授業奮闘記特別編

「最近の女子大生」


 よく女子大学に勤務しているというと、最近の女子大生はどうですか、と聞かれるます。そこで、ここでまとめて記そうと思います。

一言で言えばハレとケとの区別ができない

 今の女子大生を一言でいえば、ハレとケの区別ができないことです。ハレすなわち、いつもと違う特別の日あるいは特別の場所、それとケである普段の日あるいは普段の場所、かつての日本にはこの2つがありました。お正月には、晴れ着で着飾り、お稽古事の発表会にはドレスで着飾ったものです。食べるものもそうです。ハレの日には、ご馳走で祝いました。
 ハレとケがあったのは、日本が貧しかったからです。普段の生活が貧しいので、せめてハレの日には着飾り、ご馳走を食べたのです。
 それが、日本が豊になり、毎日が贅沢できるようになってから、特別の日が無くなってしまったのです。
 だったら、年中晴れ着を着ているのかと思うと、これが、逆で、毎日がケになってしまったのです。その延長で、ハレの場でもケの服装しかできなくなってしまったのです。リクルートスーツが流行るのはそのせいです。ハレの場で何を着てよいのか分からない、だからリクルートスーツで済ますのです。Gパンと、リクルートスーツしか持っていない、これが現実です。
 
 ハレと、ケの区別がつかないのは、言葉にも表れます。すなわち、敬語が全く使えないのです。ちゃんとした場では、ちゃんとした言葉でしゃべる、これが敬語ですが、どこがちゃんとした場か分からないので、いつも友達言葉になってしまうのです。書くのもそうです。試験の答案に、きちんとした文章が書けないのです。さすが絵文字はありませんが、それに近い判じ物のような答案は珍しくありません。

 最近の日本経済新聞の調査でも、企業が新入社員に求めることの第1(64%)が、コミュニケーション能力となっています。つまり、今の若者はきちんとした会話ができない、その表れです。

 結局、これは、家庭の問題でしょう。家庭で、ハレとケの区別がなされていないからです。親が親の役割をせず、友達みたいに付き合っている。これでは、社会的しつけはできません。また、その親でも、お受験スタイルが流行るなどというハレの日に何を着たらいいのか分からない親が増えているので何をかいわんやですが。

 でも、それのどこがいけないのか、ハレもケも無いのではないか、という意見もあるでしょう。でも、ハレとケの区別ができないことは、きちんとしなければいけないときにきちんとできないことにつながります。最近、増えている医療事故でも、真剣にならなければいけない手術の場で、ふざけならがやっているのが原因とされています。
 もちろん、大学の授業でもそうです。授業というちゃんとしなければいけない場でも、その意識はなく、友達とふざけあっているのです。

 来年から、当学科では、基礎演習という科目を開設します。半年かけて社会的しつけを試みるつもりです。本来なら、家庭や小学校・中学校でやってきてもらうことです。それを大学でやらなけれいけないのは残念ですが、今の状態で社会に送り出すのは、しのびないからです。