■□■□■ いわゆる「人間宣言」について(オロモルフ)■□■□■

 昭和天皇が神格化を否定して「人間宣言」をしたという話は、話としては有名ですが、実態を知らずに話題にする人がいるようですので、ここに全文を記して参考に供します。


◆◆◆ 年頭、國運振興の詔書(昭和二十一年一月一日) ◆◆◆

茲ニ新年ヲ迎フ。顧ミレバ明治天皇明治ノ初國是トシテ五箇條ノ御誓文ヲ下シ給ヘリ。
曰く、
 一、廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スヘシ
 一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フヘシ
 一、官武一途庶民ニ至ル迄、各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
 一、舊来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
 一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ
叡旨公明正大、又何ヲカ加ヘン。朕ハ茲ニ誓ヲ新ニシテ國運ヲ開カント欲ス。須ラク此ノ御趣旨ニ則リ、舊来ノ陋習ヲ去リ、民意ヲ暢達シ、官民挙ゲテ平和主義ニ徹シ、教養豐カニ文化ヲ築キ、以テ民生ノ向上ヲ圖リ、新日本ヲ建設スベシ。
大小都市ノ蒙リタル戰禍、罹災者ノ艱苦、産業ノ停頓、食糧ノ不足、失業者増加ノ趨勢等ハ眞ニ心ヲ痛マシムルモノアリ。然リト雖モ、我國民ガ現在ノ試煉ニ直面シ、且徹頭徹尾文明ヲ平和ニ求ムルノ決意固ク、克ク其ノ結束ヲ全ウセバ、獨リ我國ノミナラズ全人類ノ爲ニ、輝カシキ前途ノ展開セラルルコトヲ疑ハズ。
夫レ家ヲ愛スル心ト國ヲ愛スル心トハ我國ニ於テ特ニ熱烈ナルヲ見ル。今ヤ實ニ此ノ心ヲ擴充シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、獻身的努力ヲ致スベキノ秋ナリ。
惟フニ長キニ亘レル戰争ノ敗北ニ終リタル結果、我國民ハ動モスレバ焦躁ニ流レ、失意ノ淵ニ沈淪セントスルノ傾キアリ。詭激ノ風漸ク長ジテ道義ノ念頗ル衰ヘ、爲ニ思想混亂ノ兆アルハ洵ニ深憂ニ堪ヘズ。
然レドモ朕ハ爾等國民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休戚(喜びや悲しみ)ヲ分タント欲ス。朕ト爾等國民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、單ナル神話ト傳説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本國民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニ非ズ。
朕ノ政府ハ國民ノ試煉ト苦難トヲ緩和センガ爲、アラユル施策ト經營トニ萬全ノ方途ヲ講ズベシ。同時ニ朕ハ我國民ガ時艱ニ蹶起シ、當面ノ困苦克服ノ爲ニ、又産業及文運振興ノ爲ニ勇往センコトヲ希念ス。我國民ガ其ノ公民生活ニ於テ團結シ、相倚リ相扶ケ、寛容相許スノ氣風ヲ作興スルニ於テハ、能ク我至高ノ傳統ニ恥ヂザル眞價ヲ発揮スルニ至ラン。斯ノ如キハ實ニ我國民ガ人類ノ福祉ト向上トノ爲、絶大ナル貢獻ヲ爲ス所以ナルヲ疑ハザルナリ。
一年ノ計ハ年頭ニ在リ。朕ハ朕ノ信頼スル國民ガ朕ト其ノ心ヲ一ニシテ、自ラ奮ヒ、自ラ勵マシ、以テ此ノ大業ヲ成就センコトヲ庶幾フ。


◆◆◆ 時代背景 ◆◆◆

 昭和二十一年の元旦というのは、すべてが占領軍によって抑圧されていた、じつに大変な時代であり、昭和天皇のお命がどうなるかも分からない危機にあった事を想起すべきです。
 このような時にあって、ご自分のお命よりも国民の幸福の方を大切と考えたのが、名君であられた昭和天皇でした。

 詔勅の中にあります「現御神」という言葉は、これを否定しているのかどうかじつに微妙な表現になっております。
 この問題については、神道指令と密接に関係しているという説もあります。
 現御神(または明御神)とは、『日本書紀』にも出てくる古い言葉ですが、要するに天皇への「敬称」の一つにすぎません。
 おそらくは、戦争末期に焦った一部の人たちが極端な言辞を弄したために、占領軍の間にも誤解があり、それが神社への誤解ともつながっていたので、このような微妙な文脈ができたのでしょう。
 いずれにせよ全文を読めば、「人間宣言」などではないことがわかります。
 もともと日本の伝統文化においては、人間と神との間に大きな隔たりはありません。
 プロ野球の川上選手は「打撃の神様」と呼ばれましたし、すばらしい技能を「神業」と言います。
 占領下でGHQと議論した神道家の記録に、現御神とは何だと聞かれて「日本では万物が神である。したがって天皇だけが神では無いなど、ありえない」と答えとあります。
 占領も何年かたつと、占領軍の頭の良い人たちは、日本の神の意味がわかってきたようです。

 いずれにせよこの詔書の主題が現御神にはないことは、読めばすぐにわかることです。


◆◆◆ のちのお言葉 ◆◆◆

 昭和五十二年八月二十三日、この年頭の國運振興の詔書(俗に人間宣言)について延べられたお言葉。

 そのことについてはですね。それが実はあの時の詔勅の一番の目的なんです。神格とかそういうことは二の問題であった。
 それを述べるということは、あの当時においては、どうしても米国その他外国の勢力が強いので、それに日本の国民が圧倒されるという心配が強かったから。
 民主主義を採用したのは、明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。そうして「五箇条御誓文」を発して、それがもととなって明治憲法ができたんで、民主主義というものは決して輸入のものではないということを示す必要が大いにあったと思います。


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