■■■ 小学生の日本神話――古事記「天照大神と須佐之男命」――(オロモルフ)■■■


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3779『小学生の日本神話244』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命1

<須佐之男命、高天原へ1>

 葦原中国から追放された須佐之男命は、
「天照大御神にお話ししてから根之堅州国へ行こう」
 ――と言って、高天原に向かいました。
 そのとき、山や川はみなごうごうと音を立て、国土はみな震えました。
 天照大御神はこの騒ぎをお聞きになってたいへんに驚かれ、
「わたしの弟が上ってくるのは、きっと善い心を持つからではないだろう。高天原を奪おうとするのだろう」
 ――と仰せられ、すぐに迎え撃つ支度をなさいました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3784『小学生の日本神話245』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命2

<須佐之男命、高天原へ2>

 天照大御神はただちに御髪を解き、男の髪型に結い直し、左右の髪と髪飾りとお手に、勾玉を五百個も長く繋いだ玉飾り(*1)をお付けになり、鎧の背には千本もの矢の入った矢入れを背負い、鎧の胸には五百本入りの矢入れをつけ、また威力のある竹製の鞆(とも/*2)を取り付け、弓の内側を振り立てて(*2)、堅い土の上に、腿が埋まるまで勢いよく踏み込み、地面をまるで淡雪のように(*3)踏み散らして、勇ましく迎え撃ちました。

*1:このような玉飾りは、高天原の権威と威力の象徴です。

*2:弓を勢いよく振り立てて迎え撃つ様子。

*3:『古事記』における雪の描写は非常に珍しいものです。これはたしかに淡雪という言葉ですが、実際に雪がそこにあるのではありません。簡単に蹴飛ばされる事の比喩です。もし騎馬民族征服説が正しいとしますと、古い伝承の中に、海峡を越える苦労、天皇が馬で活躍する場面などが有る筈だがそれが無いではないか――というのが反論の一つなのですが、その他に、「雪の描写がほとんど無い」という反論もあります。じっさい、冬になって雪に閉じこめられて困ったとか寒さに凍えたとかカチカチの凍土とかいった描写はありません。せいぜい淡雪なのです。
 騎馬民族征服説は、戦後占領軍に日和った人たちの妄言だと思います。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3788『小学生の日本神話246』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命3

<須佐之男命、高天原へ3>

 天照大御神は、足を踏みならして、須佐之男命を待ち受けて、詰問されました。
「おまえは何のために上ってきたのか」
 すると須佐之男命は、お答えしました。
「わたしは悪い心や持っておりません。ただ、大御神である伊耶那岐命が、わたしがなぜ泣いているのかをお聞きになりましたので、「亡き母の国へ行きたいと思って泣いているのです」とお答えしましたところ、「お前はこの国にいてはならない」とおっしゃいましたので、そのことをお話ししようとして参ったのです。他に悪い考えはございません」
 ――と、説明をなさいました。
 天照大御神は、
「それなら、お前の心が清らかであることを、どうやったら知ることができるのか」
 と仰せられました。
 これに対して須佐之男命は、
「めいめい祈誓(うけい)をして子を産みましょう」
 ――とお答えしました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3791『小学生の日本神話247』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命4

<祈誓(うけい)1>

 こうして天照大御神と須佐之男命は、天の安の河(*1)を挟んで向かいあって祈誓(うけい/*2)をすることになりました。
 まず天照大御神が須佐之男命が腰につけている十拳の劍を受け取り、三つに折って、聖なる井戸の水で清めて、噛みに噛んで狭霧のような息をはきだしました。
 するとその息の中から、つぎの三柱の神が誕生しました。
 多紀理毘売命(たきりびめのみこと)、またの名を沖津島比売命(おきつしまひめのみこと)。
 市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)、またの名を狭依毘売命(さよりびめのみこと)。
 多岐都比売命(たきつひめのみこと)
(*3)

*1:高天原にある河。

*2:何度か出てきました。

*3:玄界灘の宗像三女神として有名です。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3794『小学生の日本神話248』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命5

<祈誓(うけい)2>

 そのあとで須佐之男命が、天照大御神の左の御みずらに巻いた、多数の勾玉の飾りを乞い受けて、高天原の聖なる井戸で濯いで、噛みに噛んで息を吐き出しますと、その息の霧から神が誕生しました。
 正勝吾勝々速日天之忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと/*1)です。
 つぎに、・・・・・・

*1:まさしく立派にわたしは勝った、勝利の敏速な霊力のある、高天原直系の、威圧的な、稲穂の神霊(西宮一民)。歴代天皇の直系の先祖です。この神の御子が御孫に当たり、天孫降臨します。

(この場面では五柱の神が誕生するのですが、神の御名を打ち込む元気がありません。夏ばてでフラフラなのです。そういうわけで残りの四柱の神の誕生は次回に記します)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3797『小学生の日本神話249』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命6

<祈誓(うけい)3>

 つぎに須佐之男命は、天照大御神の右の御みずらに巻かれた玉を貰い受け、噛みに噛んで吐きだした息の霧の中から誕生した神の御名は、
 天之菩卑能命(あめのほひのみこと/*1)といいます。
 つぎに、御かずらに巻いた玉を貰い受け、噛みに噛んで吐きだした息の霧の中から誕生した神の御名は、
 天津日子根命(あまつひこねのみこと/*2)といいます。
 つぎに、左の御手に巻かれた玉を貰い受けて、噛みに噛んで吐きだした息の霧の中から誕生した神の御名は、
 活津日子根命(いくつひこねのみこと/*3)といいます。
 つぎに、右の御手に巻かれた玉を貰い受けて、噛みに噛んで吐きだした息の霧の中から誕生した神の御名は、
 熊野久須毘命(くまのくすびのみこと/*4)といいます。

 合計して五柱の神が誕生しました。

*1:高天原の直系の稲穂の神格化とされます。のちに大国主神との折衝を最初に命じられて派遣されるが、籠絡されてしまった神です。出雲国造らの遠い先祖とされます。

*2:天に属する立派な男性の太陽の子。

*3:活力のある立派な男性の太陽の子。

*4:奥まった野の神秘な霊力。熊野は出雲の地名という説があるそうです。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3802『小学生の日本神話250』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命7

<祈誓(うけい)4>

 三柱の神と五柱の神が誕生したのち、天照大御神は須佐之男命にお告げになりました。
「あとから生まれた五柱の神はわたしの持ち物を元にして誕生したのだから、わたしの子である。さきに生まれた三柱の神はおまえの持ち物を元にして誕生したのだから、おまえの子である」
 こうして、この祈誓(うけい)によって誕生した神の所属が定まりました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3806『小学生の日本神話251』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命8

<祈誓(うけい)5>

(ここから三柱と五柱の神の説明があります)

 はじめに誕生した三柱の神のうち――
 多紀理毘売命(たきりびめのみこと)は宗像の奥津宮(*1)に鎮座されています。
 市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)は宗像の中津宮(*2)に鎮座されています。
 多岐都比売命(たきつひめのみこと)は宗像の辺津宮(*3)に鎮座されています。

 この三柱の神は、胸形君(むなかたのきみ/*4)らが奉斎している大神です。

*1:宗像神社の奥津宮で、玄界灘の沖の島にあります。
*2:宗像神社の中津宮で、陸に近い大島にあります。
*3:宗像神社の辺津宮で、福岡県の海岸近くの陸地にあります。
*4:ここでの宗像はみな胸形と書かれています。胸形君は、『新撰姓氏録』によれば、大国主命の子孫とされています。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3810『小学生の日本神話252』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命9

<祈誓(うけい)6>

 あとから誕生した五柱の神のうち、天之菩比命(あめのほひのみこと)の御子は、建比良鳥命といい、この御子は、出雲国造(いずものくにのみやつこ/*1)、無耶志国造(むざし/*2)、上菟上国造(かみつうなかみ/*3)、下菟上国造(しもつうなかみ/*4)、伊自牟国造(いじむ/*5)、津島県直(つしまのあがたのあたい/*6)、遠江国造(とおっおうみ/*7)らの先祖です。

*1:いまの島根県

*2:いまの東京、埼玉と神奈川県の一部(武藏)

*3:いまの千葉県、上総

*4:いまの千葉県、下総

*5:上総の一部

*6:対馬

*7:いまの静岡県の西部

 なお国造は、朝廷に従う地方の首長に与えられた称号です。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3814『小学生の日本神話253』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命10

<祈誓(うけい)7>

 つぎに、誕生した天津日子根命は――
 凡川内国造(おおしこうちのくにのみやつこ/*1)
 額田部湯座連(ぬかたべのゆえのむらじ/*2)
 茨木国造(うばらきのくにのみやつこ/*3)
 倭田中直(やまとのたなかのあたい/*4)
 山代国造(やましろのくにのみやつこ/*5)
 馬來田国造(うまぐたのくにのみやつこ/*6)
 道尻岐閉国造(みちのしりのきへのくにのみやつこ/*7)
 周芳国造(すわのくにのみやつこ/*8)
 倭淹知造(やまとのあむちのみやつこ/*9)
 高市県主(たけちのあがたぬし/*10)
 蒲生稲寸(がもうのいなき/*11)
 三枝部造(さきくさべのみやつこ/*12)
 ・・・らの先祖です。

*1:現在の河内。大阪府南部。

*2:朝廷直轄の職業集団。貴人の子供の産育担当。

*3:現在の茨城県中南部。

*4:現在の奈良県の大和の地。

*5:現在の京都府南部。

*6:現在の千葉県(上総)。

*7:道尻は陸奥。詳細不明。

*8:現在の長野県諏訪の地。

*9:現在の奈良県大和。

*10:現在の奈良県の高市。

*11:現在の滋賀県の一部。

*12:未詳。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3818『小学生の日本神話254』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命11

<天の岩屋1>

 この結果を見て須佐之男命は天照大御神に対して、
「私の心が清らかなので私は女子を得た。当然私の勝ちだ」
 ――と言い、暴れました。
 天照大御神のお作りになる田の畔を壊し、その溝を埋めました。
 天照大御神が大嘗(*1)をなさる御殿に糞を撒き散らしました。

 天照大御神はそれでもお怒りにならず、
「糞のようなものは酔って吐き散らそうとしたのでしょう。田を壊したのは、土地がもったいないと思ってしたのでしょう」
 ――と、弁護なさいました。
 しかし須佐之男命の悪行は止まらず、ますます酷くなりました。

*1:田の収穫を食する儀式。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3826『小学生の日本神話256』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命13

<天の岩屋3>

 その事件をご覧になった天照大御神は怖れ、天の岩屋の中にお入りになり、お姿を消してしまわれました。
 すると高天原はすっかり暗くなり、葦原中国も暗くなり、夜がずっと続きました。
 そこで大勢の神々は騒ぎだし、その声は五月の蠅のように満ち溢れ、あらゆる禍が起こりました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3830『小学生の日本神話257』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命14

<天の岩屋4>

 そこですべての神々が天の安の河原に集まって相談し、高御産巣日神の御子の思金神(おもいかねのかも/*1)にどうしたらよいかを考えさせました。
 思金神の考えを実行に移しました。
 まず、常世(とこよ/*2)の長鳴鳥(ながなきどり/*3)を集めて鳴かせました。 それから天の安の河の川上にある堅い石を取り、天の金山の鉄を取って、鍛冶の天津麻羅(あまつまら/*4)を探し出しました。

*1:金(かね)は「かねて、あらかじめ」の意味で、物事を予見する神をあらわします。
*2:海の彼方の異郷。
*3:夜明けを告げる鶏の鳴き声からの発想。
*4:この鍛冶の神が何をしたかは具体的には書かれていませんが、石や鉄で神器をつくるのに鍛冶は不可欠なので、書かれているのでしょう。名前の意味は、天上界の片目の人で、鍛冶職は昔から激しい火を扱うため、目を悪くする人が多くおり、片目は鍛冶の代名詞だったようです。外国でもそうらしいですね。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3835『小学生の日本神話258』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命15

<天の岩屋5>

 そして、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと/*1)に命令して立派な鏡を造らせました。
 また、玉祖命(たまのおやのみこと/*2)に命じて、八尺(やさか/*3)の勾玉を数多く長い紐に通した玉飾りを造らせました。


*1:神鏡をお作りになった有名な神さまです。名前の意味は、「石を切って鋳型をつくって鉄を流し込んで鏡を鋳造する老女」だそうです。この神は天孫降臨の際に天孫邇邇芸命に付き従って地上に降り、造った神鏡は後に伊勢神宮内宮に祀られました。すなわち『三種の神器』の最高峰です。作鏡の連等の先祖とされています。

*2:これも有名な神さまです。名前の意味は「玉を作る部族の先祖」です。玉祖の連等の先祖とされます。やはり天孫降臨の際に邇邇芸命に従って地上に降り、造った玉飾りは『三種の神器』の一つで、現在東京の皇居に奉斎されています。

*3:長いとか大きいとかいう意味らしいです。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3839『小学生の日本神話259』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命16

<天の岩屋6>

 それから、天児屋命(あめのこやねのみこと/*1)と布刀玉命(ふとたまのみこと/*2)を呼び寄せ、天の香具山の鹿の骨を同じく香具山のカニワ桜(朱桜)の皮で焼いて我具合で占いわせました。
 さらにそれから、香具山の茂った榊を根から掘り取ってこさせました。

*1:はっきりとはしないが、小さな小屋の神格化で、このような小さな屋根のある家で神事がなされたためらしい。天孫降臨の随伴神の筆頭で、のち、その子孫は宮中祭祀の中心となった。中臣連等の遠祖。すなわち藤原一族の遠祖。

*2:名前の意味は立派な祭祀用の玉。玉を製作するのではなく、それを用いた祭祀儀式の表象。天孫降臨に随伴し、忌部(齋部)らの遠祖。その子孫が中臣に対抗して『古語拾遺』を執筆。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3844『小学生の日本神話260』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命17

<天の岩屋7>

 天香具山から得た榊を天の岩戸の前に立て、その上の方に八尺の勾玉の玉飾りをつけ、その中ほどに八尺の鏡をつけ、下の方の枝には白い幣(にきて/*1)と青い幣を下げました。
 このさまざまな品は、布刀玉命(ふとたまのみこと)が捧げ持ってつけたものです。
 そしてその前で、天児屋命(あめのこやねのみこと)が貴い祝詞(のりと)をし上げました。

*1:布(または紙)を木の枝につけて神に捧げるものです。御幣のはじまりでしょうか。「にき」は神を安める意味。「て」は接尾語だそうです。白は楮(こうぞ)からつくられ、青は麻からつくられました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3848『小学生の日本神話261』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命18

<天の岩屋8>

 それから、天手力男神(あめのたぢからおのかみ/*1)が戸の陰に立ち、天宇受売命(あめのうずめのみこと/*2)が戸の前で踊りました。
 その有様といえば――
 天香具山の日蔭蔓(ひかげかずら/*3)を襷にかけ、真折蔓(まさきかずら/*4)を髪飾りにして、香具山の笹の葉を束ねて手に持ち、天の岩屋の戸の前に桶を伏せて踏みならし、神懸かりになって、ほとんど裸になって踊りまくりました。
 そのため、高天原が鳴り響くほどに多くの神々が笑いました。

*1:手の力のとても強い神。

*2:「うず」は髪飾り、「め」は女性。髪飾りをした巫女。

*3:ヒカゲノカズラという植物で、襷にできるそうです。

*4:サンカクズルという蔓草らしいです。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3852『小学生の日本神話262』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命19

<天の岩屋9>

 神々の笑い声をお聞きになった天照大御神は、不思議にお思いになり、岩屋の戸を少しだけあけて、
「わたしがここにこもっているので、天の世界は暗く、また葦原中国も暗くなっているだろうと思うのに、どうして天宇受売は楽しそうに踊り、多くの神々が笑っているのだろうか」
 ――とおおせられました。
 そこで天宇受売命は申し上げました。
「あなた様よりも立派な神がいらっしゃいますので、みな喜んで笑ったり踊ったりしているのです」


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3856『小学生の日本神話263』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命20

<天の岩屋10>

 このように天宇受命(あめのうずめのみこと)が申し上げているあいだに、天児屋命(あめのこやのみこと)と布刀玉命(ふとたまのみこと)が、例の宝鏡を差し出して、天照大御神にお見せしました。
 そこには天照大御神のお姿が映っておりました。
 天照大御神は不思議に思って、すこしずつ岩戸から出て、鏡に映ったお姿をご覧になろうとなさったそのとき、脇に隠れていた天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が、そのお手をとって外へ引き出しました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3859『小学生の日本神話264』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命21

<天の岩屋11>

 そこで待ちかまえていた布刀玉命が注連縄(しめなわ)を天照大御神のうしろに張って、
「ここから中へお戻りになることはかないません」
 ――と申し上げました。
 こうして天照大御神が天岩屋からお出になられますと、高天原も葦原中国も自然に明るくなりました。

(この節終了。つぎの節に移りますが、この天岩屋隠れの神話と日食を結びつける意見はたくさんあります。卑弥呼の死の歳に九州や大和で日食が起こっている計算があって、それを元に卑弥呼と天照大御神を結びつける意見もあります。季節の推移を強調する意見もあります。しかしいずれも確証はありません。天照大御神に関する神話には、自然現象が反映していたり、後の偉大な女性への敬意が反映していたりするかもしれませんが、いずれにせよ天照大御神のおかげで世の中が明るいことを強調する神話ですね)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3863『小学生の日本神話265』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命22

<須佐之男命の追放1>

 それから、すべての神々が相談して、須佐之男命に罪を償わせ、ヒゲと手足の爪を切って、追放しました。
 そのとき神々は、大気都比売神(おおげつひめのかみ/*1)に食べ物を求めました。
 すると大気都比売神は鼻や口やお尻からさまざまな美味しい食べ物を取り出して、料理して神々に差し上げました。
 ところが須佐之男命はこの有様をうかがっていて、大気都比売神がやっているのは汚い行為だと思って、たちまち殺してしまいました。

*1:前に大宜都比売として出てきました。早い時期に伊耶那岐命、伊耶那美命がお生みになった神で、四国の阿波国(徳島県)をあらわすそうです。阿波→粟の連想から食物神になったそうです。徳島市の一宮神社に祀られています。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3867『小学生の日本神話266』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命23

<須佐之男命の追放2>

 殺された大気都比売神の身体から、つぎのものができました。
 頭から蚕。
 二つの目から稲の種。
 二つの耳から粟。
 鼻から小豆。
 陰部から麦。
 尻から大豆。
 そこで神産巣日御祖神(*1)は、須佐之男命に命じて、これらの穀物類の種を採取させました。

*1:前から何度も出てきた神です。造化三神の一柱です。

(次回から須佐之男命の追放先である出雲国の物語に入ります)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3871『小学生の日本神話267』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命24

<八岐大蛇との戦い1>

 さて、高天原から追い払われた須佐之男命ですが、出雲国を流れる肥の河(ひのかわ/*1)の上流の鳥髪(とりかみ/*2)という土地に降り立ちました。
 すると、人が使う箸がその河を流れてきました。
 それを見た須佐之男命は、河の上流に人が住んでいるのだろうと思って、その人に会うために川沿いに登ってゆきました。
 しばらく行くと、娘を中に挟んで老人と老女が泣いているのを見つけました。
 須佐之男命は、「おまえたちは誰なのだ」とお尋ねになりました。
 老人は答えました。
「私は国つ神(*3)で、大山津見神(おおやまつみのかみ/*4)の子です。わたしは足名椎(あしなづち/*5)といい、妻は手名椎(てなづち/*5)といい、娘は櫛名田比売(くしなだひめ/*6)といいます」

*1:現在の斐伊川。

*2:斐伊川の水源のあたりと考えられます。もと鳥上村という村が有ったそうです。

*3:一般的には高天原の神に対して葦原中国の土着性の神を言いますが、天つ神に対してへりくだっていうときの言葉でもあります。

*4:前に出てきました。伊耶那岐命・伊耶那美命が産んだ山の神さまです。いろんな所に出てきます。

*5:「なづち」の「なづ」は撫でる、「ち」は霊。娘を可愛がる意味でしょうか?

*6:「くしなだ」の「くし」は奇し、櫛の連想も。「なだ」は稲田。この有名な物語は、河の洪水から稲田を守ろうとした先祖の苦労から出来たという説があります。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3876『小学生の日本神話268』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命25

<八岐大蛇との戦い2>

 それから須佐之男命は、
「おまえ達が泣いているのはどうしてなのか」
 とお尋ねになりました。
 すると老人の足名椎は答えました。
「私たちには八人の娘がいたのですが、高志(こし/*1)の八岐大蛇が(やまたのおろち/*2)」が毎年やってきて、食べてしまったのです。いままたその大蛇がやってこようとしています。残ったこの娘も食べられたしまうでしょう。それで泣いているのです」

*1:斐伊川の下流の出雲大川の流域の古志郷(出雲市)とされています。

*2:八岐とは頭と尾が八つに分かれていること。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3881『小学生の日本神話269』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命26

<八岐大蛇との戦い3>

 そこで須佐之男命は、
「その大蛇の姿形はどんななのか」
 ――とお尋ねになりました。
 老人は答えました。
「目は赤いホオズキのようで、一匹なのに八つの頭と八つの尾があります。その身体には日蔭蔓(ひかげかずら)と檜(ひのき)と杉が生えています。身体の長さは八つの谷と八つの山にわたっています。その腹には、いつも血が流れて、ただれています」


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3886『小学生の日本神話270』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命27

<八岐大蛇との戦い4>

 須佐之男命はその老人に、
「ここにいるお前の娘と結婚したいが、いいか」
 ――と申されました。
 老人は答えました。
「おそれおおいことです。しかし私たちはまだあなたのお名前を存じません」
 そこで、須佐之男命はおっしゃいました。
「わたしは天照大神の、母を同じくする弟である。いま天から降ったのだ」
 すると老人老女は、かしこまって、
「そのような立派なお方でいらっしゃいますならば、とてもありがたいことです。娘をあなた様に差し上げます」
 ――答えました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3890『小学生の日本神話271』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命28

<八岐大蛇との戦い5>

 そこで須佐之男命は、その娘を神聖な櫛に変えて頭にさしました。
 そして老夫婦にお命じになりました。
「おまえたちは、何度も醸造した強い酒をつくりなさい。垣根をめぐらして、その垣根に八つの入り口をあけ、その入り口に八つの仮の棚を設け、その棚に舟形の酒の入れ物と置き、そこに強い酒を入れて、待っていなさい」
 老人夫婦は、そのようにしました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3894『小学生の日本神話271』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命28

<八岐大蛇との戦い5>

 そのような準備をして待っていますと、老人夫婦が言ったとおりに、八岐大蛇がやってきました。
 そして、強い酒が入った船型の大きな八つの器に八つの首を入れて、その酒を飲みました。
 八岐大蛇は酒に酔ってしまって、その場で寝てしまいました。
 そこで須佐之男命は、腰に帯びた十拳(とつか)の剣を抜いて、その大蛇を切りますと、肥の川(ひのかわ)は血の川となって流れました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3898『小学生の日本神話272』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命29

<八岐大蛇との戦い6>

 須佐之男命が八岐大蛇の中ほどの尾を切ったとき、何か堅いものに当たって十拳の剣の刃が欠けました。
 不思議に思ってその部分を剣で引き裂いてみますと、そこに「都牟羽の大刀(つむはのたち/*1」がありました。
 そこで須佐之男命はこの大刀を取り出し、世にも珍しいものだと思い、天照大神にお話しして、これを献上しました。
 これが「草薙大刀(くさなぎのたち/*2)」です。

*0:前回の川が血の色になった話ですが、この川の上流に砂鉄の産地があり、製鉄の廃水の色の表現だろうという説があるそうです。もともとこの神話は、川の氾濫に悩んだ人たちの苦労をあらわしているとも言われます。現出雲の地はとても古くから有力な集団が住んでいた土地で、無数の遺蹟がありますし、最近でも新発見が続いています。『魏志倭人伝』にも多くの家のある場所として出てくるようです。

*1:渦の模様のついた太刀という説がありますが、定説は無いそうです。

*2:これが有名な『三種の神器』の一つである「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」です。『日本書紀』では「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」と言われており、後に〈日本武尊〉が草を薙いで火攻めから逃れたところから「草薙剣」と呼ばれるようになったそうです。はじめは皇居にあり、のち伊勢神宮に奉斎されましたが、東国遠征の際に〈日本武尊〉に与えられ、〈日本武尊〉の薨去後は熱田神宮に奉斎されています。なお、須佐之男命が八岐大蛇を切った十拳の剣は、現在奈良の石上神宮に奉斎されています。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3902『小学生の日本神話273』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命30

<須賀の宮1>

 こうして、八岐大蛇を退治して櫛名田比売と結婚することになった須佐之男命は、宮殿をつくるための土地を出雲の国でお探しになりました。
 そして、須賀の地にお着きになったとき、その土地がとても気に入られて、
「この地に来て、わたしの心はとてもすがすがしい」
 ――と仰せられました。
 そして、その地に宮殿を建てて、櫛名田比売とお住まいになられました。
 須佐之男命が「すがすがしい」と言われたので、その地のことを「須賀(すが)」(*1)と言うようになりました。

*1:現在の島根県大原郡大東町須賀とされます。
 神話の中の英雄が活躍した場所が現実の地名として残されている点が日本神話の凄さです。『記紀』に出てくる地名の多くが現実のものです。つまり神話と現実の歴史とが断絶していないのです。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3906『小学生の日本神話274』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命31

<須賀の宮2>

 須佐之男命がこの須賀の宮殿をつくったとき、そこから雲が立ち上りました。
 そこで、つぎの御歌をおつくりになりました。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」(*1)

 そして、妻となった櫛名田比売の父親である足名鉄神(*2)を呼び寄せて仰せになりました。
「おまえは、私の宮殿の責任者になりなさい」
 また、稲田宮主須賀之八耳神(いなだのみやぬしすがのやつみみのかみ/*3)という名前をお与えになりました。

*1:八雲神詠歌といわれ、五七五七七(三十一文字)の短歌形式の最初の歌だといわれています。もともとは出雲地方のお目出たいときに歌われた民謡だったという説があります。「八雲立つ」は「出雲」にかかる枕詞。「出雲八重垣」は出雲様式の垣。「妻籠」はその垣が妻を隠すことを意味するそうです。しかし古事記に須佐之男命の御歌として入れられたとき、「雲が立ち昇った」という瑞祥が加えられて、農業治水や雨乞いの意味がこめられたらしいです。まあ、いろんな説があると思います。

*2:足名鉄は足名椎と同じです。

*3:稲田の宮殿の首長である、須賀の地の多くの神霊という意味だそうです。

(須佐之男命が八岐大蛇を退治した神話は、出雲地方の河川の氾濫を防いで稲田を守った治水を意味しているという説が有力なようです。八岐大蛇は洪水で暴れる河川の象徴というわけです。たしかに、八岐大蛇退治を依頼した足名椎が与えられた新しい名前には「稲田」がついています。また本文の御歌の直前にある「雲立ち昇る」は渇水時の雨乞いを連想させます)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3909『小学生の日本神話275』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命32

<須賀の宮3>

 須佐之男命が櫛名田比売と須賀の宮で結婚して生まれた神は八島士奴美神(やしまじぬみのかみ/*1)といわれます。
 また、大山津見神(*2)の娘である神大市比売(*3)を娶って生まれた神は大年神(おおとしのかみ/*4)と宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ/*5)の二柱です。

*1:多くの島を領有する主の神霊という意味らしいです。

*2:前に出てきました。偉大な山の神霊という意味で、伊耶那岐命・伊耶那美命がお生みになった山の神です。この神を祀る神社が無数にあります。

*3:この神名は、卑弥呼の正体だろうと言われます〈倭迹迹日百襲姫命〉の別名と同じです。百襲姫命の墓とされる箸墓のそばに大きな市場があり、そこから来ているようです。大きな市場については、『魏志倭人伝』にもそれらしい記述があります。

*4:立派な稲の実りという意味だそうです。年(とし)というのは穀物が熟することをいいます。稲の実りが一年かかるので、のちに年月を示す年の意味になりました。

*5:稲に宿る神秘的な霊という意味だそうです。稲荷神社の神さまです。また伊勢神宮外宮の豊受大神とも関連するそうです。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3913『小学生の日本神話276』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命33

<須賀の宮4>

 それから、兄である八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)が、大山津見神の娘である木花知流比売(このはなちるひめ/*1)と結婚して生まれた子供の名は布波能母遅久奴須奴神(ふはのもじくぬすぬのかみ/*2)です。
 この神が、淤迦美神(おかみのかみ/*3)の娘である日河比売(ひかわひめ/*4)と結婚して生まれた子供の名は深淵之水夜礼花神(ふかふちのみずやれはなのかみ/*5)です。

*1:桜の花が散るという意味だそうです。古来桜はその花の咲き散る様子から穀類の出来を占う神木とされていたそうです。むろん現在のような桜ではなく山桜だったと思いますが。

*2:長くて分かりにくい名前ですが、西宮先生の仮説では、蕾の貴人の、「国の居住地の主」だそうです。

*3:前に闇淤迦美神として出てきました。伊耶那岐命が迦具土神を斬ったときに生まれた神です。

*4:霊的な川という意味だそうです。

*5:深い淵の水が目には見えない力によって流れ出してゆくことを意味するという西宮先生の仮説があります。

(『古事記』におきましては、須佐之男命のもっとも有名な子孫である大国主神が誕生する前に、いろんな神が誕生しています。神名って書くだけで疲れますね、ふつうの変換では出てきませんから・・・)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3917『小学生の日本神話277』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命34

<須賀の宮5>

 この深淵之水夜礼花神が天之都度閉知泥神(あめのつどへちねのかみ/*1)と結婚して生まれた神の名は淤美豆奴神(おみずぬのかみ/*2)です。
 この淤美豆奴神が布怒豆怒神(ふのずののかみ/*3)の娘であります布帝耳神(ふてみみのかみ/*4)と結婚して生まれた神の名は天之冬衣神(あめのふゆきぬのかみ/*5)です。

*1:西宮先生の説では、「天上界の集められた水路」という意味だそうです。
(以下いずれも西宮先生の解説に従います)

*2:「大水の主」という意味だそうです。
(一般に古語で物の大小をあらわすとき、「お/お〜」という発音をして、長く伸ばすと大きい、うんと長く伸ばすととても大きい、短く切ると小さい、を意味します。「大野/おおの」と「小野/おの」のように・・・。しかし少ない例ですが、短く切っても大きいを意味する事があるそうで、この「淤」はその例だそうです)

*3:「くねくねと這う蔦の類(衣類の繊維となる)」という推理があります。

*4:「衣類の神霊」かもしれないと言われます。

*5:「天上界の冬の着物」とされます。

(このあと、いよいよ大国主神が誕生します)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3922『小学生の日本神話278』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 天照大御神と須佐之男命35

<須賀の宮6>

 この天之冬衣神が、刺国大神(さしくにおおのかみ/*1)の娘である刺国若比売(さしくにわかひめ/*2)と結婚して生まれた子は、大国主神(おおくにぬしのかみ/*3)です。
 この神は合わせて五つの名前を持っておられます。つまり大国主神以外に四つのお名前があります。
 それは――
 大穴牟遅神(おおあなむじのかみ/*4)
 葦原色許男神(あしはらしこおのかみ/*5)
 八千矛神(やちほこのかみ/*6)
 宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ/*7)
 ――です。

*1:「国を支配する親」という意味らしいです。須佐之男命を一代目とすると七代目になります。須佐之男命の子を一世とすると第六世となります。須佐之男命の子孫は十七世神として知られています。

*2:「国を支配する子の巫女」という意味らしいです。「比売」の後に「命(みこと)」がつかないのは、巫女を意味するのだそうです。

*3:「偉大な、国土の主人」という意味。これは容易に想像できる意味ですね。

*4:「偉大な鉱穴の神」、すなわち砂鉄を掘る穴という意味らしいです。

*5:「地上の現実の国にいる醜い男」という意味。これは娘をとられた父親が相手の男に対して言う悪口だそうです。須佐之男命の言葉から来た名。(勇猛な男の意味だとする本が多いのですが、西宮先生は否定的です)

*6:「多くの矛」という意味。出雲地方からは無数の剣などが発掘されています。大国主神の物語は、鉄器文化の完成とも関連しているらしいです。この物語には、河川の治水、農業の進展、鉄器文化の発達、当時の成人儀式、国の成立など、いろいろな古代の史実が含まれていて、とても興味深いです。

*7:「現実の国土の神霊」。須佐之男命から贈られた名です。


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