DESERT ISLAND DISCS / 無人島レコード

このところあちこちで「無人島レコード」という言葉を目にする。特に滞在期間は問われていないが、無人島に行く(流されてしまう)としたなら、どんなレコードなりCDなりを持っていきたいかという条件設定のもと、おのおのにとっての究極の10枚(あるいは1枚)を選ぶという企画である。

しばらく前にはミュージック・マガジン社から、そのものズバリ『無人島レコード』と題する本が出版され、朝日新聞の図書欄にも取り上げられた(4月30日)。また、ウェブ・サイトの中にも、音楽ファンそれぞれにとっての「無人島レコード」を紹介したり、公募したりしているものもある(例えば、音楽ライターの小野島大氏が主宰する NEWSWAVE ON LINE など)。そう言えば、今から10数年前には、確かタワー・レコードのフリーペーパーが「DESERT ISLAND DISCS」と題して、毎月数名の「無人島レコード」を発表していたっけ。

こうした企画、あくまでもあり得ない状況を仮定した上で、各人の音楽観を見つめ直すとともに、想像力を最大限に働かせることが求められる一種の遊びなのだが、私にとっては結構現実味のある話でもある。

仕事がら数ヶ月に及ぶ海外出張というのが年に数回あり、それもいわゆる僻地や秘境と呼ばれるところが滞在先である場合が多い。砂漠だけでも、あちこち訪れた。そのくせちょっとした休みが取れると直ぐに、日本語の聞こえないような場所を求めて国外逃亡を繰り返す生活を送っている。

これだけ頻繁に旅をすると、準備に関してはさすがにプロ級(?)と自負している。旅行用品に関しては、大抵のものは日頃使うものとは別にもうひとつずつ用意してあって、常時スーツ・ケースに収めてあるくらいだ。例えば、電気カミソリ、歯ブラシ、シャンプー、ポケット・ティッシュ、タオル、サンダル、折り畳み傘、雨具、コップ、フォーク、スプーン、万能ナイフ、香取線香、ライター、目覚まし時計、マグライト、アイマスク、南京錠、裁縫道具、電池、ウォークマン、などなど。もちろん薬品一式も完璧で、抗生物質、マラリア予防薬、睡眠導入剤、それに非常用の注射器なんてものだってある。だから、出発前にパスポート、現金、それに必要なだけの着替えを加えればお終い。前夜は安心してゆっくりと眠ることになるのだ。

と言いたいところなのだが、実はそう上手くはいかず、毎度徹夜作業になってしまっている。何故かと言うと、持っていく本とCDの選択で悩むはめになり、気が付くと朝になっている。

「今回はキツイ旅なので気軽に読める本がいいな。」「いや待てよ、キツイ旅なら本を読む気力なんてないだろうから、こんなに持っていく必要はないな。」「長期の旅行だから、簡単に読み終えないもを中心にしよう。だけどこの本だとチョット堅すぎるかな。」「日頃読めないでいる英語の本も何冊か入れておこうか。」いつも、こんな調子なのだ。

本がだいたい決まったところで、次の作業はCDの選択。毎回10枚ないし20枚持っていくことにしている(さすがに10日程度の旅なら、CDは何も持っていかないが)。ヘビー・ローテイションがある程度固まっているため、半分くらいはすんなり決まるのだが、追加分にひたすら悩むことになる。

ところがこれだけ悩んで選んでも、実際には旅先で本を読み終えたり、持っていったCDを聞き尽くしたりすることはまずない。その理由はいろいろある。

その1:忙しい。 特に仕事で旅するときだと寝る暇すらないことが多い。思い出すと、一週間で睡眠20時間ということもあった(このときは風邪をひいてしまい、体温が40度。さすがに地獄を見る思いがした。)

その2:現地の音楽が面白い。 チョットした街なら、ライブ・ハウスやディスコがある。ライブを聞きに行って、そのままバンドの連中と朝まで飲み明かしたりすることもある。またホテルにTVがあれば、音楽番組を見始めてついついそれに釘付けになってしまう。中でも面白かったのが、インド音楽を紹介するMTV。『踊るマハラジャ』の世界がエンドレスで続くのだ。マルセイユのTVも最高だったナ。ここでは湾岸発の衛星放送を見ることができるのだが、毎晩アラブ音楽のライブをやっていて、ある晩などなんとレバノンの歌姫フェイルーズ(!!)が登場し、嬉しくて気絶しそうになった。

その3:カセットやCDが買える。 ヨーロッパやアメリカだと、日本で見かけないものが現地のショップでいくらでも手にはいるし、アジア、アフリカだと、抜群に面白い地元の作品をカセット・ショップで簡単に見つけられる。海外に出かける度に、50〜100枚(本)ほど買って帰っているのだが、未だに聞き終えていないくらいだ。

その4:音楽が不要になる。 南国の海、熱帯の森、人里離れた秘境の場合、自然環境の音が最高に心地よい。潮騒、木々のざわめき、虫たちのコーラス、そんなものに耳を傾けていると、人間が作り出した音楽がとたんに無力に思えてくる。たとえ音のない世界に放り出された時でも、例えば砂漠の真ん中で南十字星を見つめながら思索する時間は、何のものにも代え難い至福のひとときである。

そんな訳で、一度も開くことのなかった本や、持ってきたことすら忘れてしまったCDを再び日本に持ち帰るという無駄な作業を繰り返している。

冷静に考え直すと、CDウォークマンとカセット・ウォークマンだけを持っていき、ソフトそのものは現地で買うのが正解のような気がするなぁ。実際のところ、最近は、都会に滞在することがある場合にはCDソフト・ケースを50セットくらい持っていき、現地で買ったCDのプラケースを捨てて来ることくらいはしているのだが。

さて次は来月から約2ヶ月間、キューバ音楽の取材旅行に出る予定なのだが、やっぱりどんなCDを持って行くかで悩むんだろうな。


(追)ところで自分にとっての「無人島レコード」は何だろう、、、?


(2000/05/10)

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