■□■□■ 皇統の危機(オロモルフ)■□■□■

(悠仁親王殿下の御降誕の機会に、皇統の危機について感想を掲示板に出しましたので、それをまとめてみました。むろん内容はまだまだ不十分なものです)


■■■ 皇統の危機は去らない ■■■

 新親王殿下御降誕は、まことにお目出度く、安堵いたしました。
 しかし、これで皇統の危機が去ったわけではありません。
 それは、小堀桂一郎先生や渡部昇一先生の皇室典範に関する団体が出している声明でもわかります。
 私のこの問題に関する検討結果は、だいぶ前にこの掲示板にも一部連載し、『皇統の危機に思う(栄光出版社)』にまとめました。
 この本の中で、男系についての確率計算とシミュレーションを行いましたが、その結果は慄然とするほどのものでした。


■■■ お子さんが二人の場合 ■■■

 あくまでも一般論ですが、一組のご夫婦が必ず二人のお子さんを産み育てて、そのお子さんがかならず成人して結婚してまた二人のお子さんをもうけるとします。
 これは現実には子供の数を三人以上にしないと実現しないと思われますが、仮にそうだとしますと、男系が嫡系で続く平均代数は4.2代に過ぎません。
 分家が継ぐ制度にしても、たいして増えません。
 一次分家を含めて5.4代、二次分家まで含めてもやっと6.3代です。
 しかも現在、日本全体でも皇族方でも、お子様の数は平均して一人に近くなっているのですから、現状のままでは、男系継続は無理なのです。
 またたくまの断絶です。


■■■ 男系がなぜ続いたか ■■■

 皇室において男系が125代も続きましたのには、

[甲]多子が普通であった。
[乙]側室を持つことが常識であった。
[丙]遠い血縁でも可とした。

 ――の三つの理由があります。


■■■ 皆さんの家系で、男系は何代続いているでしょうか? ■■■

 私自身について言えば、曾祖父が婿養子ですので、その長男である祖父を一代目としますと、父が二代目、私が三代目、私の息子が四代目で、今のところ四代です。

0 曾祖父は入り婿
1 祖父が長男で一代目
2 父が長男で二代目
3 私が長男で三代目
4 私の長男が四代目

 今のところ孫は娘の所だけなので、計四代で終わりです。
 ちなみに、養子を含めての代数は私で十八代目です。

 何人かの知人に質問したところ、五代が最高で最低は一代(つまり本人のみ)でした。
 この掲示板を見ておられる方の家系では、男系は何代続いているでしょうか?
 大部分の家系で、数代しか続いていない筈です。
 もし十代も続いている家系がありましたら、それは素晴らしい例外だと言えるでしょう。
 男系継続は、それほどまでに困難な事なのです。
 保守派の方も、この困難性を認識するところから、議論を出発させるべきです。


■■■ 本家の嫡系のみの平均代数は4.2代 ■■■

 ――であるというシミュレーション結果を、前掲しましたように、得たわけですが、これにつきまして、高森明勅先生からお手紙を頂戴しました。
 それによりますと、先生が天皇家の系図を精査なさった結果と符合しているそうです。
 すなわち、
 嫡系では最高でも四代で終わっている。
 庶系では最高で十四代続いた例がある。

 つまり、

[甲]多子が普通であった。
[乙]側室を持つことが常識であった。
[丙]遠い血縁でも可とした。

 ――という明治までの皇室であっても、嫡系ではたったの四代が最高なのです!


■■■ 厳しい現実 ■■■

 今は側室は不可能で多子でもありません(それどころか極端な少子化です!)し、遠い血縁である旧宮家の復活にも障害があります。
 このような厳しい現実を踏まえた上で、田中卓先生、所功先生、高森明勅先生などの(にわか保守ではない)憂国の士が、「数千年の皇統を維持するためには、万一の場合の女系はやむなし」――と考えておられるのでしょう。
 田中卓先生も、私にお手紙を下さり、真意が世間に理解されない事を残念がっておられました。

 私自身は、厳しい現実への認識はこれら先生方と同じですが、結論としては、男系死守を主張しております。
 しかしそれを実現するには、抜本的な改革が必要です。


■■■ 十把一絡げ ■■■

 保守系の掲示板の多くでは、昨日記しました、田中卓、所功、高森明勅といった先生方を、「皇室典範に関する有識者会議」のロボット学者や、左翼の反日運動家と一緒くたにして罵っている人がたくさんいます。
 これはおかしいです。
 この先生方は、靖国神社や皇室典範の問題でマスコミが大騒ぎするずっと前から、日本の国体を守ることの重要性を訴えて左翼史家と戦ってこられたのです。
 紀元節復活の際の田中卓先生の熱闘は有名ですし、所功先生は田中卓先生を尊敬しておられ、伊勢神宮や靖国神社関連の啓蒙書も多く書いておられます。高森明勅先生は、つくる会の教科書の古代史の責任者として奮闘してこられました。
 こういった、左翼全盛の時代に身体を張って正論を唱えてこられた業績を無視して、某ロボット学者といっしょくたにして罵倒する自称保守派には怒りを覚えます。
 たとえ結論は自分と違っていても、左翼史観との「戦歴」に敬意を表するべきです。


■■■[甲]多子が普通であった ■■■

 世界でもっとも古い皇統が男系で維持された理由の一つとして、上記があります。
 ところが現在では、著しい少子化です。
 この少子化は、皇室でも国民一般でも変わりません。
 じつは、天皇や皇族方の生き方は、一般国民の生き方に沿っておられるのです。

(1)昭和のはじめ、国民の一組の夫婦が持つ子供の数が平均五人ていどで、かつ男子が産まれるまでは出産を続ける風習があったとき、皇室でも同様でした。
(2)昭和二十年代以後、国民の一組の夫婦が持つ子供の数が二〜三人となりますと、皇室でも同様になりました。
(3)その後国民の間で少子化がすすんで、一組の夫婦が持つ子供の数が二人を切ると、皇室でもそうなりました。
(4)さらに国民の間で男子が産まれなくても満足して出産を中止するようになりますと、皇室でもそうなりました。
(5)またさらに、国民の間で結婚年齢が高齢化しますと、皇室でもそうなりました。

 おどろくほどの一致なのです。
 したがいまして、[甲]を復活させるためには、われわれ国民が少子化を克服することが必須条件だと思います。
 そしてその大元には、愛国心があるべきだと思っております。


■■■[甲]についての悲惨な現状 ■■■

 いま憂慮しておりますのは、保守派の論客にも、少子化に甘んじている方が多いのでは――という事です。
 昨日記しましたように、皇室の生き方は一般国民の生き方に沿っておられます。
 ですから、皇統の永遠を願う国民としては、まず第一に、自分自身が少子化を克服する必要があります。

 私自身は、結婚するとき、皇統などの高尚な事は考えておりませんでしたが、ただ、一組の夫婦の子供の数が二人以下では国が滅びる――という数学は分かっていましたから、家内にその数値を説明して納得してもらって、三人目をつくり、最低限の義務を果たしました。
 妻は文系ですが数学が好きでして、そういう理論はすぐに理解するのです。
(数学というほど難しい問題ではありませんが(笑)、要するに感情ではなく理屈で納得するという意味です)

 しかし、社会の風潮はそうでなかったため、三人目が生まれたとき、「産児制限に失敗したのだろう」と知人にからかわれて、憤慨いたしました。
 その知人は善良な人物でしたが、日本の将来の人口について国民の一人一人が責任を負っている――という私の考えは、理解できないようでした。

 私は同人誌を編纂していますし、また大学で教えた経験もありますので、三十代から五十代くらいの人たちと話す機会が時々あります。
 その多くは、非左翼的な人ですが、それでも、子供の数の問題になりますと、どうもピンと来ないようです。
 先日会った中にも、もう四十歳を過ぎているのに結婚していない男性が何人もおられ、その集団での平均の子供の数は0.5という悲惨な状態でありました。


■■■ 主張の迫力 ■■■

 当然ながら、子供を持っていない、または子供の数が少ない人は、皇統の問題について語る資格は無い――などとは申しません。
 いろいろな事情がおありだろうからです。
 ただ、特別な理由がなくて相当な年齢になるのに子供の数がゼロか一人くらいの方から、「男系死守、万世一系万歳」といったシュプレヒコールを聞かされても、いまいち迫力を感じないこともまた事実であります。

 昨日の後半に記しました(1)〜(5)の実情に照らしまして、皇統を大切に思うのならば、まず第一に自分自身が子供を三人以上つくる努力をなすべきだと思います。
 その努力をしないでいくら叫んでも、事態は改善いたしません。

 本に書きました数値結果によれば、いまのような少子化が続きますと、男系どころか女系を認めたとしても、皇統は断絶し、同時に日本は滅亡するのです。


■■■ むずかしい[乙]の問題1 側室の是非 ■■■

[乙]側室を持つことが常識であった。
 ――という二番目の項目については、意見が大きく分かれるようです。
 第一の分かれ目は、「側室の是非」ですが、これは、資料と論理で考えますと、「是」とせざるをえません。
 つまり、モラルの観点から、拒絶反応を示す人が多いのですが、もし皇統の永遠を願うとすれば、これまで男系が継続した大きな理由が[乙]である以上、「是」とする以外に方法が無いのです。
 私の主張は誤解されることが多いのですが、

〈ア〉側室の否定
〈イ〉男系皇統の永続

 ――の二つが両立しないことは、数値検討によって明かなのです。

 だいぶ前になりますが、ある保守系の掲示板で私が、「もし側室を認めなかったとしたら、皇統が奈良時代まで続いたかどうかも疑問だ」と述べましたところ、保守系の人からたちまち罵声が飛んできました。
「ずっと続いた筈だ」――と。
 しかし、高森明勅先生の精査によりましても、私が『皇統の危機に思う(栄光出版社)』に書いた計算結果によりましても、それはとうてい無理なことです。
 どんな罵声でも、数値的な資料と正しい論理に基づくものなら甘受いたしますが、資料も論理もない罵声では、どうしようもありません。

 ただ、現実問題としまして、現在のモラルの観点から、側室の是認は無理があります。
 では、どうしたらよいのでしょうか?
 それが、第二の分かれ目です。


■■■ むずかしい[乙]の問題2 近未来医学の是非 ■■■

 皇室の生き方は国民一般の生き方に沿っておられるのですから、一般国民のモラル観や風習に大きく反する「側室制度」を復活させることは、極度に困難です。
 保守系の掲示板で「側室賛成」という主張を繰り返す方もおられ、それは一理あるのですが、常に反対意見が登場しています。

 そこで考えられる打開策が、結果としては側室に近い効果を持つ医学的方法の採用です。
 これに対しても、神聖な皇統を人工的につくるのか――という拒絶反応は当然起こります。
 しかし医学の進展は、一昔前には考えられなかった効果を実現しています。
 このたびの、秋篠宮妃殿下のご出産という慶事でも、百年前には想像もできなかったような医学が用いられています。
 超音波診断・帝王切開・麻酔・抗生物質なども、昔は考えられなかったことですが、もしそれを伝統に反するとして拒否していたら、おそらくは妃殿下も親王殿下もお命を落としておられたでしょう。

 医学的手法を駆使した妊娠出産につきましては、日本の厳しい法律では強い制限がありますが、世界的には相当な例があるようです。
 男女生み分けの技術もかなり進歩しているらしい。
 したがいまして、実質的に側室に近い効果を持つ医学的方法が、今後国民に徐々に普及してゆく可能性はかなりあります。
 そうすれば、皇室におけるそのような処置も、次第に可能になってくると考えます。
 今すぐというのは無理がありますが・・・。


■■■ 不可欠な[丙]の容認 ■■■

 三番目の――
[丙]遠い血縁でも可とした。
 ――ですが、これもまた、甲乙と並んで、皇統永続には不可欠です。
 高森明勅先生によれば、嫡系では最大四代。庶系でも最大十六代というのが過去の歴史だそうですから、[丙]が欠けたら、皇統の断絶は目に見えています。
 これは、仮に女系を認めたって同じです。

 一般の家系で言えば、本家だけでの永続は不可能だという事です。
 側室を何十人かかえようと、当主が不妊症ならそれでおしまいですし、世継ぎが夭折してもおしまいです。

 民間にも、男系が続いている古い家系はありますが、それは養子を迎えているからです。
(オロモルフの家にしても、私で十八代というのは、養子を含めてのことです)
 その養子を、男系が継続している分家から迎えることもよくありますが、それを皇室に当てはめれば、それが[丙]です。

 というわけで、旧宮家の復活は急務だと思います。
 ただし難問題もあります。
 一つは、すでに男系が断絶してしまっている旧宮家がたくさんあるらしい、という事です。
 もう一つの難関は人選です。
 人格面、健康面、思想面、宗教面において、皇族に相応しい方でなければなりません。
 その選択と、選択されなかった方々への処遇など、そうとうな困難が予想されます。
 これについて論考するためには、まずは資料が必要ですが、それが不明です。
 現在候補にのぼる方はどなたとどなたなのか――というデータすら見つからないのです。

 しかし、とりあえずの皇統を支えるためには、男系としては遠い血縁であっても、旧宮家の復活は急務だと思います。


■■■ まとめ1 ■■■

[甲]多子が普通であった。
[乙]側室を持つことが常識であった。
[丙]遠い血縁でも可とした。

 ――の三項について、ごちゃごちゃと記してきましたが、一応の結論をまとめてみます。

[甲]→国民の側が少子化克服に努力することが急務。
[乙]→もっとも困難な問題だが、避けて通ることはできない。
[丙]→とりあえずは、旧宮家のなかの適切な方に、何らかの方法で復帰いただく。

 このうち[乙]につきまして附言しますと、まず、
「昔と同じような側室の復活」
 ――は、不可能だと判断します。
 国内だけではなく、国際的にも批判されるでしょう。
 しかしながら、

「側室を認めないで男系皇統の永続は不可能」
「側室を認めないと、女系でさえ永続は困難」

 ――という厳しい現実の数値が立ちふさがります。


■■■ まとめ2 ■■■

 すこし視点をかえて、[甲][乙][丙]を、意見のまとまりと実現性から見てみます。
[甲]は、意見は比較的纏まりやすいが、実現はきわめて困難です。
 なにしろ現状の合計特殊出生率が1.3の超少子化で、それが1.4になれば大喜びという有様ですから、これを3以上にするのは至難です。

[丙]は、[甲]よりは多少意見のまとまりは悪いが、実現性は[甲]よりは上でしょう。

 この二つに対して[乙]は、現状では、意見がとうてい纏まりそうもありません。

 私は、医学的方法を避けての男系永続は無理だと考えておりますが、おそらくは、つぎの二者択一を迫られると思います。

ア「側室に似た効果をもつ医学的方法を導入してでも男系を維持する」
イ「医学的方法は拒絶して女系を認める」

 ちらちらと述べましたように、私は女系を認めても永続は苦しいと予想していますが、とりあえずはこういう分かれめにあると思います。

 私は元々技術系の研究者なので、どんな問題でも技術屋的な発想での分析となりまして、一般受けしないことは自覚しております。
 しかし、結論が異なることをお分かりの上で田中卓先生や高森明勅先生が親切に対応してくださるのは、困難性への認識(数値データ)が共通しているからだと思います。

 私の数値検討は下記にあります。
↓↓↓↓↓
『皇統の危機に思う』(1600円)

 ついでながら、
『靖国神社に参拝しよう』(1500円)
 もどうぞ。

 いずれも栄光出版社(Tel 03-3471-1235/Fax 03-3471-1237)
 ↓↓↓↓↓
http://www.eiko-books.co.jp/


■■■ 付録 ■■■

 田中卓先生と新田均先生の論争につきまして、いま私の手元にあります資料は、

◎田中卓『女系天皇で問題ありません』「諸君!」平成十八年三月号
◎新田均『女系天皇は、なりません』「諸君!」平成十八年四月号
◎田中卓『“女系天皇”の是非は君子の論争で』平成十八年五月号
 ・・・です。

 上の三編は一般雑誌に書かれていますので、素人でも読むことは可能です。
 田中卓博士の古代史における輝かしい業績につきましては、
『田中卓著作集全十二冊』(国書刊行会)
『田中卓評論集』(青々企画)
 によって知ることができます。
 新田均博士につきましては、詳しいことは存じませんが、
『「現人神」「国家神道」という幻想』PHP研究所
 が、啓蒙書としては有名だと思います。
 近代における神道問題を研究しておられるようです。
 自虐史観との戦いでも知られる方です。

 私には、論争の内容を論評するような力はありませんが、どちらが正しいにせよ、新田先生の言動には、いささか疑問を持っております。
 新田先生が皇學館大学に招かれたのは、田中卓先生が学長の時代であり、したがって田中先生は新田先生の、いわば就職の恩人です。
 また、同じ大学で教鞭をとる大先輩であり恩師でもあります。
 この二つを除いたとしても、親子以上もの年齢のひらきがあります。
 ですから、新田先生の言動は、
「老人や恩師や先駆者を大切にすべし」
 ――という修身・道徳教育の根幹に反すると思うのです。
 公表された論争は、純朴な皇學館の学生さんたちが読んでいて影響を受けるのですから、教育的配慮が不足――と言われてもやむを得ないと思います。

 もし私が新田先生と同じ考え同じ立場だったとしたら、次の行動をとると思います。
「田中先生への反論という形式はとらず、正規論文の形で自説を公表する」
「ひそかに田中先生宅を訪問して、最大の敬意をはらいつつ、諫言申し上げる」

 諫言とは本来、相手に恥をかかせないよう最大限の配慮をしつつ、密かになすべきだと思います。とくに親子以上も年齢の違う恩師/恩人への諫言は・・・。

(先頃話題になりました西尾幹二先生と八木秀次先生の論争に対しても、似た感想を抱いています。もちろん新田先生も八木先生も、その憂国の志については心から尊敬しておりますし、議論の内容も「なるほど」と思うことが多いです)



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