素人が書いたにしては、とてもよく出来ている本格的な本です。
 資料性豊富です。
 この「かんき楼」で食事したのは、そういう事が有ったからです。






◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4449『大山参り25』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月14日(金)12時46分23秒◆◆◆

▼上の写真

 食事をすませてから、タクシーに電話して参道の出口にあるバス停まで来てもらうことにして、勘定を済ませました。
 なにしろ旅館の方には誰もいませんで、全員食堂で忙しく働いています。
 どうやら料理も、食堂から道を横切って運んでいたようです。
 旅館ですから置物とか絵とかいろいろ有るので不用心ですけど、こんな所には不良外国人は来ないでしょう。
 帰りのコマ参道で、孫がその場で焼いている手焼き煎餅を買って食べておりました。巨大な煎餅です。
 参道の入り口を出て振り返ると、この写真のようです。
 とても参道の入り口とは思えません。
 民家の並ぶ狭い坂道としか見えません。

▼中の写真

 一分も行くとちょっとした広場があり、そこがバス停です。
 伊勢原の駅とこことを往復しているシャトルバスです。

▼下の写真

 別の向きの写真です。
 このあたりでタクシーを待ちました。
 行きに頼んだのと同じ運転手さんが来ました。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4450『大山参り26』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月14日(金)12時50分25秒◆◆◆

▼上の写真

 帰りに、比々多神社に寄りました。
 これが鳥居です。

▼中の写真

 案内板があります。

▼下の写真

 鎮守の森に囲まれた拝殿です。
 とても雰囲気の良い神社です。
 さほど有名ではありませんが、境内は広くて清潔。若い女性の巫女さんが二人、お務めしています。

**********

 ここで少し、大山と伊勢原駅の間にある神社についてご説明します。
 大きくて歴史のある神社が二社あります。
 伊勢原大神宮と比々多神社です。

「伊勢原大神宮」
 現伊勢原市の伊勢原という地名は、読んで字のごとく、伊勢神宮の伊勢から来ています。
 その昔、伊勢の人がこちらに来たとき、この土地をすっかり気に入って住み着き、開墾して伊勢原と名づけました。そして伊勢神宮を勧請して、伊勢原大神宮を創建したのです。
 そういうわけで、この神宮は、伊勢神宮の内宮外宮とそっくり同じ形で、大きさを縮小した社殿が二つ並んでいます。伊勢神宮の内宮外宮はまったく別の場所にありますが、ここでは並んでいるのです。
 境内は大きく、いつもいろんな行事をしています。立派な結婚式場もあります。
 写真は前にお見せしたことがあります。
 今回は時間が無くてパスしました。

「比々多神社」
 相模の国(相州/現神奈川県)の一の宮は寒川神社です。前に初詣の写真をお見せしました。現在でも参道が一キロあるような雄大な神社です。
 雄略天皇の時代に天皇から奉幣があったとされる古い神社です。御祭神は寒川比古命と寒川比女命。相模の地を開拓してくださった神です。
 つぎに二ノ宮は、川匂神社です。JRの二宮駅のそばです。
 御祭神は、大名牟遅命・大物忌命・級長津彦命・級長津姫命だそうです。
 垂仁天皇の時代に勅命を奉じて創建されました。おそらくその前から原型があったと思います。日本武尊の東征の際の奉幣が知られています。
 そのつぎの三ノ宮が、この比々多神社です。
 歴史に残る記録は一の宮二ノ宮より古く、神武天皇の時代に創建され、崇神天皇七年に朝廷から正式に認められたようです。つまり日本最古の神社の一つです。
 拝殿の横に記帳場があり、それを見ますと、ずいぶん遠方から参拝に来ています。酒造家の信仰がありますが、今では安産の神にもなっているようです。
 御祭神は豊国主尊・天明玉命・稚日霊命・日本武尊・大酒解神・小酒解神です。

 そういうわけで、歴史のとても古い、格式のある神社なのです。
(大山阿夫利神社は関東総鎮護で場所は相模の国ですが別格です)








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4451『大山参り27』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月14日(金)12時52分0秒◆◆◆

▼上の写真

 拝殿の右の方に御神札授与所があります。

▼中の写真

 拝殿の左はこんなふうですが、そのさらに左後方に鐘突堂があり、一人一回であれば自由に衝いてよいことになっています。
 縁起ものなので、家族全員が一回ずつ衝かせてもらいました。
 ご〜〜ん〜〜・・・

▼下の写真

 少し近づいて拝殿の写真を撮りました。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4452『大山参り28』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月15日(土)11時33分14秒◆◆◆

▼上の写真

 比々多神社は古い神社ですので、巨大な御神木があります。
 私の写真の腕ではその巨大さが表現できません。
 三つに分けて撮りました。
 これは上の部分です。

▼中の写真

 これは中の部分です。

▼下の写真

これは下の部分です。注連縄があります。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4453『大山参り29』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月15日(土)11時34分42秒◆◆◆

▼上の写真

 これは御神木の陰にある鐘楼です。
 自由に衝いてよい神社の鐘楼は珍しい?

▼中の写真

 この神社には、「三ノ宮郷土博物館」という博物館があります。
 この神社の周辺から出土した品々が陳列されています。
 神社の博物館は珍しいと思います。
 これはその説明板です。

▼下の写真

 中に入ってみました。
 大きな壺が復元されています。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4454『大山参り30』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月15日(土)11時36分15秒◆◆◆

▼上の写真

 中の様子です。
 縄文時代から吉野時代くらいまで、いろいろな出土品があります。

▼中の写真

 これは剣です。

▼下の写真

 これは勾玉の飾りです。
『古事記』や『日本書紀』の神代篇を彷彿とさせます。
 考古学的な年代はもう少し新しいと思いますが。








◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4455『大山参り31』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 5月16日(日)12時22分10秒◆◆◆

▼上の写真

 鉄の剣があります。

▼中の写真

 博物館の中に伊勢原から大山までの地図があります。

▼下の写真

 御神札を戴きました。

 だいぶ長くなったので退屈したでしょうけど、以上が五月四日の大山詣の様子です。

 もしお時間のある方は、どうぞ大山までいらしてください。
 新宿から小田急線伊勢原駅下車、シャトルバス30分、です。
 バスを降りてからお店と石段の連なる参道まで一分くらいですが、参道入り口はとても小さいので迷わないように・・・。
 関東からなら日帰りで十分です。
 ケーブルカーは往復一人800円くらい。
 食事はレストランでよければ予約の必要はありません。たくさん有ります。
 健脚の方は登山の支度をして山頂までどうぞ。
 ただし、天候の良い日を選ぶ必要はあります。
(山ですから霧がかかりやすいです)
 お山からの眺望が目的の一つになりますから・・・。

〔大山参り完〕








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