■□■□■ 朝鮮の戸籍制度――韓国の新家族制度と戸籍――〔「戸籍制度」の基礎知識〕(解法者)■□■□■

◆◆◆ 朝鮮の戸籍制度(41) 投稿者:解法者 投稿日:2008年11月15日(土)11時15分26秒 ◆◆◆

>韓国の新家族制度と戸籍(1)<

 韓国でこの度、新しい家族制度がスタ−トし、これに伴って戸籍制度も変わると思われる。
 これを紹介したい。「辻本 武」さんの情報をそのまま提示する。

戸主制・本籍表記法が変更
 韓国の戸籍法が改正された。戸主制度が廃止され、それに代わる新しい家族制度が2008年1月1日からスタートした。家族制度は全面的に変わることになる。韓国籍を保持する在日韓国人は制度面だけではなく、意識の面でも影響を受けそうだ。(鄭重国)

時代の流れ
 この新しい家族制度は、家族中心主義から個人中心主義へと変わることを意味している。韓国政府は時代の流れに合わせ法律を改正したと説明している。
 従来と異なる点は、(1)戸主制度の廃止(2)父姓主義原則の修正(3)姓変更制度(4)親養子制度などだ。
 戸主制度の廃止は、戸主を中心にした家単位での戸籍編制方式から国民個人別の登録基準地による家族関係登録編制となった。「家」の根拠でもあり、戸籍編制の基準でもあった法律上の本籍概念も廃止になった。本籍概念を韓国人は「プリ」(根っこ)と言い習わしてきた。本国から離れて暮らす在日韓国人はなおさら、自らと祖国をつなぐ「プリ」としてそれを重要視してきたのだが、それが消滅することになった。
 (2)の「父姓主義原則の修正」は、在日韓国人にとってはある意味で本籍概念の消滅以上に深刻だ。新制度は修正で、父系血統主義を否認するものではないとし、子女の姓と本貫(氏族発祥の地)は父方を原則にするとしているが、婚姻当事者間の協議により、母方の姓と本貫の変更が可能となる。本貫も消滅する状況だ。姓変更制度は、韓国社会の
家庭問題を反映している。最近は離婚や再婚が増加しており、社会的問題になっている。子女が新しい家庭で幸せに暮らせるようにすることが求められている。親養子制度は、再婚家庭の問題に対応したものだ。満15歳未満者に対して家庭裁判所の親養子裁判を受けて実の親子関係の権利を受ける制度だ。この制度では裁判で養父の姓と本貫に変更ができ、生みの親との親戚関係は完全に消滅する。
 新たな証明書の種類は、(1)家族関係証明書(2)基本証明書(3)婚姻関係証明書(4)養子関係証明書(5)親養子入養関係証明書となっている。


◆◆◆ 朝鮮の戸籍制度(42) 投稿者:解法者 投稿日:2008年11月15日(土)11時12分55秒 ◆◆◆

>韓国の新家族制度と戸籍(2)<

 この新家族制度自体は欧米諸国のものと類似しており、特に珍しいものではない(拙稿「欧米諸国の家族制度と身分登録制度」参照)。ただ、韓国にとっては画期的な改革であることは疑いの余地はない。
 日本でも戦後の民法改正と家制度の廃止に伴いGHQが日本の司法省との会談のなかで「戸籍を個人個人に作成してはどうか」と質している(「現行戸籍法立法関係資料 V」〔『戸籍』458号 1983年1月30日36頁〕。これに対し司法省は「民法改正案によって『家』はなくなった。そこで戸籍は一人一人別にして作るのがよかろうが、それは非常に手数がかかり面倒である。(中略)経済力が回復すれば一人戸籍にしたいのだが、今は無理である」(前掲書 46頁)と述べ、GHQを説得している。どの時代でも支配国は被支配国の制度を自国の制度に変革するものである。日本の法制度の多くおよび教育制度はアメリカ法制度に変革させられたことがこれを物語っている。日本が朝鮮を支配し、朝鮮の制度を日本型に変革したのは自然の流れだったのであろう。
 この度の韓国の新戸籍は戸籍を1人1人別にして作り、1葉の用紙に出生、婚姻、死亡など身分関係の変動を載せ、また必要最小限の相続関係(父母、子)を記載すると考えるが、そういう形式ならばドイツ式でそれがバラバラなイギリス・アメリカ・フランスとは異なる。ただ、どちらを採るのかは実物を見ていないが、どうやらドイツ式の「家族簿」
形式となるようだ。ドイツ式「家族簿」と日本の「戸籍」は一見「家族関係」の帳籍で同じように思えるが、似て非なるものであることは、「欧米諸国の家族制度と身分登録制」および「日本の戸籍制度」で説明してある。


◆◆◆ 朝鮮の戸籍制度(43) 投稿者:解法者 投稿日:2008年11月18日(火)11時03分53秒 ◆◆◆

>韓国の新家族制度と戸籍(3)<

 『創氏改名を非難する人たちは、朝鮮人にとって名前を変えることは先祖を売り渡すものだなどと言っていました。彼らは今度の韓国の制度変更をどのように考えているのか、聞いてみたいものです』(辻本 武投稿日:投稿日:2008年 1月20日(日)11時08分7秒)〔http://8313.teacup.com/tsujimotota/bbs〕は、私も聞いて見たいところである。しかし、先のとおり、韓国人戸籍専門家は光復節以後の韓国戸籍制度の検討についてそれまでの日本戸籍制度との関係を深く洞察している研究を行っているとは思えない。つまりこれに接してない(「崔 弘基」も光復節以後の韓国戸籍制度にほとんど触れてない)。これは日本統治を非難しながらそれから脱却できてないという「恥」は無視したいという意識が働いているものと考えるがどうだろうか。
 そのことよりも言いたいのは、次のことである。
 韓国の新戸籍制度は欧米型を採用するもので、韓国で近頃ははやりの個人主義を貴重とするものであるが、これまでの家門主義(父系血縁主義)とは大きく異なるものである。もっとも家門主義は戸籍上は戸主制度に取って変わられているが、「族譜」も尊重されており韓国人の意識の中には家門主義が基調となっている。この度の新戸籍制度は「反日キャンペ−ン」の一環として「戸主制度」の撤廃によるものと思うが、それが一気に「身分登録制度」の採用による「戸籍制度」の廃止をもたらした。民主主義者・個人主義者の煽動によるものであろうが、果たして国民の賛同をえられるか疑問である。そればかりか、新戸籍制度までの戸籍制度は日本の戸籍制度によるものである。日本の戸籍制度は次のとおり世界で一番優れている戸籍制度である。日本は朝鮮に良い戸籍制度を移入したものである。韓国人もそれを承継してきた。
 日本の戸籍制度は人の出生から死亡までの重要な身分変動を逐次継続的かつ統一的に記載するもので、身分関係の登録公証制度としては諸外国にも類を見ない完備した制度である(「現行戸籍法の回顧と展望(上)」大森政輔〔『戸籍』447号〔昭和57年2月28日〕1頁〕)。
(拙稿「日本の戸籍制度」参照)


◆◆◆ 朝鮮の戸籍制度(44) 投稿者:解法者 投稿日:2009年 3月 2日(月)11時52分6秒◆◆◆

>韓国の新家族制度と戸籍(4)<

 韓国の戸籍制度が「戸」単位から「個人」単位に変更になったことは前述のとおりであるが、この度、その「家族簿」を入手したので提示したい。ドイツ式のものと考えてよい(アメリカ、イギリス、フランスなどでは「家族簿」がなく、完全の「個人簿」〔「出生簿」、「婚姻簿」、「死亡簿」など〕となっている)。

         家族関係証明書

 登録基準地   忠清北道 永同郡 龍山面 栗里 305番地

 区分   氏  名  生 年 月 日  住民登録番号    本 貫
 本人   金 哲勲  1954年03月31日  540331-1267860   慶 州

 家族事項

 区分   氏  名  生 年 月 日  住民登録番号    本 貫
 父    金 吉鉄
 母    徐 明子  1930年06月05日  300605-2386337   龍 宮

 配偶者  李 昭子  1959年11月10日  591110-2386126   徳 山
 長女   金 惠苑  1983年10月16日  831016-2163458   慶 州
 長男   金 俊道  1985年05月28日  850528-1187668   慶 州

 従来のもの(「戸籍簿」)との違いは、@ 戸主の記載がない、A 出生地の記載がない、B 誰の申告による入籍の記載がない、C 届出日の記載がない、ことにある。一番の違いは「戸主」の記載がなくなったことである。これは「戸」単位から「個人」単位に変更になったので当然のことである。「戸」単位に身分を編成しないので、もはや「戸籍」とは呼ばない。この変更は「金 大中」以後の民主勢力の賜物である。日本でも身分の把握を「戸」単位から「個人」単位に変更しようとする動きがあるが、基盤は同じ個人主義、民主勢力である。このままいくと韓国と同じになる。民主党が政権を握ったら「夫婦別姓」の導入と合わせて「戸籍」制度の廃止を画策して来る。本日(2009年3月2日〔月〕)
の産経新聞 東京版朝刊 「正論」(大原康男)〔7面〕)で「夫婦別姓」の民主党による導入の可能性があると指摘されている。
 なお、さすがに「本貫」を残している。これも払拭したかっただろうが、国民の反対を恐れて妥協したものであろう。


◆◆◆ 朝鮮の戸籍制度(45) 投稿者:解法者 投稿日:2009年 3月20日(金)00時35分36秒◆◆◆

>韓国の新家族制度と戸籍(5)<

 この度、大韓民国の独立運動家「申 采浩(シン・チェホ)」などに「韓国の新家族制度」創設に伴い2009年3月18日に「家族簿」を創設したとの報道がなされた(下記「中央日報」)。

 しかし、韓国政府は何をやっていたんだろう。日本の統治が終わった1945年8月15日以降に「戸籍簿」を創設できたのに怠っていた。次の記事はこうした韓国政府の<任務懈怠>を糾弾しない。また、オカシイのは本人および家族は一体<本人が無国籍であるというのに>に何をやっていたのだろうということだ。
 さらに疑問なのは>日本が1912年に戸籍制を導入した際、申采浩らは日本の戸籍に名前を載せることはできないとして登録を拒否した<ことだ。まず、朝鮮総督府が導入した「戸籍制度」はその前の統監府が設置された時代の1909年〔明治42年〕の「民籍法」(法律第8号〔隆熙3年3月〕)および「民籍法執行心得」(内部訓令第39号〔隆熙3年3月〕)が制定された(以下「隆熙戸籍」という)をそのまま適用したもので、日本の戸籍制度はその前から導入されていており、<日本が1912年に戸籍制を導入した>というは明らかに誤り。しかも、戸籍の申告は<強制>であり、懈怠には罰則が設けられていた(第6条)。
 したがって、当時の状況から、真相は彼らが日本の導入した戸籍制度に反対して登載を拒否したのではなかろうかと考えられる。

 <糾弾>すべきは彼らか、その後の韓国政府であって日本ではない。この記事を書いた記者は韓国の戸籍研究家に尋ねれば直ちに記事が誤りだったと指摘を受けたはずだ。問い合わせることなく持ち合わせの知識で書いたもので、全くの勉強不足だ。
 日本について何を言ってもいいということは韓国内では通じるが、遠く日本からこうした記事を見ている研究者がいるということを忘れないでもらいたい。

>ソウル家庭裁判所は申采浩(シン・チェホ)ら独立運動家62人の家族関係登録簿(過去の戸籍)創設を認めたと18日、明らかにした。

 日本が1912年に戸籍制を導入した際、申采浩らは日本の戸籍に名前を載せることはできないとして登録を拒否した。 光復(解放)後、政府が戸籍に登載された人に限り大韓民国の国籍を付与したため、申采浩らは事実上、無国籍者になった。

 2009年2月6日、独立運動家が戸籍を持たずに死亡した場合も家族関係登録簿を作成できるようにした「独立有功者優遇に関する法律」が施行され、国家報勲処は今月5日、裁判所に家族関係登録簿創設許可申請書を出し、裁判所はこれを許可した。

 裁判所は登録簿が作成されるよう対象者の登録基準地(過去の本籍)の市(区)・邑・面長に許可謄本を送った。「申 采浩」は息子の登録基準地であるソウル鍾路区公平洞(チョンログ・コンピョンドン)56番地を基準地とした。 このほか、「徐 一」(ソ・イル)、「安 武」(アン・ム)、「尹 燮」(ユン・キソプ)も家族関係登録簿を持つことになった。<

◆ 中央日報
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=112835&servcode=400§code=400
★ 民籍法
    http://ameblo.jp/dreamtale/day-20070820.html
    http://ameblo.jp/dreamtale/day-20070821.html
    http://dreamtale.ameblo.jp/dreamtale/entry-10044294048.html


〔この稿 完了〕

(以下 日本統治時代の台湾・満州の戸籍制度さらに最終章日本の戸籍制度へと続く)


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