■□■□■ 奈良時代までの兄弟姉妹の表現方法(オロモルフ)■□■□■


■■■ まえがき ■■■

 兄弟姉妹の表現は、簡単なようで実は難しい問題です。
 とくに古代史を勉強していますと、我々素人は混乱してしまいます。
 現在、異母とか異父とか義理の兄弟姉妹とかを除きますと、兄弟姉妹の表現は、
[兄(あに)]
[姉(あね)]
[弟(おとうと)]
[妹(いもうと)]
 ――の四種類があり、

◎年齢の上下で
[兄(あに)]←→[弟(おとうと)]
[姉(あね)]←→[妹(いもうと)]
◎男女の違いで
[兄(あに)]←→[姉(あね)]
[弟(おとうと)]←→[妹(いもうと)]

 ・・・のように対応関係が出来ています。
 しかし、このように明確になり、漢字と日本語の関係も定まったのは、ごく最近のことらしいのです。
 たぶん、安土桃山時代以後のことです。

 さらに、兄弟姉妹に関係するいろいろな日本語があり、それぞれに語源があり、その語源にもいろんな説があります。
 とうてい一筋縄ではいきません。
 たとえば「おとうと」や「いもうと」にはなぜ「うと」がつき、「あに」や「あね」にはなぜついていないのか・・・などなど。

 というわけで、古語の辞典や犬飼隆さんの論文などを参考にして、上代/奈良時代以前における用法を少し調べてみようと思います。
 この知識を持っていませんと、古代史の本、『古事記』や『日本書紀』などを読んでも、錯覚してしまうからです。
 古代においては、「異母」「異父」兄弟姉妹はごく普通の事でしたから、ますます混乱の度が増すのです。


■■■ ここでの表示法 ■■■

 話が混乱しますので、記号で区別します。
 現在一般に使用されている表現の場合、
[兄(あに)]
[姉(あね)]
[弟(おとうと)]
[妹(いもうと)]
 ――のように[ ]で囲います。
 次に、古代からの様々な意味で使用された言葉については、
「あに(兄)」
「あね(姉)」
「おと(弟)」
「いも(妹)」
 ――のように「 」で囲います。


■■■ 「あに(兄)」について ■■■

「あに」という言葉そのものは『日本書紀』にもあり、古くから使われていたようです。
 その意味は、年長ということのようです。
 神代紀にたくさんありますが、たとえば、
「兄火闌降命自有海幸」
(兄のホノスソリノミコトは本来海の幸を得る霊力を持っていて)
 ――のようにあります。
 この(兄)は小学館の解説では「え」と読み、飯田武郷は「みあに」と読んでいます。
「え」と「あに」ではずいぶん違うようですが、「あに」は「え」から来たという説があります。
「われ(我)」の古語である「あ(吾)」を「え(兄)」の前につけて、
「え(兄)」→「あのえ(吾兄)」→「あに(兄)」
 ――のように約転したという説です。
 これはかなり有力な説らしいです。
 ですから、『日本書紀』にある(兄)という漢字を、人によって「え」と読んだり「あに」と読んだりするわけですが、古くは「え」が主流だったようです。

◎「え(兄)」について

 そこで「あに」のかわりに「え」を探すことになりますが、『日本書紀』の景行天皇紀に、次のようにあります。
「天皇聞、美濃国造、名神骨之女、兄名兄遠子、弟名弟遠子、並有国色」
(天皇は、名を神骨という美濃国造の娘で、兄の名を兄遠子、弟の名を弟遠子という二人が、とても美人だとお聞きになって)

 つまり、奈良時代以前においては、「あに(兄)」は年長者という意味はあったが、それは男女ともであって、兄弟姉妹の中の「男の年上」という意味はなかったらしいのです。
(兄)を「あね」と読んだりもします。

 犬飼隆氏は、「あに(兄)」の意味の中に、奈良時代までは、現在と同じ[兄(あに)]はなかっただろうと記しています。
 なお、『日本書紀』には、長や大と書いて「え」と読ませる箇所もあるようです。

 ですから『記紀』を読んでいて(兄)とあるから男だろうと思うと間違えるのです。

 一方「え(兄)」の語源ですが、「よい(良い)」の古い形である「えし」と同源という説があります。


■■■ 「あね(姉)」について ■■■

 次に「あね」ですが、これもわかりにくい言葉です。
 語源的には、どうやら「あに」に似ているらしいのですが、はっきりしません。
(姉)という漢字で書かれている文章は『記紀』にいろいろとあります。

 たとえば神代紀に、
「亦名木花開耶姫。因曰、亦吾姉磐長姫在。」
(またの名を木花開耶姫といいます。そしてまた私には磐長姫という姉がおります)
 ――とあります。

 またたとえば景行紀に、
「唯有妾姉。名曰八坂入姫。」
(ただし私には姉がおり、八坂入媛といいます)
 ――とあります。

 小学館本では「あね」と読んでいますが、飯田武郷は「いろね」と読んでいます。
 飯田の索引を見ますと、女性であることが分かるときの兄、長、大、第一を「あね」と読んでいます。

 大の例をあげてみますと、神代紀に、
「答曰、大山祇神之女等、大號磐長姫、少號木花開耶姫。」
(答えて言うには、それは大山祇神の娘たちで、大(あね)は磐長姫といい、少(おと)は木花開耶姫といいます)
 ――とあり、飯田も小学館本も(大)を「あね」と読んでいます。

◎「あに(兄)」と「あね(姉)」の違い
 犬飼氏の論文は難しいのですが、判読すると以下のとおりです。

 奈良時代までの日本語では――
「あに(兄)」は年上を示す言葉だが、〈男の年上〉に限定する用法は無かった。
「あね(姉)」も年上を示す言葉だが、〈女の年上〉に限定する用法もあった。

 つまり「あに(兄)」と「あね(姉)」は現在のような対をなす言葉ではなかったという事です。
 当時の対をなす似た言葉としては、

「せ」←→「いも」(年齢の上下によらず男女や夫妻を示す対)
「え」←→「おと」(男女によらず年齢の上下を示す対)

 ――がありますが、「あに(兄)」は「え(兄)」としてここに入っているのに「あね(姉)」は入っておらず、いわば次元の違う言葉だったそうです。


■■■ 「おとうと(弟)」について ■■■

 この言葉の読みは「おと(弟)」が上代までの一般のようです。
 時代別国語大辞典の上代編を見ますと、「おと(弟)」は出ていますが「おとうと(弟)」は出ていません。
 で、「おと(弟)」の意味ですが、「え(兄)」と対をなす言葉で、男女の区別なく兄弟姉妹のなかで年下の者を示します。
 語源的には年が劣るというところから来たのでしょうか?

『記紀』における例文は、これまでの「あに(兄)」や「あね(姉)」のところに記しましたが、一つだけ神代紀の一節を記します。
「兄悔之乃還弟弓箭、而乞己釣鉤。」
(兄は後悔して弟の弓矢を返して、自分の釣り針を返すように要求した)

 また万葉集に次のような一節があります。
「草枕旅の丸寝の紐絶えば吾が手とつけろこれの針持し
 右の一首は、妻椋椅部弟女(おとめ)のなり」

(弟)に(姫)や(女)をつけますと、少女といった意味になり、(弟比売)(乙姫)(意登比売)(少女)などと書かれています。
 ですから、男女によらず年下を意味したことは明かです。

◎「おと」→「おとうと」

 この変化は、(弟)に(人)がついた(弟人)の発音が変化したものらしい。
 この変化、つまり「おとうと(弟)」という言葉は奈良時代には無く、平安時代から始まったとのこと。
 この意味がさらに限定されて<年下の男>を示すようになったのは、安土桃山から江戸時代にかけての事だそうです。
(男女に限らない使い方は現在でも残っています)

◎美称としての「おと」

 美称として人名につくこともあるようです。
 有名な例に、入水して夫の日本武尊を助けた弟橘媛(おとたちばなひめ)があります。


■■■ 「いもうと(妹)」について ■■■

 この言葉は、「おとうと(弟)」が「おと(弟)」から変化したのと同様に、
(妹)→(妹人)
 ――の発音が「いもひと」→「いもうと」となって出来たそうです。
 時代も同様らしい。
 時代別国語大辞典・上代編には、やはり、「いも」はあっても「いもうと」はありません。
 したがって「いも(妹)」として調べます。

 上代までの「いも(妹)」は、男性が妻や恋人や姉妹の親しい女性を呼ぶときに用いられました。
 とくに恋愛の対象となる女性を呼ぶのに多く使われたらしい。
 この使い方は、短歌などの文芸作品においては、現在でもなおかなり多く見られます。

 さらに上代からその意味の中には、女の姉妹のうち年下の方を言うこともあったらしい。
 つまり、「あね(姉)」と同じく、その意味の中には、現在に通じるものも含まれていたということですが、しかし姉妹にかかわらず使われることが多かったようです。

 上代の用例として『日本書紀』の神代紀の冒頭近くにある文章をあげておきます。
 有名な伊弉諾尊伊弉册尊の国産みの伝説のところの一書です。

「即将巡天柱、約束曰妹自左巡。吾当右巡。」
(さて天御柱を巡ろうとして、約束して、妹(いも)は左から巡れ、私は右から巡ろう、と言われた)

「いもうと(妹)」という言葉が使われるようになったのはたぶん平安時代以降ですが、それも初期のうちは年上の女性――つまり現在の[姉(あね)]についても使われることがあったようです。
 つまり第一義的には愛しい女性を示す用語で、年齢の上下を区別する言葉ではなかったのです。
 では、これと対をなす親しい男性を示す用語は何かといいますと、それは前掲した「せ」です。
「せ(兄/背)」←→「いも(妹)」
 ――という対です。


■■■ 母親違いの兄弟姉妹の呼称 ■■■

 古代においては身分の高い男性が複数の妃を持つことが普通だったため、父親は同じでも母親の違う兄弟姉妹が多くいました。
 そのため、混乱が生じます。
 たとえ配偶者は一人であっても、平均寿命の短い時代がずっと続いたわけですから、つい最近まで、再婚はきわめてありふれておりました。
 私の家系を見ましても、父母の時代から後は再婚は見つかりませんが、祖父母の時代になりますと、父方母方ともに妻の病死による再婚です。再婚の相手も、一人はやはり再婚です。
 曾祖父母になると記録が曖昧ですが、一組は幕末動乱による再婚でした。
 まあ、そういうわけで、母親や父親の違う兄弟姉妹は無数にありました。

 記録の残っている古い時代である上代におきましては、貴人の子供達が同じ母親かどうかを厳密に区別する必要性があり、そのための用語がありました。

◎「いろ」のつく言葉
 上代においては、同母であるかないかが特別重要でしたから、同母を表すのに「いろ」という言葉を使っていました。

「いろえ」=(同母兄)
「いろど」=(同母弟)または(同母妹)
「いろね」=(同母兄)または(同母姉)
「いろも」=(同母妹)
「いろせ」=(同母兄弟)
「いろは」=(母)

 ただし、兄弟姉妹の呼び方が不分明だった時代ですから、これらもかなり幅広く用いられたようです。
 たとえば「いろね」ですが、これを表す漢字として(姉)だけでなく(妹)(兄)(長)(母)などもあったらしい。

 このほかに「はらから」=(兄弟)などの表記もあります。

◎実の、義理の――という使い方
 現在では、実兄とか義弟といった言い方をしますが、私はこれをうっかり使ってしまって失敗した経験があります。
 たとえば、同父が決定している皇室などの場合、実弟は(同父かつ)同母弟としないと厳密にはなりません。
 この失敗に懲りて明治以降の数十の大きな辞書を調べましたが、(実の)や(義理の)という言葉の定義は辞書によってずいぶん違っており、同じ辞書の中でも使い方が違う場合が多いという発見をしました。
(保存頁に調査結果があります)


■■■ まとめ ■■■

 上代/奈良時代までの兄弟姉妹についての対句は、

甲:「え(兄)」←→「おと(弟)」
(男女の別によらず年齢の上下を示す)

乙:「せ(兄/背)」←→「いも(妹)」
(年齢の上下によらず男女を示す。とくに恋愛関係の男女の対を示す)

丙:「あね(姉)」
(甲乙とは次元の違う言葉で、その複数の意味の中には現在の[姉(あね)]に近いものもあった)

丁:「あに(兄)」
(「え(兄)」から変化した言葉らしいが、「あね(姉)」とは違って、その複数の意味の中に現在の[兄(あに)]に近いものはなかった)

 ついで、
「おと(弟)」→「おとうと(弟人)」
「いも(妹)」→「いもうと(妹人)」
 ――という変化が平安時代におこり、さらに千年近い間に兄弟姉妹の用法が変化して、江戸時代の前あたりから、現在の、

[兄(あに)]←→「おとうと(弟)」
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      ×
  ↓       ↓
「あね(姉)」←→「いもうと(妹)」

 ――という表現が定着した。

 私はまったくの素人ですから、間違っているかもしれませんが、時代別辞典の上代編とか犬飼隆さんの本などを読んだ結果がこの結論です。


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