1999/January

       
         
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Jan/5(Tue)
U子さんへ
年のお慶びを申し上げます。年末の電話、年賀状、電子メール年賀と3度も近況報告を頂き、ありがとうございます。あなたが丁寧な物言いに終始しているときは、神経をすり減らしている証拠。あなたが奔放に飲み書きしているときは快調な証拠だとすると、この年末年始に入る直前は、さぞ悩みも多かったのではないかと思われます。
年末、何気なく雑誌を繰っておりましたところ、「純血主義の球団は成長しない」という文が目に止まりました。タイガースの野村監督が言ったことだと記憶してます。これ、球団に限らずヒトと置き換えても同様だと思います。生徒が「宮古を出たい、宮古を出たい」と口癖のように言うのは、彼らがそのことを本能的に知っているからじゃないかと。この時期宮古〜盛岡の急行バスが帰省客のために増発運行されているのですけれども、相変わらず賑わっています。しかし、宮古に戻ってきて働こうという人がいるかというと、そうでもない。もちろん、夢破れて宮古で余儀なく過ごさなければいけない人も知ってます。ただし多くの野心的な人は皆、外の学校に進み(早いと高校から盛岡で下宿住まいという場合もあります)、ずっとそのままというパターンもあります。別にそれは宮古に限ったことじゃありません。「盛岡」と置き換えてもそうです。
発展している地方都市(例えば「福岡」「札幌」「仙台」としておきましょう)に共通するのは、各種出先機関・支店が集中していて、新陳代謝を余儀なくされる点です。しかもそのスピードが速くて、行くたびに愕然とします。でもこれらの都市は新陳代謝も激しい代わり、どこかのんびりしたところも備わっている。そこが地方都市の魅力だと、私には思えるのです。
同じ環境で同じようにやっているだけでは、組織は後退する。そうであれば、担任を入れ替えただけでも組織は活性化する。それが上司の考えです。数年前まで、どうしても上司の考えに納得できなかった(=担任は3年持つものだ、と思ってました)のですが、最近考えが変わってきてます。「あるクラスでうまく行っているのなら、その方針をぜひ新しいクラスで引き継いでほしい。その結果担任が3年続けて変わることがあっても、やむを得ない」と、前の上司も今の上司も口を揃えてます。言い換えると「ある支店でうまく行かなかったのなら、同じことを別の支店でやってほしい。その結果うまく行かなかればやむを得ない」とならないでしょうか。
変化のない組織は、動脈硬化を起こします。「あのころはよかった」ということは老人に言わせておけばよろしい。われわれはどちらにせよ1999年を生きなければなりません。オンとオフをうまく使い分けて、この1年を飛び跳ねようじゃありませんか。新天地は「はなまる」のおめざで上位を独占し、「仮装大賞」でもダントツで優勝した、可能性に溢れたところと聞いています。ご活躍を祈念しております。あっ、遅くなりましたが、今年がよい1年でありますように。

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Jan/6(Wed)
「五体不満足」を読んで(1)
の年末年始、本を集中的に読もうかと思ったのですが、財布がなかなか「Go」を出さず、延び延びになってました。昨日盛岡の本屋でチェックしたところ、買いたい本が軽く10冊になってしまい、泣く泣く2冊にまで減らします。その中の1冊が「五体不満足」(乙武洋匡・おとたけひろただ著、講談社)でした。まだ半分しか読んでいないことを断っておきます。
−−両手両足がなくたって今日も電動車椅子で走り続ける、早大生乙武洋匡君の「生きる力」とは。
と本のオビに書いてあり、表紙には電動車椅子に乗っている彼の写真が出ています。その写真を見て、こちらはギョッとするのですが、あまりにも自然な彼の笑顔にひかれます。
彼は一般の幼稚園、小学校、中学校...というルートをたどります。彼を形作ったのは、まちがいなく「健常」者との交わりであり、要所要所で紹介される高木先生・岡先生の存在が大きかったと思います。「電動車椅子。おっ、すげー」「えぇ、かわいそう」という感覚に留まりそうなところを、決してそうさせなかった。時間がかかろうとも、全校集会からの移動を車椅子なしでさせたり、登山に同伴させたり(「連れてかないなんて、ズルイよぉ」と同級生に言われたのが真相)という厳しくも愛情ある指導の高木先生。秘書役を命じて、次々にワープロ打ちをさせ、能力を特化させた岡先生。そして、オトちゃんの能力を体で理解し、支え合った同級生なしには、彼の今日はなかったように思えます。月並みな言葉で記すと「われわれが忘れていた心を、オトちゃんの回りでは持ち続けていた」ということになりましょうか。同級生・在校生・教職員・保護者がみな、オトちゃんを支えてくれたことが、うらやましくさえ思えるのです。
後半部分は中学・高校から現在に至る状況が書かれていますが、こちらも期待できそうです。
(この項、続く

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Jan/7(Thu)
1日図書館員になる
場以外で「奉仕活動」をしなさい、というお触れが出て、悩んだ末市の図書館に受け入れてもらいます。
「どうして図書館を選んだの?」
と聞かれて返答に窮したのですが、要は例示されていた機関の中でそれほど違和感がなかったからということです。
にわか図書館員は9時に出勤し、館長にあいさつをします。それから館内を一巡りするのですが、なぜか博物館のような場所もあり(現在・未公開)、もったいない感じがします。会議室・視聴覚室というところも一般に貸し出しているにもかかわらず、これも回転率がよろしくない。併せてもったいないです。
午前中の仕事は数十冊の本の整備。オビを外し(ただし捨てないで後で使うそう)、カバーに糊付け、カードにデータを記入して...といったことをします。「さぁ、早く終わらせよう」という姿を、館員の方は「根を詰めてる」と思ったらしく「まぁ、ゆっくりやってください」とセーブします。館内は暖房こそ効いているものの、足下が冷えてこれには参りました(そのことを察してもらって、電気ストーブをつけてもらいます)。そうこうしているうちに午前中の仕事がおしまい。昼休みに「本職」についてあれこれ聞かれます。
午後。返却された図書を元の位置に戻すことから始めます(もちろん介添えがありました)。昼食後の1時台、猛烈に睡魔が襲います。あとは2時台から6時までずっとカウンタ業務です。−−これは利用カードを書いてもらって、返却済みの図書はここ。ビデオは中学生以上に貸し出すということを聞いて、やってみます。単純な貸し借りだったら何とかできるのですが、「これを返して、これを借ります」というのを家族3人分まとめてやられるとパニックになります。そういう時に限って行列ができて......ずっと助けてもらってばかりいました。
5時。来館者が極端に減ってきます。もともとこの図書館は5時まで開館だったのを、去年の秋から1時間繰り下げています。PRが行き届いてないせいか、勤務が5時には終わらないせいか、実際の入場者が10人(昨日の全体が635人)ということをどう見ればよいのでしょう。このころになると、返却処理と貸し出し処理を反対にやったりで、結構疲れてます。そうこうしているうちに閉館時間の6時になり、こちらの仕事も終了します。
正直なところ、1回・6時間以上の奉仕活動だけでは「何をやったのかわからない」まま終わってしまった感じです。もっと余裕を持ってあれこれやって、願わくはもう何回か活動したい(←これが、仕掛け人の思惑だったのでしょう)。そうでないと奉仕活動のための奉仕活動で終わってしまう感じで、消化不良のままだったということになります。というわけで、おまけの(というよりも本来の)奉仕活動を近日中にやってみようかと考えているところです。

注)「五体不満足」については、明日以降に記します。

注2)8日の午後もカウンタ業務をやってきました。いい気分転換だったのですが、職場から追っかけの電話がかかってきて、そろそろ潮時です。電算化の遅れやら、司書の配置やら2日目にして聞けたのですが、うーん。もう1回行きたい。
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Jan/8(TGIF=Fri)
「五体不満足」を読んで(2)
。実はこの本、市立図書館にもリクエストが殺到しているらしく、現物の到着まで時間がかかりそうな感じです。
閑話休題。中学・バスケ部(試合に出るか出ないか、ということがあったのですが、解答は本で)、高校・アメフト部。傍らで学校行事に凝る彼の姿が出てきます。一方で大学受験を前に
「どうして進路を決めなければいけないの?」
という率直な悩みも吐露されますが、淡々とした彼の筆致は、出来事を大変そうに見せません。実際は
「車椅子生活って大変じゃない?」
ということの積み重ねなんですが、そこをカラっと書いていくのが彼、乙武洋匡(おとたけひろただ)君の性格であり、それを支えた両親なんだろうと思います。両親は、それほど泣き言をいわなかったと記してありますが、そのことも彼の支えになっていたと思います。
大学に入ってから、彼は否応なしに「バリアフリー(障害者や高齢者にとって障壁となるものを取り除くこと)」という問題に対峙します。というのは、いつの間にか大学と地域の問題に関わる必要が出てきて、気が付いたらその中心的存在に押し上げられた。だからあちこちで講演することになり、アメリカ旅行をすることになり、本を著すことになったのです。これだけあちこちに出かけている彼ですら、アメリカでカルチャーショックを受けます。
「向こうの人は、僕のことをじろじろ見ない」
「コンサートで障害者もめいっぱい着飾って出てくる」
のは、バリアフリーが進んでいること。それに比べて、日本ではまだ障害者が出かけにくい環境だと気づくのです。
前半部分が「物語」として読まれるのなら(注・本にはふりがながあります)、本の後半部分は現在進行形の「出来事」として読まれることでしょう。彼の挑戦はまだ始まったばかりであり、当然この本の第2弾・第3弾が出ることでしょう。
ここまで書いてもう一度表紙の写真を見ると、彼はそれにしても行動的だと思えます。われわれの意識のバリアをフリーにすべく書かれた本だと思います。

注)厚生省が96年にした調査によると「外出したいけれど、不便いっぱい」。地域の中で障害者が暮らしていくにはまだまだほど遠い、と9日の朝日(12版)にありました。
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Jan/9(Sat)
仙台初売の総括
日に行われた初売について、書かないまま1週間が経ってしまいました。留守にしていたのと身辺整理があって遅くなったのが半分。もう半分は内容が生々しくて、というのもあって、ほとぼりを冷ましてから書こうというのもありました。
概況から記します。ここ数年、仙台の初売は「1月2日」が始まりとなっています。大型店・量販店にも要請して「2日初売の伝統を守った」ということであります。3日も初売する店が多いのは、何年か前まで一部に「初売は3日」という伝統が残っていて、その時の名残です(この辺のいきさつを知らないので、詳しい方教えてください)。それから、間を置いて1月の2週からバーゲンというのが習わしでした。今年の実態は
2日(初売)=そこそこ賑わう
3日(初売)=ガラガラ
4日(一部の店バーゲン)=賑わう
ということで「年始は休む暇がない」と流通業の知り合いがぼやいてきます。もうちょっとよく聞くと、
「2日は福袋こそ売れたけれども、他がぜんぜん売れない」
「3日は量販店・大型店ともガラガラ」。
さらに、2日の初売で街中がそこそこ賑わっているのに、老舗の土産物店は手持ちぶさた状態(同業他社が賑わっているにもかかわらず、です)。今年店を閉めることになっている店は初売りを自粛し、例年売っていた「5割増商品券」はどこかに行ってしまいます。この調子で行くと、2000年の年始は
2日(初売)=賑わう
3日(バーゲン)=超賑わう
ということになって、1月の2週に来客がピタっと止まるのじゃないかしらん。経営者の知恵の見せ所であります。
ところで、私の初売はというと仙台ビブレで茶箱に入った「生活応援福箱」(19kg、宮城県内は配送料込みで10,500円)を買い、それで安心しきって、子供服売場に間に合わなかった(時間、わずか10分)ありさまでした。ついでに、井ヶ田(茶)、阿部かま(笹かまぼこ)というところに行き、皿・抹茶大福をせしめてきます。郊外店、福袋・景品は立派だったのですけど、「配送料自己負担」というのが引っかかり、こちらは中心部に繰り出しました。消費者が賢くなってきている要因がここにも現れています。

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Jan/11(Mon)
箸休め初め
:今年もよろしくお願いします。
熊:今年は出番が遅かったねぇ。
鯉:筆者がストレートに5日間続けて書いて、きょうもまともだったら、今年は出番がないんじゃないかと冷や冷やしてました。
熊:そろそろネタが切れるころだ。まぁ、ちょうどいいタイミング。
鯉:今年も箸休めに出てきます。
熊:不定期に出てきますが、「あれ。ここのページいつもと違う」なぁんて言わないで可愛がってください。
鯉:鯉というのは、ここの筆者が広島東洋カープのファンで、もうファン歴も20年ぐらいになりますかねぇ?
熊:そうそう。でこちらがサンフレッチェ広島のアイドル熊さん。
鯉:でも、筆者はカープの試合を見ても、サンフレの試合は見てないんだよね。
熊:それよりも、サッカーの試合を見てない(--;)。
鯉:1/1の選手権を国立まで見に行こうとは思ってたようです。
熊:子どもが風邪引いちゃ仕方ないからねぇ。それに、当日券がなかった。
鯉:ところで、読者は鯉と熊の見立てを今ひとつ理解してないようです。
熊:筆者の配偶者も理解してないからなぁ。
鯉:何でですのん?
熊:「読みづらい」と。
鯉:それはあなた。1人称で文章を記すのと、2人称・3人称で書くのでは、調子が変わります。
熊:「書きやすい」と。
鯉:とっても。右脳と左脳ぐらい違います。
熊:どっちが右脳?
鯉:記憶にありません(;_;)。ただ、論理的思考と感覚的思考ぐらい違っていることは確かです。
熊:まぁ、書く方はそれでよいのだろうけれども、読む方は面食らうだろうなぁ。
鯉:それもこのページの持ち味ですから、まぁ、そんなところで。
熊:で、どっちが右脳なの?
鯉:『大辞林』と『イミダス』を見ましたが、今ひとつはっきりしません。
熊:ネットサーフィンした方が早い、と。
鯉:ですねぇ。1つのページを見る平均がだいたい20秒なそうです。
熊:まぁ、20秒未満にならないように、頑張ることですな>鯉ちゃん。
鯉:ということで、私が筆者の分身。
熊:私が筆者の分身に突っ込む役です。
鯉:ところで、あれって「みぎのう」「ひだりのう」なんですか?「うのう」「さのう」なんですか?
熊:うーん。わかってもわからなくてもどうでもよいことですなぁ。
鯉:ということで、徒然なるままによろしく。

注)その後見た物の本によれば、右が感覚的、左が論理的なそうです。
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Jan/12(Tue)
整骨院に行く
ょんと時間ができたので、妻御用達の整骨院に行きます。私は付き添いで−−と言いたいところなのですが、腰痛ぎみなのでこちらも治療します。
行ってすぐ、「柔道整体師に関わる治療費請求書」に記入します。−−それが整骨院を開業する免許みたいなものなのよ、とは妻の解説。子どもたちは慣れたもので、待合室で遊び始めます。
さて、診断もそこそこにうつ伏せ姿の腰と膝に電極パッドを当てます。電流が中途半端にビリビリと(特に膝がなんとも)痛いのが気になります。−−ほぐして体を柔らかくするのね。で、両足、肩といったところを揉んで電気マッサージに進みます。これが10分。体が温まったような、冷えを自覚しただけだったような。その後ローラーをかけておしまい。そんなもんなの?
−−これを3日続けると体が相当楽になるよ。
というのは、ギックリ体験者の談です。こちらは狐に化かされた感じのまま整骨院を出てきたのでした。そして一晩経った現在は−−揉み返しが来て、そこが痛い
状態になってます。つまり、ほぐしてもらった体が、元の悪い状態に戻ろうとするからだ、と。
何でもその整骨院は「整形外科に行ったら手術もんだったのに、ここに100日通ったら元のように歩けるようになった」という名医なそうですが、うーん。こちらはお付き合いしなくてもよかったのかなぁという思いです。

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Jan/13(Wed)
経済の二極化について
下がりの病院(なんですと?まだそんなところにいたのですかって。今度は娘の件でです)から流れてきたテレビ。
「今年のキーワードはずばり、『経済の二極化』です」。
はぁ。−−都心の1億のマンションが完売。郊外の4千万のマンションも完売。メルセデスAクラスが好調、軽自動車も好調(ついでにいうと、キューブやデミオといったところも好調)。番組は
「お金があるところにはあるんですねぇ」
とまとめ、その後お金持ちマダムの紹介に入ってます。はぁ。
要するにちょっと前に渡辺和博が「金」「ビ」と記号化したことの繰り返しであります。「不景気」に不満を持つ層が、一気に高級志向へと進み、手が出ないけどどうしようかという層が、それなりのものに手を出す。ただそれだけです。
4年前、カナダで「東京ではコーヒー1杯が10カナダドル(当時のレートで650円ぐらい)する」といったところ、呆れ返った顔をされましたが、現在はそうじゃないコーヒーショップも増えてきました。探せば「ビ」の店も結構出てくるのです。
『よのなか』という本で
「10万円で幸せなデートをコーディネートする男より、1,000円でも満足できるデートができる男の方がよい」
価値観もある。そうテリー伊藤が説いてました。二極化進行ということは、上ばかり向いて歩いていたわれわれの視点を、もっと身近なものに向けさせてくれることなのでしょう。そうであれば、それもまたよし。こちらが上を選ぶか下を選ぶか考えなければならないのがやや厄介なんですが、選択肢が出てきただけまだましです。

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Jan/14(Thu)
じゃば・すくりぷとテスト中
経クリックのホームページ講座を見て「じゃば・すくりぷと」(Java Script)を入れてみました。
具体的に言うと「What's new」をアクセスカウンタの下(ネスケだと左側)に置いて、流れるような表示に変えたこと。「Contents」に具体的な説明を加えたこと、この2点が手始めです。
「画面がかえってごちゃごちゃして、面倒になった」
という思いが半分。
「動きがでて、立体的になったのかなぁ?」
という思いが半分です。現在(1/14)の中途半端なじゃば・すくりぷと状態が、なんかうざったい(=いずい)感じです。もっと洗練された感じのページにしないと「じゃば」してないんじゃないかという強迫観念に陥っています(=いつものことですが)。とりあえず、落ち着かないのは、じゃば表示のありさまがあちこちに飛んでいること。これが落ち着かないのであります。うーん、なんかこのページを打っていても、腰がそわそわする感じです。

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Jan/15(TGIF=Holiday)
恐るべし、アルミホイル
SやBSを導入してないうちでは、ラジオで情報を仕入れることが多くなります。そのため、短波ラジオや遠距離受信用のラジオが何台かあるのですが、地元局の電波が強いために、混信が避けられない事態が生じています。こちらが聞きたいのは遠距離の局なのに地元局の音楽がじゃまして全然実用にならない。遠距離用のラジオ(感度調節機能や混信軽減装置があるもの)ですら5分は聞こえても10分持続しない。だから、その局を長時間聞くことは現実的ではありませんでした。
で、アンテナのメーカーにカタログを請求したところ、こんな記事がでてました。
>アンテナを使用する前に混信がひどい、といった場合には、そのままでアンテナをつけても、その混信は消えません。
つまり、アンテナを建てても混信までは解決できないらしいのです。説明は続きます。
>パーフェクトではありませんが、ラジオの上部をアルミホイルでおおいますと、地元の強力な放送も、殆んど聞えなくなります。
原理がもう一つよくわからないのですが、内蔵アンテナを包むことで電波が直接入って来なくなる。あとは指向性アンテナを使うことで、混信を防ぐらしいのです。
やってみました。地元局の入感ががくっと悪くなります。アルミの位置を変える(全面から半面にする)ことで、聞こえ方が変わります。何度かやっているうちに、目的局が聞こえてきて、混信の度合も軽くなったように思います。これは、アルミをラジオから外してみるとはっきりわかります。外すと何を言っているのかわからない会話が、アルミで地元局の電波がカットされ、内容が聞き取れなくなるのです。その変わりように、家族一同恐れをなしたのでありました。

注)この原理を書いたパンフレットは「ミズホ通信株式会社(154 町田市森野4−7−21)」に返信用90円切手を同封して請求すると送ってもらえます。短波ラジオ・中波ラジオの遠距離受信について、わかりやすく記してある内容です。

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Jan/16(Sat)
地元で売れてほしい駅弁
日各局が新宿・京王百貨店での「元祖・駅弁大会」の模様を放送してました。それによれば岩手からは盛岡・はらこめし弁当(=鮭の切り身といくらがたっぷりのったもの)、一ノ関・松茸弁当、一ノ関・前沢牛めし弁当、宮古・いちご弁当(これは海産物がいちご状に見えることを指す)の4種類が出品され、今年のこれまでの売り上げベストテンに「いちご弁当」と「牛めし弁当」があるのだそうです。さらに、去年の売り上げ2位がわが宮古の「いちご弁当」なそうで、おめでたい限りです。
駅弁大会が盛況なのは
「忙しくて旅行にもゆっくり行ってられず、こういうことでもないと駅弁を買えない」
という声に代表され、作り手側の
「もっと列車に乗って、駅売店で買ってほしい」
という実状とかけ離れています。
IBC岩手放送は、
「夏になれば観光客も宮古に来て、駅弁を買ってくれるのだけれども、冬場はなかなか観光客も来ない」
という実状を紹介します。そして20年前は、東北本線ホームの急行車両の前で「べんとー、べんとー」という立ち売りがいたのですけれども、現在はほとんど立ち売りがいない(注・東北新幹線ホームに2、3人いるようです)。となると、宮古でほそぼそと売っていただけでは儲からない(注・JRに頼まれて駅弁を作っている義理があります)。だから、KIOSKの販路を通じて盛岡駅などにも「いちご弁当」を置くようになったのです。
画面に写る盛況を見つつ、
「でも駅弁は地元でこそ売れてほしい」
というのは本心だろうと思います。鉄路が廃止になってしまえば、駅弁までも存在意義がなくなってしまいますから(注・「峠の釜めし」は例外中の例外でしょう)。

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Jan/18(Mon)
宮古にミスドができた
14日、ファスト・フードの大手としては2番目の宮古出店(注)になるミスター・ドーナツ(以下ミスド)がオープンしました。土曜日、帰宅のついでに寄ってみたら、店の外まで行列ができていてだめ。改めて出直したところ同じような行列ができていてだめ。3回目、昨日の2時30分ごろいったところ、行列が店内で済んでいたのでなんとかなったのでした。
既存のミスドはカウンターの中にショーケースがあって、その中から店員がドーナツを取り出すという感じだったのですが、宮古はカフェテリアのように、自分でトレーを持って好きなドーナツを取る方式を採用してます(仙台の「ザ・モール長町店」も同様です)。だから、どのドーナツにしようか迷っているうち、行列が長くなったということなのでしょう。
5万人ちょっとの人口しかない宮古で、ミスドが出店した場所はJAが持っていた国道106号沿いの土地でした。宮古市内で、久慈・釜石に向かう国道45号の分岐点近くです。ターゲットはドライバーというより、近隣の中高生(部活帰りに寄るには格好の場所でしょう。そういう場所がなかったのが不思議なほどです)、それに子ども連れ。盛岡などのミスド体験者が味をしめて店に行くに違いありません。セルフサービス式を採用したのは、合理化の追求だったのでしょう。で、開店前の店を使った研修も非常に念入りに行われてました。とりあえず滑り出しは順調のようです。あとは「モーニング」(宮古でやっている店は少ないのです)が軌道にのれば、何とか採算ラインに達するのではないかというのが素人の判断です。
注)既存の店では、中心地に「モス・バーガー」があります。

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Jan/19(Tue)
食卓からテレビを消せば
:昨日、君としては珍しく40分も風呂に入ってたねぇ。
鯉:子どもを入れて、彼らの髪を洗って、湯冷めしないようにしていたら、たまたまそうなったのです。
熊:本質的には「カラスの行水?」
鯉:そうです。何が好きで、汗だらだらになってまで風呂に入らなければいけないんだって。
熊:で、風呂から即行で上がって何をしているの?
鯉:だらだらとテレビを見るか、パソコンをオンにするか......。
熊:それこそもったいない。
鯉:そう。それは私も思っているのです。最近テレビも何となく見ているのかなと。
熊:食事の時のテレビは?
鯉:付けっぱなしだったんです。それがニュースどきに重なるものですから、これまた何となく。
熊:で、消す試行を重ねている、と。
鯉:そうしたら、食卓が恐ろしく静かになるのです。で、間が持たないでしょ。
熊:だから、会話をしないと食事は楽しくないものです。
鯉:どちらかというと「食事時にテレビ」という習慣でずっと育ってきましたから、戸惑っているのです。
熊:でも、実際のところ、家で一番戸惑っているのは誰?
鯉:私です(^_^;)。
熊:これがうまいこと定着したら、空いた時間で読書でも勉強でも何でもできるねぇ。
鯉:それなんです。うちはテレホーダイじゃなくてエリアプラスで、インターネットも課金限定じゃないのです。
熊:まぁ、そこは適当に時間を減らして、倹約に励むことだな。逆にテレホーダイにしたら?
鯉:生活のサイクルが変わってしまいますし、テレホーダイ対象時間外の利用も結構ありますから、だめです。
熊:何はともあれ、子ども中心に回っている世の中で、よろしゅうございます。
鯉:医療費もねぇ、子ども中心なんですわぁ。
熊:愚痴らない、愚痴らない。
鯉:一休み、一休み。
熊:そうそう。ネットには休むことも、一息入れることも必要さ。
鯉:それにしても、ゲストブックが閑散としてます(;_;)。
熊:「熊さんが怖い」からだって。
鯉:うーん。それまたくまったものだ。
熊:それ、きょうのオチ?
鯉:......。いけなかったかしら?

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Jan/20(Wed)
駅前の大型店がまた消える
元紙が昨日の紙面で伝え、全国紙の地方版も今日になって伝えてますから、決定的だと思います。岩手・北上の駅前になる大手スーパーOが1年後をめどに撤退したい旨、市側に伝えたそうです。この店は新幹線ホームの真正面で、初売も1月1日から敢行したところ。営業時間も朝10時から夜8時までと「攻め」の姿勢だったように感じられたのです。しかし、
・駐車場が足りない
・郊外に駐車場を持つ店が増えた
・その大手スーパーが花巻にも出店したこと
などで売り上げが落ち、店側が「打つ手なし」と判断したからでしょう。地元紙には
「市の中心部に別の大型店が出店することで、市はそちらに目が向いており、当方への誠意が感じられない」
という記事(=済みません、記憶で書いてます)が出ていました。従業員への説明はこれから行われるそうです。
「また」と書いたのは、水沢駅前のスーパーA、一ノ関駅前のスーパーBが同じような理由で消えていることを指してます。この近くにもB系列で似たような境遇(駐車場が足りなく、郊外店に客を持って行かれている点)の店があります。ちょっと遠くでは仙台駅前のスーパーCがファッションビルに業種を変えたことも、これと同じようなことでしょう(そういえば盛岡駅前にも、スーパーC系列の店がありました)。それでもスーパーB、スーパーCは代わりに郊外店を開設できたので、店側にはそんなにダメージはないのです。ダメージを受けるのは、駅前で営業している他の商店です。もう、駅前にはスーパー・大型店は来ないのか。大型店頼りではだめなのか。自分たちで活路を見いだしていかなければならないのか−−といった悲鳴が聞こえてきそうです。郊外店の無料駐車場の前に、市街地にある有料駐車場とその商店街はどう生き残りを模索するのでしょうか。

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注)翌日の朝日新聞・12版トップは「ダイエー中内社長退任」でした。このコラムが出た当日にこういう発表をするとは、いやはや。
注2)その店、イトーヨーカ堂北上店は2000年1月30日に閉店となります。市内中心部に北上VIVREができるのですが、あの巨艦と向き合うのは既存の店では困難かと思われます。
Jan/21(Thu)
中途半端な風邪
年の風邪の主流は高熱が出てうなされるものらしい、ということを聞いています。そうであれば、うちは上の子がひいた風邪を下の子がもらった、という途中経過です。当方、高熱による風邪ではないのですが、何か鼻づまりがして、夜中に何度となく目が覚め、喉がいがらっぽい。いいのか悪いのか、その中途半端さがたまりません。意識的に早寝にして、帰宅後うがい・手洗いをしているのですけれども、どうもよろしくない。
もっとも、職場が風邪の巣に属していて、一日中雑務のうちにある。体を動かしている時間がない(=いいところ、息子と遊んでいるときぐらいです)。昨日は、カラスの行水に戻してしまった......というのが原因なんでしょう。しかし、今朝も鼻がすっきりしません。
風邪はかからないに越したことはないのですけれども、現在も休んだ(復活した)感じがしなくて、これまたいやです。こういう時に限って仕事が立て込んでいるので、これまた厄介です。

注)そんなことを書いているうちに、2日後急に咳がひどくなり、38度台の熱が出てます。いや、本格的な風邪になってしまいました。ゲホンゲホン。
Up
Jan/22(TGIF=Fri)
過ちでは済まされない
日は岩手の沿岸で大きな事故・事件が2つありました。東京・台場での人質事件をおどろおどろしく中継したテレビニュースの断片的な報道と、けさの新聞にしか接してないのですが。
1つは米軍機が釜石の山中(民家まで500メートル)に墜落したこと。沿岸は三沢基地からの飛行機の訓練ルートになっているらしく、時に低空飛行を試みることがあります。先日は宮古の「出初め式」最中に低空飛行をやったため、市が三沢基地に抗議し、謝罪があったばかりでした。もう1つの事故がなかったら、もっと大きく取り上げられたことでしょう(朝日・12版の社会面に4段という扱い)。
もう1つ。夕方の報道は5きげんテレビの独擅場だったのですが、山田町のマグロ漁船「新生丸」が当て逃げされた事件で、5人が救助された(1人が行方不明)という件。当て逃げそのものも許せないのですが、新生丸がSOSを出しながら「誤報かと思った」高知の無線局員の思い込みが捜査を遅らせることになります。これが海上保安庁の捜査をいったん打ち切る最大の原因となるのですから、事は重大です。肝心の時に用をなさない無線局なら、ない方がまだよかったのです。
米軍機の事故も漁船当て逃げ事故も、たまたまこの程度で済んだ。しかし、あっちゃいけないことです。米軍機のパイロットは救急車にも乗らず、さっさと三沢基地に戻り(日米安全保障条約などで、そういう取り決めになっているのでしょう)、漁船に衝突した外国籍の船も逃亡。「SOSの9割=誤認」という思い込みで、捜査が8時間遅れた。−−岩手県民はこういうことにおとなしいことになってますが、対応を間違えるといくらわれわれだって怒ります。再発防止のための具体的手段を示してもらうことが最低限の償いです。それより、行方不明の1名が早く発見されますことを。

注)なぜ高知か、というと山田・船越湾漁協が普段から連絡を取り合っていた無線局で、漁船員を救助したのは高知の僚船だといいます。そのせいかどうか、地元紙はどちらかというと「海上保安庁」が悪いというトーンです。
Up
Jan/23(Sat)
「もののけ姫」を見た
の「もののけ姫」(徳間書店日本テレビ放送網電通スタジオジブリ)をようやっと見ました。うちにはビデオがないのと子どもが小さいのとで、なかなか見る暇がなかったのです。上の子が1時間ほどテレビを見て床につき、後は最後まで一人で見ることになります。
<<--ということで、粗筋を記すことになります。ビデオでこれから見る方は、興ざめになりますから、見るのをご遠慮下さい-->>































宮崎駿アニメならではの詳細な描写はいつ見ても感嘆します(こういうのは大画面で見たい)。で、おどろおどろしい「もののけ」がいきなり登場することで、不安をあおり立てます。
もののけが主人公の青年(=アシタカ)を刺した傷は、山を人間たちが荒らした代償だという託宣を受け、アシタカは戦乱の中、山に向かいます。途中エボシ御前が支配する村で、過酷な条件の中で労働する女たちの仕事をアシタカが代わりにし、一方でサン(=彼女が「もののけ姫」なんでしょう)がエボシを攻撃するのをなだめ、彼女をもとりなします。
エボシたちは山の木を切ることで生計を立てている。しかし、そのことはもののけの怒りを買うことになる。そうこうしているうちに、エボシらはもののけ制圧に向かい、そのことが村の破壊につながってしまいます。もののけが動き出した一方で、モロの君(=姫の母)が死に向かっている。サンは人間と生きることを「いやだ」というのだけれども、アシタカたちは「死んじゃだめだ」と言います。「死んじゃだめ=生きよ」というメッセージはこの後、モロの君・エボシ・女労働者の主を通して繰り返し語られます。
もののけの首だけがほしかったとある侍は、回りの山々が焼き尽くされて、自分の四方1メートルまで焼き尽くされてもなお、首に執着します。自分まで焼き尽くされそうという最後の最後でやっと覚悟を決めた侍がアシタカに首を渡し、アシタカとサンが首をもののけに返します。
焼き尽くされたはずの山は、モロの君・イノシシの頭の死、アシタカ・サンの勇気で、緑いっぱいの山と変わります。この「自然」と「開発」の二律背反の中で生きなければいけない我々に与えられたのは「それでも生きろ。すれば道はある」というメッセージでした。たまたま緑いっぱいの山になった結果の前には、争いでエボシの村が破壊したという事態が残りました。サンも母親を失ってます。そして、サンの人間ぎらいは変わってないのです。それでも「生きていればできることもある」とアシタカは言います。エボシが、「アシタカを丁重にもてなしてやれ」と国が破壊された後に言ったのは、アシタカの言葉・行動を実感したからに他なりません。
<<--蛇足-->>
それにしても最後の最後の部分でコマーシャルを見せられるのには閉口しました。民放はそれが生命線だとは言え、そこは一気に見せてほしかった部分です。それから、もののけや老人に語らせる場面が不明瞭な音声だったこと。これも制作者の意図だったんでしょうが、家庭で見る分には聞きづらくてイライラが増したところです。
<<--追記-->>
これを書き終わって、リンクを張るために関連ページを見たところ、スタジオジブリの近藤喜文さんが1/21に亡くなられた、という1行がありました。まだ47歳。宮崎・高畑コンビに欠かせない存在だったという記述があります。未来少年コナン・赤毛のアンを設定したのが彼だといいます。「もののけ姫」も彼なしには成立しなかったでしょうに。哀悼の意を表します。


注)うーん。1度見直しましたが「粗筋だけを記している読書感想文」の域を出ない感じで、困ってます。なお推敲したいのですが、記憶は薄れるし、感想はまとまらないし。うーん......。
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Jan/31(Sun)
Hさんへ
復。お返事が遅くなって申し訳ありません。先週からインフルエンザにかかったらしく、先週はとても仕事になりませんでした。日曜日に仕事をしていた途中で、いきなり咳き込み、午後から熱が急上昇。4日ほど38度台の熱が続きました。病状を甘く見ていた私は、水曜日に「社会復帰」という名目でパソコンに向かいます。ところがその晩の熱が一番ひどく、40度近くまで熱が上がり、水枕・水分補給・下着の着替えで何とか37度台に下げることができたのでした。
反動は木曜日に現れます。医者に行って注射をされ、薬をもらったのですが、強すぎて体が拒絶反応を示します(それまでは市販の漢方薬だけ飲んで、医者には行ってませんでした)。やめて漢方に戻し、じゃ就寝という段階で、寝汗が異常に出てきます。熱は36度台に下がっていたわけですから、慌てました。1時間に1回肌着を取り替えないと、とても背中が汗びっしょりでやってられない。結局その晩は7〜8回着替えをし、パジャマ・トレーナーも何回か着替えました。
現在は、脳はまあまあ働くのだけれども、体が付いていかないという状態です。まあまあというのは7割ぐらい、体が付いていかないというのは、体力・筋力が落ちているのは言うに及ばず(もともとないのに、腹筋がおそろしくなくなってます)、脳からのコントロールが働かないということにとどめを刺します。先ほども記しましたが、予想を超える汗に遭遇し、どうしていいのかわからなくなってしまう。そういう不安定さをオトくんやあなたが抱えているのじゃないかとふと思ったのでした。(この項、続く
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