■□■□■ 曖昧模糊とした「実兄」と「義兄」(オロモルフ)■□■□■

「兄弟姉妹」の間の関係には多くの種類があるため、表現に苦労します。
女性天皇についての本を書いているとき、「実兄」という言葉にも、何種類かの意味がある事がわかり、誤解を招くおそれがあると思って、増刷時に「同母兄」「異母兄」という表現に変更したことがあります。
 わたしは「同母兄」と同じ意味で「実兄」を使ったのですが、「実兄」は「異母兄」を含む場合もあることが分かったからです。
「同母兄」・・・という表現も厳密性を欠いておりますが、「同父」を前提とした天皇の皇子皇女の問題なので、誤解される事は無いだろうと、考えました。
 また、古代史の専門書では、ほとんどが「同母兄」「異母兄」という表現を使用しています。

「同母兄」には、

(A)「同父同母兄」
(B)「異父同母兄」

――の二種類がありますから、「同母兄」だけでは厳密な表現にはなりません。
 おそらく歴史家は、同父を前提に「同母兄」という表現を使っているのでしょう。

「同母兄」のような表現での分類は、たぶん、

〈1〉同父同母兄
〈2〉同父異母兄
〈3〉異父同母兄
〈4〉異父異母兄
〈5〉義兄
――でしょう。

 古代では、同父異母兄弟姉妹間での結婚がありましたから、さらに表記法はややこしくなってしまいます。

 辞書によると「実兄」に対する言葉は「義兄」ですが、「兄には実兄と義兄がある」と単純に考えるわけにはいかないようです。
 上の女性天皇の本を書いてから、兄の表現はとても難しいものだと気づきました。

 というわけで、少し考えてみます。

 これまでオロモルフが漠然と考えていた「兄」についての分類とは、

(1)両親が同じ兄→実兄
(2)父親は同じで母親が違う兄→母親違いの兄(腹違いの兄)
(3)母親は同じで父親が違う兄→父親違いの兄
(4)父母ともに違う兄→こういう戸籍上の兄もあります。
(5)配偶者の兄または姉の配偶者→義兄
(6)配偶者の姉の配偶者→義兄
(7)杯を酌み交わす義兄弟の兄

 ――ですが、これらのすべてをきちんと区別して「実」や「義」のように一字で表現する表記法は無いようです。
 またさらに、(1)が正しいかどうかも疑問です。父(母)が同じなら母(父)が違っても実兄とする辞書もあるからです。

((4)の例としては、次ぎのようなものがあります。私の先祖です。
私の高祖父母には男の子がいなかったので、曾祖父が婿養子に入りました。ところがその後で高祖父母に男子が出来て話がややこしくなりました。結局、養子が家督を継ぎ、あとで生まれた弟が分家しました。この場合は、たしかに兄弟なのですが、血のつながりはありません。そうかといって、弟から見てこの兄は姉の嫁入り先の夫ではありませんから、義兄とも言いにくい存在です。子供をつれて再婚する場合などにも、こういう血のつながりのない法律上の兄弟がよくできます)

 実兄と義兄の使い方について、いろいろと疑問が出ましたので、家にある国語辞書で「実兄」と「義兄」をひいてみました。
 ただし、講談などでお馴染みの義兄弟は除きます。

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『大増訂日本大辭典ことばの泉(明治41年)』
実兄:無し
義兄:無し

『改版言海(明治44年)』
実兄:無し
義兄:無し

『辭林(三省堂/明治44年)』
実兄:まことの兄。同父母の兄。
義兄:姉の夫又は妻の兄の称。

『大言海(昭和7年)』
実兄:無し
義兄:姉の夫。又妻の兄。

『辭苑(博文館/昭和10年)』
実兄:父母を同じくする兄。
義兄:義理ある兄。姉の夫。妻の兄など。

『大辭典(平凡社/昭和11年)』
実兄:まことの兄。父母を同じくする兄。
義兄:義理あひの兄。姉の夫、または妻の兄。

『修訂大日本国語辭典(冨山房/昭和14〜16年)』
実兄:まことのあに。同父母の兄。
義兄:義理ある兄。姉の夫、又は妻の兄の称。

『広辞苑(岩波書店/昭和30年初版)』
〔第一版〕
実兄:父母を同じくする兄。
義兄:義理ある兄。姉の夫、妻の兄など。
〔第二版〕
実兄:同前。
義兄:義理の兄。姉の夫または配偶者の兄。
〔第三版〕
実兄:同前。
義兄:ほぼ同前。
〔第四版〕
実兄:父母を同じくする兄。実の兄。
義兄:ほぼ同前
〔第五版〕
実兄:同前。
義兄:ほぼ同前。

『新訂大言海(昭和31年)』
実兄:無し
義兄:姉の夫。又、妻の兄。

『新言海(日本書院/昭和34年)』
実兄:実際の兄。両親を同じくする兄。
義兄:義理兄。姉の夫。妻の兄。

『角川国語辞典(角川書店/昭和44年)』
実兄:父母を同じくするあに。
義兄:義理のあに。姉の夫、妻のあになど。

『新明解国語辞典(三省堂/昭和46年)』
実兄:(義兄と違って)同じ父(母)から生まれた兄。実の兄。
義兄:(実兄と違って)義理の兄。夫(妻)の兄。姉の夫。

『日本国語大辞典(小学館/昭和47〜51年)』
実兄:実の兄。同父母の兄。義兄などに対していう。
義兄:夫あるいは妻の兄。または姉の夫。

『角川国語大辞典(昭和58年)』
実兄:父母を同じくする兄。実の兄。
義兄:義理の兄。配偶者の兄、または姉の夫。

『国語大辞典言泉(小学館/昭和61年)』
実兄:血のつながった実の兄。
義兄:夫あるいは妻の兄。

『大辞林(三省堂/昭和63年)』
実兄:同じ親から生まれた兄。
義兄:義理の兄。夫または妻の兄、または姉の夫。

『大辞林第二版(三省堂/平成7年)』
実兄:初版と同じ。
義兄:初版と同じ。

『日本語大辞典(講談社/平成元年)』
実兄:両親を同じくする兄。
義兄:夫または妻の兄。姉の夫。

『現代国語例解辞典第二版(小学館/平成5年)』
実兄:自分と血のつながった実の兄。
義兄:義理の兄。配偶者の兄。また姉の夫。

『大辞泉(小学館/平成7年)』
実兄:同じ父母から生まれた兄。
義兄:義理の兄。妻または夫の兄。姉の夫など。

『岩波国語辞典(岩波書店/平成12年)』
実兄:同じ父母から生まれたあに。実のあに。
義兄:義理の兄。姉の夫、または配偶者の兄など。

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 国語辞書の論理とは?
 以上のように、国語辞書を調べてみますと、定義がまちまちです。
「実の兄」といった、単なる言い換えのような説明もあります。
「血のつながった」という表現もありますが、あいまいです。
「同じ父母」という表現が多数ありますが、これは父も母も同じと理解するのでしょうか?
 少なくとも厳密な表現ではありません。
 上には書きませんでしたが、多くの辞書で、「実兄」は「義兄」に対する言葉、「義兄」は「実兄」に対する言葉――とされています。しかしこれは論理が通りません。
 対応するとは限りませんから・・・。
 さらに、「など」と書いてある辞書もいくつもあります。「など」と言われても困ってしまいます。

 結局、大きく分けて、「実兄」の辞書的定義には、

(甲)父母ともに同じ兄のみに使う
(どちらかが違えば言わない)
(乙)父か母かまたは双方が同じ兄
(どちらかが同じなら言う)
(丙)「義兄」ではない兄

 ――の三種類があり、(甲)の辞書が多いが、(乙)の辞書もある。(丙)はほとんどの辞書で前提としているらしい。
(甲)の場合、両親のどちらかが違えば、「実兄」とは言わないわけですが、では、何というのでしょうか?
「義兄」と対応させた(丙)辞書も多いのですが、その場合には、「実兄」の範囲はとても広いものになります。

 また、複数の意味がある――と書いてある辞書は見つかりませんでした。
 なぜ、「数種類の意味がある」と書かないのでしょうか?

 結局、冒頭に示した(1)〜(7)をきちんと分けてその表記法を記した辞書は見つかりませんでした。

 法律用語としては、どういう定義がなされているのでしょうか?
 法律辞典には、実兄、義兄という言い方は無いようです。
 権利や義務は戸籍上の親子関係できまるから、以上の分類はあまり意味が無いのでしょう。
 いずれにせよ、辞書にある「実兄」という言葉の説明には、かなりの論理矛盾があります。
(以上の話は「実弟」「実姉」「実妹」についても似ています)

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「兄弟姉妹」という用語について、イマイチ分からないことに、歴史的変遷があります。「兄弟姉妹」は「男女の別」と「年齢の上下」とをクロスさせた表現ですが、昔はずいぶん違った使い方だったらしく、学者の間でもいろいろと論争があるらしいです。
「兄弟姉妹」が今と同じ意味で一般に使われるようになったのは、かなり後の時代らしいです。
「兄弟姉妹」という表現の歴史については、いずれ自分なりに纏めてみたいと考えています。


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