■□■□■ 天野貞祐の国民実践要領(オロモルフ)■□■□■


 昭和二十二年に旧教育基本法が制定された翌年、教育勅語が排除失効したため、我が国の教育は道義の側面を失い、精神の頽廃を招いたと言われています。
 吉田内閣の意向を受けて、時の文相天野貞祐は昭和二十六年十一月十四日に、教育勅語にかわる国民の道義の基本を「国民実践要領」として示しました。
 しかし左翼思想が勢いを得はじめていた言論界が猛反発したため、同月二十七日に天野文相はこれを白紙撤回し、幻に終わったとされます。
 その内容は、今読んでみますと、教育勅語の理念を主権在民の戦後憲法に注意を払いながら分かりやすい国語で示したものであり、じつに当たり前のことが書かれております。
 なぜこれが言論界で封殺されてしまったのか、理解できませんが、戦後の日本の言論界の大勢がいかに奇妙なものであったかが分かりますので、ここに全文を掲載いたしました。
 出典は小林正『日教組という名の十字架』(善本社)の資料篇です。
(オロモルフ)


国民実践要領
天野貞祐

 わが国は今や講和の締結によって、ふたたび独立国家たる資格を得、自主的な再建の道を歩み始むべき時期に際会した。しかるに国家独立の根源は国民における自主独立の精神にあり、その自主独立の精神は、国民のよって立つべき道義の確立をまって初めて発現する。道義が確立しない限り、いかなる国の国民も独立独行の気はくを欠き、その国家は必ずや内部から壊敗し衰滅する運命をもつ。
 われわれは新たに国家再建に向って出発せんとするにあたって、建設へのたゆまざる意欲を奮い起すとともに、敗戦による精神の虚脱と道義のたい廃とを克服し、心を合わせて道義の確立に努めねばならないのである。 道義を確立する根本は、まずわれわれのひとりびとりが自己の自主独立である人格の尊厳にめざめ、利己心を越えて公明正大なる大道を歩み、かくして内に自らの立つところをもつ人間となることに存する。また他の人格の尊厳をたっとび、私心を脱して互に敬愛し、かくして深い和の精神に貫かれた家庭、社会、国家を形成することに存する。自主独立の精神と和の精神とは、道義の精神の両面である。
 われわれの国家も、自国だけの利害にとらわれることなく、公明正大なる精神に生きなければならない。それによって国家は、他の何ものにも依存しない独立の精神と気はくをもって、新しい建設の道を進み、世界の文化に寄与しうる価値をもった独自の文化の形成に向うことができる。また同時に、他の諸国家との和協への道を開き、世界の平和に貢献することができる。
 われわれのひとりびとりもわれわれの国家もともにかかる無私公明の精神に生きるとき、われわれが国家のためにつくすことは、世界人類のためにつくすこととなり、また国家が国民ひとりびとりの人格を尊重し、自由にして健全な生育を遂げしめることは、世界人類のために奉仕することとなるのである。無私公明の精神のみが、個人と国家と世界人類とを一筋に貫通し、それらをともに生かすものである。その精神に生きることによって、われわれは世界の平和と文化に心を向けつつ、しかも祖国を忘れることなく、われわれの国家も、犯すべからざる自主独立を保ちつつ、しかも独善に陥ることなく、ふ仰天地にはじない生活にいそしむことができる。ここに道義の根本があり、われわれは心を一つにしてかかる道義の確立に力を尽さんことを念願する。この実践要領を提示する主旨も、ここに存するのである。
  第一章 個人
(1)人格の尊厳
   人の人たるゆえんは、自由なる人格たるところにある。われわれは
   自己の人格の尊厳を自覚し、それを傷つけてはならない。
   われわれは自己の人格と同様に他人の人格をたっとび、その尊厳と
   自由とを傷つけてはならない。自己の人格をたっとぶ人は必ず他人
   の人格をたっとぶ人である。
(2)自由
   われわれは真に自由な人間であらねばならない。真に自由な人間と
   は、自己の人格の尊厳を自覚することによって自ら決断し自ら責任
   を負うことのできる人間である。
     おのれをほしいままにする自由はかえっておのれを失う。おの
     れに打ちかち道に従う人にして初めて真に自由な人間である。
(3)責任
   真に自由な人は責任を重んずる人である。責任を伴わぬ自由はない。
   われわれは自己の言うところ、なすところについて自己に対し、ま
   た他人に対しひとしく責任をもつ、けだしわれわれは自己と他人の
   人格を尊重し、且つ完成せしめるように、つねに努めねばならない
   からである。無責任な人は他人に迷惑を及ぼすだけでなく自己の人
   格をもそこなう人である。
(4)愛
   われわれはあたたかい愛の心を失ってはならない。愛の心は人間性
   の中核である。
   われわれが互いに他人の欠点をもゆるし人間として生かしてゆくの
   は愛の力である。大きな愛の心は罪を憎んで人を憎まない。
(5)良心
   われわれはつねに良心の声にきき自らをいつわってはならない。た
   とえそのために不利不幸を招くとも、あくまで真実を守る正直な人
   は世の光、地の塩である。
(6)正義
   われわれはあくまでも不正不義を退け、正義につき、私心私情をす
   てて公明正大であらねばならない。
(7)勇気
   われわれは正しいことを行い邪悪なことを克服するために、どのよ
   うな妨害にも屈しない勇気をもたなければならない。
     血気の勇はかえって事を誤り、真の勇気ではない。但しその実
     行にあたっては思慮の深さがなければならない。暴勇は真の勇
     気ではない。
(8)忍耐
   われわれは困苦の間にあっても、あくまで道義を操守する忍耐をも
   たなければならない。
     人間は弱いものであり、困難や苦痛にあえば自暴自棄に陥りや
     すいけれども、その暗い逆境に耐え、愛情をもちつづけ、正義
     の道を踏むことこそ、人の世の光である。
(9)節度
   身体と精神とが健全に形成され、人間が全人格的に調和ある発展を
   なすためには、節度が必要である。
     おのれにかち節度を失わぬところにこそ、人間の本来の強さが
     現われる。節度を破った生がいは、一見強そうにみえることも
     あるが、実は弱さのしるしである。
(10)純潔
   われわれは清らかなものにたいする感受性を失わぬよう心がけねば
   ならない。清らかなものにたいする感受性は、道徳生活の源である。
   心情は純粋に、行為は清廉に、身体は清潔に保ちたい。
(11)廉恥
   われわれは恥を知らなければならない。恥を知るということは、不
   純で汚れたものをいとうことである。恥を知る人は、偽善や厚顔無
   恥におちいることなく慎みを失わない。
(12)謙虚
   われわれは他人にたいしては謙虚な気持で接し、ごう慢に陥っては
   ならない。自らのいたらぬことを自覚し、他人の短所に対しては寛
   容であり、他人の長所を受け入れるということによってのみ、人間
   相互の交わりは正しく保たれる。
(13)思慮
   事をなすにあたっては思慮の深さが必要である。
     われわれは現実の事態を見きわめ、且つ広い視野をもたなけれ
     ばならない。一時の感情や欲望にとらわれて事態を正しく認識
     することがなければ、多く事を誤るであろう。遠きおもんばか
     りがなければ必ず近き憂いがある。但し思慮は断行する勇気を
     伴わねばならない。思慮深きことは優柔不断とは別である。
(14)自省
   われわれはつねに自己を省みるように努めねばならない。
     なんじ自身を知れという教えは道徳の根本的な要素である。自
     分自身を知ることは、自分の無知を知ることからはじまる。知
     らざるを知るはこれ知れることである。
(15)知恵
   われわれは人生について深く豊かな知恵を養わなければならない。
     知恵豊かにして深い人は、順境におごらず逆境に屈せず、人生
     を愛し、安んじて立つところをもつ。
(16)敬虔
   われわれの人格と人間性は永遠絶対なものに対する敬けんな宗教的
   心情によって一層深められる。宗教心を通じて人間は人生の最後の
   段階を自覚し、ゆるぎなき安心を与えられる。人格の自由も人間相
   互の愛もかくして初めて全くされる。古来人類の歴史において人の
   人たる道が明らかになり、良心と愛の精神が保たれてきたことは神
   を愛し、仏に帰依し、天をあがめた人達などの存在なくしては考え
   られない。
第二章 家
(1)和合
   家庭は人生の自然に根ざした生命関係であるとともに、人格と人格
   とが結びついた人倫関係である。それゆえ、その縦の軸をなす親子
   の間柄においても、横の軸をなす夫婦の間柄においても、自然の愛
   情と人格的な尊敬がともに含まれている。
(2)夫婦
   夫と妻たるものは互に愛によって一体となり、貞節によってその愛
   を守り、尊敬によってその愛を高め、かくして互に生きがいの良き
   伴侶でありたい。
     夫婦の愛は人生の自然から咲き出た美しい花である。しかしそ
     の愛はけん怠に襲われやすい。その試練に耐え愛を永続させる
     ものは、貞節と尊敬である。
(3)親子
   われわれは親としては慈愛をもって子に対し、りっぱな人格となる
   ように育成しなければならない。また子としては敬愛をもって親に
   対し孝養をつくさなければならない。
     子は次の新しい時代を創造し且つになうべき者であるから、そ
     の若芽を健やかに伸ばすことは親の喜ばしい義務である。新し
     い時代の創造はすでになしとげられた成果を正しく継承するこ
     とによってなされるから、子は親を尊重するのが尊い義務であ
     る。
(4)兄弟姉妹
   兄弟姉妹は相むつみ、それぞれ個性ある人間になるように助け合わ
   ねばならない。
     兄弟姉妹は正しい社会の正しい人間関係の原型である。兄弟姉
     妹は生がいを通じて良き協力者とならねばならない。
(5)しつけ
   家庭は最も身近な人間教育の場所である。
     われわれが親あるいは子として、夫あるいは妻として、また兄
     弟姉妹として、それぞれの努めを愛と誠をもって果すことによ
     り、一家の和楽と秩序が生じてくる。そうすることを通じて各
     自の人格はおのずから形成され、陶冶される。それゆえ家庭の
     しつけは健全な社会生活の基礎である。
(6)家と家
   家庭は自家の利害のみを事とせず、社会への奉仕に励むべきである。
   家と家とのなごやかな交わりは社会の美しいつながりである。
第三章 社会
(1)公徳心
   人間は社会的動物である。人間は社会を作ることによってのみ生存
   することができる。社会生活をささえる力となるものは公徳心であ
   る。われわれはこの公徳心を養い、互に助け合って他に迷惑を及ぼ
   さず、社会の規律を重んじなければならない。
(2)相互扶助
   互に助け合うことは、他人の身を思いやるあたたかい親切な心を本
   とする。
     人々がただ自己の利害のみに走り他をそこなって顧みないなら
     ば、社会は悪と不幸に陥り、そのわざわいはやがて加重して自
     己の身にも返って来る。
(3)規律
   社会生活が正しくまた楽しく営まれるためには、社会は規律を欠く
   ことはできない。
     個人が各自ほしいままにふるまい、社会の規律を乱すならば、
     社会を混乱におとしいれ、自他の生活をひとしく不安にする。
(4)たしなみと礼儀
   社会生活の品位は各自が礼儀を守り、たしなみを失わないことによ
   って高められる。それが良俗である。
     たしなみと礼儀は、もし魂を失い外形だけになれば、かえって
     虚飾や虚偽となる。しかしそれゆえにたしなみや礼儀を軽んず
     るのも正しくない。人間の共同生活が野卑に流れず、美しい調
     和を保つのは、たしなみと礼儀による。
(5)性道徳
   両性の間の関係は厳粛な事柄である。われわれはそれを清純で品位
   あるものたらしめねばならない。性道徳の乱れることは社会のたい
   廃の大きな原因である。
(6)世論
   社会の健全な進展は正しい世論の力による。
     われわれは独断に陥ることなく、世の人々の語るところにすな
     おに耳を傾けねばならない。しかし正しい世論は単なる附和雷
     同からは生まれない。われわれはそれぞれ自らの信ずるところ
     に忠実であり、世の風潮に対してみだりに迎合しない節操ある
     精神と、軽々しく追随しない批判力とをもつことが必要である。
     正しい世論は人々が和して同じないところに生まれ、世論の堕
     落は同じて和しないところに起る。
(7)共同福祉
   社会のつながりは、それぞれ異なった分野に働く者が社会全体の共
   同福祉を重んずるところに成り立つ。
     身分や階級の相違からさまざまな弊害や利害の衝突が生ずると
     しても、それらの弊害や利害の衝突は、全体としての社会の意
     志を表現するところの法に従って解決さるべきである。社会全
     体の福祉をそこない、社会自身にき裂を生ぜしめるまでに至る
     べきではない。すべて人間生活は和をもってたっとしとする。
(8)勤勉
   われわれは勤勉を尊びその習慣を身につけ、各自の努めに勤勉であ
   ることによって、社会の物質的、精神的財を増大しなければならな
   い。
     勤勉は社会を活気あるものにする。特に資源乏しきわが国の社
     会においては、われわれが勤勉であり、節倹のうちにも物を生
     かして使い、怠惰としゃしに陥らないように自戒する必要があ
     る。
(9)健全なる常識
   社会が絶えず生き生きと進展するためには、古いろう習を改めるこ
   とが必要である。しかしまたいたずらに新奇に走り軽々しく流行を
   追うべきではない。健全なる社会は健全なる常識によって保たれる。
     われわれはややもすれば旧習にとらわれて創造の意気を失うか
     さもなければ一時の風潮にげん惑されて着実な建設の努力を忘
     れやすい。伝統は創造を通してのみ正しく保たれ、革新は伝統
     を踏まえてのみ実効あるものとなる。
(10)社会の使命
   社会の使命は高い文化を実現するところにある。われわれは文化を
   尊重し、それを身につけ、力を合わせてその発展に努めねばならな
   い。
     社会の文化は人間を教養し形成する力をもつ。文化が軽んぜら
     れるとき、社会は未開へ逆行する。しかしまた文化が人間の精
     神を高める力を失って単に享楽的となるとき、社会はたい廃に
     陥る。
第四章 国家
(1)国家
   われわれはわれわれの国家のゆるぎなき存続を保ち、その犯すべか
   らざる独立を護り、その清き繁栄高き文化の確立に寄与しなければ
   ならない。
     人間は国家生活において、同一の土地に生まれ、同一のことば
     を語り、同一の血のつながりを形成し、同一の歴史と文化の伝
     統のうちに生きているものである。国家はわれわれの存在の母
     胎であり、倫理的文化的な生活共同体である。それゆえ、もし
     国家の自由と独立が犯されれば、われわれの自由と独立も失わ
     れ、われわれの文化もその基盤を失うこととならざるをえない。
(2)国家と個人
   国家生活は個人が国家のためにつくし国家が個人のためにつくすと
   ころに成り立つ。ゆえに国家は個人の人格や幸福を軽んずべきでは
   なく、個人は国家を愛する心を失ってはならない。
     国家は個人が利益のために寄り集まってできた組織ではない。
     国家は個人のための手段とみなされてはならない。しかし国家
     は個人を没却した全体でもない。個人は国家のための手段とみ
     なされてはならない。そこに国家と個人の倫理がある。
(3)伝統と創造
   国家が健全なる発展をとげるのは、国民が強じんなる精神的結合を
   保ち、その結合からはつらつたる生命力がわき起ってくることによ
   ってである。国民の精神的結合が強固なものであるためには、われ
   われは国の歴史と文化の伝統の上に、しっかりと立脚しなければな
   らない。また国民の生命力が創造的であるためには、われわれは広
   く世界に向って目を開き、常に他の長所を取り入れねばならない。
     伝統にとらわれ独善に陥れば、かえってかっ達なる進取の気象
     をはばみ、国家の害を及ぼす。また自らを忘れて他の模倣追随
     をのみ事とすれば、自主独立の精神を弱め、ひとしく国家に害
     を及ぼす。
(4)国家の文化
   国家はその固有なる民族文化の発展を通じて、独自の価値と個性を
   発揮しなければならない。その個性は排他的な狭いものであっては
   ならず、その民族文化は世界文化の一環たるにふさわしいものでな
   ければならない。
(5)国家の道義
   国家の活動は、古今に通じ東西にわたって行われる人類不変の道義
   に基かねばならない。それによって国家は、内には自らの尊厳を保
   ち外には他への国際信義を全くする。
(6)愛国心
   国家の盛衰興亡は国民における愛国心の有無にかかる。
     われわれは祖先から国を伝え受け子孫へそれを手渡して行くも
     のとして、国を危からしめない責任をもつ。国を愛する者は、
     その責任を満たして国を盛んならしめ、且つ世界人類に貢献す
     るところ多き国家たらしめるものである。真の愛国心は人類愛
     と一致する。
(7)国家の政治
   国家は一部特定党派、身分、階級の利益のための手段とみなされて
   はならない。われわれは常に国家が国民全体のための国家であるこ
   とを忘れるべきではない。
     それぞれ特殊な立場の人は、その独立の見解にあくまで忠実で
     あるべきである。しかしその際、自己の立場も自己に対する立
     場もひとしくともに国家の全体に立脚せることを自覚し、相互
     の自由と平等を認め理解と寛容の上に立って同胞愛を失わず、
     且つ私利私見に流れることなく、公明正大に意見をたたかわす
     べきである。
(8)天皇
   われわれは独自の国柄として天皇をいただき、天皇は国民的統合の
   象徴である。それゆえわれわれは天皇を親愛し、国柄を尊ばねばな
   らない。
     世界のすべての国家はそれぞれに固有な国柄をもつ。わが国の
     国柄の特長は長き歴史を一貫して天皇をいただき来ったところ
     に存している。したがって天皇の特異な位置は専制的な政治権
     力に基かず、天皇への親愛は盲目的な信仰やしいられた隷属と
     は別である。
(9)人類の平和と文化
   われわれは世界人類の平和と文化とに貢献することをもって国家の
   使命としなければならない。
     国家や民族は単に自己の利益のみを追求したり、自分の立場の
     みを主張したりする時世界の平和を乱し人類の文化を脅かす。
     しかもまたわれわれが世界人類に寄与しうるのは自国の政治や
     文化を正しく育てることによってのみである。世界人類を思う
     の故に、国家民族の地盤から遊離したり、国家や民族を思うあ
     まり、世界人類を忘れることはともに真実の道ではない。


戻る