■■■ 小学生の日本神話11――古事記「日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命」――(オロモルフ)■■■


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4332『小学生の日本神話355』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月25日(木)11時23分31秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命1

日子穂々手見命(ひこほほでみのみこと):神武天皇の祖父にあたる
鵜葺草葺不合命(うかやふきあえずのみこと):神武天皇の父にあたる

<一、海神の国へ1>

 生まれたご兄弟のうち、兄の火照命は、海幸彦(海の獲物を捕る男/*1)として大小の魚を捕り、弟の火遠理命は、山幸彦(山の獲物を捕る男)として毛の荒い獣と毛の柔らかい獣(*2)を捕っていました。

*1:幸は原文では佐知で、漁や猟の道具で、釣り針や弓矢を指すそうです。またその獲物を指します。そこから転義して現在一般的な幸の用法が生まれたらしいです。本来的な幸の用法は現在でもあり、山で採れた食べ物を「山の幸」などと言います。

*2:これは、神や天皇に献上する食べ物を言う時の慣用句だそうです。

 なおこれからしばらくの間は、兄の火照命を海幸彦、弟の火遠理命を山幸彦と記すことにします。よく知られた話ですので・・・。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4336『小学生の日本神話356』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月27日(土)10時35分54秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命2

<一、海神の国へ2>

[承前]

 山幸彦は海にあこがれて、兄の海幸彦に対して、
「道具を取り替えて使ってみたいのです」
 ――と言って、兄の持っている魚を獲る道具をほしいと三度も頼みましたが、海幸彦はなかなか承知しませんでした。
 しかし何度も頼んだので、ようやく取り替えて使ってみることが出来ました。
 喜んだ山幸彦は、魚をとる道具で魚釣りをしてみましたが、一匹も釣れませんでした。
 さらに釣り針を海中に落として失ってしまいました。
 そこへ兄の海幸彦がやってきて、
「山の獲物も海の獲物も、自分の道具でなければうまくは得られないようだ。だから道具は互いに返そう」
 ――と言って、釣り針を返すように命じました。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4340『小学生の日本神話357』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月29日(月)12時34分3秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命3

<一、海神の国へ3>

[承前]

 兄海幸彦の言葉に弟の山幸彦は答えました。
「お借りした釣り針で魚を釣ろうとしましたが、一匹も釣れず、とうとう海で失ってしまいました」
 すると海幸彦は怒って、どうしても返すようにと、山幸彦を責めました。
 山幸彦はしかたなく、腰に帯びた十拳の剣を砕いて、五百もの(たくさんの)釣り針を作って差し出してお詫びしようとしましたが、海幸彦は受け取りませんでした。
 山幸彦はさらに一千もの(さらにたくさんの)釣り針を作って差し出しました。
 しかし海幸彦はそれも受け取らず、
「わたしが貸した本物の釣り針を返しなさい」
 ――と責めました。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4344『小学生の日本神話358』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月31日(水)12時02分56秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命4

<一、海神の国へ4>

[承前]

 兄のこの言葉を聞いて、弟の山幸彦は海辺に立って嘆き泣いていますと、塩椎神(しおつちのかみ/*1)が近づいてきて、
「どういうわけで虚空津日高(そらつひたか/*2)が悲しんでいるのですか」
 ――と訊ねました。
 そこで山幸彦は話しました。
「兄と獲物を捕る道具を取り替えたのですが、私は兄海幸彦の釣り針を失ってしまったのです。たくさんの釣り針をつくって渡しましたが、兄は元の自分の釣り針をよこせ――といってききません。それで困って泣いていたのです」

*1:「しおつち」の「しお」は潮流。「つ」は連体助詞。「ち」は霊。航海するときに潮流を読む神。

*2:山幸彦=火遠理命の別名。陸地から仰ぎ見る神。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4348『小学生の日本神話359』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月 2日(金)10時48分21秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命5

<一、海神の国へ5>

[承前]

 その山幸彦の嘆きを聞いた塩椎神は、
「そういうことならば、私が、あなた様のために良い方法を考えてさしあげましょう」
 と言うと、すぐさま、隙間の無く竹を編んだ籠のような小舟を造りました。
 そしてその小舟に山幸彦を乗せると、こう教えました。
「私がこの小舟を押したら、しばらくはそのままにしていなさい。すると良い潮流があるはずですから、その潮路に乗って行きなさい。そうすると、鱗のようにずらりと建物が並んだ宮殿に行き着きます。そこが綿津見神(わたつみのかみ/*1)の宮殿です。その入り口のそばの井戸のほとりに神聖な桂の木があります。その木の上に登っていると、綿津見神の娘があなたを見つけて、相談に乗ってくれるでしょう」

*1:海神。海神の宮殿とはすなわち竜宮城です。このような海神は安曇氏の奉斎する神だそうです。綿津見三柱の海神は前に出てきました。伊邪那岐神が禊ぎした時に生まれた御子です。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4352『小学生の日本神話360』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月 4日(日)12時35分25秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命6

<一、海神の国へ6>

[承前]

 山幸彦は、塩椎神が言ったとおりにしたところ、無事に海神の宮殿に着きましたので、井戸のそばにあった桂の木に登りました。
 すると、海神の娘の豊玉毘売(とよたまびめ/*1)に仕える女が、綺麗な器を持って水汲みにきました。
 女が井戸の水を見ると、そこに光るものが映っていましたので、仰ぎ見ると、立派な青年が桂の木にいました。
 女は不思議なことだと思いましたが、そのとき山幸彦は、「水がほしい」とおっしゃいました。
 女はすぐに水を器に汲んで、差し上げました。

*1:豊かな真珠に神霊がよりつく巫女といった意味だそうです。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4356『小学生の日本神話361』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月 6日(火)11時09分32秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命7

<一、海神の国へ7>

[承前]

 器を受け取った山幸彦は、その水は飲まずに、首にかけられていた玉飾りをほどいて宝玉を口に含み、それを器の中に入れました。
 するとその宝玉は器にくっついてしまい、女が取ろうとしても取れませんでした。
 そこでしかたなく、宝玉がついたままの器を豊玉毘売に差し出しました。
 豊玉毘売はその器を見て、
「誰か人が門の外にいるのですか」
 ――と訊ねました。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4360『小学生の日本神話362』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月 8日(木)10時48分53秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命8

<一、海神の国へ8>

[承前]

 召し使いの女は答えました。
「井戸のほとりの桂の木の上に人がいらっしゃいます。とても立派な青年です。わたしたちの王にもまして高貴な御方です。その御方が水がほしいと言われたので、差し上げたところ、水は飲まずに宝玉を器に吐き入れたのです。その宝玉は器から離れません。それで、そのままにしてここに持って来たのです」
 豊玉毘売命は不思議なことだと思い、外に出て、桂の木の山幸彦を見た。
 姫はたちまち山幸彦が好きになり、その思いを眼で知らせると、家に戻って父親の綿津見神に報告しました。
「家の入り口に立派な御方がおられます」

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4364『小学生の日本神話363』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月10日(土)11時05分24秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命9

<一、海神の国へ9>

[承前]

 豊玉毘売の話を聞いた父親の海神は、外に出て山幸彦を見て、
「この御方は天津日高の巫女、虚空津日高(そらつひたか)だ、と言って、すぐに家の中に招き入れました。
 そして、アシカの皮の敷物を幾重にも重ねて敷き、その上に絹の敷物を幾重にも重ねて強いて、その上に山幸彦をお座らせしました。
 それからたくさんのご食べ物を用意し、ご馳走しました。
 こうして山幸彦は海神の娘の豊玉毘売と結婚し、海神の国に三年間暮らしました。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4368『小学生の日本神話364』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月12日(月)10時17分17秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命10

<一、海神の国へ10>

[承前]

 海底の海神の国での豊玉毘売との暮らしが三年たったある日のこと、山幸彦は、三年前にこの国にやってきた時の目的を思い出して、大きな溜息をおつきになりました。
 豊玉毘売は、この溜息を聞いて、父の海神に相談しました。
「山幸彦さまは、この国に住んで三年になりますが、その間ずっと溜息をつくことなど無かったのに、昨日の夜は大きな溜息をひとつつきました。これには、何か理由があるのでしょうか」
 そこで海神は山幸彦に訊ねました。
「今朝娘が、『三年おられて一度も溜息などおつきになった事無いのに、昨晩は大きな溜息をおつきになられました』と言っておりました。何かご事情がおありなのでしょうか。あなたさまがこの国に来られたのには、何か理由が有ったのでしょうか」

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4372『小学生の日本神話365』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月14日(水)11時51分54秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命11

<一、海神の国へ11>

[承前]

 この問いに山幸彦は、失った釣り針と兄の件を、くわしく説明しました。
 それを聞いた海神は、海にいる大小さまざまな魚をすべて集めて、訊ねた。
「おまえたちの中に、釣り針を取った者はいないか」
 すると魚たちは、
「ちかごろ、鯛が、『喉に骨が刺さって物が食べられない』と嘆いいました。ですから、それが釣り針なのでしょう」
 と答えました。
 そこで海神がその鯛を呼んで、喉を探ると、そこに釣り針がありました。
 海神はすぐにそれを取り出して洗って山幸彦に渡しました。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4376『小学生の日本神話366』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月16日(金)10時50分12秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命12

<一、海神の国へ12>

[承前]

 釣り針を渡したとき海神の綿津見大神は、山幸彦に、つぎのように話しました。
「この釣り針を兄上の海幸彦にお返しするときに、『この釣り針は、ぼんやりする針、心が荒れ狂う針、貧しくなる針、愚かになる針』と言って、後手に(*1)渡しなさい。そうして、兄上が高地に田を作ったら、あなたは低地に作りなさい。兄上が低地に田を作ったら、あなたは高地に作りなさい。そうしたら、わたしは水を支配していますから、三年のあいだ、兄上は収穫がなく貧乏になるでしょう。もしそれを恨んで攻めてきたら、塩盈珠(しおみちのたま/*2)を出して溺れさせなさい。もし嘆いて許しを求めてきたら、塩乾珠(しおひのたま/*3)を出して生かしなさい。このようにして兄上を苦しめればよいでしょう」
 そして海神は、山幸彦に、塩盈珠と塩乾珠を授けました。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4380『小学生の日本神話367』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月18日(日)12時47分9秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命13

<一、海神の国へ13>

[承前]

 それから海神は、すべてのワニ(*1)を集めて申しました。
「いま、天津日高の御子、虚空津日高(そらつひたか)さまが、地上の国にご出発なさろうとしている。お前たちのなかで、誰が幾日でお送り申し上げて復命するか」
 すると、めいめいがそれぞれの身長に合わせて日数を述べたなかで、身長一尋(*2)のワニが、
「私は、一日でお送りしてすぐに帰ってまいります」
 とお答えしました。
 海神は、
「それならお前がお送りして差し上げなさい。海原を渡るときは、怖い思いをさせないように注意しなさい」
 ――と命じ、山幸彦をそのワニの背中に乗せて、お送りしました。
 ワニは約束どおり、一日で山幸彦を地上に送り届けました。
 山幸彦は、ワニが帰ろうとするときに、身に帯びた小刀を、ワニの背中に結びつけました。
 そのため、この一尋ワニは、佐比持神(さひもちのかみ/*3)と呼ばれているのです。

*1:前に出ましたが、鮫のことと考えられます。

*2:両手を広げた長さ。

*3:「さひ」は刀剣のこと。鮫の鋭い歯のいわれを記しています。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4384『小学生の日本神話368』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月20日(火)08時50分22秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命14

<一、海神の国へ14>

[承前]

 地上に戻った山幸彦は、海神に教わったとおりの態度で、釣り針を海幸彦に返しました。
 それ以後海幸彦はしだいに貧しくなり、気持ちが荒々しくなり、山幸彦を攻めてきました。
 そのとき山幸彦は、海神に貰った塩盈珠を取り出して溺れさせました。
 海幸彦が困って許しを求めてくると、塩乾玉を取り出して救いました。
 このようなことが有って、海幸彦は山幸彦にお詫びして、
「わたしはこれからは、あなたを昼夜守る役目となります」
 ――と申しました。
 それで、今に至るまで(*1)、溺れたときの様々な姿を演じて(*2)、朝廷に仕えているのです(*3)。

*1:海幸彦の子孫は

*2:大嘗祭の時に演じられる隼人舞の因縁譚。『日本書紀』の一書にはもっと詳しく出ています。

*3:この物語は、大和朝廷の先祖と九州南部の豪族だった隼人族との軋轢と融和の神話化なのでしょう。海幸彦の子孫とされる隼人一族は朝廷の宮門を守るのが役割でした。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4388『小学生の日本神話369』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月22日(木)10時18分0秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命15

<二、鵜葺草葺不合命の御降誕1>

 山幸彦が陸に戻ったあと、海神の娘の豊玉毘売は、自分で海神の国を出て山幸彦のもとを訪ねて、申しました。
「わたしのお腹には御子がおります。いま生まれようとしています。考えてみますと、天つ神の御子を海原で生むわけにはまいりません。そこでこうして陸地にやってきました」
 そしてすぐに、その海辺に、鵜の羽で屋根を葺いて産屋を作ろうとしました。
 ところが産屋の屋根を葺きおえないうちに、出産がせまり、豊玉毘売は産屋にお入りになりました。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4392『小学生の日本神話370』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月24日(土)09時30分34秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命16

<二、鵜葺草葺不合命の御降誕2>

[承前]

 まさに御子が生まれようとするとき、豊玉毘売は、山幸彦に対して、
「他の国の人たちは、子を産むときは、自分の国での姿になって産みます。ですから私も、本来の姿になって御子を産もうと思います。どうか産むときの私の姿を見ないでください」
 と願いました。
 山幸彦はその言葉を不思議に思って、豊玉毘売がまさに御子を産もうとするとき、その様子をこっそりと覗いてしまいました。
 すると豊玉毘売は大きなワニの姿に変わって、腹ばいになって動いていました。
 それで山幸彦はとても驚いて、逃げ去りました。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4396『小学生の日本神話371』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月26日(月)10時18分22秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命17

<二、鵜葺草葺不合命の御降誕3>

[承前]

 豊玉毘売は、山幸彦がのぞき見したことを知って恥ずかしく思いました。
 そこで、生まれた御子をその場に置いて、
「わたしは、これからも海の道を通って海底と陸地の間を行き来しようと思っておりました。しかし山幸彦さまが私の姿をのぞき見なさったので、とても恥ずかしく、もう陸地に来ることはできません」
 と言って、海底と陸地の間をふさいで、自分の国へ帰ってしまいました。
 このようなことから、降誕なさった御子は、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(あまつひたかひこなぎさたけうかやふきあえずのみこと/*1)と申します。

*1:名前の前半は、尊称。後半は、「波限」=なぎさ、「建」=勇ましい、「鵜葺草葺不合」=鵜の羽で屋根をふき終えないうちに生まれた――の意味。
 この命が山幸彦=火遠理命=日子穂々手見命の御子で、神武天皇の父君にあたります。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4400『小学生の日本神話372』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月28日(水)11時23分4秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命18

<二、鵜葺草葺不合命の御降誕4>

[承前]

 このようなことがあってから、豊玉毘売は、山幸彦=火遠理命がのぞき見したことを恨めしく思っていましたが、それでも恋しいという気持ちは抑えられず、同母妹の玉依毘売(「*1)を陸に送って御子の養育係とし、その妹に託して、つぎの歌を山幸彦に献上しました。

 赤玉(*2)は 緒さへ光れど
 白玉(*3)の 君が装ひし 貴くありけり

 これに答えて山幸彦は、つぎのように歌いました。

 沖つ鳥(*4) 鴨どく島(*5)に
 わが率寝(*6)し 妹は忘れじ 世のことごとに(*7)

 このあと山幸彦=日子穂々手見命=火遠理命は、高千穂の宮に五百八十年の間おられました。
 その御陵は、高千穂の山の西にあります。

*1:魂に神霊が依りつく乙女。

*2:一般には琥珀。

*3:一般には真珠。

*4:鴨の枕詞。

*5:鴨が寄りつく島=海神の御殿

*6:一緒に寝た。

*7:妻のことは忘れない、命のかぎり。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4405『小学生の日本神話373』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 4月30日(金)11時26分50秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 日子穂々手見命と鵜葺草葺不合命19

<二、鵜葺草葺不合命の系譜>

 この天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命が、叔母にあたる玉依毘売命と結婚して生まれた御子の御名は、五瀬命(いつせのみこと/*1)、つぎに稲氷命(いなひのみこと/*2)、つぎに御毛沼命(みけぬのみこと/*3)、つぎに若御毛沼命(わかみけぬのみこと/*4)の四柱です。
 最後の御子のまたの名は豊御毛沼命(とよみけぬのみこと)、またの名は神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)です。

 この四柱の御子のうち、御毛沼命は波頭を伝って常世の国にお入りになり、稲氷命は亡き母の国である海原にお入りになりました。

*1:瀬は稲といわれます。

*2:稲氷は稲です。

*3:御毛は御食(みけ)です。つまりこの四柱の御子の名はすべて稲に関係があります。

*4:のちの神武天皇です。ここにも末子相続が見られます。

[つぎからいよいよ神武東征譚が始まります]


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