美女のち美男、ときどき美少女。
〜Beauty, Handsome and Pretty girl〜
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 最終章 オクトパス・ウインナー
 
   − ローディス教国 エスペラール海の南方 −   ex. 〔野望〕
 
 >数年後――――
 >新生ゼノビア王国、ヴァレリア王国、パラティヌス王国の連合軍が
 >ローディス教国への進軍を開始することになる。
 
 また、朝から机の上は、書類が山積みとなっている。
 ハイム城の執務室もそうだったが、最前線の宿営地にあっても、その状況に変わりは
 なかった。
 アルビレオはうんざりしていた。
 
 ひょんなことから、新生ヴァレリア王国の国王であるデニムの体に転生してしまった。
 そして、どうした気まぐれか、その国王というものを演じてみようという気になった。
 しかし、今ではそれを、少し後悔し始めていた。
 このところ、頭に浮かぶのは同じボヤキばかりだった。
 (国王って、もっと、面白いクラスかと思っていたのだが…)
 
 あれから数年が経ち、ヴァレリア軍は今、ローディス教国の南西部、
 エスペラール海方面からの上陸作戦を成功させたところであった。
 ローディスの神都ガリウスの首根っこを押さえる重要な拠点である。
 東部方面からはゼノビアとパラティヌスの連合軍が、着実に包囲網を狭めてきている。
 
 明日は、久々に、首脳同士の直接会議が行われることになっているのだが、
 それがまたアルビレオにとっては、苦痛だった。
 パラティヌスの方はいいのだが、問題はゼノビアの方だ。
 
 前線の指導者は、勇者と呼ばれる男、デスティン。
 生真面目な仕事一点張りという感じの男であり、どちらかと言うと接しやすい男だ。
 厄介なのはその側近2人。
 
 1人は、かつての弟弟子サラディン。
 まあ、最初から気付かれるだろうとは思っていた。
 しかし、そんなサラディンが初会見のあと言ったのは一言だけ。
 「変わられましたな。」
 いったいどういう意味だったのか。
 単に転生したことを言っていたのであろうか? その真意は分からない。
 いずれにしてもやりにくいこと、この上ない。
 
 もう1人は、そう、もっとも会いたくなかった女、…デネブだ。
 結局あの後、ラシュディが言っていた、ガラスのカボチャの秘密が、出まかせだという
 言質を引き出し、その後もしつこく、他に美肌につながる秘密を求めて、ラシュディを
 連れまわしたのだと言う。
 
 ラシュディが解放され、ローディスへ辿り着くまで、実に半年も時間をロスをしたことに
 なる。
 このロスタイムと、ラシュディの疲労が、ローディスの命運を左右したと言ってもいい。
 それぞれの大乱で疲弊していた、ゼノビア、パラティヌス、ヴァレリアの三国は、
 その体制を立て直し、足並みを揃えて、今、ローディスを攻めている。
 もし、ローディスがあと半年早く動いていれば、形勢は違っていたかもしれない。
 ヴァレリアの国王である、今のアルビレオにとっては、デネブに感謝しなければ
 いけなかった。
 
 デネブの方は首尾よく、ゼノビア軍の中枢に帰参したようだった。
 戦力的にどうこう言うよりは、パラティヌスとのパイプ役として、重宝されていたようだ。
 デネブに倒されてから、脇にいつも控えるようになった武士、ミツイエという男と、
 同じくマグナスに倒されて、その軍門に下った武士、カゲイエという男が双子の兄弟で
 あり、この2人が配下のニンジャを駆使して、互いの情報を迅速に伝えているのだと
 いう。
 
 それに比べて、うちの「影」ときたら、根っからの島っ子であり、他の大陸に行くのは
 嫌だときてる。
 おかげで、情報面でも、デニム…いや、アルビレオが割りを食うということになっている。
 
 こと戦闘面での人材はこと欠かないのだが、政治面、事務面でも安心して任せられる
 者がいない。
 唯一、任せられるのは大神官モルーバだ。
 しかし、初老の域に入った男に、何もかも任せるのは、荷が重過ぎる。
 それに、アルビレオは、どうにもこのモルーバという男が好きになれなかった。
 
 確かに優秀な人材なのだが、どうにもその奥深くに、見え隠れする権勢欲のような
 ものが。
 今まで、純粋に魔法の研究に没頭していただけに、アルビレオはそういう裏の
 駆け引きは、あまり得意ではないのだ。
 
 娘のオリビアの方も苦手だった。
 ことあるごとに、額の傷を見せて、「責任取って欲しいわ。」なんて言ってくるから。
 
 
 元々、アルビレオ自身が優秀な能力者だけに、こうなると始末が悪い。
 何もかも、自分で抱え込んでしまって、結局こんな状況になってしまっているのだ。
 (国王なんて仕事投げ出して、遺跡探索とかしてれば良かった…)
 
 これは大神官モルーバにとっても、由々しき問題だった。
 ローディスを首尾よく滅ぼしたとして、その後に待つ世界の覇権がどうなるのか。
 その時、デニムの位置付けが高くなければ困るのである。
 自分に任せようとしないことに不満を感じつつ、現実的にこの問題を解決しなければ…
 
 
 コンコン…
 「デニム様、よろしいでしょうか。」
 扉の向こうからモルーバの声が聞こえる。
 (ああ、また何か小言を言いに来たんだな…)
 軽くため息をつきつつ、「…どうぞ、開いてるよ。」と言葉を返した。
 
 部屋に入ってきたモルーバは、開口一番、これまでになかった言葉を切り出した。
 「デニム様、本日は紹介したい者がおります。」
 「紹介?」
 「あなたに、秘書を付けることにしました。」
 「……秘書?」
 アルビレオにとって、それは聞きなれない言葉だった。
 
 「クラスの1つです。」
 「…聞いたことがないなぁ。」
 「メイドやナースのようでありながら、その能力を事務処理能力に特化したクラスと
  思えば良いかと。」
 メイドやナースというものが、そもそもアルビレオには、ピンとこない。
 おかまいなしに、モルーバは話を続けた。
 
 「実際に仕事をさせてその様子を拝見してみましたが、なかなか見事でありました。
  必ずや、デニム様のお役に立つものと確信いたします。」
 「そうなの?」
 「はい。」
 そこまで言われると、紹介されないわけにはいかない。
 「分かった、通してよ。」
 
 モルーバは、扉の外に向かって呼びかけた。
 「入ってきなさい。」
 「はい。」
 鈴の音のような、涼しげな返事がやってきた。
 カツカツカツと控えめなヒールの足音。
 
 現れたのは、ショート・ボブの金髪が鮮やかな美女。
 白のブラウスと、黒い膝丈のタイト・スカートが、キリリとした印象を与え、
 左手に持つノートとペン、そして東方ジパング産の黒縁の眼鏡は、知的な感じを
 かもし出していた。
 並みの男なら、この姿を見ただけで、目が吸い寄せられそうなものだが、
 元来、こういうことに無頓着なアルビレオは、あまりなんとも思っていないようだった。
 
 「ベルゼビュートです。よろしくお願いします。」
 軽く会釈をする様も、何か他の人とは違ったような、折り目正しさを感じさせた。
 しかし、デニム顔のアルビレオは、特別な反応は見せずに、「よろしく。」とだけ返した。
 
 モルーバは「うむ」と満足そうにうなずいた。
 「後はこの者に全て任せれば結構ですので。」
 そう、言い残して、部屋を出て行ってしまった。
 
 モルーバには、一抹の不安があった。
 名門、ドゥルーダの学校からの推薦状付きでやってきたこの女。
 確かに優秀だった。だが、何かが引っかかる。
 モルーバは、その理由が何なのか、しばらく観察していてようやく分かった。
 この女、あのカチュアに似ているのだ。
 
 (まさか、あのカチュアか…?)
 そう思ったのだが、色々と質問をしてみても、そのような気配は微塵もない。
 どうやら他人の空似のようだ。
 そう思いつつも、やはり不安が残っていた。
 しかし、今、そのカチュアの弟であるデニムは、その顔を見ても、眉一つ動かすことが
 なかった。
 どうやら、思い過ごしのようである。
 モルーバは、不安が消えたことに安堵し、満足気にうなずいたのだ。
 
 しかし本当なら、このことにこそ、モルーバは疑問を持つべきだった。
 「似ているだけ」でも、デニムが何らかの反応を見せなければおかしいのだと。
 
 厳密に言えば、アルビレオは何も感じなかったわけではなかった。
 あのカチュアに似ているなとは思ったものの、そんなことはどうでも良かった。
 むしろ、名前の方に何かひっかかりを感じていた。
 (……ベルゼビュート? う〜ん、どこかで聞いたような…)
 
 「あの… お仕事させてもらっても、構わないでしょうか?」
 「……あ、ああ、いいよ。」
 少し、自分の考えに浸っていたアルビレオは、ベルゼビュートの言葉を聞いて、
 現実に戻った。
 
 
 ───アルビレオは、目を見張る思いだった。
 ベルゼビュートの仕事の手際の良さと来たら…
 書類にはササっと目を通すだけで、いくつかの山に分類していく。
 アルビレオには、そのうちのいくつかだけ、「ハンコ押しておいて下さい。」と手渡し、
 他のいくつかは、「これはモルーバ様に見てもらいます。」とか、
 「こちらは不要ですので、捨てておきますね。」とか言って、どんどん整理していく。
 
 散らかっていた備品類も、テキパキと整頓し、2時間もすると、
 あれだけ散らかっていた部屋が、嘘のように片付いてしまった。
 途中、アルビレオが、「へぇ」とか「なるほど」等とつぶやく時だけ、
 ベルゼビュートは、少し頬を赤らめていたのだが、アルビレオはそんなことには
 気付いていない。
 
 「いや〜 助かったよ。 秘書か… そんなクラスがあったとは知らなかった。」
 「お褒めに預かりまして光栄です。」
 軽く会釈をする姿は、やはり美しかった。
 
 グ、ググ、グぅ〜
 静かな部屋に、奇妙な音が。
 「す、すいません…」
 ベルゼビュートが顔を赤らめる。 …彼女のお腹の音だった。
 
 「いいよ、気にしなくて。あれだけ働いてくれたんだ。お腹もすくだろう。
  そろそろお昼だし、ご飯を食べに行こうか。」
 実は、アルビレオは食事の方も無頓着で、抜くこともしばしばだった。
 何を食べても、おいしいとか、特に思うこともない。
 やっぱり魔法バカだったのだ。
 なので、こうやって食事に行こうと声をかけるだけでも奇跡に近かった。
 
 扉の方へ向かおうとするアルビレオを、あわててベルゼビュートが止めた。
 「あ、あの… 良かったら、お弁当作ってきたんですけど、ご一緒しませんか?」
 「……お弁当?」
 これも、アルビレオには、聞きなれない言葉だった。
 
 「無理にとは申しませんが。」
 アルビレオはちょっとだけ考えていたが、「いいよ、お弁当で。」と答えた。
 ベルゼビュートの顔に嬉しさがあふれる。
 つられて、アルビレオも少しだけ微笑んでいた。
 「では、あちらの丘の上に行きましょう。」
 そう言って、窓の外を、しなやかに指差した。
 
 アルビレオは不思議そうに尋ねた。
 「外で食べるの? お弁当って。」
 「ええ、その方がおいしいんですよ。」
 ニコっと微笑むベルゼビュート。
 アルビレオは、「分かったよ。」と言い、二人は少し肌寒い中、丘の上へと向かって
 いった。
 
 
 丘の上に着くと、ベルゼビュートは、持ってきたバスケットの中から、
 小さな敷物を取り出して広げた。
 二人で座ると、いっぱいいっぱいになるぐらいの大きさだった。
 足を投げ出して座るデニム顔のアルビレオと、ひざを折って座ったカチュア顔の
 ベルゼビュート。
 その距離は、今にも触れ合いそうなほどに近かった。
 
 ベルゼビュートは、お弁当箱を取り出して、フタを開けてみせた。
 箱の中は、とても鮮やかな色とりどりの食べ物で、うめ尽くされていた。
 (さっきまで、冷たい殺風景な部屋に居たからだろうか?)
 アルビレオは少し感嘆しながらも、その自分の思いを分析したりしている。
 ベルゼビュートに薦められるがままに、食べ始めると、今まで150年間、
 食べたことのないような味がした。
 「……おいしいなぁ…」
 アルビレオは、ボソリとつぶやいた。
 
 「あの、こちらもどうですか?」
 アルビレオが見ると、それは少しオレンジがかった赤色をしていた。
 「オクトパス・ウインナーです。可愛いでしょ?」
 そう言って、アルビレオを覗き込むように、いたずらっぽく微笑んだベルゼビュート。
 
 (………!?)
 アルビレオは、戸惑っていた。
 (…な、なんだ? 今、何か変な感じが………)
 少し目を大きくしたアルビレオを見て、ベルゼビュートが不安そうにきいた。
 「…ウインナーは、お嫌いだったでしょうか?」
 アルビレオは、もう一度ベルゼビュートの顔を見て、
 あわてて、ウインナーを頬張りながら、首を振った。
 「い、いや、おいしい、 とっても、おいしいよ。」
 
 「本当ですか? 苦手なものがあれば言って下さいね。」
 「あ、ああ、そうだな…… カボチャさえ入ってなければいいよ。」
 「……カボチャ……苦手ですか?」
 「………うん、ちょっとね…」
 
 ベルゼビュートは、少し微笑みながら、アルビレオを見つめた。
 「カボチャだって、おいしいんですよ。」
 「……そうかい?」
 「ええ、とっても。」
 ベルゼビュートは、そう言うと、膝を抱えて「うふふ」と笑った。
 その耳元で、透明なガラスで出来たカボチャの形のイヤリングが揺れていた。
 
 「あれ…? それ…」
 「あ、これですか? …友達からもらったんです。」
 
 (私、本当に生きていて良かった…… ありがとう、ドゥルーダ様……
  ありがとう、ババロア……  ありがとう… デネブ。)
 
 「あ、あのぉ…… ベ、ベルゼビュートさん。」
 「ベルって、呼んで下さい。」
 「……じゃ、じゃあ、ベル。 あのぉ、明日からも、お弁当作ってもらえるかな…?」
 
 「はい、よろこんで……。」
 
 そう答えたベルゼビュートの笑顔を見て、アルビレオは、またドキリとした。
 (病気かもしれないぞ。 医者、連れてきてたっけ?)
 
 
 ……薬なんてないんだよ、アルビレオ。
 それはきっと、とてもとても素敵な、恋の病なんだから。
 
 
 150年の時を超え、今まじわる、それぞれの想い。
 ─── 美女のち美男、ときどき美少女。 
 
 
                                      ≪ The End ≫
 

 
 
 
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