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大台ヶ原 ・2010年10月27日
2012年10月28日
・2015年10月25日
■その1■その2

転けた理由をいろいろ考えながら、牛石が原に着いた。
2時50分であった。もうだいぶ歩いた。
ここで会いたい人があった。

神武天皇さんである。

神武さんは、以前と変わらず立っていた。
神武天皇が日向から大和へむかう途中にここに寄ったのだろう。
「天つ神の御子をこれより奥つ方にな入り幸でまさしめそ。荒ぶる神甚多なり。今、天より八咫烏を遣はさむ。故、その八咫烏引道きてむ。そのたたむ後より行でますべし」の、八咫烏もある。

私は、アレキサンダー大王の説話が伝わり、時の日本の権力者があちこちの有力者を打ち倒していったことに、日本的解釈をくわえ、古事記や日本書紀に書いたと思っている。そして神武天皇は実在したと考える方が、正しいと思っている。

大台ヶ原
大台ヶ原
大台ヶ原
大台ヶ原

牛石が原を過ぎてまもなく、鹿の親子が草を食べていた。人が近づいても恐れる気配がない。
以前来た時には日出が岳展望台付近にたくさんいたのが、見えなくて少し寂しい思いでここまで来たが、いきなり出くわし、うれしかった。
しかしよくよく考えてみると、こんな気弱な野生が、こうして人のすぐ近くで何の警戒もせずに食事をしていること自体異常なのだが・・・。

しかし、こうして野生が間近に見えるというのはありがたく楽しい。餌が豊富にあり、栄養がいいのか奈良公園の鹿より毛並みもきれいであった。
ふと、ここで奈良公園の鹿せんべいを与えたらどうなるだろうかと考えた。

大台ヶ原 大台ヶ原
大台ヶ原
(鹿との遭遇。つぶらな瞳がかわいい。 15:00)

大台ヶ原
(シャクナゲが冬支度で、次の春を待っている)
大台ヶ原
(なかなかいい歩道)
ここで我々は失敗をした。肝心の大蛇ーへの道をやり過ごしてしまった。ただ歩き終わってみて、もし大蛇ーへ行ったなら、最後の道は暗くなっていることを思ったら行かなかったことが正解だったかもしれない。
シャクナゲの時期にまた見に来よう。

シャクナゲの群生がある長い下り坂を転けないように下り、シオカラ谷に到着したのは、4時20分であった。
シオカラ谷の沢の水はすばらしく透明であった。
吊り橋からいきなり急な登りになり、ここまで歩いてきた疲れもあり、途中で一息入れるために休憩した。
その頃にはもう夕焼けのオレンジがあたりを染めていた。

再び駐車場に帰り着いたのは、5時20分であった。
駐車場には5,6台の車が残るだけで、広々としていた。

ドライブウェイからの夕暮れはきれいであった。

 大台ヶ原
(タコのように岩に巻き付いている。フィルム:コダックE100VS)
大台ヶ原
大台ヶ原
(迫力の倒木)
大台ヶ原
(シオカラ吊り橋。 16:20)
大台ヶ原
(仲良しの木)
大台ヶ原
(坂道が急なことを知らせる看板)
大台ヶ原
(夕暮れが迫ってきている)
大台ヶ原
(車のなくなった駐車場。 17:20)
大台ヶ原
(雲が赤く染まった。 17:30)
大台ヶ原
(夕焼け。大台が原ドライブウェイから。 18:00)

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