■□■□■ 「奈良」の語源について(オロモルフ) ■□■□■

 日本の反日的な政治家が「奈良の語源はハンナラ」といった意味の不思議な話をして韓国にゴマをすったとか・・・話題になっておりました。
 そこで、奈良の語源について私の知っていることを、簡単に記してみます。

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<奈良の語源=均(なら)す/平(なら)すの「なら」=平(なら)な土地という意味>
 ――は古典にありますし、有名な歴史事典や国語辞典の類ではすべてそうなっています。
 一方、韓国の反日家やそれに連動する日本人の「韓国語源説」には、文献史学の裏付けも考古学の裏付けも無いと感じております。
 朝鮮最古の文献とされる『三国史記』の刊行は『日本書紀』とは比較にならないほど新しいのですが、それにすらも、「日本の奈良の語源はナラである」とは書かれていない筈です。
 おそらく、もっと新しい江戸時代の文献にも書かれていないでしょう。
 また、考古学からの知見も聞いたことがありません。
(もしそういう史料があれば、韓国の反日家が大声で言っている筈です!)

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 奈良の語源の話が『日本書紀』の崇神紀にあります。
 卑弥呼の有力候補とされる倭迹迹日百襲姫命が朝廷の危機を第十代崇神天皇に予言したのちの戦いの場面です。
 現奈良市の低い丘陵地帯の戦いだったらしい。
 以下に引用してみます。
(小学館『新編日本古典文学全集版』より)

「爰以忌瓮、鎮坐於和珥武◎坂上、則率精兵、進登那羅山而軍之。時官軍屯聚、而△▽草木。因以号其山曰那羅山。△▽、此云布瀰那羅須。」

 書き下ろし文にします。
「爰(ここ)に忌瓮(いはひべ1)を以(も)ちて、和珥(わに)の武◎坂(たけすきのさか2)の上に鎮坐(す)ゑ、則ち精兵(ときいくさ)を率(ゐ)て、進みて那羅山(ならやま3)に登りて軍(いくさだち)す。時に官軍屯聚(みいくさいは4)みて、草木を△▽(ふみなら5)す。因(よ)りて其の山を号(なづ)けて那羅山(ならやま6)と因(い)ふ。△▽、此(ここ)には布瀰那羅須(ふみならす)と云ふ。」

 訳文。
(忌瓮を和珥の武◎坂の上に据え、精兵を率いて、進んで那羅山に登って陣営を張った。その時、官軍は群れ集って、草木を踏みならした。それでその山を那羅山という。△▽はここではふみならすという。)

 前掲書の脚注(を少し変更)
1:神聖な瓶。神酒を入れて下部を地中に埋めて神祭りをする。
2:和珥坂ともいう。現天理市の北端(現奈良市のすぐそば)にある坂。ここで神祭りをして出陣の門出を祝った。和珥はこのあたりを根城にして古代の豪族。
3:現奈良市北方に東西に横たわる低い丘陵地帯らしい。
4:多く集まるの意。
5:足踏みする。布瀰那羅須は踏平。
6:那羅山は地名であるが、山を踏み平(な)らしたのでそういうとは、付会的地名説話。

『時代別国語大辞典・上代編』では、△▽について、足をとどめる/たたずむ/進まぬ様子などで、一箇所にじっとしていることから、「ならす」にあてたもの――としています。
 また同辞典の「ならす」の漢字は「平らす」で、意味は平にする――とあります。

注◎――操を金ヘンにした漢字。
注△――摘を足ヘンにした漢字。
注▽――祖を足ヘンにした漢字。

 戦争の場面での語源説話は、古代史によくある付会的地名説話ですから、そのまま史実にはできませんが、奈良という地名が「均(なら)された/平(なら)な土地」から来たことが、当時の日本人学者の常識だったことを示しております。

 奈良の都を《平城京》といいますが、この「平」は「奈良」に通じているわけです。
 どちらも、均(なら)すとか平にするとかいった上品な意味です。

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 また、『万葉集』で「平にする意味を万葉仮名の奈良で表している」歌を記しておきます。

於保吉宇美能 美奈曽己布可久 於毛比都都 毛婢伎奈良之思 須我波良能佐刀
(大き海の水底深く思いつつ 裳引き「なら」しし菅原の里)

安乎楊木能 波良路可波刀尓 奈乎麻都等 西美度波久末受 多知度奈良須母
(青柳の張らろ川門に汝を待つと 清水は汲まず立処「なら」すも)

 つまり、「均(なら)す」の「なら」を「奈良」と書いております。

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 これらの古典から、地名の「奈良」が「均(なら)す」「平(なら)す」「平(なら)な土地」から来た蓋然性はきわめて高いと思われます。
 平坦な住みやすい場所という意味でつけられたのでしょう。

 一方、ハンナラのナラから奈良が出来たという説を論証する古代の文献が無いことは、朝鮮問題に詳しい解法者さんが言及しておられます。
 古文献もなく、考古学的証拠もなくて、どうして奈良の語源が朝鮮語などと断言できるのでしょうか。
 もしそれが言えるのだとしたら、「朝鮮語のナラの語源は日本の都の奈良である」――とも言えることになるでしょう。

補足1:
「奈良」は古典では、那羅、乃楽、平城、寧楽、諾楽、楢、奈良などいろいろな漢字で書かれておりますが、みな当て字(仮名)であり、漢字そのものには意味がありません。
 前記の『万葉集』に「ならす」を「奈良須」と書いてありますように、「奈良」は万葉仮名でもあります。
 歴史辞書によると、この表記が定着したのは、平安京になってからだそうです。
《平城京》ができたときは、「平城」と書いて「なら」と読んでもいたようです。
 平安時代の人たちが、「均す」の万葉仮名の一種である「奈良須」の奈良を使ったのは、やはり語源が「均す」「平らす」から来ていると考えていたからでしょう。

補足2:
 もう一つの説として、楢(なら)の木が生えていたから――というのがあるようですが、支持する人は少ないようです。


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