ここへきて急速な円高で日本経済が大きな痛手を受けている。
また、ここへ来て尖閣諸島の問題で中国の傲慢な態度が見られる。日中関係も急速に冷え込み、経済に悪影響
が出そうな雰囲気だ。
政府や日銀は、金融緩和を行うため、遂に4年ぶりにゼロ金利を復活させた。国債や社債を買ってデフレ脱却
を目指す考えのようだ。更には、菅内閣では法人税を減税を目玉政策として実施するつもりらしい。
はっきり言ってゼロ金利などやっても効果は薄い。既に限りなくゼロに近い金利であったところでゼロにすると
言ってもしぼりきったぞうきんを更にしぼりこむようなもので、いずれ手詰まり状態になるのは目に見えている。
大体日銀からカネを借りる企業などどのくらいあるのか?
法人税の減税も企業の経営的立場の人間には都合が良いが、その大半が内部留保されてしまい、新たな設備投資
や雇用に回る保障は全くない。仮に、法人税率5%下げると、国・地方合わせ平均2兆円の減収になると
言う。その財源も一体どうするのか?
そもそも経済を立て直すにはどうすればよいか、なんて考えること自体もはや無駄だ。
日本の内需の拡大は不可能である。だからと言って外国だってあてにできない。
中国やインドやその他新興国もいずれはバブルが崩壊し、そのときは、世界中の経済は瀕死になるのだ。
今迄日本は、必要以上に長時間働いて無駄なものをたくさん作り、それらを皆が借金しながら買うという構図
で経済発展を遂げてきた。こうした今迄の行き過ぎた日本型経済拡大路線、長時間労働がどのような弊害を
引き起こしてきたか具体的に挙げてみる。
1つ目は、無論労働者の疲労や心や体の病の発生のリスクを高めたことである。
2つ目は、特定の人間(特定の世代)だけに仕事が集中し、失業者を増加させてしまったことである。
3つ目には、モノを作り過ぎたことによる在庫の余剰の発生、大量の廃棄物の発生。
4つ目には新技術や新製品が、旧製品が出回り過ぎたことによる浸透がしにくくなったこと。
4つ目は分かりにくいので説明すると、→→→→→
自動車が欲しい人が百万人いるとしたら、1年間で百万台作って売ってしまうと、その次の年にはもっと性能の
良い環境にも優しい自動車を開発しても売れなくなるのは自明の理である。次の年に前年に自動車を買った人
全てが翌年に買い替えるわけがない。仮にそのようなことがあっても、前年の自動車は全てスクラップで
大量の鉄ゴミを産むだけである。これが、1年間で10万台売り、次の年には新たなバージョンの自動車を
10万台売り・・・とすれば企業側も安定的に収益が得られるし、国土全体を見ても環境やエネルギー効率の
良い自動車の比率が高くなり鉄ゴミも少なく環境にも良いのである。残念ながら日本は今迄このような1年間で
百万台作って売るという発想だったのである。←←←←←
この説明、おわかりいただけただろうか?
まさに日本は、上記のような長時間労働で只がむしゃらに経済を拡大させようとしてきたひずみが出てきたのが
今日の姿なのだ。これがもう少しなだらかな安定成長路線を取っていたならかなり違っていただろう。
しかも、土建業などをメインにしたため自然環境の破壊も酷く、多くの自然や生態系を破壊してきた。
過労者と失業者の2極分化をもたらした揚句、もたらされたものはゴミの山と環境破壊のみであった。
過去の自民党政治の高度成長路線と構造改革路線。長期的結果から見ると、いずれもこの国に負の遺産のみ
をもたらした。
菅内閣でも経済優先の今迄の政治の枠から脱却するとは思えない。
今更、強い経済を目指すなどと戯言を言うより、もっと他にやることがあるだろう。
名古屋では現在、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されている。
IUCN(国際自然保護連合)がまとめた2009年版の「レッドリスト」には、絶滅のおそれの高い種として
8,782種の動物や8,509種の植物がリストアップされている。人間が生きられれば他の生物がどう
なっても構わないと考えている人が多い。だが、現実には山で餌がなくなったクマが山を下りて民家を
荒らすことも頻繁に起きている。原因は、人間が森林を破壊し、気候を変え、経済優先の社会を作った
ことだ。
今年の猛暑も酷かった。ラニーニャ現象などいくつか要因があったとは言え、元々あった川や海を埋め立て
アスファルトの道路やビルを建てまくったことがもっとも大きな要因である。
こうしてもたらされたヒートアイランドや地球温暖化、生態系の破壊は、止めようと思った時では遅い
のだ。木を切るのはやめましょう、と言う方向にはなってきた。しかし今更それを実行に移そうとしても、既に
猛暑による山火事や、過去に例のない大型台風など自然の力で森林が破壊されるという
状況が起こり始めているのだ。こういう恐ろしさをもっと人間は知らないといけない。
経済(エコノミー)よりも環境(エコロジー)の方が大切である。
エコノミーの前にエコロジーがおかしくなっては人間として生きていくのも困難になるからだ。
もはや手遅れかも知れないが、何十年かかってでも元の地球に近付けたいものだ。