防災教育の体系化を

都市防災研究会事務局長 大間知 倫
神奈川新聞2000.09.20 「提言箱」に掲載


 玄倉川水難事故から一年という矢先の八月六日、群馬県水上町の湯桧曽(ゆびそ)川で鉄砲水による水難事故は発生した。

 遭難した子供たちは無事で、犠牲者は指導者1人の死亡にとどまった。小渕前首相の諮問機関として発足した教育改革国民会議が戦後教育の見直しを行い、報告を取りまとめている。わが国は気象学的に、地球物理学的に地球上特殊な地域にあることを認識して、それはいつも忘れてはならない−と、かつて寺田寅彦が述べた言葉は重く受け止めなければならない。

 地球温暖化や都市への人口集中は、また私たちに上記の状況に、さらに相互作用の拡大という面からの災害増加要因となっている。
 そのようなことを教育改革国民会議は問題としてはいない。

 玄倉川や湯桧曽川の事故が起きると、その後しばらくは事故の原因など注意すべき点がマスコミを主体として取り上げられるが、一過性のものに 終わり、新たな災害が発生すると、以前指摘されていたことをあらためて思い出す、という場合も多い。
 日本の国では幼児教育の段階から、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人、高齢者に至るまでの一貫した防災教育の体系化はされておらず、防災教育システムも確立していない。

 普段は何でもない自然が脅威を秘めた自然であることを、さまざまな場面を通して繰り返し教育することが、個人の無知や未体験による災害を防止することに役立つはずである。
 玄倉川の教訓は救助活動の早期実施という点で成果はあったが、危険を事前に察知し、そのような場所から早期撤退するということはなかった。

 明治四十三年の北海道・有珠山噴火を以前からの学習により察知した室蘭警察署長が町会議員などの反対を押し切って強制避難させた例に見られるように、防災システムがわが国で確立するまでは、警察による強制避難もやむを得ないと認識しておくべきである。
 そのためには警察学校で法律の勉強だけではなく、自然災害の学習もなされなければならない。なお明治の有珠山噴火は全町民避難後に爆発的噴火が開始した。


発言TOP   別館TOP