■■■ 小学生の日本神話――古事記「伊耶那岐命と伊耶那美命」――(オロモルフ)■■■


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3583『小学生の日本神話203』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命1

<淤能碁呂島>

 そこで、天つ神一同のご意見で、伊耶那岐命(いざなきのみこと/*1)と伊耶那美命(いざなみのみこと/*1)の二柱の神に、
「この漂っている国土をあるべき姿に固め整えなさい」
 ――と命じられました。
 そして、天の沼矛(あめのぬほこ/*2)をお授けになりました。
 そこで二柱の神は、天の浮橋(*3)の上にお立ちになって、その沼矛をさしおろし、かきまわし、潮をこおろこおろとかき鳴らして引き揚げたところ、その矛の先から滴り落ちた潮がつもって島になりました。
 これを淤能碁呂島(おのごろしま/*4)といいます。

*1:有名な男女の神ですが、本によっていろんな書き方がされているので迷いますし間違えることもしばしばです。
 古事記においても末尾が神だったり命だったりしています。
 また伊邪那岐神という表記があったり伊弉諾尊だったり・・・。
 ここでは二冊の『古事記』のとおりにします。

*2:玉飾りのある矛。

*3:天空に浮かんだ橋。よく出てきます。

*4:しぜんに固まってできた島。伊耶那岐命・伊耶那美命二神の根拠地。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3589『小学生の日本神話204』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命2

<伊耶那岐命・伊耶那美命の結婚1>

 伊耶那岐命・伊耶那美命の二柱の神は、その淤能碁呂島(おのごろしま)に天降り、そこで天の御柱を見立て(*1)られ、さらにそこに八尋殿(やひろどの/*2)を見立てられました。
 そこで伊耶那岐命は、
「あなたの身体はどのようにできていますか」
 ――とお聞きになりますと、伊耶那美命はお答えして、
「私の身体は出来上がってまだ出来きらない所が一箇所あります」
 ――とお答えになりました(*3)。

*1:この見立は原文がそうなっているのですが、解釈はいろいろなようです。一つの解釈は、「見出した」で、最初からそのようなものが有ってそれを二柱の神が発見した――という意味。もうひとつは、二柱の神が材料を見て選んで造ったという意味。西宮先生は後者の意味にとっておられます。

*2:「尋」は両腕を広げた長さで、「八」は縁起の良い大きな数ですが、ここでは大きくて立派な御殿という意味。

*3:これは有名な箇所ですが、小学生向けに書く時は、別の表現にします。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3594『小学生の日本神話205』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命3

<伊耶那岐命・伊耶那美命の結婚2>

 これに対して伊耶那岐命は、
「わたしの身体には成り整って余ったところが一箇所あります。その余ったところであなたの足りないところを塞いで国を産もうと思いますが、どうでしょうか」
 と仰せられました。
 伊耶那美命は、
「それでよいです」
 とお答えになりました。
 そして伊耶那岐命は、
「それでは、わたしとあなたとでこの天の御柱をめぐって出会い、まぐあい(*1)をしよう」
 ――と仰せになりました。

*1:原文は「美斗能麻具波比」(みとのまぐはひ)で、仮名で書かれています。この「みと」には、「寝所」という解釈と「女性の性器」という解釈があるそうです。後者は「御門」。「まぐはひ」はもともと「目交ひ」で、目と目を合わせて情を通じるという意味だそうです。
(小学生向けに書く本では別の表現にします)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3600『小学生の日本神話206』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命4

<伊耶那岐命・伊耶那美命の結婚3>

 このように約束してから伊耶那岐命は、
「あなたは右からまわってわたしと出会い、わたしは左からまわってあなたと出会おう」
 と仰せられました。
 そしてそのとおりに柱をめぐって出会ったとき、伊耶那美命がまず、
「ああ、なんといとしい男でしょう」
 と言われ、そのあとから伊耶那岐命が、
「ああ、なんといとしい女だろう」
 と言われましたが、伊耶那岐命はそのあとで、
「女のほうから先に言ったのは良くなかったな」
 ――と仰せになりました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3606『小学生の日本神話206』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命5

<伊耶那岐命・伊耶那美命の結婚4>

 しかしそれでも結婚して、子供が生まれました。
 最初に生まれたのは水蛭子(ひるこ/*1)でした。島にはならないので、葦の船に乗せて流しました。
 次に生まれたのは淡島(あわしま/*2)でした。これも人の住む島にはならないので、子供の数には入れませんでした。
 そこで伊耶那岐命と伊耶那美命は相談なさいました。
 そして、
「わたしたちの生んだ子供は立派な島にはならない。天つ神に教えてもらおう」
 と、一緒に高天原に行って、おうかがいしました。
 天つ神はふとまに(*3)という占いによって、
「女が先に声をかけたのが良くない。言い直しなさい」
 ――と教えました。
 そこで伊耶那岐命と伊耶那美命は淤能碁呂島へ戻って、ふたたび天御柱をめぐりました。
(*4)

*1:ぐにゃぐにゃしていてとうてい島の形にならないもの。

*2:これは一応島の形はしているが、使い物にはならない島。

*3:占いの中でも特別重要なことを占う方法。

*4:この水蛭子などの件は『日本書紀』では正文にはなく一書にあります。またこのあたりの事につきまして、伊耶那岐命と伊耶那美命を実の兄妹であるとして近親相姦と見る説が一部にあり、小学生向けの本にまで書かれている事がありますが(無垢な小学生に日本神話への嫌悪感を植え付けようとしているのでしょうか)、小学館の本ではそのようには書かれていません。また西宮一民はこの問題を取り上げて、明確に否定しています。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3609『小学生の日本神話207』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命6

<国と神の誕生1>

 こうして改めて天御柱をめぐったあとで、まず伊耶那岐命が、
「ああなんといとしい女だろう」
 ――と言われ、そのつぎに伊耶那美命が、
「ああなんといとしい男でしょう」
 ――と言われました。
 こう言い終わって無事に結婚し、子供が生まれました。
 はじめに生まれた子供は、
『淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま/*1)』
 で、つぎに生まれた子供は、
『伊予之二名島(いよのふたなのしま/*2)』
 でした。
 この伊予之二名島は身体が一つで顔が四つあり、ひとつひとつの顔に名前があります。
 すなわち、伊予国(*3)は愛比売(えひめ/*4)といい、讃岐国(*5)は飯依比古(いいよりひこ/*6)といい、粟国(あわのくに/*7)は大宜都比売(おおげつひめ/*8)といい、土佐国(*9)は建依別(たけよりわけ/*10)といいます。

*1:淡路島。

*2:四国。

*3:現愛媛県。

*4:いとしい女性という意味。

*5:現香川県。

*6:食べ物の霊がよりつく男性という意味。

*7:現徳島県。

*8:立派な食べ物の女性。

*9:現高知県。

*10:勇敢な霊のよりつく男性。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3614『小学生の日本神話208』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命7

<国土と神々の誕生2>

 伊耶那岐命と伊耶那美命は、つぎに、隠伎之三子島(おきのみつごのしま/*1)をお生みになりました。またの名を天之忍許呂別(あめのおしころわけ/*2)といいます。
 つぎに、筑紫島(つくしのしま/*3)をお生みになりました。この島も身体が一つで顔を四つありました。
 それらはつぎのとおりです。
 筑紫国(つくしのくに/*4)は白日別(しらひわけ/*5)といい、豊国(とよくに/*6)は豊日別(とよひわけ/*7)といい、肥国(ひのくに/*8)は建日向日豊久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ/*9)といい、熊曽国(くまそのくに/*10)は建日別(たけひわけ/*11)といいます。

*1:隠岐の三つ子の島。隠岐は三つの島からなると考えた。

*2:命名の理由は不明。

*3:九州。

*4:現福岡県。

*5:明るい太陽の男性。

*6:現大分県。

*7:光が豊な太陽の男性。

*8:現長崎県・熊本県・佐賀県・宮崎県。

*9:命名の理由は不明。

*10:現熊本県南部・鹿児島県。

*11:勇猛な太陽の男性。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3619『小学生の日本神話209』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命8

<国土と神々の誕生3>

 つぎに伊岐島(いきのしま/*1)をお生みになりました。またの名を天比登都柱(あまひとつはしら/*2)といいます。
 つぎに津島(つしま/*3)をお生みになりました。またの名を天之狭手依比売(あめのさでよりひめ/*4)といいます。
 つぎに佐渡島(さどのしま/*5)をお生みになりました。
 つぎに大倭豊秋津島(おおやまととよあきづしま/*6)をお生みになりました。またの名を天御虚空豊秋津根別(あめのみそらとよあきづねわけ/*7)といいます。
 そしてこの八つの島をまず生んだことによって、この国を大八島国(おおやしまくに/*8)といいます。

*1:壱岐のこと。

*2:広々とした拡がりの中の柱。

*3:対馬のこと。

*4:未詳。狭手姫を思い出しますね。

*5:佐渡のこと。

*6:本州のこと。

*7:何となくめでたい名前であると感じますが未詳。

*8:史書によくある言い方です。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3624『小学生の日本神話210』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命9

<国土と神々の誕生4>

 こうした後、お帰りになったとき(*1)、吉備児島(きびこのしま/*2)をお生みになりました。またの名を建日方別(たけひかたわけ/*3)といいます。
 つぎに小豆島(あずきしま/*4)をお生みになりました。またの名を大野手比売(おおのてひめ/*5)といいます。

*1:この意味はよく分かっていないそうです。いろんな解釈はあるのですが。たとえば、淤能碁呂島から離れて大八島を生んで、生んでから淤能碁呂島に戻った・・・など。

*2:現岡山県の児島半島。

*3:意味未詳。

*4:現香川県小豆島。

*5:意味未詳。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3629『小学生の日本神話211』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命10

<国土と神々の誕生5>

 つぎに大島(*1)をお生みになりました。またの名は大多麻流別(おおたまるわけ/*2)といいます。
 つぎに女島(おみなしま/*3)をお生みになりました。またの名を天一根(あまひとつね/*4)といいます。
 つぎに知訶島(ちかのしま/*5)をお生みになりました。またの名を天之忍男(あめのおしお/*6)といいます。
 つぎに、両児島(ふたごのしま/*7)をお生みになりました。またの名を天両屋(あめのふたや/*8)といいます。
(吉備児島から天両児島まで、合わせて六つの島です)

*1:山口県の屋代島との説があります。
*2:意味未詳。
*3:大分県国東半島沖の姫島との説があります。
*4:広々とした拡がりの中の根元の意味。
*5:長崎県五島列島。
*6:意味未詳。
*7:五島列島の南、男女群島の男島・女島との説があります。
*8:意味未詳。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3636『小学生の日本神話212』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命11

<国土と神々の誕生6>

 伊耶那岐命と伊耶那美命はこうして多くの島を生んで国土をつくりおえましたので、つぎに神々をお生みになりました。
 お生みになった神々の御名を記します。

 大事忍男神(おおことおしおのかみ/*)
 石土毘古神(いわつちびこのかみ)
 石巣比売神(いわすひめのかみ)
 大戸日別神(おおとひわけのかみ)
 天之吹男神(あめのふきおのかみ)
 大屋毘古神(おおやびこのかみ)
 風木津別之忍男神(かざもくつわけのおしおのかみ)

*:これらの神々については、人間が住む住居に関係する神だろうという説が有力ですが、そうではなく自然を表しているという説もあります。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3640『小学生の日本神話213』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命12

<国土と神々の誕生7>

 つぎに海の神である大綿津見神(おおわたつみのかみ/*1)をお生みになりました。
 つぎに水門の神、速秋津日子神(はやあきつひこのかみ/*2)をお生みになりました。
 つぎに妹速秋津比売神(いもはやあきつひめのかみ/*3)をお生みになりました。
(大事忍男神から秋津比売神までは、合わせて十柱の神です)

*1:偉大な海の神霊という意味。
*2:勢いの強い入り口のある港の意味。
*3:*2の神の女性版。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3644『小学生の日本神話214』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命13

<国土と神々の誕生8>

 この十柱の神の中の速秋津日子神と妹速秋津比売神の二柱の神が、河と海を分担して、お生みになった神の名は、
 沫那芸神(あわなぎのかみ/*1)
 沫那美神(あわなみのかみ/*2)
 頬那芸神(つらなぎのかみ/*3)
 頬那美神(つらなみのかみ/*4)
 天之水分神(あめのみくまりのかみ/*5)
 国之水分神(くにのみくまりのかみ/*6)
 天之久比奢母智神(あめのくひざもちのかみ/*7)
 国之久比奢母智神(あめのくひざもちのかみ/*8)
(合計八柱の神でした)

*1:ここの八柱の神はみな水に関係があります。祝詞に出てくるそうです。この神は泡が静かの意味か?
*2:泡が波立つの意味か?
*3:水面が静かの意味か?
*4:水面が波立つの意味か?
*5、6:水の分配に関する神。
*7、8:水を汲む道具に関する神らしい。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3648『小学生の日本神話215』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命14

<国土と神々の誕生9>

 伊耶那岐命と伊耶那美命は、つぎに、風の神である志那都比古神(しなつひこのかみ/*1)をお生みになりました。
 つぎに、木の神である久々能智神(くくのちのかみ/*2)をお生みになりました。
 つぎに、山の神である大山津見神(おおやまつみのかみ/*3)をお生みになりました。
 つぎに、野の神である鹿屋野比売神(かやのひめのかみ/*4)をお生みになりました。この神のまたの名は野椎神(のづちのかみ/*5)といいます。
(志那都比古神から野椎神まで合わせて四柱の神々です)

*1:志が「息」、那が「の」、都が「所」という説があります。
*2:久々が「木」、能が「の」、智が「精霊」という意味らしいです。
*3:大山が「立派な山」、津が「の」、見が「精霊」という意味らしいです。
*4:鹿屋は「屋根を葺く草」、そういう役に立つ草の生えている野原の女神という意味。
*5:野の精霊という意味。椎(ツチ)のツが「の」、チが「精霊」となるらしいです。

(多くは神社の祭神などで耳にするお名前です。この四柱の神によって、風・木・山・野という自然が出来たことになります)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3652『小学生の日本神話216』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命15

<国土と神々の誕生10>

 この大山津見神と野椎神の二柱の神が山と野を分担してお生みになった神の名は、
 天之狭土神(あめのさづちのかみ/*1)
 国之狭土神(くにのさづちのかみ/*2)
 天之狭霧神(あめのさぎりのかみ/*3)
 国之狭霧神(くにのさぎりのかみ/*4)
 天之闇戸神(あめのくらとのかみ/*5)
 国之闇戸神(くにのくらとのかみ/*6)
 大戸或子神(おおとまといこのかみ/*7)
 大戸或女神(おおとまといめのかみ/*8)
(合わせて八柱の神です)

*1:山頂をあらわします。
*2:原野をあらわします。
*3:霧をあらわします。
*4:霧をあらわします。
*5:峡谷をあらわします。
*6:峡谷をあらわします。
*7:迷路をあらわします。「或」は「惑」の古字。
*8:迷路をあらわします。
(この解釈は小学館ではなく西宮先生の本によっています)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3657『小学生の日本神話217』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命16

<国土と神々の誕生11>

 伊耶那岐命と伊耶那美命がつぎにお生みになったのは、鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ/*1)です。またの名を天鳥船(あめのとりふね/*2)といわれます。
 つぎに大宜都比売神(おおげつひめのかみ/*3)をお生みになりました。
 つぎに火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ/*4)をお生みになりました。またの名を火之R毘古神(ひのかかびこのかみ/*5)、さらにまたの名を火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ/*6)といわれます。

*1:鳥のように速く走る堅い楠でできた船。
*2:鳥のように速く走る船。
*3:「宜」は食の意味らしい。のちに須佐之男命によって殺されて、その身体から蚕や稲穂ができたといわれます。
*4:火ではげしく焼く意味らしいです。
*5:火の輝く男神。
*6:「土」は「ツ+チ」で「の+精霊」と解釈できるようです。「迦具(かぐ)」はかげろう? 火がちらちらと燃える意味?

(火の神をお生みになったため、このあと、大変なことが起こります)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3661『小学生の日本神話218』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命17

<国土と神々の誕生12>

 この火の神をお生みになったために、伊耶那美命は身体が焼けて病気になり、苦しんで寝ておられました。
 その大変な苦しみのために吐いたり便や尿が出てしまったりしました。
 その吐いたものから次の神が生まれました。
   金山毘古神(かなやまびこのかみ/*1)
   金山毘売神(かなやまびめのかみ/*2)
 大便から次の神が生まれました。
   波邇夜須毘古神(はにやすびこのかみ/*3)
   波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ/*4)
 尿から次の神が生まれました。
   弥都波能売神(みつはのめのかみ/*5)
   和久産巣日神(わくむすひのかみ/*6)
 この神の御子は、豊宇気毘売神(とようけびめのかみ/*7)といいます。

 火の神をお生みになった苦しみで病気になられた伊耶那美命は、とうとうお亡くなりになりました。
(天鳥船から豊宇気毘売神まで合わせて八柱の神です)
 以上の全体を合計しますと、伊耶那岐命が伊耶那美命が協力してお生みになった島は十四です。また神は三十五柱です。
(ただし淤能碁呂島だけはお生みになったものではありません。また蛭子と淡島は御子の数には入れません)
〔オロモルフ注:このような注のような記述も、もともと『古事記』に書かれているものです〕

*1:鉱山を意味します。瀕死の伊耶那美命の御身体から出たものによって地上の生産性が生まれています。
*2:同上。
*3:波邇は粘土を意味するそうです。土器の元です。
*4:同上。
*5:水の霊を意味するそうです。
*6:若さを生成する霊力。
*7:「宇気」は食物を意味するそうです。豊かな食物(稲)の神です。伊勢神宮外宮の御祭神と密接に関係します。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3665『小学生の日本神話219』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命18

<伊耶那美命の死によって誕生した神々1>

 伊耶那美命の死を悲しんだ伊耶那岐命は、
「いとしいわが妻よ、火の神を産んで自分の命を失うのか」
 ――と仰せになって、伊耶那美命の枕もとや足もとに腹ばいになってお泣きになりました。
 そのときの涙から生まれた神の名は、泣沢女神(なきさわめのかみ/*1)で、香具山の畝尾の木本(*2)に鎮座されています。
 そして伊耶那美命を、出雲国と伯耆国の境にある比婆之山(ひばのやま/*3)に葬られました。

*1:「沢」は多いという意味。泣くことが多い神。

*2:奈良県橿原市木之本町とされます。

*3:この地名は残っておらず、広島県に比婆という地名があるが、それなのかどうかは不明。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3670『小学生の日本神話220』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命19

<伊耶那美命の死によって誕生した神々2>

 それから伊耶那岐命は、腰の十拳(とつか/*1)の劍を抜いて、妻の命を奪った迦具土神の首をお切りになりました。
 そのとき、その劍の先端についた血が神聖な石の群れについて、そこから次の三柱の神が誕生しました。
 石析神(いわさくのかみ/*2)
 根析神(ねさくのかみ/*3)
 石筒之男神(いわつつのおのかみ/*4)

*1:拳(つか)は握ったこぶしの大きさ。長い立派な劍。
*2〜4:岩を裂くような刀剣神。血は火につながり、火で鉱石を溶かして金属を得る古代技術を暗示しています。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3674『小学生の日本神話221』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命20

<伊耶那美命の死によって誕生した神々3>

 さらに、劍の鍔についた血が石の群れにほとばしって、つぎの神が誕生しました。
 甕速日神(みかはやひのかみ/*1)
 樋速日神(ひはやひのかみ/*2)
 建御雷之男神(たけみかずちのおのかみ/*3)
 この三番目の神のまたの名は、建布都神(たけふつのかみ)や豊布都神(とよふつのかみ)(*4)です。
 合わせて三柱の神です。

*1:「甕」は御厳(みいか)だそうです。「速」は勢いが強い、「日」は霊力。
*2:「樋」はたぶん火。そのあとは同様。
*3:勢いの激しい雷神を意味します。『日本書紀』では武甕雷神で、この三柱の神は親子関係になっています。武甕雷神が三代目です。大己貴神と談判して葦原中国の平定に貢献する神です。地上で誕生して高天原の神になっています。
*4:「布都」は擬音の「ふつ」で、刀剣で物を切る時の音です。すなわち刀剣の神としての名です。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3679『小学生の日本神話222』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命21

<伊耶那美命の死によって誕生した神々4>

 つぎに、刀剣の柄についた血が指の間から流れて神が誕生しました。
 それは、
 闇淤加美神(くらおかみのかみ/*1)
 と、
 闇御津羽神(くらみつはのかみ/*2)
 ――でした。

 伊耶那岐命の刀剣から誕生した神は、石析神から闇御津羽神まで、合わせて八柱でした。

*1:「闇」は渓谷を意味します。「淤加美」は水を司る神を意味します。

*2:「闇」は同様。「御津羽」は水の霊を意味します。前にあった弥都波能売神(みつはのめのかみ)の「弥都波」と同じです。

(このあたり全体は、刀剣による火伏の思想を表しているそうです。刀剣の霊力によって危険な火災を抑えるのですね)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3683『小学生の日本神話223』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命22

<伊耶那美命の死によって誕生した神々5>

 伊耶那岐命が切った迦具土神から多くの神が誕生しました。
 頭からは正鹿山津見神(まさかやまつみのかみ/*1)
 胸からは淤縢山津見神(おどやまつみのかみ/*2)
 腹からは奥山津見神(おくやまつみのかみ/*3)
 陰部からは闇山津見神(くらやまつみのかみ/*4)
 (この項続きます)

*1:火神の死によって次々に山の神が生まれますが、これは山焼きと関係した伝承だという説があるそうです。「正鹿(まさか)」は正真正銘という意味らしいです。

*2:「淤縢(おど)」は「正鹿」の弟分という意味らしいです。

*3:「奥(おく)」は文字通り奥の方という意味らしいです。

*4:「闇(くら)」は前にも出ましたように、峡谷という意味らしいです。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3686『小学生の日本神話224』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命23

<伊耶那美命の死によって誕生した神々6>

 つぎに、左手に誕生した神は、志芸山津見神(しぎやまつみのかみ/*1)。
 つぎに、右手に誕生した神は、羽山津見神(はやまつみのかみ/*2)。
 つぎに、左足に誕生した神は、腹山津見神(はらやまつみのかみ/*3)。
 つぎに、右足に誕生した神は、戸山津見神(とやまつみのかみ/*4)。
(正鹿山津見神から戸山津見神まで、合わせて八柱の神が生まれました)

 この迦具土神を斬った刀剣の名は、天之尾羽張(あめのおはばり/*5)といいます。またの名を伊都之尾羽張(いつのおはばり/*6)といいます。

*1〜*4までは前回の続きで、山の神です。
*1:「志芸(しぎ)」は繁という意味です。
*2:「羽(は)」は端という意味で麓をあらわします。
*3:「腹(はら)」は山裾の拡がりをあらわします。
*4:「戸(と)」は奥に対する外の意味で、里に近い部分をあらわします。
*5:「天」がついていますから、天上界と関係の深い霊剣です。「尾羽張」の意味については諸説あって定説はまだ無いようです。刃の張りが鋭いという意味、大蛇のように立派という意味など・・・。この刀剣は、葦原中国を平定する事に功績のあった建御雷神の父親神とされています。
*6:「伊都(いつ)」は威勢の良いという意味らしいです。天之尾羽張と同一神です。

[つぎは黄泉の国の物語になります]


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3691『小学生の日本神話225』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命24

<黄泉の国での冒険1>

 伊耶那岐命は、愛しい妻の伊耶那美命にまたぜひ会いたいと思い、お隠れになった黄泉国(よもつくに/*1)まで追ってゆかれました。
 伊耶那美命は、黄泉国の御殿の戸の外に出て、戸を閉めて迎えました。
 伊耶那岐命は言いました。
「私の愛しい妻よ、私とお前が協力してつくってきた国は、まだ完成していない(*2)。どうか戻ってきてほしい」
 これに対して伊耶那美命は、
「残念なことですが、私はもう黄泉国の竈で煮た料理を食べてしまいました。しかし愛しい夫がわざわざ迎えにお出でになるとは恐れ多いことですから、なんとかして帰ろうと思います。そこで黄泉神(よもつかみ/*3)に相談してみます。その間、けっして私を見ないでください」
 ――とお答えになり、御殿の中に戻ってゆかれました。

*1:この死後の国がどこにあるのかは説明がありませんが、死者が行く国であることは周知として書かれています。現し国(うつしくに)に対する国です。
*2:このあと完成させるのは大国主命とされます。
*3:この神についても、説明はありませんが、死後の国の支配神であることはあきらかです。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3696『小学生の日本神話226』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命25

<黄泉の国での冒険2>

 伊耶那美命は御殿の中に入ったきり、なかなか顔を見せませんでした。
 そのため待っていた伊耶那岐命はじりじりしてしまいました。
 伊耶那岐命は、頭に差していた櫛の歯を一本折って取り、それに火を灯して御殿の中に入ってみました。見ないでほしいという伊耶那美命の願いを無視してしまったのです。
 するとそこには、ウジ虫がいっぱいたかった伊耶那美命の身体が横たわっておりました。
 伊耶那美命の頭には大雷(おおいかずち)がおり、胸には火雷(ほのいかずち)がおり、腹には黒雷(くろいかずち)がおり、陰部には析雷(さくいかずち)がおり、左の手には若雷(わかいかずち)がおり、右の手には土雷(つちいかずち)がおり、左足には鳴雷(なるいかずち)がおり、右足には伏雷(ふせいかずち)がおりました。
 つまり伊耶那美命の身体から、全部で八種類の雷神(*)が誕生していました。

*:雷とは恐ろしい魔物といった意味で、死の穢れを表しています。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3701『小学生の日本神話227』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命26

<黄泉の国での冒険3>

 伊耶那岐命はその妻の恐ろしい姿を見て怖くなり、黄泉国から逃げ帰ろうとしました。
 伊耶那美命は「よくも私に恥をかかせましたね」と怒り、黄泉国の醜女(しこめ)に命じて後を追わせました。
 伊耶那岐命は頭に飾られていた黒い蔓草で出来た髪飾りを外して醜女の方に投げました。すると髪飾りは山葡萄の実が生りました。
 これを醜女が食べている間に伊耶那岐命は必死で逃げました。
 しかし食べ終わった醜女はさらに追いかけて来ました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3716『小学生の日本神話228』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命27

<黄泉の国での冒険4>

 なおも追いかけてきた醜女に対して伊耶那岐命は、右の御髪にさしていた神聖な爪櫛の歯を折って投げますと、そこからたちまち竹の子が生えました。
 それを醜女が抜いて食べている間に、伊耶那岐命は必死で逃げました。
 そのあと、伊耶那美命は、ご自分の身体から成った八種の雷神に大勢の黄泉国の軍勢をつけて、伊耶那岐命を追わせました。
 伊耶那岐命は腰に帯びた十拳(とつか)の劍を抜いて、それを後に向かって振りながら逃げましたが、雷神たちはなおも追いかけてきました。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3721『小学生の日本神話229』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命28

<黄泉の国での冒険5>

 伊耶那岐命は必死に逃げて、黄泉(よもつ)ひら坂(*1)のふもとまで来たとき、そこに桃の木があって実がなっているのを見つけて、それを三個取って迎え撃ちます(*2)と、追ってきた雷神たちはかなわなくなって逃げ帰りました。
 伊耶那岐命はその桃の実に、
「おまえは私を助けたように、葦原中国(*3)に住む人々が苦しんだり悩んだりしている時には助けてあげなさい」
 と仰せられ、その桃の実に、意富加牟豆美命(おおかむずみのみこと/*4)という名前を授けました。

*1:「よもつ」というのは「よみ」から変形したらしいです。「ひら坂」の「ひら」とは崖の意味で、黄泉国と葦原中国の境にある切り立った坂という意味。葦原中国は坂の下にあり、黄泉国は坂の上にあるとして描写されています。つまり黄泉国は地下の国ではなく地上の別世界のように受け取れます。

*2:桃で迎え撃つとは、桃を雷神に投げて撃退するという意味とも受け取れますが、そういう描写ではないので、桃の霊性によって悪鬼を退けるという現象らしいです。

*3:葦原中国は、『古事記』ではここではじめて出てきます。葦原中国と三輪山麓の大和地方との結びつき(の可能性)については、『卑弥呼と日本書紀』に記しておきました。

*4:偉大な神の霊という解釈があります。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3725『小学生の日本神話230』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命29

<黄泉の国での冒険6>

 雷神が去ってしまうと、今度はとうとう、妻の伊耶那美命自身が追ってきました。
 そこで伊耶那岐命は、千人かかってやっと動くくらいの大きな岩を引いてきてその黄泉ひら坂を塞ぎました(*1)。
 伊耶那岐命と伊耶那美命は、その岩を間にはさんで事戸を渡し(*2)ました。
 そのときイザナミは、
「愛しい私の夫であるイザナキよ、あなたがこんなことをなさるのなら、私はあなたの住む国の人間を一日に千人殺しましょう」
 ――と言いました。
 そこでイザナキは言い返して、
「愛しい私の妻のイザナミよ、あなたがそんなことをするのなら、私は一日に千五百の産屋を建てよう」
 と仰せられました。

*1:巨岩の霊力によって他の世界からの悪霊がこの世に入り込む事を防ぐ意味。

*2:夫婦の離別を言い渡すこと、または生者と死者との決別を意味するそうです。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3729『小学生の日本神話231』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命30

<黄泉の国での冒険7>

 このようなわけで、この世では、一日にかならず千人が死に、千五百人が生まれるのです。
 そのため伊耶那美命は、黄泉津大神(よもつおおかみ)と名づけられました。
 また伊耶那岐命を追って追いついたことから、道敷大神(ちしきのおおかみ)とも名づけられました。
 また、黄泉国との境の坂をふさいだ岩は、道返之大神(ちがえしのおおかみ)と名づけられました。黄泉戸大神ともいわれます。
 なおここに述べた黄泉ひら坂は、出雲国の伊賦夜坂(いふやさか/*)だとされています。

*:現在の島根県八束郡東出雲町揖屋町に揖夜神社という神社があり、そのあたりが伊賦夜坂だそうです。つまりはそこが黄泉ひら坂だとされているわけです。黄泉国というのが地底の異世界とか場所も分からぬ別世界とかいうわけではないらしい点が興味深いです。

(これで黄泉国での伊耶那岐命の冒険を終わります。つぎは禊ぎによる神々の誕生です)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3733『小学生の日本神話232』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命31

<禊ぎによる神の誕生1>

 黄泉国から逃げ帰った伊耶那岐命は、
「わたしは何という醜く汚れた国に行ってきたものだ。わたしの身体についた穢れを洗い清めよう」
 ――と仰せになって、筑紫の日向の橘の小門のあわき原(*)に行かれて、禊ぎをなさいました。

*:宮崎市の大淀川の北岸の橘の江田神社のあたりという説があります。小門は大淀川の小さな港。しかし特定の場所と考えるべきではない、という意見もあります。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3736『小学生の日本神話233』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命32

<禊ぎによる神の誕生2>

 伊耶那岐命が禊ぎ(みそぎ)をなさったとき――
 投げ捨てた御杖から誕生した神の名は、衝立船戸神(つきたてふなとのかみ/*1)。
 投げ捨てた御帯から誕生した神の名は、道之長乳歯神(みちのながちはのかみ/*2)。
 投げ捨てた御嚢(みふくろ/*3)から誕生した神の名は、時量師神(ときはかしのかみ/*4)。

*1:杖が衝き立っている道の曲がり角の神。杖を地面に突き立てるのは、土地の占有を示す意味だそうです。

*2:長く続く道の立っている岩の神。乳は道、歯は岩の意味だそうです。帯の長さから長い道の連想になるそうですが、岩によって道を塞ぐ神の名だそうです。

*3:物を入れる袋。

*4:解き放つをこの漢字で書いたらしいです。物を入れる袋の紐を解き放つところから、この神格ができたらしいです。

(以上の神名の意味については、諸説あります)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3737『小学生の日本神話234』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命33

<禊ぎによる神の誕生3>

 つぎに、伊耶那岐命が投げ捨てられた御衣に誕生した神の名は、和豆良比能宇斯能神(わずらいのうしのかみ/*1)です。
 つぎに、投げ捨てられた御褌に誕生した神の名は、道俣神(ちまたのかみ/*2)です。
 つぎに、投げ捨てられた御冠に誕生した神の名は、飽咋之宇斯能神(あきぐいのうしのかみ/*3)です。

*1:「和豆良比」は「ワズライ=患い」、「能」は「ノ」、「宇斯」は「ウシ」で主とか支配者とかいう意味です。「ノ」+「ウシ」→「ノウシ」→「ヌシ」=「主(ぬし)」で、現在ではウシではなくヌシという使い方をしています。

*2:道が分かれるところという意味です。御褌は股で二つに分かれる男性用の袴で、そこから道の分岐点につながったのでしょう。

*3:「飽咋」は食べ飽きること。その後は*1と同じです。この神は道祖神を指すそうです。食べ飽きると道祖神のつながりは、道祖神に捧げた食事をカラスが食べ散らかすことから来たとか・・・。

(神さまの名前を書いたり由来を調べたりするのが大変でして、なかなか進みませんで済みません。この伊耶那岐命の禊ぎ(ミソギ)の段は、本居宣長の直毘霊で有名です。シナ式の小賢しい口先の議論への批判です)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3742『小学生の日本神話235』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命34

<禊ぎによる神の誕生4>

 つぎに、投げ捨てた左の御手の手纏(たまき/*1)から誕生した神の名は、奥疎神(おきざかるのかみ/*2)です。
 つぎに、奥津那芸佐毘古神(おきつなぎさびこのかみ/*3)です。
 つぎに、奥津甲斐弁羅神(おきつかいべらのかみ/*4)です。
 つぎに、投げ捨てた右の御手の手纏(たまき)から誕生した神の名は、辺疎神(へざかるのかみ/*5)です。
 つぎに、辺津那芸佐毘古神(へつなぎさびこのかみ/*6)です。
 つぎに、辺津甲斐弁羅神(へつかいべらのかみ/*7)です。
 これら船戸神から辺津甲斐弁羅神までの十二柱の神は、伊耶那岐命が身に付けたものを脱いだことによって生まれた神です。

*1:手首につける飾りです。纏は巻くです。

*2:海の沖を遠く離れていった疫病神という意味らしいです。ここの神は皆海に関係ありますが、それは、手首の飾りが海から採れる貝殻で出来ていたかららしいです。

*3:波打ち際の沖に近い方を示す神。

*4:陸と海の境界の沖に近い方を示す神。

*5:岸辺を離れていった疫病神。

*6:波打ち際の岸辺に近い方を示す神。

*7:陸と海の境界の岸辺に近い方を示す神。

 『日本書紀』では「沖津」を『古事記』では「奥津」と書くようです。
 辺津、奥津(沖津)は海の神を表現するのに、対照してよく用いられますね。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3746『小学生の日本神話236』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命35

<禊ぎによる神の誕生5>

 ここで伊耶那岐命は、
「上の瀬は流が激しい。下の瀬は流が弱い」
 ――と仰せられて、中ほどの瀬に入ってお体を濯がれました。
 そのときに誕生した神の名は、八十禍津日神(やそまがつひのかみ/*1)、つぎに大禍津日神(おおまがつひのかみ/*2)です。
 この二柱の神は、黄泉の国に行った時の穢れを洗い流したことによって誕生した神です。
 つぎに、この禍を直そうとなさって誕生した神の名は、神直毘神(かむなおびのかみ/*3)、つぎに大直毘神(おおなおびのかみ/*4)、つぎに伊豆能売(いずのめ/*5)です。(*6)

 合わせて三柱の神です。

*1:多くの災禍の霊力をもつ神。

*2:大きな災禍の霊力をもつ神。

*3:神々しい、曲がったことを正しく直す霊力をもつ神。

*4:偉大な、曲がったことを正しく直す霊力をもつ神。

*5:厳しく清浄な女性という意味だそうです。禊ぎをするときは、神を祭る巫女が必要で、それが伊豆能売だそうで、したがってここでは「神」がついていませんが、神としての扱いを受けています。

*6:穢れた身体から*1、*2の災禍の二柱の神が生まれましたので、それを正しく直すために誕生なさったのが*3、と*4の神です。
 本居宣長の『直毘靈』(古事記伝一の巻末)に、小賢しいシナ思想による災禍を正しく直そうという考えが見られます。
「からざまのさかしら心うつりてぞ世人の心あしくなりぬる」
「漢意(からごころ)直したまへと大直毘神の直毘を乞祈(の)みまつれ」


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3751『小学生の日本神話237』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命36

<禊ぎによる神の誕生6>

 つぎに、水の底でお身体を濯がれたときに誕生した神の名は、底津綿津見神(そこつわたつみのかみ/*1)と底筒之男命(そこつつのおのみこと/*2)です。
 つぎに、水の中ほどでいお身体を濯がれたときに誕生した神の名は、中津綿津見神(なかつわたつみのかみ/*3)と中筒之男命(なかつつのおのみこと/*4)です。

*1:底で濯いだ時に生まれた海の神霊という意味らしいです。海の底の神霊とも受け取れますね。

*2:底で濯いだ時に生まれた、帆柱受けの太い筒柱の男という見解があります。昔からこの「筒」の意味については、多くの意見があるようです。

*3:*1に準じます。

*4:*2に準じます。

(正直言いまして、神のお名前を書くだけでとても疲れます。小学生にはとうてい無理ですね)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3755『小学生の日本神話238』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命37

<禊ぎによる神の誕生7>

 つぎに、水の上でお身体を濯いだときに誕生した神の名は、上津綿津見神(うえつわたつみのかみ/*1)と上筒之男命(うわつつのおのみこと/*2)です。

 これまでに誕生なさった底・中・上の三柱の綿津見神は、阿曇連(あずみのむらじ/*3)が先祖神として祭っている神です。
 阿曇連は綿津見神の御子の宇都志日金析命(うつしびかなさくのみこと/*4)の子孫なのです。

 また、これまでに誕生なさった底・中・上の三柱の筒之男命は、墨江(すみのえ)の三前(みまえ/*5)の大神です。

*1、2:この神名の「上」には、「うえ」と読むとの注が記されています。「かみ」ではなく「うえ」です。もともと「上」という漢字で表現される大和言葉には「かみ」と「うえ」があります。「かみ」は川上の上で奥まった場所等を意味し、「神」と同源とされます。一方「うえ」は、物(例えば一枚の板)の上側という意味で「神」と同源ではありません。

*3:九州の志賀島を本拠とする海人族。姓は連ですが、後に宿禰を賜っています。

*4:現実の、霊力のある網かがり。これもいろいろな解釈があるようです。

*5:三座。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3760『小学生の日本神話239』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命38

<禊ぎによる神の誕生8>

 つぎに、伊耶那岐命が禊ぎによって左の目をお洗いになったとき、天照大御神(あまてらすおおみかみ/*1)が誕生しました。
 つぎに、右の目をお洗いになったとき、月読命(つくよみのみこと/*2)が誕生しました。
 つぎに、鼻をお洗いになったとき、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと/*3)が誕生しました。

 以上の十柱の神が、伊耶那岐命が禊ぎをなさったときに誕生したのでした。

*1:天にあって光り輝く偉大な神。あるいは天に光り輝くような立派な神。

*2:月齢を数える(暦や航海術など)ことを神格化した神。

*3:激しく荒れすさぶ神。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3764『小学生の日本神話240』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命39

<三貴子の分治1>

 禊ぎの最後に三柱の貴い神が誕生したので、伊耶那岐命はたいへんお喜びになって、
「わたしは子を生み続けて、その終わりに、三柱の貴い子を得ることができた」
 と仰せられ、御首飾りの玉の緒を、玉にさやかな音をたてさせながら手に取って(玉を連ねた首飾りを手に取る時の慣用句)、天照大御神にお授けになりました。
 そして、「あなたは高天原を治めなさい」と仰いました。
 その御首飾りの名は、御倉板挙之神(みくらたなのかみ/*1)といいます。

*1:「御倉板」とは倉の棚。玉を倉の中の棚の上に安置したことからの神名らしいです。

(いよいよ天照大神の誕生と高天原における須佐之男命との軋轢のはじまりです)


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3768『小学生の日本神話241』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命40

<三貴子の分治2>

 つぎに伊耶那岐命は、月読命に対して、
「あなたは夜之食国(よるのおすくに/*1)を治めなさい」
 ――と仰せられました。

 つぎに伊耶那岐命は、建速須佐之男命に対して、
「あなたは海原を治めなさい」
 ――と仰せられました。

*1:夜の国という意味だそうです。食は治めるの意味で、夜を支配する国を治めなさい――ということです。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3768『小学生の日本神話241』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命40

<三貴子の分治2>

 つぎに伊耶那岐命は、月読命に対して、
「あなたは夜之食国(よるのおすくに/*1)を治めなさい」
 ――と仰せられました。

 つぎに伊耶那岐命は、建速須佐之男命に対して、
「あなたは海原を治めなさい」
 ――と仰せられました。

*1:夜の国という意味だそうです。食は治めるの意味で、夜を支配する国を治めなさい――ということです。


◆◆◆オロモルフ号の航宙日誌3776『小学生の日本神話243』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 伊耶那岐命と伊耶那美命42

<三貴子の分治4>

 そこで伊耶那岐大御神は、速須佐之男命に、
「どうしておまえは、命令された国を治めずに泣きわめいているのか」
 ――とお聞きになりました。
 須佐之男命は答えました。
「私は、亡くなった母の国の根之堅州国(ねのかたすくに/*1)に行きたいので、泣いたいるのです」
 この答えを聞いて伊耶那岐大御神は、お怒りになりました。
 そして、
「そういうことなら、おまえはこの国(*2)に住んではならない」
 と仰せになって、厳しく追放なさいました。
 伊耶那岐大御神は、近江の多賀(*3)に鎮座なさっています。

*1:遠い堅い中州。古代の大和が水郷地帯であった事を連想します。

*2:葦原中国のこと。これも古代の大和が葦原の続く水郷地帯で、その中に国が作られていたことを連想します。

*3:滋賀県犬上郡多賀(多賀大社がある)または淡路の多賀(伊耶那岐神社がある)。

(このあと、天照大御神と須佐之男命の対決となります)


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