■■■ 小学生の日本神話――古事記「安万侶の序文」――(オロモルフ)■■■


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3437『小学生の日本神話184』◆◆◆

▼『古事記』の神話

<翻案者のまえがき>

 前に記しましたようなわけで、『日本書紀』につづいて『古事記』につきましても、その神話(上巻)と神武天皇(中巻の冒頭部分)を小学生向けの文章にしてみようと思います。
 参考にしますのは、
◎小学館の日本古典文学全集1『古事記』(山口佳紀・神野志隆光)
◎新潮日本古典集成の『古事記』(西宮一民)
 の二冊が中心です。
 仮目次などは小学館を基準にしますが、悩んだ時は西宮先生の本を参考にしようと思います。

 なるべく独自の文章にしたいとは思いますが、基本的素養が無いので、どうしても影響が強くなると思います。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3444『小学生の日本神話185』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき1

<古代をふりかえる1>

 天皇の臣下(部下のこと)の安万侶(やすまろ)が申し上げます。
 遠い昔、すべてが混ざり合って固まりも形もない状態でしたが、しばらくするとあちこちが固まった状態になり、天と地ができる気配が生じました。
 その頃はまだ名前をつけるべき物もなく、何らかの働きをするものもなかったので、誰にもその始まりの様子は分かりません。
 しかし、やがて天と地が分かれ、「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」「高御産巣日神(たかみむすひのかみ)」「神産巣日神(かみむすひのかみ)」という三柱の神が生まれて、万物のはじまりとなりました。
 さらに男と女がわかれて生まれた「伊耶那岐命(いざなきのみこと)」「伊耶那美命(いざなみのみこと)」という二柱の神が、すべてのものの産みの親となりました。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3450『小学生の日本神話186』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき2

<古代をふりかえる2>

 この二柱の神(伊耶那岐命(いざなきのみこと)と伊耶那美命(いざなみのみこと))は、この国と死後の国とを往復しました。
 そして、禊ぎをして目を洗ったときに日の神と月の神が誕生し、海に浮いたり沈んだりして禊ぎして、多くの神々を産みました。
 世界の始まりの様子はよく分からないのですが、語り伝えによって、国を産んだときの様子が知られます。
 世界の始まりはとても昔のことですが、先祖が言い伝えた話によって、神々が生まれ、天皇の先祖が活躍したことが知られます。

(安万侶が書いている序文は、歴史それ自体ではなく、天皇への献上の言葉に近いものですから、やさしく書き直すのは難しい)


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3457『小学生の日本神話187』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき3

<古代をふりかえる3>

 古い時代の歴史でよく知られておりますのは、鏡をかけ宝玉を噛み吹き吐いて歴代天皇のはじめとなり、剣を噛み吐いて女神が生まれ、大蛇を切って神々の世界が広がりました。
 そして天の安の河原で神々が相談なさって天下を平定し、小浜で大国主神を説得して国土が統一されました。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3465『小学生の日本神話188』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき4

<古代をふりかえる4>

 こうして、邇邇芸命(ににぎのみこと/*1)が高千穂の峰にお降りになられ、神倭天皇(かむやまとのすめらみこと/*2)が大和国に進出なさったが、怪しい熊の毒気に当てられた時には天から下された剣を高倉の中に得られて助かりました。
 尾のある人が道を遮ると、大きな烏が吉野で天皇を案内し舞を舞って賊を平らげ、歌を合図に敵を平らげました(*3)。

*1:『日本書紀』の瓊瓊杵尊

*2:神武天皇

*3:このあたりはすべて神武東征のエピソード。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3476『小学生の日本神話189』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき5

<古代をふりかえる5>

 また、夢で悟って神祇(あまつかみ、くにつかみ)をお祭りになられた賢明なる君主がおられました(*1)。
 炊事の煙を見て人民の困窮をお知りになられて温かい政治をなさった聖なる帝がおられました(*2)。
 国々の境を定め国々を拓いて、近江宮で天下をお治めになられた天皇がおられました(*3)。
 氏姓を正しくして飛鳥宮で政治をなさった天皇がおられました(*4)。
 歴代天皇の治世には緩急の違いはあり華美と質朴の違いはございましたが、古い時代を模範にして、その教えが崩れているのを元に戻し、その時代の状態を見定めて人間の正しい道が絶えないようになさらなかった天皇はおられませんでした。

*1:崇神天皇の有名な事蹟。

*2:仁徳天皇の有名な事蹟。

*3:成務天皇の事蹟。

*4:允恭天皇の事蹟。

 次は「まえがき」の第二段で、<天武天皇と帝紀・旧辞の編纂>です。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3487『小学生の日本神話190』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき6

<(まえがき第二段)天武天皇と帝紀・旧辞の編纂1>

 飛鳥清原(あすかのきよみはら)の大宮におられて大八洲をお治めになられた天皇の御世にいたりまして、皇太子として天子の徳をお備えになられ、てきぱきと行動なさいました。
 すなわち、夢の中で教えの歌をお聴きになって皇位をつぐ事を占われ、夜の河で皇位をつぐ事を確信なさいました。
 しかしながら、天の時を待つために吉野山に身を寄せ、人々が多く集まって堂々と東国に進まれました。
 天皇の乗り物は山や河を越えて渡りました。

*:このあたりは、史上有名な天武天皇の事蹟です。このまえがきは天武天皇への特別な尊崇の念に満ちています。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3497『小学生の日本神話191』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき7

<(まえがき第二段)天武天皇と帝紀・旧辞の編纂2>

 天武天皇の軍勢は雷のように猛威をふるい、稲妻のように進みました。
 矛が威力を示し勇猛な兵士は煙のように起こりました。
 赤旗が武器を輝かせ、敵はたちまち砕け、またたくまに妖気は鎮まりました。
 そこで天皇の軍は牛馬を休ませ、戦争をやめて心安らかに大和へ帰りました。
 そして皆、戦いの旗や矛を収めて、舞い歌いました。
 天皇は飛鳥の宮にお留まりになられました。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3510『小学生の日本神話192』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき8

<(まえがき第二段)天武天皇と帝紀・旧辞の編纂3>

 そして酉の年の二月に天武天皇は清原の宮で即位なさいました。
 その政治の道はシナ古代の黄帝より優れ、その徳は周の武王を越えておられました。
 天子の印を受けて国土を治め、皇統を継いで秩序ある世界をおつくりになりました。
 政治は二気五行(*)の正しい運行に従い、神道を復興し、良俗を奨励し、優れた教えを国中にお広めになられました。
 そればかりではなく、知惠は海のように広く古代の事蹟を探り、心は澄んで先祖の業績をお知りになりました。

*:二気は陰陽、五行は木火土金水で万物の元。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3516『小学生の日本神話193』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき9

<(まえがき第二段)天武天皇と帝紀・旧辞の編纂4>

 ここにおいて天武天皇は仰せられました。
「私が聞くところによると、諸家のもたらした「帝紀(*1)」と「本辞(*2)」とはすでに事実とは違っており、偽りが加わっているという。いまここでその誤りを改めなければ、何年もたたないうちに本来の内容は無くなってしまうであろう。この「帝紀」と「本辞」は国家の組織の根本であり、天皇の治世の基礎となるものである。したがって「帝紀」と「本辞」をよく調べて、正しいものを残し間違いを削って真実のものとし、後世に伝えようと思う」

*1:代々の天皇の系譜を中心として事蹟を記した記録とされます。「帝皇日継」「先紀」ともいわれます。

*2:のちに「旧辞」または「先代旧辞」と称された記録や口誦。神話・伝説・氏族の縁起などを含む伝承とされます。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3523『小学生の日本神話194』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき10

<(まえがき第二段)天武天皇と帝紀・旧辞の編纂5>

 このとき、ある舎人(*1)がおりました。
 姓は稗田(ひえだ)、名は阿礼(あれ)、年は二十八でした。
 とても聡明で、文字を見ると口に出して読み、耳で聞くと記憶して忘れることはありませんでした。
 そこで天皇は阿礼に命じられて、「帝皇日継」と「先代旧辞」とを読み記憶させました。
 しかしながら時代が変わって、歴史を正しくして後世に残すという天武天皇のお志は果たされませんでした。

*1:天皇のお側に仕えて、もろもろの仕事をなす人。

(つぎはまえがきの最終段になります)


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3529『小学生の日本神話195』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき11

<(まえがき第三段)元明天皇の命による古事記編纂1>

 伏して今上天皇(*1)を思いますに、天子の徳は四方に満ち、天地人の三才に通じておられ、民を慈しみ育てておられます。
 皇居におられましても、その徳は地の果て海の果てまで照らしておられます。
 その徳によって日月の瑞祥がおこり慶雲が空にたなびいています。
 多くの瑞祥は記録係が筆を休める時もないほどであります。
 また外国からの貢ぎ物は次々に届き、御倉が空になるときはありません。
 天皇の御名も徳もシナの帝王よりもまさっております。

*1:元明天皇


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3536『小学生の日本神話196』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき12

<(まえがき第三段)元明天皇の命による古事記編纂2>

 ここにおきまして今天皇陛下は、旧辞や帝紀に誤りがあり乱れているのを残念にお思いになり、それを正そうとなさって、和銅四年九月十八日に、わたくし安万侶に仰せられました。
「稗田阿礼が暗誦する旧辞を選んで記録して献上せよ」
 ――と。
 そこでわたくしはご命令のとおり、稗田阿礼の暗誦をくわしく記録いたしました。
 しかしながら古い時代におきましては、言葉もその意味も飾り気がありませんので、どのような文字(漢字)で書き表したらよいのかわからず、とても困難な作業でした。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3542『小学生の日本神話197』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき13

<(まえがき第三段)元明天皇の命による古事記編纂3>

 すべて訓(よみ)を用いて記しますと、文字が意味している事があらわせない場合があります。
 またすべて音(こえ)を用いて記しますと、長くなってしまって意味がわかりにくくなります。
 そこでこの『古事記』におきましては、ある場合には一句の中に訓と音とを混ぜて表現し、ある場合にはすべて訓を用いて書くことにいたしました。
 そして、理解しにくい場合には注をつけてその意味を明かにしました。
 理解しやすい場合には注はつけませんでした。


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3549『小学生の日本神話198』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき14

<(まえがき第三段)元明天皇の命による古事記編纂4>

 また、姓(うじ)におきましては、日下(にちげ)を「くさか」と読み、名におきましては帯という字を「たらし」と読むなどの類は、もとの本のままにして(*1)改めませんでした。
 この『古事記』において記しますのは、天と地がわかれてから小治田の御代(*2)にいたるまでです。

*1:太安万侶は稗田阿礼の暗誦だけでなく(いくつかの)書物を参考にしていたことが分かります。

*2:推古天皇の御代


◆◆◆ オロモルフ号の航宙日誌3555『小学生の日本神話199』◆◆◆

▼『古事記』の神話 上巻 まえがき15

<(まえがき第三段)元明天皇の命による古事記編纂5>

 そして、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ/*1)から日子波限建鵜草葺不合命(ひこなぎさたけうかやふきあえずのみこと/*2)までを上巻とし、神倭伊波礼毘古天皇(かむやまといわれびこのすめらみこと/*3)から品陀(ほむだ/*4)の御代までを中巻とし、大雀皇帝(おおさざきのすめらみこと/*5)から小治田(おはりだ/*6)の大宮までを下巻といたします。
 これを合わせて三巻として、謹んで天皇に献上いたします。

 臣安万侶、かしこんで申し上げます。
    和銅五年(*7)正月二十八日
    正五位勲五等太朝臣安万侶(おおのあそみやすまろ)

*1:はじめて高天原に現れた神。

*2:天孫降臨の邇邇芸命の孫にあたる神武天皇の父君。

*3:初代神武天皇。

*4:第十五代應神天皇。

*5:第十六代仁徳天皇。

*6:第三十三代推古天皇。

*7:西暦712年。

 以上で『古事記』の序文を終わります。
 これを読み、また解説を読みますと、天武天皇がお調べになって信頼がおけると考えられた史料を稗田阿礼が誦みこんで書物にし、それを元明天皇の御代になって安万侶が命じられて分かりやすく読みやすい全三巻の史書に編纂したものだと推理できます。

 つぎは本文に入ります。


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