オウガバトル外伝
〜an Anecdote of Ogre Battle Saga〜
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 無神論者
 
 高らかに戴冠式の始まりを告げるファンファーレが鳴った。
 ハイム城の大広間に流れる音色は、どこか荘厳な感じさえさせる。
 栄光へのプレリュードか? 否、これは死者へのレクイエム……奏者は俺だ。
 殺れる… 俺は今、死と戦いながらも驚くほど落ち着いていた。
 
 重装甲の騎士に守られ、赤い長絨毯の上をゆっくりと近づいてくる。
 騎士たちの重い足跡が絨毯に刻まれていく感覚。
 真横を通り過ぎる…… 至近距離だが駄目だ。
 騎士たちの重装甲が邪魔だ。 焦るな……
 奴を殺るのは奴が絶頂を迎えた時だ。
 何人もの同朋を踏みにじり駆け上がった、その頂点こそ奴の死に場所に相応しい。
 
 
 
 
 燃え盛る炎の渦の中、俺は必死に逃げ廻った。逃げながら妹の無事を祈った。
 生き残ったあと、奴らに気付かれぬように妹の姿を求めた。
 しかし、いくら探しても、どこにも妹を見つけることは出来なかった。
 
 ガルガスタンに造られた、家畜同然の暮らしを強いられたバルマムッサの町。
 自治区とは名ばかりの酷い場所だった。
 それでも生きていられるだけマシだったのだ。
 あの日、焼き尽くされ殺戮の限りを尽くされた時、初めてそう思えた。
 全ての者が沈黙に落ちる夜の深更にそれは襲いかかった。
 俺が小屋を飛び出した時には、町は既に炎の海に飲まれていた。
 何が起きたのか分からず呆然としていると、空から火矢が降ってきた。
 自治区に堕ちる前に培った戦士としての勘が、その矢を回避させた。
 しかし続いて現れた男たちは執拗に剣や槍の攻撃を繰り出してきた。
 俺は小屋に引き返すことも出来ず、ひたすら丘を下って逃げるしかなかった。
 小屋の中にはまだ妹が残っているというのに……
 
 男たちの鎧や盾には、ガルガスタンの紋章が刻まれていた。
 奴らが遂に家畜を狩り出した。そうとしか思えなかった。
 崩れ落ちた石壁の陰に身を潜め、動かぬ石のように時が過ぎるのを待った。
 その間も妹の無事だけをひたすら祈った…… 神に。
 
 男たちの怒声が遠ざかっていく。
 逃げようとする俺たちを追って、敵の包囲網が拡散されてきたのだろう。
 俺はその隙をついて慎重に敵の目をかいくぐりながら妹の姿を求めた。
 まだ炎は激しく燃え盛っている。
 その炎の揺らめきが俺の姿を敵の目から奪ってくれた。
 
 かなりの時間をかけて自分たちが飼われていた小屋に近付いた時、
 さほど離れていない距離から、かすかな話し声が聞こえてきた。
 「…い…いか…… 誰も…生きて……返すな…」
 「公爵……に……… 伝え…………」
 聞き取りにくかったが声の感じからして壮年の男と、まだ若い男のようだった。
 (ガルガスタンの奴らか……)
 気取られぬように物陰からその方向へ目を凝らした俺は自分の目を疑った。
 (………レオナール!?)
 間違えるはずはなかった。
 顔見知りというだけではない。レオナールは、奴は妹の恋人なのだ。
 俺は混乱した。
 ……なぜここに? ……助けにか? ……しかし先ほどの会話の内容は?
 ……まさか、まさか、この虐殺は……ウォルスタ軍の仕業なのか!?
 冷静さを失った俺は思わず、手をかけていた朽ちた壁を崩してしまった。
 その音に男たちが振り向いた。
 「いたぞー! 生き残りがっ!」
 レオナールの叫ぶ声が聞こえた。俺の混乱は確信に変わった。
 ガルガスタンの仕業じゃない、全てウォルスタの… 同朋の仕業だったのだ。
 
 逃げ出す俺に次々と追っ手が襲い掛かってくる。
 ……体当たりを食らった。……腕を槍で貫かれた。……剣で斬りつけられた。
 それでも死に物狂いで逃げた。
 逃げ延びなければならない!
 こんな… こんな馬鹿げたことで死ねるものか!
 妹の仇を討たずに死ねるものか!
 レオナールを、その仲間を、ウォルスタの奴らを、必ずいつかこの手で……!
 
 疲れた体に鞭打ち、丘を下りきった海岸から、俺は海に飛び込んだ。
 町を焼く炎が海をどこまでも遠く、赤く血の色に染めていた。
 
 
 
 
 俺はガルガスタン軍の一人の騎士として、ブリガンテス城に居た。
 
 表向きはガルガスタンによる虐殺とされたあの事件だが、
 実はウォルスタの仕業だということは、誠しやかに人々に囁かれていた。
 俺が逃げ延びたのだ。他にも何人か脱出したとしても不思議じゃない。
 完璧に実行することなど不可能な作戦だったのだ。
 それでも、あの作戦はウォルスタ軍の士気高揚には効果を発揮したようだ。
 勢いを得たウォルスタは、たちまちガルガスタンへ侵攻を開始した。
 
 虐殺の首謀者はロンウェー公爵とレオナール。
 実行した中心人物はレオナールの他に二人。
 ゴリアテの英雄と言われるデニムとその姉のカチュアだ。
 ……この四人を殺す。それまで俺は死ねない。
 当面、奴らの戦う相手はガルガスタンだ。
 俺は迷うことなくガルガスタン軍へ入隊した。
 イデオロギーも民族崇拝も関係ない。俺は奴らを殺せればそれで良かった。
 
 一見、異なる人種が争うことが、この戦争の趣旨のように見えるがそれは違う。
 権勢欲に狂う一部の者がそれを利用しているに過ぎない。
 実際、どの軍にも違う人種の人間が少しは含まれていた。
 それでも俺は慎重を期して名前も素性も誰にも話さなかった。
 こういう時、騎士という存在は便利だ。
 騎士に"恥"を聞くことはタブーとされた。
 誰にも人に決して言いたくない恥がある。
 相手が話さなければ聞かないのが戦士たちの暗黙のルールだった。
 使い古された兜を目深に被り、ただ黙っていればそれで許してもらえた。
 戦場で騎士としての働きを見せればそれで良かったのだ。
 
 誰とも話そうとしない俺に、声をかけてくる奴らはいた。
 戦いがない時にすることと言えば3つぐらいしかない。
 己を鍛錬するか、教会で神に祈りを捧げるか、眠るかだ。
 しかし教会に行こうと誘う奴らを俺は断り続けた。
 行くわけがない。あの虐殺以来、俺は神を信じることをやめたのだ。
 「神など信じていない」と口にする俺は、この島では異端児と言えた。
 ほとんどの人間は、物心ついたころから神を信仰していた。
 それは何の疑いもない盲目の信仰であった。
 
 数ヶ月が流れたころ、いつしか人々の間で俺は「無神論者」と呼ばれていた。
 
 それでも俺をとがめようとする奴はいなかった。
 所属する部隊のリーダーの影響かもしれない。
 竜騎兵と異名をとる男、ジュヌーンは昔、何の罪もない村を焼いた過去がある。
 民族浄化政策の一環だったが、奴は真相を知らずに任を負っていたという。
 しかし結果は結果だ。
 それを"恥"とする男に、部下たちはみんな心酔していたのだ。
 
 俺にとっては迷惑な話だった。
 ウォルスタ軍と戦い、あわよくば戦場でレオナールやデニムの首を取ろうと
 考えていたのに、バルバトス枢機卿の政策に疑問を感じたジュヌーンは、
 戦線を離脱してこのブリガンテス城に密かに隠れていたのだった。
 
 焦る俺の元に知らせが届いた。
 ……ロンウェーとレオナールが死んだと。
 ロンウェーを暗殺したのがレオナール、そのレオナールを殺したのがデニム。
 若いデニムは今や、ウォルスタ軍の指導者となっていた。
 正に権勢欲が生んだ出来事だった。
 奴らを殺したのが他の人間だったなら、俺は歯噛みして悔しがったかもしれない。
 しかし俺は声にならない薄笑いを浮かべた。
 殺そうとして、その機会さえつかめなかった奴ら同士が殺し合いをしたのだ。
 本当の愚か者だ。手間が省けた。あと残るはデニムとカチュアの姉弟だ。
 
 やがてもう一つの幸運が舞い込んだ。
 侵攻してきたウォルスタ軍がブリガンテス城を制圧した。
 反枢機卿派だったジュヌーンはデニムに従い行動を共にすることになった。
 ウォルスタの頂点に立ったばかりのデニムは戦力を必要としていた。
 それはヴァレリア全てを自分のものにするためだろう。
 好都合と言えた。
 これまで戦場で敵として戦うことでは少しの機会も得られなかった。
 奴は頂点に立った。益々戦場で狙うのは難しくなるだろう。
 奴らを殺るなら、味方として中に潜り込む方が可能性があるかもしれない……
 
 プレザンス、ヴォルテール、サラ、俺を知っている人間も何人か居た。
 しかしガルガスタンから合流した部隊の一兵士に注目するわけもなかった。
 バルマムッサで顔に受けた大きな傷が、人相を変化させていた。
 何よりも、飼われる豚ではなく、獲物を狙う野獣へと変わった目が別人だった。
 
 そしてウォルスタ軍に入ってからあらためて知った衝撃的な事実。
 妹はバルマムッサの虐殺で死んではいなかった。
 少なくともバルマムッサでは。
 あの事件により、デニムやカチュアと決別したヴァイスが率いる地下組織、
 ネオ・ウォルスタ解放同盟の一員となり、バルマムッサで殺された兄の……
 つまり俺の仇を討つためにウォルスタ軍と戦っていたというのだ。
 お互いに生きていることを知らず、仇を討つために違う場所で戦っていたのだ。
 やはり俺たちは兄妹だった。
 
 古都ライムでの両軍の激しい戦闘中に妹は死んだ。
 力を失い倒れていた妹の喉に剣を刺したのは、他ならぬデニムだったという。
 俺の標的が変わることはなかった。
 執念の炎はさらに大きくなった。あの日、町を焼いた炎に負けないほどに。
 
 
 
 
 考えが甘かった。
 奴を狙う機会はなかなかやってこなかった。
 警護が厳重な城内で狙うことは不可能だった。それは初めから分かっていた。
 狙うなら戦場。敵味方入り乱れる中、混乱に紛れて実行するしかない。
 地位が上がっても奴は戦場に立ち続けた。
 敵を力でねじ伏せるということに酔っていたのかもしれない。
 しかしながら戦場で奴の回りに隙はなかった。
 ゼノビアから渡ってきたという騎士や有翼人が常に固めていて、
 どんな敵の接近も許さなかった。
 不審な動きをする仲間がいたとしてもおそらく同じ末路を辿るだろう。
 デニム一人だけなら玉砕覚悟で狙ってもいいが、俺にはもう一人
 殺さねばならない女がいた。どうしても確実に二人を仕留めたい。
 
 そして何よりも俺自身の存在が、さらに実行の機会を少なくしていった。
 俺は最前線で戦う"戦士"なのだった。
 剣を振るい力で敵を倒していく戦士……
 もし妹のように卓越した弓使いであったならば……
 もし神を信じ強力な魔法を使うことができたならば……
 少しは奴らを狙うチャンスもあったかもしれない。
 
 俺は前線で力の限り戦った。
 奴を狙う機会を得るには、戦果を積上げ重用されなければならない。
 少しでも奴らに近付かなければならないのだ。
 決して死ぬことも許されない。
 死に物狂いで戦うことが、結果的に奴らの力をさらに強力にしていくのは
 皮肉としか言いようがなかった。
 
 
 
 
 ……カチュアがデニムを裏切った。
 カチュアはデニムの本当の姉ではなく、あの覇王ドルガルアの忘れ形見だった。
 こともあろうに暗黒騎士団にその身を投じるとは、血は繋がっていなくても
 姉弟とは似るものなのか。デニムと同じく権勢欲の塊だ。
 
 名目上は暗黒騎士団に拉致されているカチュアの救出のため、
 俺たちはバーニシア城を攻めることになった。
 これは願ってもないチャンスだった。
 最前線でいつものように斬り進んでいけば、カチュアを殺れるかもしれない。
 相手はあの暗黒騎士団。かなりの混戦が予想される。
 狙うチャンスもあるかもしれない。
 
 しかし意外な形で俺に転機が訪れた。
 中庭まで攻め込んだ俺たちを迎え撃ったのは、暗黒騎士団の中でも、
 とりわけ好戦的と言われるバルバスという巨漢の騎士だった。
 口汚い前口上の後、奴が取り出した小さな銀色の塊。
 バルバスが『ジュウ』と呼んだもの。
 こいつが大きな音を響かせた途端、ローディス兵の一人が即死した。
 
 ………!!!
 矢でも魔法でも、その軌跡は目で捉えることが可能だ。
 しかし、初めて見たジュウという名の武器には、それがなかった。
 バルバスは役に立たないと言い、部下の一人にそれを預けた。
 役に立たないだと? ……違う、これだ! これこそ俺が求めていた武器だ!
 
 俺は死に物狂いで戦った。
 奴らに近付くためでもなく、死なないためでもなく、カチュアを狙うでもなく、
 ただあの武器を手に入れるためだけに……
 
 その後に続くバーニシア場内での戦いに俺は参加しなかった。
 中庭の戦いでの負傷が大きかったのを理由にしたが本当は違う。
 手に入れたこの見知らぬ武器。このジュウならば奴らを殺せる可能性がある。
 前線でカチュアを殺害するよりも、成功する可能性はかなり大きくなるはずだ。
 何故か俺には予感があった。
 もちろん使い方を解明しなければならなかったが、可能性が高くなった分、
 これまで以上に慎重にやらねばならない。
 執念に炎が再びともるのを感じた。
 俺は戦場で無駄死にだけはしないよう、行動に抑制をかける必要があった。
 
 カチュアを救うための戦いというのは名目だと俺は思っていた。
 しかしバーニシアを落としたデニムの元に、姉カチュアは戻ってきた。
 おそらく覇王の忘れ形見というカリスマを利用するつもりに違いない。
 ……まあ、いい。あの二人は必ず俺が仕留めるのだから。
 
 
 
 
 バーニシア戦以後、俺は自分だけの力でこのジュウのカラクリを調べてみた。
 いつ、あの大きな音がするかも分からないから深い森の奥に入り込んだ。
 他の者に俺がこの武器を持っている事を知られるわけにはいかない。
 
 手で持つ部位と、狙う敵の方向だけは、バルバスの持ち方から推測できた。
 使い方を間違って俺が死ぬようなことがあってはならない。
 細長い筒状の部分を自分に向けないように慎重に各部を調べてみた。
 円柱のような部分が横にずれるように外れた。
 そこにあった6つの穴の中に指先ほどの鉄の塊が3つ入っていた。
 他に鷹の爪のような部位や、紋章の縁取りのような形のものがついていたが、
 敵が即死した場面を思い出すと、俺らしくもなく恐怖心が湧いてきてしまい、
 調べる手が度々止まってしまった。
 鉄の塊がこの武器の根幹であるとすれば、使えるのはあと3回だけとなる。
 その制限も、調査を遅々として進ませない結果に繋がっていた。
 
 幸運は南方から貿易船という形でやってきた。
 バルバウダ大陸から来たというその船はレーゲット島沖で座礁していた。
 その積荷を狙った暗黒騎士団の手から、レンドルという男を救い出したのだ。
 
 見慣れない格好をした男は、自らを"銃"という武器を扱う銃士だと言った。
 暗黒騎士団も銃に注目し、それを手に入れようとしていたというのだ。
 おそらくバルバスが持っていたのも、この積荷に入っていた物なのだろう。
 
 レンドルが持つ、かなり長い代物は形こそ、俺が手に入れた銃とは違っていたが
 よく見ればそれは確かに銃のようだった。
 俺はこの男にすぐにでも銃の使い方を教えてもらいたいところだったが、
 この男にも、俺が銃を持っていることを知られてはならない。
 あまり得意じゃないが、少しずつ奴に接近し、情報を引き出そう……
 そう決意した俺に、もう一つの幸運を、今度は野獣たちが届けてくれた。
 
 ガルガスタン時代に何度か姿を見かけたことがあるガンプという男。
 ガルガスタン崩壊後、賞金稼ぎになったと聞いていたが、
 その男が盗賊にまで身を落とし、ここバクラムの北方の森に潜んでいたのだ。
 レンドルによると銃の1つは、盗賊に奪われたままだという話だったので、
 俺は一も二もなく、この盗賊退治に参加した。
 誰もが見ている目の前で銃を手に入れ、その武器に興味を持った変わり者が
 その使い方をレンドルから教えてもらおうとしている……
 それがもっとも自然に銃の使い方を教えてもらう手段だと思えた。
 
 いつも通り最前線で戦ったが、死に物狂いになる必要はなかった。
 最初から戦意を喪失していたガンプはあっさりと軍門に下った。
 権勢欲や民族にこだわりを持っていない分、粘りに欠けていたのかもしれない。
 ガンプの所持品の中にはずっしりと重たい大きな銃が確かにあった。
 誰も特に興味を示さない銃を手に入れた俺は、本拠に帰ると
 さっそく銃士レンドルの元を訪れた。
 
 レンドルは俺を歓迎してくれた。
 意外にも銃を見つけてくれたということにではなかった。
 その使い方を知りたいという男の訪問を喜んでいたのだ。
 ガンプの持っていたアッサルトという名前の銃は、かなり重いものであり、
 素人が使うには扱いにくいということで、レンドルは自分の持っていた銃、
 幾分軽いカマンダスガンという銃と交換してくれた。
 おそらくレンドルに銃を渡さざるを得ないだろう、それでもいいから
 使い方を聞き出し、もう1つの隠し持った銃で奴らを仕留める。
 そう思っていた俺は、簡単に1つの銃を俺にくれるというレンドルに驚いた。
 
 話は尽きなかった。
 レンドルは銃の使い方はもちろんのこと、その種類の豊富さや、能力の凄さ、
 根底に流れる思想や、出身地のことなどありとあらゆることを話してくれた。
 見知らぬ異国の地に取り残され、いつ祖国に帰れるかも分からない……
 そんな境遇の彼にとっては、こんな俺でも格好の話し相手だったようだ。
 俺も自分の目的を、この時ばかりは忘れ、夢中になって話を聞いた。
 ヴァレリアという怨念渦巻く地にあって、それとは無関係なこの男に対して
 警戒心を持つこともなく、素直になれたからなのだろう。
 俺にとっても、久しぶりに人間というものを実感できた出会いであった。
 
 翌日から俺はレンドルの教えを受け、銃の訓練を始めた。
 幸いにも鉄の塊"弾丸"は銃の数に見合わず豊富にあった。
 最初のうちはその轟音に戸惑っていたが、徐々にその音にも慣れると、
 銃という武器の凄さを実感することが出来た。
 破壊力という意味ではたいしたことはない。
 斧で叩き割ったり、火炎魔法で焼き尽くす方が威力は大きいだろう。
 優れた点は引金を引いてから敵に弾丸が届くまでの時間がほとんどないこと。
 そして腕前さえ確かで、狙いを外さなければ、その一点集中のパワーが
 相手を確実に仕留めるだろうということだ。
 しかし腕前を上げるのは生易しいことではなかった。
 弾丸を撃ち出す時の反動でわずかに手元が上がる。
 これを抑えないことには、狙った的を確実に射抜くことが出来ない。
 しかし俺は執念でそれをねじ伏せていった。
 そうだ、この銃ならば確実に奴らを殺すことが出来る。
 それはもう予感ではなく確信に変わっていた。
 みるみる上達していく俺の腕前を見て、教えるレンドル自身も熱くなっていた。
 奴らを仕留める日は確実に近付いてきた……
 
 
 
 
 いよいよバクラムの首都、ハイムを目指して大詰めの侵攻が始まった。
 軍の総指揮を取るのは実質的にはデニムであったが、名目は王女として
 君臨するベルサリア……カチュアであった。
 仲間の士気を鼓舞するためであろう、ヨルオムザ峡谷に進む部隊の中に、
 デニムとカチュア二人の姿があった。
 
 銃の腕前にかなりの自信を持つようになっていた俺だったが、
 それでもやはり戦場での実行には邪魔者が残っていた。
 それは奴らを取り囲む騎士たちであり、奴らが着ている鎧であった。
 破壊力に欠ける弾丸では、甲冑を貫くことはできない。
 頭を狙えば済むことだが、そのような小さな的に当てるのは至難の技だ。
 反動で手元が少しでも狂えば容易に的を外してしまう。
 そして狙われる標的自身が生きている。
 こちらが予想しない不意の仕草だけでも頭の位置は激しく動くのだ。
 
 俺は焦らずにチャンスを待つことにした。
 レンドルの言葉を思い出す。
 「優れた狙撃手はそれこそ石のようになって、機会を待つものだ」
 
 俺は前線に積極的に攻め込んだりせず、戦線から逃れていく敵を追いかけた。
 確実に奴らを仕留める武器と腕前を身につけた今、無駄死にだけはしたくない。
 その思いが戦場での無謀な行動を諌めていた。
 他人から見れば臆病者になったように見えていたかもしれない。
 
 怪我をして崖の上へと逃げていく有翼人を追い、とどめを刺した時、
 俺は本隊から、かなり離れた場所で一人孤立する形となっていた。
 何気なく目をやると本隊にいる人の数は、まばらになっていた。
 その中の一人に俺の目が急速に吸いつけられていく。
 ……………!!
 
 圧倒的物量で敵を押していく前線部隊の中心にデニムやゼノビアの騎士がいた。
 そこから離れた本隊に残っているカチュアの守りが手薄になっている。
 今日のカチュアは鎧を着ていない。
 覇王の忘れ形見の名の元に、最後の総仕上げにかかろうという戦い。
 圧倒的な力の差を誇示し、仲間たちの士気を鼓舞することを考えた結果だろう。
 余裕という言葉を表しているのが、戦場で鎧を着ていないカチュアの姿だった。
 
 …鼓動が急に早くなる。
 ……戦場の騒がしい音が俺の耳には届かない。
 ………目に映る全てのものの動きが、止まっていた。
 …………背中から取り外したカマンダスガンの冷たさだけを手に感じた。
 
 崖の上に伏せた体勢で静かに狙いを定める。
 弓矢では到底届かない距離だが、銃なら問題ない。
 狙うのは殺せる可能性が一番高い腹部。
 当たれば致命傷を与えられる。
 反動で反れたとしても、心臓か頭に当たればいい。
 予期していなかったからこそ、無用な緊張はなかった。
 
 タ――――――――ン!!!

 乾いた音が1つ。
 呆気なくカチュアは倒れた。
 その胸は真っ赤な血で染まっていた。
 
 
 
 
 フィダック城は混乱の極みにあった。
 侵攻作戦は完勝だったのに、女王が死んだのだ。
 なぜ死んだのかさえも分からない。
 剣で斬られたわけでもなければ、矢が刺さったのでもない。
 突然、血まみれになって死んでいたとしか思えなかったのだから。
 
 これまでの戦場で実際に銃を使っていたのはレンドルだけだった。
 その働きは常に高所や後方からの援護射撃だったし、混戦の中では
 銃で倒れたかどうかなど分かるはずもない。
 ウォルスタ軍の中で本当の意味で銃の力を知っていたのは2人、
 俺とレンドルしかいなかったのだ。
 他は銃の何たるかを知らない、ヴァレリアの人間なのだから仕方がない。
 
 あの後、俺は本隊に合流して兵舎へと戻った。
 不思議と達成感のような感慨は湧いてこなかった。
 なんとなく空虚な風が、頭を、胸を、吹き抜けていくような気がした。
 後悔の念があるわけでもない。俺はやるべきことをやったのだ。
 残るはデニムただ一人。
 次は玉砕に近い覚悟で実行できる。
 無駄死にでは意味がないが、相打ちでもいいのだ。
 
 しかし、このままここに残るのは得策とは言えないだろう。
 別の戦場で戦っていたレンドルが戻ってきて、状況を判断すれば、
 カチュアを殺した武器が銃だということはすぐに判明する。
 そして、実行したのが俺であるということも。
 
 俺は予備の銃弾がほとんどという荷物をまとめて、それを袋に詰めると
 軍を抜け出すことにした。
 部屋の扉を開けると、そこに一人の男が立っていた。
 ……レンドル
 しばらく無言でお互いの目を見た。
 
 「見事だ。……死ぬなよ。」
 
 俺は軽くうなずいただけで、その場を後にした。
 奴にとっては今の立場は、ウォルスタの雇われ兵士。
 この島の未来に興味がない男には、わずかな友情の方が大切だったのか。
 時を待たず銃という武器に目を向けられ、追求される時が来るだろう。
 今は、黙って見逃してくれるだけで俺には十分だった。
 
 
 
 
 俺はバクラム軍の最前線にいた。
 ウォルスタを後にした今、ここしか奴を狙える場所がなかった。
 ウォルスタの内偵者と疑われることもなかった。
 圧倒的な戦力差がある今、ウォルスタ側が裏工作をする必要もなかったし、
 バクラム側の絶対的な兵の少なさが、新たな戦士を断る余裕をなくしていた。
 しかし、疑惑を晴らしておかなければ、いつ寝首を掻かれるか分からない。
 俺はこれまでの経緯の全てを、自ら明かした。
 ……ただ1つ、カチュアを暗殺したことだけを除いて。
 
 バクラム側の人間でさえ、バクラム人である覇王の忘れ形見による
 島の統一を望む気運が高まっていたと聞いていた。
 その望みを絶ったのが俺だと分かれば命の保証はない。
 カチュアが殺された主たる原因はデニムにあると吹聴し、俺はそのデニムを
 討つためにバクラム軍へ寝返ったということで押しきった。
 
 劣勢だったバクラム軍の中、俺の部隊だけが目覚しい戦果をあげていた。
 持ち出した弾丸は豊富にあったが、無駄撃ちせずに指揮官を徹底的に狙い、
 敵の指揮系統を乱すことができたからだ。
 わずかな時間で俺はバクラムの仲間の絶大な信頼を得るようになっていた。
 
 「銃だ!!」
 フィダック城でデニムは叫んだという。
 目に見えない攻撃で次々と倒される前線の兵士の状況を聞くうちに、
 ようやくデニムも忘れていた武器のことを思い出したのだろう。
 
 レンドルが答えるだろう……
  自分以外で銃を所持し使うことが出来る者がいると
 
 ジュヌーンが言うだろう……
  神を信じない無神論者と呼ばれる男がいたと
 
 ヴァイスが教えるだろう……
  お前が殺した女には、バルマムッサで死んだはずの兄がいたと
 
 プレザンスが思い出すだろう……
  その風貌、その男の名は、……おそらく「フィリニオン」だと
 
 
 
 
 無神論者フィリニオン・ダーニャを追討するための軍勢がやってきた。
 残念ながらその軍にはデニムはいなかった。
 銃という武器の意味が分かった今、その危険性を悟ったのだろう。
 しかし俺には撤退する余裕も場所もなかった。
 この追討軍の意味が分かれば、バクラムの奴らにも狙われるからだ。
 進退窮まった。
 
 障害物がないボルダー砂漠は敵を狙うには格好の場所だったが、
 銃に対する対策として盾を前面にかざして押してくる相手には苦戦した。
 バクラムの兵士も最後の意地を見せてよく戦ったが次第に劣勢に立った。
 
 徐々に後退していた俺を不意に灼熱の炎が包み込む。
 おそらく火炎魔法を浴びせられたのだろう。
 神への信仰を捨てた俺に、神の炎が地獄の苦しみを与える。
 
 激しくのた打ち回り、地面を転がってようやく炎を消した時には、
 俺はほとんどの力を失っていた。
 ウォルスタ軍の連中に見つかるのも時間の問題だ……
 
 周囲には何人ものバクラム兵が倒れていた。
 薄れいく意識の中で俺は必死に最後のあがきを見せた。
 背格好が似た男の手にカマンダスガンを握らせ、予備の弾丸をばらまいた。
 そして、少し離れた場所へ這いながら移動すると、力を振り絞り、
 使い古した剣で、一息に左手を肘の部分から切断した。
 味わったこともない激痛が襲う。
 急速に意識が暗黒に飲み込まれていった……………
 
 
 
 
 目が覚めたのは、ハイムにある小さな教会の一室だった。
 命を取りとめたらしい。
 薄れいく意識の中、最後に鎧につけたウォルスタの紋章のおかげか…
 俺は負傷したウォルスタ兵と思われ、あの戦いの後、収容されたという。
 両手撃ちの銃を片手の男が撃てるわけはない。そう思われたかもしれない。
 生き残るために打てる手は全て打っていたのだ。
 
 看病してくれた娘の話によると、ウォルスタ軍はハイム城を落とし、
 暗黒騎士団もヴァレリア島から追放したのだと言う。
 つまりヴァレリア島の覇権を遂に奴が……デニムが握ったのだ。
 
 あれからもう8日が経っていた。
 瀕死の重傷を負っていた俺は、助かる見込みがないと判断されたのだが、
 命ある者を、最後まであきらめずに救いたいという者が集う、
 この教会へと送られてきていたのだ。
 手厚い看病と治療によって、俺の左手の傷は縫合され失血は止まっていた。
 鏡に映る俺の姿は無残だった。
 あの火炎のせいだろう。
 大きな火傷を負った顔には痛々しく包帯が巻かれていた。
 なんとか自力で歩けるだけでも不思議なほどだった。
 
 娘から聞いた話の1つが俺の心に響いた。
 俺にも心が残っていたのか。
 俺に銃の使い方を教えたということを責められ、ローディスの回し者として
 レンドルは処刑されたと言うのだ。
 神を信じない男は十字架に磔にされ、燃え上がる炎は2つの銃も、
 共に灰にしたという。
 妹以外にもう一人、友のためにも奴を殺さねばならない……
 
 俺は我に返ると自分の荷物を探した。腰につけていた小さな革の袋を。
 看病してくれていた娘が荷物を持っていた。
 治療に邪魔だからと取ろうとすると、何かうわ言を叫びながら暴れるので
 余程大事なものなのだろうと思ったというのだ。
 確かに間違いない…… 今の俺にとって一番大事なものだった。
 
 デニムの戴冠式は明後日、ハイム城で行われる。
 俺の体を気遣い、止めようとする娘を振りきり、俺はハイム城へ向かった。
 
 
 
 
 ――――――――ようやく、デニムの演説が終わった。
 
 精神力で立ち続けている俺にも限界が近付いている。
 隣の騎士が大丈夫かと小さく声をかけているのも、遠いことのように思えた。
 包帯の隙間からのぞく目だけがギラギラと野獣のように光っていた。
 
 騎士達が大きな歓声をあげた。
 
 ふらりと赤い絨毯が敷かれた通路によろけるように出た俺を何人かの者が見た。
 重傷を負いながら、ヴァレリアの新たな出発の日に駆けつけた健気な男……
 そう映ったかもしれない。
 
 見上げた壇上、玉座の前には立ち上がったデニムがいた。
 王となった男が身につけているのは鎧ではなかった。
 
 しっかりと上げた俺の右手に握られた銀色に輝く鉄の塊。
 それが武器だとは、誰にも分かるはずがなかった。
 この島のどこにも存在するはずがない銃。
 
 デニムと目が合った。
 俺はニヤリと笑みを浮かべた。
 狙いは腹部。
 リムファイヤーが火を噴く。
 
 
 
 ……心配するな、お前は神の裁きを受けはしない。
 神など存在しないのだから。
 

 
 
 
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