きくおのブログ 乗り物のページ 熊野古道 奈良歴史散歩 琵琶湖逍遙 写真のページ
■ホームページに戻る           金剛山
葛木神社を4時10分に後にした。
まもなく雄略天皇が狩りをしたという、約1,500年前の遺跡がある。説明によれば「雄略天皇が猪狩に御登山された時、葛木一言主神とご会見せられ、また猪を蹴り殺されたという記紀ともに残る名高いお話の場所で、葛木神社摂社矢刺神社として雄略天皇を奉祀されています。」
とあるが、狩りをしたところはたくさんあるだろうし、いささか唐突な感じがする。

遺跡といえるかどうか?

古事記では「雄略天皇 葛城山」の項にあり、猪を矢で刺したとあるが、日本書紀では猪を踏み殺したとある。ともかく狩りが好きな天皇で、あちこち猟をして回った感じである。
日本書紀のように、天皇自ら蹴り殺すってのもいささか強引で、普通は側近がガードするだろう。などとはあまり考えないことにする。

お狩りの跡から10分ほどできれいな老杉が並んでいる。
そこから5分ほどで、大きな鳥居があり、灯籠や道標などがある。右に行くと吉野・高野で、左が伊勢・奈良である。
よくわかっていい。
鳥居の下の灯籠に5555回登拝記念とあった。すごいの一言である。

金剛山ハイキング 金剛山ハイキング 雄略天皇御狩り場跡
金剛山ハイキング 雄略天皇御狩り場跡 金剛山ハイキング
金剛山ハイキング 金剛山ハイキング
金剛山ハイキング

鳥居の前には、法華経一宇一石塔がある。また案内板の後ろに隠れていくつかの碑がある。
そこからすぐに出迎え不動さんがある。
まだ新しく、周辺の整備もされつつあり、それらが終われば、小休止にちょうどいいスペースのなると思う。
ツツジがきれいに咲いていた。

不動さんからの道は、緩やかなアップダウンを繰り返しつつ、徐々に高度が上がっていく。不動さんから10分あまり歩くと、左手に上る道がある。
ガイドブックによると湧出岳への道であった。経塚もあるということで、そちらに登った。
道は結構急であったが、しばらく歩くと陸の灯台があり、いろんな会社の電波塔がある。

金剛山ハイキング 金剛山ハイキング
金剛山ハイキング
金剛山ハイキング 金剛山ハイキング
金剛山ハイキング
金剛山ハイキング 金剛山ハイキング
金剛山ハイキング

その右手奥にここ湧出岳1112mの一等三角点がある。経塚は左手の少し奥まったところにあった。
葛城経塚ニ十一番ということで、番号についてウィキペディアでi調べると、「葛城二十八宿(かつらぎにじゅうはっしゅく)とは、役小角が法華経八巻二十八品を埋納したとされる経塚である。葛城二十八宿経塚、葛城修験二十八宿などともいう。 和泉山脈金剛山地の山やその付近の寺社を中心に二十八ヶ所の経塚があり、現在も修験道の行場となっている」ということであった。知らなかった。
ビーコンの左手に道が続いているが、この道を通ったことで後大変な事態になるとはこのときはまだわからなかった。
道は狭く険しく、整備されていないので歩きにくかった。
(ここを歩いたために家に帰ってから踝が痛み、歩けなくなったのである。最初にきちんとストレッチをしなかったためと、靴のひもをきちんと締めていなかったのが原因かと後で気がついたが、そのときは痛みも何もなかったので気がつかなかったのである。)

道は再び通常ルートに合流し、しばらく歩くと展望台がある。登ろうかと思ったが、周囲は霧で真っ白で、遠望が不可能であったためパスした。感じのいい丸太のテーブルと椅子があったので、コーヒーブレイクにした。

展望台から今度はきれいな下り道が続く、坂の中間頃で木製のテラスがあり、いろんな花が咲いていた。そこからは金剛山駅のロープウェイの出発を知らせるアナウンスが、よく聞こえていた。

金剛山ハイキング

駅は、テラスからすぐであった。
ロープウェイは、5時30分出発ですぐにやってきた。5人ほどの村の職員さんらしきグループと一緒だった。2時30分から登りはじめて、5時45分、3時間あまりの初めての金剛山歩き、よく整備された道で、歩きやすかった。
この山が人気のある理由がよくわかった。
所々ダイヤモンドトレールとクロスしているが、今度このいわゆるダイトレをきっちり歩いてみたいと思った。

ロープウェイを降り、駐車場に戻ると残っている車は、私達の車だけであった。
(2011年6月5日)

金剛山ハイキング

■金剛山その2へ 
■金剛山その4へ
■山のページトップへ 
■ホームページに戻る