しげぼうの言いたい放題


・今からでも遅くはない。裁判員制度は廃止しろ!!(2008年12月23日)

来年の裁判員制度開始に伴う、最初の裁判員の候補者のリストが作成され、候補者に郵送されたようだ。 私のところへは来なかったが、約29万5000人の裁判員候補者のうち4割にあたる約11万8500人から、 18日までに辞退を希望するなどの回答票が返送されたそうだ。一度国会議員により多数決で決まったことが、 これだけはっきりノーという人が多いということは異常なことである。勿論、問題があるからこのような反応が 返ってくるわけである。

「経験がないし自信がない」「後で復讐でもされたら怖い」などが、その主な原因のようである。
そういう気持ちは、勿論わかるが、私としては何が一番許せないかと言えば、クジで裁判員を選ぶ、 というところに尽きる。私が裁判員になれと言われたら、裁かれる人間が相当の残忍な凶悪殺人犯であれば 死刑判決を出すこと自体は簡単だ。例えそのことで恨まれようと仕方ない。筋を通すつもりだ。 けれども「本当にこんな無知な私が裁いてもよいのですか」「何で私なのですか」という疑問は消えないだろう。

日本人はクジ好きである。宝くじや、その他ギャンブルも大好きだ。クジのスリルが楽しいとかクジの上での運不運 は仕方がないと諦めてしまうおかしな日本の国民性が私には理解できない。宝くじということに関して言えば、 特定の人間だけに1億円、3億円などという大金を渡してしまうこと自体が許せない。そういうカネがあるなら 貧しい人に平等に分けてやるべきだと思っている。私は宝くじを買ったことは一度もない。 宝くじの話を続けると長くなるので止めるが、このような宝くじ感覚で裁判員を選ぶということは、 誰を選んでも日本人はみんな同じ、という建前論というか為政者の勝手な思い込みがあるのだろう。実際は、 人には能力や個性があり、それぞれに違うものだし、誰が選ばれるかによって裁判の結果が全く異なってくる。 ましてや、裁判員制度というのは、宝くじのように参加したい人だけ参加する自己責任の世界ではないのだ。 断れば何らかの処罰が与えられるわけで、「意に反する苦役」を課すものとして憲法違反(18条)の可能性 すらあるのだ。

クジ引きの論理が何でも通るなら、世の中面倒なものは何もない。
現在は、世界大恐慌ともいえる失業が日本列島を覆っている。医療や介護も崩壊状態だ。 能力など関係ないのなら、現在の失業者は、みんな介護福祉の仕事をやらせたり、医者の手伝いをさせることが 出来るはずだ。それこそクジ引きで、この人はここ、という具合に足りないところに人を差し向ければよい。
あるいはいっそのこと、国会議員を選ぶとき1割程度は一般の選挙ではなく国民からくじ引きで選んだって 構わないではないか。国民の政治への関心が高まるだろうし、地盤やコネ、親の七光で威張っているような議員 に対するチェック機能を果たすことも考えられる。うん、我ながら結構いいかも知れない。
「それは無茶だ。やはり能力とやる気がある人ない人は存在するし、国民のチェックは必要だ」と言うだろう。 しかし、それは裁判員であっても同じことが言えるのだ。 裁判員をくじ引きで選ぶことは正しいが、国会議員については、くじ引きは許されないとしたらどうしてなのか、 はっきり答えられる人がいるだろうか?いたら私に説明してもらいたいものだ。納得がいくように分かり易く・・・。

とにかく、おかしな制度であることは間違いないようだ。やったとしてもトラブル続出で絶対に成功しない制度 だと断定する。今からでも遅くはない。裁判員制度は廃止しろ!!


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