■■■ 小学生の日本神話10――古事記「忍穂耳命と邇邇芸命」――(オロモルフ)■■■


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4115『小学生の日本神話318』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月 9日(土)09時52分27秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命1

<一、葦原中国の平定>

 天照大御神は、
「豊葦原千秋長五百秋水穂国(とよあしはらのちあきのながいほあきのみずほのくに/*1)は、わが御子、正勝吾勝々速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと/*2)の治める国である」
 ――と統治を委任なさって、天からお降しになりました。
 すると天忍穂耳命は、天の浮橋(*3)の上にお立ちになって下界をご覧になり、
「豊葦原千秋長五百秋水穂国はたいへん騒がしい様子です」
 ――と、天上界に戻って天照大神に申し上げ、ご処置をお願いしました。

*1:高天原の神々の子孫が治めるべき葦原中国を祝福する呼び方です。

*2:天照大神の髪飾りの勾玉から須佐之男命が誕生させた神で、天照大神の御子です。天孫降臨の邇邇芸命の父神です。勝利を意味する名前らしいです。

*3:天界と地上を結ぶ橋で、軌道エレベータの先祖のようなものです。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4122『小学生の日本神話319』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月11日(月)11時04分37秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命2

<一、葦原中国の平定2>

 そこで高御産巣日神と天照大御神は、天の安の河の河原にすべての神をお集めになり、思金神(おもいかねのかみ/*1)こう仰いました。
「この葦原中国は、わが御子が治める(*2)べきとして委任し下賜した国である。ところがこの国には勢い激しく粗野な神がおおぜいいる。どの神を使者にして従うよう説得したらよいだろうか」
 そこで、思金神と多くの神々が相談して、
「天菩比神(あめのほひのかみ/*3)を使者にするのが良いでしょう」
 ――とお答えしました。
 そこで天菩比神を派遣しましたが、大国主神に媚びてしまって、三年たっても帰ってきませんでした。

*1:賢く先見性のある神。

*2:原文は「知らす」です。「知る」と「治める=穏和な支配」のことは、拙著『皇統の危機に思う』の第五章に詳しく記してあります。

*3:天照大御神の第二子です。天照大御神の髪飾の玉を須佐之男命が噛んで生まれた御子です。

(このあたりの事は、『日本書紀』とほぼ同じだと思います)

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4127『小学生の日本神話320』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月13日(水)10時31分47秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命3

<二、天若日子の派遣1>

 天菩比神が戻ってこないため、高御産巣日神と天照大御神は、また神々を集めて、
「葦原中国に遣わした天菩比神は、長い間戻ってこない。さらに使いを派遣したいが、どの神が良いだろうか」
 ――とお尋ねになりました。
 そこで思金神が、
「天津国玉神(あまつくにたまのかみ/*1)の御子の天若日子(あめわかひこ/*2)を遣わすのがよろしいでしょう」
 ――とお答えしました。
 そこで、高御産巣日神と天照大御神は、天のまかこ弓(*3)・天のはは矢(*4)を天若日子にお授けになり、葦原中国に遣わしました。
 ところが天若日子は、葦原中国に降ると、すぐに大国主神の娘の下照比売(したでるひめ/*5)と結婚してしまい、さらにはその国を自分のものにしようと目論んで、八年たっても報告しませんでした。

*1:高天原の神霊という意味で、大国主神の別名である宇都志国玉(うつしくにたま)に対する神名だそうです。

*2:高天原の若い世継ぎの男性という普通名詞的な名前で、後の文学にもあちこち出てくるそうです。

*3:鹿をよく射止める弓。

*4:大蛇をよく射止める矢。

*5:大国主神が多紀理毘売(たきりびめ)を娶って生まれた子の中の一人、高比売命(いもたかひめのみこと)の別名です。前に下光比売命(したでるひめのみこと)として出てきました。
 多紀理毘売とは宗像三女神の一柱で、宗像三社の一つである沖ノ島の沖津宮に祀られています。天照大御神が須佐之男命の剣から産んだ神です。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4131『小学生の日本神話321』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月15日(金)11時15分9秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命4

<二、天若日子の派遣2>

 そこで天照大御神と高御産巣日神(*1)は、また、神々に、
「天若日子も、長い間報告してこない。そこで、なぜ葦原中国に留まっているのかを調べたいが、誰を派遣したら良いだろうか」
 ――と、お尋ねになりました。
 これに対して、神々と思金神とが、
「雉の、名は鳴女(なきめ/*2)という者を派遣したらよいでしょう」
 ――と、申しました。
 そこで天照大御神と高御産巣日神は、鳴女に対して、
「お前は葦原中国に言って天若日子に会い、『お前を葦原中国へ派遣したのは、そこの荒ぶる神々を説得し従わせるためである。それなのになぜ八年も報告しないのか』と、問いただしなさい」
 ――と仰せられました。

*1:前回は高御産巣日神と天照大御神でしたが、ここで両神の順が逆転しています。この逆転には意味がるという説があります。すなわち、天若日子の反逆が大事件であったため、最高責任者の天照大御神が直接事を決めることにしたのだ――という説です。

*2:『記紀』においては鳥が使者になる例は他にもありますが、ここで何故雉が出てくるのかは不明。『日本書紀』では無名雉(ななしきざし)となっています。前に記しました。

(このあたりの神話は、大和朝廷の先祖と出雲豪族との激しい軋轢を物語っているように考えられます)

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4135『小学生の日本神話322』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月17日(日)12時05分21秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命5

<二、天若日子の派遣3>

 そこで鳴女は天から葦原中国に降って、天若日子が住んでいる家の入り口の神聖な桂の木(*1)の上にとまり、天つ神の仰せを詳しく述べました。
 すると、天左具売(あめのさぐめ/*2)がこの鳥の言葉を聞いて、天若日子に語りかけて、
「この鳥は、鳴き声がひどく悪いです。気に入りません。だから射殺してしまいなさい」
 ――と申しました。
 天若日子はこの意見を聞くとすぐに、天つ神から授かった天のはじ弓と天のかく矢を使って、その鳥を射ました。
 するとその矢は、鳥の胸を通って天にまで昇り、天の安の河原におられた天照大御神と高木神の所まで届きました。
 高木神(*3)とは、高御産巣日神の別の名です。
 その高木神が、その矢を取って見たところ、血がついていました。

*1:桂ですが、木犀系統の木ではないかとの説もあるそうです。

*2:左具売とは、秘密を探り出す女という意味だそうです。一種の霊能者です。

*3:新嘗祭や大嘗祭に際して榊などの神木に高御産巣日神が降臨するところから、高木神と呼ばれるようになったそうです。宇宙樹でもあります。この段階でわざわざ神名を変更しているのは、天照大御神との重複を避けるためとの意見があります。いずれにせよ大和朝廷の先祖と出雲豪族との軋轢は、新たな段階に入っています。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4141『小学生の日本神話323』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月19日(火)11時21分19秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命6

<二、天若日子の派遣4>

 そこで高木神は、
「この矢は天若日子に授けたものだ」
 ――と仰せられて、すぐに神々に、
「もし天若日子が命令に背かないで、地上の悪い神を射ようとしてここに届いたのであれば、天若日子には当たらない。しかし命令に背いたのならば、天若日子に当たり禍よ起これ」
 ――と仰せて、その矢を手に取り、その矢が来た穴から突き返しました。
 すると、その矢は地上に降って、朝方になってもまだ寝ている天若日子の胸に当たり、天若日子は死んでしまいました。
(これが返り矢の起こりです(*1))
 また、使いにやった雉は帰ってきませんでした。
 そこで諺に「雉の頓使(ひたつか)い」と言うのです(*2)。

*1:神を射た矢は戻って射手に向かうという信仰。旧約聖書のニムロッドの矢と同じ。

*2:行ったきりで戻らない習性が雉にあると思われていたための諺。

(このあたりの話は『日本書紀』もほとんど同じです)

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4147『小学生の日本神話324』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月21日(木)12時06分7秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命7

<二、天若日子の派遣5>

 さて、天若日子が死んだあと、その妻の下照比売が悲しんで泣く声が風に乗って天まで届きました。
 その泣き声を、天にいる天若日子の父、天津国玉神と、天にいた天若日子の妻子が聞いて、葦原中国に降り、泣き悲しみながらそこに喪屋(もや/*1)を作り、河雁(かわかり/*2)をきさり持ち(*3)とし、鷺を箒持ち(*4)とし、翡翠(かわせみ)を死者のための料理人とし、雀を臼で米をつく女とし、雉を泣き女として、八日八晩の間、歌舞音曲を奏し(*5)ました。

*1:本葬までの間、死者を安置しておく屋。

*2:川辺にいる雁?

*3:死者の食べ物を運ぶ係という説があります。

*4:墓所清掃の箒を持つ人。

*5:原語は「遊」です。死者の魂を呼び戻すために歌舞音曲を奏すること。魂が遊離しないようにするため。鎮魂のため。「遊ぶ」のもともとの意味は、宗教的なもの。ハレ(非日常)とケ(日常)のうちのハレの行事。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4153『小学生の日本神話325』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月23日(土)10時34分44秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命8

<二、天若日子の派遣6>

 このとき、阿遅志貴高日子根神(あじしきたかひこねのかみ/*1)が来て、天若日子の喪を弔ったところ、天から降った天若日子の父や妻が、それを天若日子だと思って、皆泣きながら、
「わが子は死なずにいたのだ。わが夫は死なずにいらしたのだ」
 ――と、手足に取りすがって泣きました。
 このように間違えたのは、阿遅志貴高日子根神と天若日子がとても似ていたからです。
 これに対して阿遅志貴高日子根神は激しく怒って、
「私は親しい友人だから弔いに来ただけだ。いったいどういうわけで、私を死者と間違えるのか」
 と、腰に帯びた大きな剣を抜いて、その喪屋を切り倒し、足で蹴飛ばしてしまわれました。
 これが、美濃の国の藍見河(*2)の河上にある喪山(*3)です。また、喪屋を切った太刀は名を大量(おおはかり)といい、またの名を神度剣といいます。

*1:大国主神の子で下照比売の兄にあたります。

*2:岐阜県長良川地域に、相当する地名があるそうです。

*3:同前。銅鐸の出土などがあるそうです。

 このエピソードは『日本書紀』の時にも記しましたが、死者の蘇生信仰とも関係があるそうです。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4159『小学生の日本神話326』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月25日(月)12時06分9秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命9

<二、天若日子の派遣7>

 このように阿遅志貴高日子根神が怒って飛び去ってしまったとき、その同母妹の高比売命(*1)は、その御名を示すために、歌を歌いました。

 天なるや 弟たなばたの  (天上の 若い機織り女が)
 うながせる 玉のみすまる (首にかけている 玉飾り)
 みすまるに 穴玉はや   (その玉飾り 穴玉のように)
 み谷 二渡らす      (谷を 二つも渡られる)
 阿治志貴 高日子根の神そ (阿治志貴高日子根神ですよ)

 この歌は夷振(ひなぶり/*2)です。

*1:下照比売の別名。

*2:『日本書紀』にある歌からできた曲名らしいです。

(この歌の訳は、西宮一民先生の本を参考にしました)

(派遣した外交官が次々に籠絡されてしまったので、次はいよいよ、強力な武人の派遣となります。外交には力が必要だというのは古今東西に共通する法則ですね。唯一の例外が現代の日本ですね)


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4165『小学生の日本神話327』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月27日(水)11時00分48秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命10

<三、建御雷神の派遣1>

 天若日子もまた籠絡され、ついには死んでしまうという事態となったために、天照大御神は、また神々を集めて、
「どの神を遣わすのがよいだろうか」
 ――とお尋ねになりました。
 これに対して思金神と他の神々はお答えしました。
「天の安の河の河上の天の岩屋におられる伊都之尾羽張神(いつのおはばりのかみ/*1)を遣わすのがよいでしょう。もしそうでなければ、その子の建御雷之男神(たけみかずちのおのかみ/*2)を遣わすのがよいでしょう。その天尾羽張神(あめのおはばりのかみ/*3)は、天の安の河の水をせき止めて道を塞いでいるので、他の神ではそこに行くことができません。ですから特別に天迦久神(あめのかくのかみ/*4)を使いにして、意向を聞いたらどうでしょうか」

*1:かつて伊耶那岐命が迦具土神を切った時に使った剣。

*2:その剣についた血がほとばしって成った神。雷は刀剣を鍛える火力を示し、刀剣神のひとつ。

*3:伊都之尾羽張神の別名。

*4:天上界の輝く刀剣という意味。「かく」を船頭の意味の水手と解釈する説もあるそうです。

(軟弱な外交官はみな籠絡されて役目を果たすことが出来なかったので、いよいよ武力の神、刀剣の神の出番となります。いまの政府やマスコミに読ませてあげたい場面です。『古事記』なんてたぶん誰も読んでないと思います。それが戦前の政治家と現代の政治家の違いですね)


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4171『小学生の日本神話328』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月29日(金)10時35分2秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命11

<三、建御雷神の派遣2>

[承前]

 そこで天照大御神は、天迦久神を使いに出して、天尾羽張神にお尋ねになりました。
 天尾羽張神は、
「恐れ多いことです。お仕えいたしましょう。ただ、このお役目には、私よりも私の子の建御雷神を派遣するのが良いと思います」
 ――と申し上げ、建御雷神を天照大御神の所に差し向けました。
 そこで天照大御神は、天鳥船神(あめのとりふねのかみ/*1)を建御雷神にそえて、葦原中国に派遣しました。

*1:雷は船に乗って天を駆けるという観念から想像された神だそうです。飛行機の先祖です。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4177『小学生の日本神話329』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 1月31日(日)10時55分1秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命12

<三、建御雷神の派遣3>

[承前]

 こうして、この建御雷神と天鳥船神は、出雲の国の伊耶佐(いざさ/*1)の小浜に降り着きました。
 そして、十つかの剣を抜いて、波頭に逆さまに突き立て、その剣の切っ先にあぐらをかいて座り、大国主神に申しました。
「天照大御神と高木神のご命令によって、お前の意見を聞くためにやってきた。おまえが領有(*2)する葦原中国は、わが御子が統治(*3)する国であると、天照大御神と高木神は御委任なさった。お前の考えはどうか」

*1:現在の島根県の稲佐浜。出雲大社の西側の海岸。

*2:原文は「うしはける」。「うし」は首領、「はく」は身に付ける。つまり自分のものにしている――との意味。現在「ぬし」という言葉がありますが、これは「・・・のうし」から来ているそうです。

*3:原文は「しらす」。「知る」と「治める」は古くは同じ言葉だったようです。これは漢文でも大和言葉でも同様だったらしいです。「しらす」は「うしはく」に比べて家父長的な穏やかな統治を意味しているらしい。

 *2と*3の違いについては、拙著『皇統の危機に思う(栄光出版社)』の第五章に詳しく記してあります。
 伊藤博文の『憲法義解』や井上毅の解説や本居宣長の『古事記伝』などを手がかりにして解説してあります。
 明治憲法の第一條は、『古事記』のこの部分と密接に関係して作られたものです。
 どうかお読みください。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4186『小学生の日本神話330』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月 3日(水)08時22分15秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命13

<三、建御雷神の派遣4>

[承前]

 この問いに対して大国主神は申しました。
「私にはお答えできません。わが子の八重事代主神(やえことしろぬしのかみ/*1)がお答えするでしょう。ところが事代主神はいま、鳥の狩猟や魚の漁をしに御大(みほ/*2)の岬に行っていて、まだ帰ってきません」
 そこで建御雷神はその岬に天鳥船神を行かせて、事代主神をつれてきて、訊ねました。
 すると事代主神は、父親の大国主神に向かって、
「恐れ多いことです。この国は天つ神の御子に差し上げましょう」
 と言って、ただちに乗ってきた船を踏んで傾け、天の逆手(*3)を打って、その船を青々とした柴垣(ふしかき/*4)に変えて、隠れました。

*1:神の言葉を伝えるための神、託宣の神のよりしろ。

*2:島根半島東端の岬(前出)

*3:目出度い時に打つ柏手とは逆の打ち方で、手の甲どうしを合わせた打ち方という説はあります。柏手という習慣がとても古くから有ったことが分かります。日本人が柏手の習慣(目上の人への挨拶の仕方)を持っていたことは『魏志倭人伝』にも出ています。

*4:青葉の柴垣で、祭壇。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4192『小学生の日本神話331』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月 5日(金)10時36分0秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命14

<三、建御雷神の派遣5>

[承前]

 このあと、建御雷神は、大国主神にたずねました。
「お前の子の事代主神は、このように言ってかくれた。まだほかに、聞くべきこどもはいるのか」
 大国主神は答えました。
「もう一人、聞くべきわが子として、建御名方神(たけみなかたのかみ/*1)がおります。そのほかにはおりません」
 大国主神がこのように答えている間に、その建御名方神が、千人かかってやっと引けるほどの巨大な岩を、手先で差し上げながらやって来ました。

*1:有名な諏訪神社上社の祭神です。この名の「建」は勇猛という意味で建御雷神の「建」と同じですが、「御名方」は「水の方」で諏訪湖畔を指すともいわれますが、西宮先生の本では、諏訪地方土着の南方族に奉斎されていた製鉄神だそうです。南方とは製鉄炉を囲む四本の柱のうち南側の柱。
(この四本の柱から来た苗字に、南方、北方、東方、西方とありますね)

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4198『小学生の日本神話332』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月 7日(日)10時57分32秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命15

<三、建御雷神の派遣6>

[承前]

 建御名方神は、岩を持ち上げてその怪力を見せつけながら、申しました。
「だれだ、われわれの国にやってきて、ひそひそと何か言っているのは。この国がほしいのならば、力比べをしようじゃないか。私がまず、そちらの手を取ろうじゃないか」
 そこで、力では負けない建御雷神は、建御名方神に自分の手を掴ませました。
 するとたちまち、建御雷神の手は、氷柱に変わり、また剣の刃に変わってしまいました。
 力自慢の建御名方神も、これには驚き、引き下がりました。

(この力比べは、当然のことですが、武力比べの神話化です。武力で負ければ滅びなければならないという、教訓ですね)

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4205『小学生の日本神話333』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月 9日(火)11時15分3秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命16

<三、建御雷神の派遣7>

[承前]

 次に建御雷神が建御名方神の手を取ると、若い葦でも取るように簡単に取り、押しつぶして投げ飛ばしてしまいました。
 建御名方神はあわてて逃げました。
 建御雷神はそれを追ってゆき、信濃国の諏訪湖まで追って追いつき、殺そうとなさいました。
 建御名方神は次のように申しました。
「恐れ多いことです。どうか殺さないでください。この場所に隠って、他へは行きません。また父の大国主神の仰せには背きません。八重事代主神の言葉にも従います。この葦原中国は、天照大御神の御子の仰せのままに献上いたします」

[次は国譲りの成就です]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4211『小学生の日本神話334』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月11日(木)11時44分28秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命17

<四、国譲り1>

 建御名方神が諏訪湖に鎮まったのを見届けた建御雷神は、また大国主神のところに戻ってきて、次のように申しました。
「お前の子の事代主神と建御名方神の二柱の神は、天照大御神の御子のご意思に従って背きませんと約束した。そこで、お前の気持ちはどうなのか」
 この質問に対して、大国主神は答えました。
「私も、子の二柱の神の考えに従います。背きません。この葦原中国は、仰せのままに、献上いたします。ただ、私の住まいだけは、天照大御神の御子が天つ日継してお治めになる立派なお住まいのように、しっかりとした土地に太い柱を立てて、高く千木をあげて、建造して下されば、私はこの地に隠れていることにいたします」

(これは、出雲大社の創建伝承とされています。出雲大社は今でも巨大・豪壮ですが、古代においてはさらに桁外れの大きさだったと言われています。何年か前、その柱の跡が発見されて評判になりました。現在出雲大社には、その柱の有った場所と大きさを示す図が地表に描かれていますが、想像を絶する大きさです。注目すべきは、大和朝廷が、反抗したが最後は帰順した豪族たちに対して、抹殺するのではなく最大限の褒賞を与えている事です。なにしろ、自分たちの宮殿より遙かに大きな社を建造してやったのですから・・・!)


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4224『小学生の日本神話335』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月13日(土)11時45分49秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命18

<四、国譲り2>

[承前](大国主神の言葉の続き)

「・・・また、私の子である大勢の神々も、八重事代主神が先頭や後に立って統率すれば、背くことはないでしょう」
 このように申し上げて、出雲国の多芸志の小浜(*1)に、立派な御殿をつくって、水戸神(*2)の孫の櫛八玉神(*3)を調理人として、天つ神にご馳走をしたとき、櫛八玉神は祝福の言葉を唱えて鵜になって海に入り、海の底の粘土をくわえて出て、天つ神のための平たい土器をたくさんつくって、海草の茎を刈り取って、火をおこすための臼と杵を作って火を起こして、次のような祝福の言葉を言いました。

*1:出雲大社の北側との説がありますが、はっきりとはしないそうです。

*2:河口の神。前にも水戸の神という神が出てきました。

*3:櫛は奇で霊妙。八は多数。玉は真珠。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4230『小学生の日本神話336』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月15日(月)11時11分34秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命19

<四、国譲り3>

[承前]

 この、私が起こした清らかな火は、高天原に向かっては、神産巣日の御祖の命の、満ち足りた天の神殿の煤が、長々と垂れ下がるほど焼き上げ、地下に向かっては、地下の岩に至るほど盛んに焼き固めて、コウゾで出来た、千尋もある長い縄を伸ばし、釣り上げた海人の、口が大きく尾が張った鱸(すずき)を、わっしょわっしょと引き上げて、スノコの台がたわむほどたくさんの、天の魚の料理(神饌)を献上いたします。(*1)

 このあと、建御雷神は高天原に戻り、葦原中国を説得し帰順させたことを復命しました。(*2)

*1:このところは、小学館本と西宮先生の解説とを併せて工夫して訳しました。神々に捧げる歌の一種ですから、翻訳は難しいです。とくに小学生向けには難しいです。

*2:武力を背景にした外交折衝によって、大和朝廷の先祖はようやくその橋頭堡を築いたわけです。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4238『小学生の日本神話337』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月17日(水)10時50分25秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命20

<五、天孫降臨1>

 このようにして、大国主神が帰順し、葦原中国は平定されました。
 そこで天照大御神と高木神は、日嗣の御子の天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)に、
「今や葦原中国は平定されたとの知らせがあった。それゆえ、委任されたとおりに、葦原中国に降って治めなさい」
 ――とおっしゃいました。
 それに対して天忍穂耳命は、お答えしました。
「天降りしようと支度しているときに、子が生まれました。名を邇邇芸命(ににぎのみこと)と申します。この子を降すのがよいと思います」

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4244『小学生の日本神話338』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月19日(金)11時29分19秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命21

<五、天孫降臨2>

[承前]

 この邇邇芸命とは、高木神の娘の万幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと/*1)と天忍穂耳命がご結婚なさって生まれた御子です。
 この比売との間の御子には、天火明命(あめのほあかりのみこ/*2)と日子番能邇邇芸命(ひこほのににぎのみこと)がおられたのです。
 そこで天照大御神と高木神は、天忍穂耳命の意見をとりいれて、邇邇芸命にお命じになられました。
「この豊葦原水穂国(とよあしはらみずほのくに)は、お前が行って治める国である。命令のとおりに天降りせよ」

*1:蜻蛉の羽のような薄い上質な布を織る人、といった意味らしいです。稲作りと布作りは古代の最重要な技術。秋津は蜻蛉とともに秋の豊作をも意味しているとか。

*2:邇邇芸命が大和朝廷の祖となるのに対し、その兄にあたる天火明命は尾張一族の祖とされます。『先代旧事本紀』では尾張一族と物部一族の祖です。海部一族もその中に入っています。稲の穂が赤らむ意味を持つ名らしいです。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4250『小学生の日本神話339』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月21日(日)10時43分48秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命22

<五、天孫降臨3>

[承前]

 こうして、日子番能邇邇芸命が天降ろうとなさったとき、天の分かれ道にいて、高天原から葦原中国までを照らす神が待ち受けていました。
 そこで、天照大御神と高木神が、天宇受売神(あめのうずめのかみ/*1)に、
「お前はか弱い女ではあるが、敵対する神にはにらみ勝つ神である。そこでお前一人でそこに行って、『御子が天降ろうとされる道に、こうしているのは誰なのか』と問いなさい」
 ――と命じられました。
 そこで天宇受売神が行って問うたところ、その神は答えました。
「私は葦原中国の神で名は猿田毘古神(さるたびこのかみ/*2)と申します。天照大御神の日嗣の御子がお降りになるとうかがいましたので、先頭に立ってご案内しようと思い、ここに参りました」

*1:神木の髪飾りをした巫女。天照大御神が天の岩屋に隠ったとき、その前で神懸かりして踊った女神。

*2:これは謎の神です。猿は太陽神の神使いの動物とされます。その猿が守る神田の男性。高天原と葦原中国の境界を守る道祖神。いろいろな意見があるようです。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4256『小学生の日本神話340』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月23日(火)10時54分12秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命23

<五、天孫降臨4>

[承前]

 この答えを聞いて、天照大御神と高木神は、邇邇芸命に天児屋命(あめのこやねのみこと/*1)・布刀玉命(ふとたまのみこと/*2)・天宇受売命(あめのうずめのみこと/*3)・伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと/*4)・玉祖命(たまのおやのみこと/*5)、の五人の神事部民の長を従者にくわえて、天降りさせました。

*1:前出。天上界の小さな屋根の建物。建物の神格化。中臣/藤原一族の先祖神。

*2:前出。祭具としての立派な玉。忌部らの先祖神。

*3:前出。天上界の髪飾りをした巫女。

*4:前出。鏡を鋳造する老女。

*5:前出。玉をつくる部族の先祖。三種の神器の八坂瓊の五百箇御統の製作者。

 この五柱の神は、いずれも天照大御神の天の岩戸隠れの時に活躍しています。そのような神が選ばれて天孫降臨に従ったのです。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4262『小学生の日本神話341』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月25日(木)09時22分33秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命24

<五、天孫降臨5>

[承前]

 そのとき、天照大御神は、天の岩屋から大御神を招き出した時に使われた、八坂の勾玉と神鏡、また草薙の剣(*1)、また常世思金神(とこよのおもいかねのかみ)・手力男神(たぢからおのかみ)・天石門別神(あめのいわとわけのかみ)を邇邇芸命にお添えになられて、仰せられました。
「この鏡は、ひたすら、私の御魂として、私自身を祀るように祀り仕えなさい」

*1:これは後につけられた名で、もともとは天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)。須佐之男命が出雲で八岐大蛇を退治したときに得られて献上した剣です。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4268『小学生の日本神話342』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 2月27日(土)10時15分24秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命25

<五、天孫降臨6>

[承前]

 さらに天照大御神はお続けになられ、
「思金神は、いま話した事を受け持って、祭祀をおこないなさい」
 と仰せられました。
 そこで、邇邇芸命と思金神の二柱の神は、さくくしろ(*1)五十鈴の宮をあがめてお祭りになりました。
 つぎに、登由宇気神は、度相(わたらい/*2)に鎮座なさる神です。
 つぎに、天石戸別神は、またの名を櫛石窓神(くしいわまどのかみ)といい、また別の名を豊石窓神(とよいわまどのかみ)といいます。この神は御門の神です。
 つぎに、手力男神は、佐那々県(さななあがた/*3)に鎮座しておられます。

*1:口の裂けた鈴のついた腕飾りのことだそうです。口の裂けた鈴は神社によくあります。

*2:現在の伊勢神宮の外宮。

*3:三重県多気郡多気町に佐那神社が現存するそうです。多気郡は伊勢神宮のそばです。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4274『小学生の日本神話343』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月 1日(月)11時20分35秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命26

<五、天孫降臨7>

[承前]

 さてつぎに、天児屋命は中臣連(*1)らの先祖です。
 つぎに、布刀受売命は忌部首(*2)らの先祖です。
 つぎに、天宇受売命は猿女君(*3)らの先祖です。
 つぎに、伊斯許理度売命は作鏡連(*4)らの先祖です。
 つぎに、玉祖命は玉祖連(*5)らの先祖です。

*1:宮中祭祀の管掌氏族です。神と天皇の中にあって神意をしめす祝詞を奏したことによる名だそうです。藤原家の先祖でもあります。

*2:宮廷祭祀の祭具を貢納した品部(職業団体)。のちに古語拾遺を著したのはこの氏族だそうです。

*3:宮廷鎮魂祭の舞楽奉仕の女性を貢上した氏族。

*4:宮廷の祭具である鏡を製造した品部(職業団体)。

*5:宮廷の祭具である玉を製造した品部(職業団体)。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4280『小学生の日本神話344』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月 3日(水)11時52分15秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命27

<五、天孫降臨8>

[承前]

 このようにして、天照大御神と高木神は、天津日子番能邇邇芸命に詔命をお下しになり、邇邇芸命は高天原の堅固な神座を離れて、天上の八重にたなびく雲を押し分けて、荘厳な道を選んで、途中天の浮橋の下端の浮島にしっかりとお立ちになって、そこから筑紫の日向の高千穂の峰に天降りなさいました。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4286『小学生の日本神話345』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月 5日(金)08時56分24秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命28

<五、天孫降臨9>

[承前]

 そこで、天忍日命(あめのおしひのみこと)と天津久米命(あまつくめのみこと)が、神聖で堅固な矢を入れる武具を背負い、柄頭が握り拳の形をした太刀を腰につけ、天のはじ弓(*1)と天の真鹿児矢(あめのまかごや/*2)を持って、天孫の御前に立って、ご先導申し上げました。
 ちなみに、天忍日命は大伴連(*3)らの先祖です。天津久米命は久米直(*4)らの先祖です。

*1:はぜの木の弓。
*2:輝く矢
*3:多くの軍事集団を統率する氏族。大和朝廷に仕えたもっとも古くからの豪族です。
*4:久米部と言われる軍事集団の中心氏族。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4292『小学生の日本神話346』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月 7日(日)10時26分20秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命29

<五、天孫降臨10>

[承前]

 そして邇邇芸命は仰せられました。
「ここは朝鮮に向かう土地で、笠沙(かささ/*1)の岬にまっすぐに通じていて、朝日のじかに射す国夕日の照らす国(*2)である。だからまことに良い国だ」
 そしてしっかりとした岩の上に宮柱を立て、高天原にまで千木をそびえさせて、お住まいになりました。

*1:現鹿児島県の野間岬とされます。鑑真和尚が流れ着いた場所とほぼ同じ。日露戦争時には無電望楼なども有った場所です。戦艦大和が米軍機の猛攻を受けた場所の近くでもあります。大陸方面から流れ着きやすい場所だったのでしょう。

*2:良い土地であることを示す慣用句です。

[次は猿女の君です]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4298『小学生の日本神話347』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月 9日(火)11時15分43秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命30

<六、猿女の君1>

 宮に落ち着かれた邇邇芸命は、従っていた天宇受売命(あめのうずめのみこと)に向かって、
「私を先導して仕えてくれた猿田毘古大神(さるたびこのおおかみ)は、その正体をお前にすっかり話したのだから、お前が御鎮座地(*1)にお送りしなさい。またその神のお名前は、お前が貰い受けてご奉仕しなさい」
 ――と仰せられました。
 そのため猿女君らは、その猿田毘古大神の名をいただいて、女を猿女君(さるめのきみ)と呼ぶようになったのです(*2)。

*1:伊勢神宮のすぐそば。

*2:宮廷で舞楽を担当して奉仕する女性のことを猿女君と呼んでいましたが、ふつうは女が男に対して言う「君」という言葉をなぜ女性に言うのかについての由緒譚です。
 伊勢に猿田彦神社があります。
 このような因縁で、天岩戸の前で踊った天宇受売命は、宮廷に仕える猿女君(神祇氏族の一つ、大嘗祭・鎮魂祭などで欠かすことのできない氏族)の祖神となりました。当然ながら女性の歌舞音曲の神でもあります。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4303『小学生の日本神話348』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月11日(木)11時41分24秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命31

<六、猿女の君2>

[承前]

 ところで、その猿田毘古神が阿那訶(あざか/*1)にお出でになられた時に、漁をしていてひらぶ貝(*2)にその手を挟まれて海に溺れてしまわれました。
 そのため海底に沈んでおられたときの御名は、底度久御魂(そこどくみたま/*3)といわれ、海水がぶつぶと泡立ったときの御名は都夫多都御魂(つぶたつみたま/*4)と言われ、その泡が水面ではじけた時の御名は阿和佐久御魂(あわさくみたま/*5)といわれます。

*1:現三重県松阪市に大・小阿坂という地名があり、阿邪加神社があるそうです。

*2:未詳。志摩地方で月日貝と呼ぶ貝との説あり。

*3、4、5:説明そのままの神名。海に溺れたときの鎮魂の表現? 真珠をとろうとして溺れた人に対する鎮魂の伝承でしょうか。
 三は海人族の伝承の特色だそうです。三柱の筒之男命とか三柱の綿津見神とか。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4307『小学生の日本神話349』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月13日(土)10時47分26秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命32

<六、猿女の君3>

[承前]

 さて天宇受売命は、猿田毘古神を伊勢にお送りして、また笠沙の岬に帰り着いてから、海にいる大小さまざまな魚を集めて、訊ねました。
「お前たちは、天つ神の御子である邇邇芸命にお仕えするか」
 するとすべての魚は、
「お仕えいたします」
 ――と答えましたが、ただ海鼠(ナマコ)だけは答えませんでした。
 そこで怒った天宇受売命はナマコに向かって、
「この口は返事をしない口だ」
 ――と言って、紐のついた懐剣でその口を裂いてしまいました。
 そのためにナマコの口は今でも裂けているのです。
 このようなことがありましたので、代々志摩から海産物の初物が献上されてくると、朝廷ではそれを猿女君にお下しになるのです。

[次は邇邇芸命のご結婚の物語です]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4311『小学生の日本神話350』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月15日(月)12時26分8秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命33

<七、邇邇芸命のご結婚1>

(ここから、いろいろな解釈のある面白い物語になります)

 ある日邇邇芸命は、笠沙の岬で美しい乙女(*1)に出会いました。
 邇邇芸命は、
「お前はだれの娘なのか」
 ――とお尋ねになりました。
 乙女はお答えしました。
「私は大山津見神の娘で、名は神阿多都比売(かむあたつひめ/*2)、またの名を木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ/*3)と申します」
 この答えを聞いた邇邇芸命はさらに、
「お前には兄弟(はらから/*4)はいるのか」
 ――とお尋ねになりました。
 乙女はお答えしました。
「石長比売(いわながひめ/*5)という姉がおります」

*1:乙女(おとめ)というのは、弟女(年下の女)から来た言葉らしいですね。弟姫とも・・・。古代の弟というのは年下という意味で男女ともに使います。

*2:神聖な阿多の女性という意味。阿多は笠沙岬のあたりの土地です。

*3:桜の花が咲くように咲き栄える女性という意味です。神話の中でもっとも有名な姫です。

*4:古代における兄・弟というのは男性とはかぎりません。保存頁の下記を参照してください。奈良時代までの兄弟姉妹の表現法について整理しておきました。

↓↓↓↓↓
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/kyuoudai.htm

*5:岩のように長く変わることのない女性。少々悲劇的な女性です。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4315『小学生の日本神話351』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月17日(水)09時00分37秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命34

<七、邇邇芸命のご結婚2>

 邇邇芸命は木花之佐久夜毘売の答えをお聞きになって、
「お前と結婚したいが、どうか」
 ――と仰せられました。
 木花之佐久夜毘売は、
「わたくしからは申し上げられません。父の大山津見神(*1)がお答えするでしょう」
 とご返事しました。
 そこで邇邇芸命は、大山津見神に使いを出して訊ねたところ、大山津見神はとても喜んで、姉の石長比売も一緒に、たくさんの結納の品(*2)を持たせて差し出しました。
 しかし邇邇芸命は姉の容貌が醜いのを怖れて送り返し、妹の木花之佐久夜毘売だけと結婚なさいました。

*1:前に出てきましたが、偉大な山の精霊という意味の名で、伊耶那岐命伊耶那美命の御子です。

*2:原文では「百取机代(ももとりのつくえしろ)」と書かれています。

(天皇のご先祖が、容貌によって女性の扱いを変えるという古代の大事件?です)


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4319『小学生の日本神話352』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月19日(金)11時28分29秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命35

<七、邇邇芸命のご結婚3>

 これに対して父親の大山津見神は、石長比売が戻されてきたためとても恥じて、次のように申し送りました。
「わたしの娘を二人一緒に献上しましたのは、石長比売をお召し使いになれば、天つ神の御子邇邇芸命様の御寿命は、雪が降り風が吹いても岩のように不動であられるでしょう。一方木花之佐久夜毘売をお召し使いになれば、桜の花が咲くようにお栄えになられるでしょう。このように祈り占って、二人を嫁入りさせたのです。しかし石長比売を帰らせておしまいになられたので、天つ神の御子の御寿命は、桜の花のようにはかなくなられるでしょう」
 このようなわけで、今にいたるまで、歴代天皇の御寿命は永遠ではないのです。

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4323『小学生の日本神話353』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月21日(日)12時46分42秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命36

<七、邇邇芸命のご結婚4>

[承前]

 すこしたって、木花之佐久夜毘売が邇邇芸命に知らせました。
「私のお腹に御子ができて、まもなく産まれます。こっそりと産んではいけませんので、お知らせいたします」
 邇邇芸命は、
「一晩結婚しただけなのだから、私の子供ではあるまい。国つ神の子供であろう」
 とおっしゃいましたので、木花之佐久夜毘売はお答えして、
「私のお腹の子供が国つ神の子供だったとしたら、産むときに無事ではないでしょう。もし天つ神の御子ならば、無事に産まれるでしょう」
 と、戸口の無い大きな建物を建て、その中に入り、土で塗り塞いで、いままさに産まれようとするときにその建物に火をつけました。

(この物語は有名ですが、小学生向けに書くのは難しいです)

[続く]


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌4327『小学生の日本神話354』 投稿者:オロモルフ 投稿日:2010年 3月23日(火)10時26分19秒◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 忍穂耳命と邇邇芸命37

<七、邇邇芸命のご結婚5>

[承前]

 こういうわけで、建物が火で盛んに燃えている時に産まれた御子の名は、
 火照命(ほでりのみこと/*1)〔これは隼人の阿多君(*2)の先祖である〕
 次に産まれた御子の名は、
 火須勢理命(ほすせりのみこと/*3)
 次に産まれた御子の名は、
 火遠理命(ほおりのみこと/*4)、またの名は天津日高日子穂々手見命(あまつひたかひこほほでみのみこと/*5)
 ――の三柱でした。

*1:火が照り輝く時に生まれたという意味に、稲の穂が赤らむ意味もかけているそうです。

*2:隼人は南九州の氏族で、阿多は後の薩摩國阿多郡の豪族。

*3:火がぐんぐん燃え進む時に生まれたという意味に、稲穂の実りが進む意味もかけているそうです。

*4:火が燃え終わって弱くなった時に生まれたという意味に、稲穂が実ってたわむ意味もかけているそうです。

*5:「天津日高」は天上界の男性、「日子」は天照大御神の御子孫、「穂々手」は多くの稲穂が出ること、「見」は靈性を示すそうです。神武天皇の祖父に当たる御方で、山幸彦の名でも知られます。

[次は海神の国(竜宮城)の訪問です]


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