オウガバトル外伝
〜an Anecdote of Ogre Battle Saga〜
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 再会
 
 (いっそ、死んでいた方が良かったんじゃないか)
 一瞬とはいえ、そんな思いが脳裏をかすめたことにデニムは震えた。
 
 カチュアが絶叫を放って走り去ったのも、無理はないだろう。
 ハイムの地下牢で、ランスロットと出会ったことは聞いていた。
 その時は、もうかなり衰弱していたらしい。
 暗黒騎士団にわずかな間とはいえ、身を投じてしまった。
 運命の悪戯か、カチュアは再び愛する弟の元へ戻って来ることができた。
 その日からカチュアは一人の騎士のことが気掛かりで仕方なかったのだ。
 
 ハイム城にも、空中庭園にも彼の姿は見えなかった。
 やはり死んでしまったのかもしれない。
 むしろ、そう考えた方が妥当だろう。
 
 昨日、ある噂が耳に入った。
 ハイムの名もない小さな教会、戦争難民たちの避難所と化した教会に異国の紋章の
 ついた鎧を着た、一人の騎士がいるらしい……と。
 直感的にデニムもカチュアも、それがランスロットだと思った。
 居ても立ってもいられず、二人でその教会にやってきたのだ。

 (姉さん……)
 あれは絶叫だったのだろうか…
 おそらく二度と再び、あのような叫びを聞くことはないだろう。
 いや、あのような叫びは聞いてはいけないものなのだ。
 
 教会の奥深い一室で、ただ椅子に座っているだけのランスロット。
 その目は焦点が定まっていない。
 (何を見ているのだろう、僕を見てくれないのですか)
 どんな思いも無駄であることをデニムは悟った。
 ただ、ひたすらに悲しかった。
 
 壁際の暖炉の上には、デニムも見なれた剣、ランスロットが愛用していた剣、
 ロンバルディアが載せられていた。
 今となっては、これだけが彼が騎士だった証なのかもしれない。
 静かに剣に触れてみる。
 数々の思い出が走馬灯のように駆け巡る。
 出会ってからそれほど長いつきあいではなかったが、大切なことをいっぱい教えて
 もらった。

 (…………? これは…)
 剣とともに置かれてあった小さな古びた箱が目に止まった。
 戦いの意味が分からず、自信を失っていた自分を彼は勇気付けてくれた。
 その時、見せてもらったオルゴールだ。
 亡くなった妻の形見とランスロットは言っていた。
 何気なく、デニムはその蓋を開いてみた。
 
 ゴリアテの岬で聞いたメロディが流れ出す。
 ランスロットが不意に、手を胸の前に挙げ虚空をつかむように動かす。
 そして言葉にならない喘ぎがもれた。
 「……あぁ ……うぉあ…… ……お」
 
 「やめてください、デニム様。」
 この部屋まで案内してくれた若い娘が話しかけた。
 「オルゴールを鳴らすと、この方は苦しむんです。」
 「……でも、もしかしたら、何かを思い出そうとしているかもしれない。」
 チラチラと舞う窓の向こうの雪を掴み取ろうとでもいうように、ランスロットは無意味な
 動きを繰り返していた。
 
 娘がデニムの手にあるオルゴールの蓋をそっと閉じた。
 「騎士としての栄光をでしょうか? それは辛い思い出かもしれません。」
 「けど……」
 
 再び動かなくなったランスロットの膝に、娘は床に落ちた毛布をかけ直した。
 「この方は戦い続けてきたのではないでしょうか。 …時には休息も必要です。」
 (この子に何が分かるというのだろう)
 デニムは少し勘に触ったが、しっかりと意志のこもったその瞳を見ていると、この子の
 言う通りかもしれないという気がしてきた。
 
 「……ゆっくりと時間をかけて、自然に思い出すことができたら、その時はまた会いに
  来ます。それまでランスロットさんのこと、頼みます。」
 デニムはそう告げると、静かに部屋を後にした。
 
 (……この人が、ランスロット……?)
 どこか虚ろな様子だった娘は、オルゴールを手に取ると、蓋を開いた。
 
 自分は本当の娘ではないと、両親から聞いていた。
 本当の父親は、遠い国の騎士だという。
 その人は戦乱の中、多くの人々を守るために、やむを得ず、赤子だった自分を
 南方へ渡る私たちに託したのだと。
 
 実の親子じゃなくても、両親は自分に惜しみなく愛情を注いでくれた。
 戦乱の中で両親はあっけなくこの世を去ってしまった。
 全てを失った時、自然と教会に足が向いたのは、そんな別れた父親の話を聞かされて
 いたからかもしれない。
 多くの人々の役に立ちたいと……
 
 メロディが流れると、ランスロットがまた苦しそうな呻きをあげた。
 初めてオルゴールを開いた時、苦しむ騎士の姿を見て慌てて閉じたのだが、なぜか
 そのメロディは懐かしいような気がして仕方がなかった。
 
 箱の中の刺繍は少しほころんでいたが、はっきりと読み取れた。
 『愛する娘、クレアの誕生を神に感謝します』
 
 クレアの頬に大粒の涙が流れ落ちた。
 (………まだ、家族がいたんだ… わたし、一人じゃないんだね……)
 
 ランスロットの呻きが聞こえていた。
 クレアはその体を抱きしめると優しくつぶやいた。
 「……ごめんね ……でも、もう少しだけ、今はこの曲を聞かせてください……」
 その言葉が届いたのか、ランスロットの呻きが小さくなっていく。
 クレアの涙は止まることはなかった。
 

 
 
 
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