■□■□■ 朝鮮の建国神話(解法者)■□■□■


 朝鮮の建国神話は、やたらと古い時代を想定はしておりますが、その信憑性は、日本の紀元節にくらべて、はるかに低いものです。
 では、具体的にどういうものであるかを、解法者さんがレクチャーしてくださいました。
 参考になりますので、ご覧ください。


◆◆◆ 朝鮮の建国神話(1) 投稿者:解法者  投稿日: 2月12日(土)04時52分5秒 ◆◆◆

北朝鮮が、「檀君王検」が紀元前2333年10月3日に平壌に都を定めたことをもって10月3日を「開天節」として祝うという。
朝鮮の建国は、「古朝鮮(王検朝鮮―箕氏朝鮮)」であるといわれている。これは朝鮮の古書「三国遺事」の巻第一の紀異第一にあるが、元々は中国の「魏書」にあり、朝鮮の「古記」にあったようで(「三国遺事」の巻第一の紀異第一で引用)、「古記」は散逸してしまっているので、確認の仕様がない。
 「三国遺事」には、「魏書」に、今から二千年前に「壇(「三国遺事」の編纂当時(1275年〜1281年)の高麗時代では<檀>)君王検がおり、都を阿斯達(現在の北朝鮮の南部地方の黄海南道の九月山(当時はこの一帯も「白岳(平壌)」)に置いていた。この時代は中国の「堯」に当たる。さらに、「古記」にいうには、王検は「唐高(堯)」が即位してから50年たった庚寅(丁巳の誤りー「三国遺事」)に国号を「朝鮮」とした。彼は1500年も在位した。とある。この「檀君王検」が生まれたという「檀君窟」は北朝鮮の「金 日成」主席の宝物殿のある平安南道の「妙香山(みょひゃんさん)」にある。
したがって、この<丁巳>は紀元前2224年となる。この度、北朝鮮では建国を紀元前2333年としているそうですから、合致しない。さらには、「唐高(堯)」自体が伝説上の人物で実在したかどうかも定かでなく、その生年もはっきりしていない。
現存している歴史書で「古朝鮮」および「檀(檀)君」について記述があるのはこれだけです。


◆◆◆ 朝鮮の建国神話(2) 投稿者:解法者  投稿日: 2月12日(土)04時51分7秒 ◆◆◆

 この「壇(檀)君神話」というものは、先の「古記」に伝わるもので、昔、桓因(帝釈天)の子の「桓雄」が朝鮮に天下り、この国を治めたが、あるとき熊と虎が人間に成りたいと「桓雄」に願い出たところ、「桓雄」がヨモギとニンニクを与え、百日間、これを食べて陽の光を見ないで過ごせば人間になれると言ったが、虎は我慢できず、熊は我慢して人間(女)になれたが、一人身であったので子を産むことができない。そこで、「桓雄」が人間(男)に姿を変えて人間に化身した熊と結婚して子をもうけた。これが「檀(檀)君<王検>」であるというものだ。
 この「檀君神話(ここからは「三国遺事」がいうように「壇」ではなく「檀」といいます)」が現れたのは、高麗時代の初期で民間信仰によるものとされている。
 「三国遺事」の巻第一の紀異第一で引用する「前漢書」によりますと、中国の「(前)漢」が朝鮮が辺境の地であることから、これを封じていた「燕」に委ねたが、「燕」が「(前)漢」に叛き、建国したのが「衛氏朝鮮(「三国遺事」では「衛(満)朝鮮」)」で、その都が
「王検」であり、王名ではなく地名であるとして、「檀君<王検>」をいわば否定した記述となっている。
 そして、高麗時代の民間信仰では、道教思想などから、この「王検」を王ではなく<仙人>として崇めていた。
 ところが、高麗が1231年にモンゴル民族の「元」の侵略にさらされると、民族意識が高まり、救国の英雄として<「王検」仙人>の再来が期待され、先の「古記」などの「檀君(王検)神話」が高麗王朝によって広められ、急速に浸透して行った。


◆◆◆ 朝鮮の建国神話(3) 投稿者:解法者  投稿日: 2月12日(土)04時50分12秒 ◆◆◆

 この「檀君神話」は李氏朝鮮に受け継がれ、国号の「朝鮮」も<王検朝鮮―箕氏朝鮮>から取ったものといわれている。
 李氏朝鮮王朝も「檀君(王検)」の神格化に努め、第4代「世宗」は1429年に、高句麗の第1代王「東明王(朱蒙―檀君(王検)の子といわれている)の宗廟に「檀君(王検)」を合祀し、国父として崇めた。「檀君(王検)」が公式に認められたのはこの時からだ。
 ただ、この時はまだ、「古朝鮮(王検朝鮮―箕氏朝鮮)」が紀元前2333年に建国したとは定めてはいなかった。
 これが言い出されたのは、1945年後の「韓国」からだ。
 この「檀君神話」は現在でも韓国では有力な固有宗教となっております。このような宗教・民間信仰は北朝鮮では認めませんから、否定されておりました。
 これが、一転して檀君(王検)の遺骨が平壌郊外で発見されたという捏造までし、王廟まで建設して「檀君神話」を大々的に宣伝したのは、第一に、領土拡大にその意図がある。北では「古朝鮮(王検朝鮮―箕氏朝鮮)」が朝鮮地域に止まらず、満州にも及んでいたと主張し始めている(韓国も同じ)。高句麗も同じで、満州の南部地方は朝鮮(北朝鮮)の領土であると言っている。このことはまた韓国の民族意識をくすぐるもので、韓国民を自己の主張する<統一>味方に付けたいとの意図も第二にある。
 もちろん、これを提唱したのが「金 日成」首領様であるということをこれまた大々的に宣伝している。


◆◆◆ 朝鮮の建国神話(4) 投稿者:解法者  投稿日: 2月12日(土)04時49分29秒 ◆◆◆

 この「檀君神話」の基礎になる「古朝鮮―箕氏朝鮮」もその後の「衛(満)朝鮮―衛氏朝鮮」も実在が立証されていない。「古朝鮮―箕氏朝鮮」が実在すれば中国の王朝より古いことになる。
 朝鮮で、実在が立証されているのは「三国時代(高句麗、百済、新羅)」あるいはその直前からだ。
 朝鮮人学者は、これが不満で、せめて「衛(満)朝鮮―衛氏朝鮮」が朝鮮人国家であると主張する者が多い。「三国遺事」の「衛(満)朝鮮―衛氏朝鮮」が中国人の国家であると記述されているにもかかわらず、王の「衛」自身が朝鮮人あるいは朝鮮系であり、中国の遼東半島を支配していたと強調しているが、朝鮮人以外には誰も認めていません。また、「古朝鮮―箕氏朝鮮」も実在していたと強弁する者もおり、学会では否定的な者も多いが、朝鮮人特有の<民族意識>に抗しきれず、沈黙を守っている。
 いずれにせよ、「檀君(王検)」によって建国されたという「古朝鮮(王検朝鮮―箕氏朝鮮)」が紀元前2333年に建国したとは全く根拠がない。また、建国の日が「10月3日」というのも建国自体が紀元前2333年であるということに根拠がありませんから、根拠があろうはずがない。
 朝鮮人が建国を<紀元前2333年10月3日>とするのは勝手だが、日本が建国記念日を決めるについて朝鮮人から文句をいわれる筋合いではなかろう。

<完>


◆◆◆ Re:朝鮮の建国神話 投稿者:オロモルフ  投稿日: 2月12日(土)12時00分19秒 ◆◆◆

解法者さん、ありがとうございます。
 建国神話はその国の自由だとはいえ、韓国・北朝鮮はずいぶん強引ですよね。
 そもそも根拠とする『三国遺事』って、日本で言えば鎌倉時代に書かれた史書ですよね。
 しかも引用もとが不明確です。
 なんだか気の毒になるくらい歴史が浅いです。

 ところで、いまチェックしようと思って『三国志』の『魏書』の東夷伝を見ていましたら、高句麗(今の北朝鮮と重複する国)の説明の所(『魏志倭人伝』の直前です)に、
「人々の性格は荒々しく気短で、好んで侵略略奪をはたらく」
「その風俗は淫乱である」
などと書いてありました。

『三国志』は卑弥呼の時代の直後の本ですが、日本の箇所には、そういう事は書かれておらず、逆に、
「その風俗は淫乱ではない」
「盗みをせず、訴訟沙汰は少ない」
などと書かれております。


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