しげぼうの言いたい放題


・東日本大震災後の日本をどう立て直すか(2011年03月18日)

突然起こった大地震。東日本大震災(マスコミによって色々な呼び方をしているがこの名称が1番ふさわしいと 思う)は3月11日14時46分に起こった。東北地方を中心に、関東地方や北海道まで非常に広い範囲の マグニチュード9.0の世界でも稀な大地震である。 東北地方は揺れの激しさとともに、地震後の大津波で甚大な被害となり、死者行方不明者は、万単位になると 予想されている。また、福島第1原子力発電所が事故を起こし、放射能漏れによって周辺への広がりが懸念 されている。
私は、埼玉に住んでおり、地震当初の勤務地も埼玉であったため、被害は少なくて済んだ。上記時間に突然揺れを 感じたが、治まったと思ったらまた揺れ始めてを2、3回繰り返した後、かなり強い揺れが1分くらいは 続いたと思う。このような強い揺れは生まれて初めてであろう。 遂に首都圏直下型か、と私は思ったが、職場のテレビを見ると震源地が何と三陸沖だという。 相当な大きな地震であったことが直感出来たが、埼玉でこういう状況なら東北の方は相当大変だろうと愕然たる 思いを感じた。その具体的状況は、ニュース等で報じられている通りで、ここで詳しく書く必要はないであろう。 とにかく、被害に遭われた方々のことを考えると胸の痛くなる思いである。心よりお見舞い申し上げたい。 私自身は現在は生きていて食べ物と寝る場所があるだけでも幸いと思わなければならない(今後の 余震、原発の放射能の被害の心配は消えないが)。停電で不自由することもあったが、その程度のことは耐える しかないと思っている。

海外の反応は、日本に対して色々な支援を差し伸べてつつ、日本人の被災者の冷静な行動を称える論調が多い。 このような状況にも関わらず、食料の略奪も起こらず、順番に食料の配給を待つ被災者たち、帰宅が困難になって 駅の階段ですわりこんでいる人でも、歩く人のために道の真ん中をあけているなどマナーがよい、など日本では 当たり前と思われていることでも海外の人では素晴らしいことと映るようだ。

このように互いに支えあいながら苦しみに耐えている方々がいる一方、「津波は天罰だ」などと発言した バカウヨ都知事のような恥知らずな輩も日本にはいる。陳謝したようだが、子供のように謝ってすむような 問題ではない。反省するなら、もう2度と都知事選挙には出ませんと明言したらどうなのか。

地震や津波は日本の土地柄の問題で、誰かが何か悪いことをしたから起こったという問題ではなく、こればかりは 自然災害である。バカウヨ都知事の発言は見当違いも甚だしいのであるが、今回の原子力発電所の事故に関しては 話が違ってくる。これは戦後の日本政府の失政による人災である。今現在の政府の対応や東電の対応に対しては とやかく言うつもりはない。そもそも原発を戦後に作ったそのこと自体が問題なのである。日本は、太平洋戦争 を自ら仕掛け、その相手からの反撃によって原爆を投下され、放射能の被害を受け、多くの命を失った。そういう 放射能の被害を世界のどの国よりもわかっているはずなのに、国土が地震が起きやすいとわかっている はずなのに、そうしたことを忘れてしまい日本人は目先の経済活動の活発化や快適な生活を求め原発推進に踏み 切ってしまった。それは事実である(私自身も原発には元々反対だったが快適な生活に慣れてしまった一人である ことは認識しているが)。「不都合な真実」の写真の中で人工衛星で夜の地球の世界全体を写したものがあるが、 日本は際立って真っ白で明るい(夜間にエネルギーを消費している)のである。原発はCO2を排出しないから 環境によい、日本の原発技術は世界一で事故など起こり得ない、今後は世界にその技術を売り込もう、などと奢った 考えすら持ってしまった。CO2を出さないとしても廃棄物の処理や事故が起きてしまった場合の環境へのリスクが どれだけ大きいかなど考えもしなかったわけだ。

今後は、国内の原発の使用を完全停止すべきだ。その範囲での経済活動を行い国民生活全体ももっと質素 なものに変えていくしかない。昼の明るい間のみ企業活動を行い、不要な夜の残業、夜の遊びを極力控え、 エネルギー消費を最小限にしていくことが大切である。これは国民的課題であろう。
今回の災害については、復興には相当時間がかかるだろう。復興したとしても、日本はこれまでのような華やかで 快適な生活を送ることは困難となるであろう。
だが、今回の災害は、労働問題、環境問題、社会の絆等含め、日本の社会が良い方向に変わる絶好の機会でも あることを最後に付け加えておきたい。


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