授業奮闘記  (2000年1月から3月)

 

新年明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

1月8日    テレビの取材を受けるので、制作会社の日本テレワークのスタジオまでお出かけ。天王洲にあって窓の外にはレインボーブリッジが見えます。ときどき中継で見る場所です。でもスタジオといっても事務室の片隅にライトとカメラを備えただけのものです。報道用のスタジオはこの方が突発ニュースに対応しやすいのでしょう。


1月11日  今日から出校。出校したとたんにTBSから取材の申し込み。すき焼きのおいしさの話です。14日に撮影することになりました。その話が終わったとたん、日本テレワークから問い合わせ。「あるある大辞典」でタマネギを取り上げるので、話が聞きたいとのこと。12日に来てもらうことにしました。

1月12日  生活環境学科の食品学の講義の最終日。教室が満員になりました。もちろん試験の内容など話はしません。
午後から日本テレワークのディレクターへタマネギについて講義。放映日は3月5日に決まっているのだそうです。タマネギの生理機能について話をしましたが、どんな番組になるのでしょうか。

1月13日  恒例の会議日。まずお昼からの科会が予想どおり少しもめました。本当の事実を隠しながら説明するのですから、話がかみ合わずもめたのですが、主任としては苦しいばかりです。本当に損な役回りです。続いて、教授会とプロジェクトチーム委員会。来年度から語学研修を単位認定する提案ですが、それ自身は結構なことですが、引率の負担が増えます。果たして大丈夫なのでしょうか。次回に質問する必要がありそうです。このことが実行されると、もしかしたらこれが実践女子大学の凋落のきっかけになりそうな予感がします。何せ、教員の半分はひとごとですから。

1月14日  朝からTBSの取材。結局、実験は全て一人でやるはめに。狩野さんにデビューしてもらおうとするのですが、うまくいきませんね。
出演しなければ取材は単なる雑用ですもんね。何とか考える必要がありそうです。

1月18日 ゼミ生を派遣している日本油脂の研究所の人が取り纏めについて相談にきました。やはり直接話を聞くと内容がよく理解できます。でんぷんの結晶型と乳化剤による老化防止の実験ですが大変興味深い話でした。
午後から南青山会館で食品科学工学会の総務委員会。予定より早く終わって得をしたような気がしました。時間があったので青山のピーコックを覗きました。レジのおばさんが人のことをじっと見たのが気になりました。
卒論も追い込みですが、皆さんそれぞれ進んでいるようです。楽しみです。輪講が繊維2以外はおろそかになってしまっているのが残念です。
せめてEXCELだけでも指導したいです。

1月19日 環境の食品学の試験。欠席が一人で追試が必要なようです。

1月20日 学部長選挙の日です。食生活科学科がまとまって推薦したので無事に1回で渡部先生に決まりました。まずはめでたしです。主任としても学部長が同じ学科ならばやりやすいです。それにしても次の主任の候補はだれなのでしょうか。
 食料経済の試験。こちらも欠席がいて追試が必要なようです。ノート持ち込み可なので監督は気が楽です。

1月21日 厚生省の医薬品食品衛生研究所に行っている稲葉さんが卒論のまとめの相談に来ました。こちらもよくまとまっています。1人で研究だったので苦労も多かったでしょう。来年は2人以上になるといいです。
2期生の清水さんから電話がありました。赤米についての質問です。インターネットで学術情報センターに接続してぴったりの文献を見つけてファックスしました。こういう仕事は得意です。

1月24日 栄養大学に行く予定だったのですが、風邪気味なのでキャンセル。1日ゴロゴロしていました。

1月25日 繊維2Gの発表練習を聞きました。実際に映写してみるとOHPにところどころ気になるところがあって修正してもらいました。
5限に管理2年の食品学各論の試験。多肢選択式だと、必ず2つ以上を選択する学生がいるので、途中で机の間を回って答案を確認しました。
ところが、答案を隠して見えないようにする学生さんがいて、十分に確認できませんでした。ざっと見たところでは大丈夫のようなのでそのままにしましたが、これが穴でした。後で回収した答案を見たらなんと3人も複数回答していました。40人中3人ですからかなりの割合です。次回には指導する必要を感じましたが、今まで、何十回も試験の経験はあると思うのにどうなっているのでしょうね。
  夕方から、丸善で事典の編集委員会。とにかく寒くて、また風邪が悪化しました。

1月26日 3年生の事実上の第1回ゼミ。課題の決定と係の決定をしました。比較的速やかに決まりました。用賀が1人なのが残念。花が復活したのがよかったです。実験が3グループになったので指導が少し大変ですが来年は、主任の方は今年より閑なはずなので(100周年も終わったし、カリキュラム改定も無いし)何とかなるでしょう。

1月27日 科会とプロジェクトチーム委員会。プロジェクトチーム委員会では語学研修の単位化が議題。教員の引率はやはりどの学科でも問題になったようで、引率専門の非常勤をとか、現地スタッフの活用などの話が出ました。実際来年からどうなるのでしょうか。

1月28日 朝から、学部教授会と合同教授会。学則改正が議題ですがすでに話が出ていたものばかりなのでスムーズに終了しました。
午後から試験の採点とノートの採点。環境学科のノートは、とてもノートといえないメモみたいなのがあって、減点しました。化粧品を買うお金はあってもノートを買うお金は無いのでしょうか。悲しくなります。
  TBSから電話があって、お好み焼の取材の依頼。2月1日に来てもらうことにしました。今度こそ狩野さんにデビューを期待したいのですが。
あるある大事典の方は、何度かファックスでのやりとりがありましたが、結局実験はあきらめたみたいです。

1月31日 夕方から丸善で安全の事典の編集委員会。ほとんどが工学部の先生なので、書類のやりとりは皆メールでということで、そういう時代なのだなと感じました。

2月1日 文学部の入試日。入試の時間を避けて3時からTBSのスーパー知恵MONの取材。本当は入試の期間中は避けて欲しいと事務からいわれたのですがごまかして強行してしまいました。内容はお好み焼のおいしさです。粉をねって酵素を働かせようということなのですが、結果はクリヤーに出ませんでした。そこでコメントも迫力が出ません。前の2回に比べてきっと視聴率は下がるでしょう。糖の分析は狩野さんにお願いしましたが、放送はどうなるのでしょうか。

2月2日 夕方からゼミの有志による食事会。渋谷までお出かけ。詳しくは田島ゼミのページを参照してください。学生さんが皆、生き生きとしていて楽しかったです。

2月3日 生活科学部入試。採点担当なのですが、他の分野に比べてずっと早く終了。せっかくなので夕食を取ってもらって食べて帰りました。
トンカツ弁当でしたがおいしかったです。
その間に、隣の研究室の副手さんから卒論発表会の運営について相談を受けました。助手や副手さんにも色々な経歴の人が増えたので、新たな問題がぽちぽちあります。4月の助手副手顔合わせのときに一席演説する必要がありそうです。それでどうなるとも思えませんが、最初が肝心との話もあります。
前に話があったあるある大事典のディレクターから電話がありました。また話がぶり返したようで、結局7日にVTRどりにくることになりました。
結局、タマネギのおいしさになったので、糖の分析は狩野さんにお願いしました。
夕方、あるある大事典の別のディレクターから電話。こちらは目覚めの話でした。とりあえずいろいろ話をしました。

2月4日 栄養大学にコンピュータのことで連絡にお出かけ。坂戸は距離的には日野と同じくらいですが、通いなれていないせいか遠く感じます。新館を見せてもらいました。学会を開催するのに調度よい教室がありました。ところが教室を出たところで柱に頭をぶつけました。これって設計が悪いのでは。
大学の周りにファミリーレストランやファーストフード店がたくさんあるのがうらやましかったです。また食べ物の話になりました。
夕方、都内にとって返して教育図書で教科書の編集委員会。現在の食物に代って、15年度から使用されるフードデザインの編集。1回目の顔合わせなので構想を自由討論。続いて執筆者の選定でしたが、お茶の水出身の先生の名前ばかり上がりました。

2月5日 土曜日なのに会議で出校。2時から始まった会議が6時までかかりました、が、何も決まりませでした。井戸端会議みたいな会議で、昔、役所の会議を仕切ってきた身としては全く信じられない話です。大学の自治もいいですが、世間とは隔絶された世界であることの象徴です。

2月7日 前期試験の判定会議。他の学科は応募者が少なく、判定に困っていましたが、わが学科は、日が当っている学科なので例年どおりの定着率で判定しました。管理が多くなると4年後の国家試験が今から頭が痛いです。午後から「あるある大事典」の録画どり。タマネギのおいしさの話で糖とアミノ酸を測定しました。アミノ酸は、私がやり、糖は狩野さんにお願いしましたが、はたして放映画面に登場するでしょうか。インタビューも短時間に終了。ディレクターが男性だと早く終わります。番組のノベリティーをたくさんもらったので、ゼミに来ていた学生さんに持ってかえってもらいました。これも本ゼミに入った人の特権(というほどでもありませんね)でしょう。

2月8日 卒論発表の研究室内での発表練習。皆、1回でOK。今年の学生さんは人柄を表に出すタイプの方が多いので、こういうプレゼンテーションは得意のようです。でもこれって社会でも大切ですよね。
夕方から教育図書で家庭科の教科書の編集会議。おばさまばかりで議論が相変わらず空回り。でもお弁当がおいしかった(~。~)

2月9日 修士論文の発表会。修了生は2人ですが、内容は充実していました。パワーポイントを使った発表も見事でした。来年は、田島ゼミも卒論発表はパワーポイントでいきましょう。余談ですが、主任なので開会挨拶をしますが、思いっきり格調高くやったら、後で宮澤先生に誉められました(これも(~。~))

2月10日 午後から教授会。例の教務部長の件ですが、いろいろ発言はありますが言いっぱなし、聞きっぱなしでこれって何なのという感じ。いわゆるガス抜きのためなのでしょうか。佐藤綾子先生が盛んに発言したのがおもしろかったです。相変わらず白のスーツが決まっていました。
 そうそうお昼休みにTBSの「スーパー知恵MON」を学生さんと一緒に食堂で見ました。案のじょう狩野さんの放映は無し。残念。詳しくは、田島さんのパーソナルページを参照してください。

2月14日 今日は、いわずと知れたバレンタインデー。1年で最も楽しみな日です。ゼミ生、助手さん、副手さんから例年のごとくたくさんのチョコレートその他もろもろをいただきました。(追記:15日に3年生からも、17日に卒業生からもいただきました(~。~)
 遅れていた卒業記念アルバムの写真の撮影もありました。

2月15日 今日は、卒論発表会。1年で最も長い一日です。
 卒論発表は、無事に終了。ただ山口先生と山崎先生から少しきつい質問がありました。売られたケンカは買わねば江戸っ子の恥。両先生に反論の手紙を書きました。
 夕方から追い出しコンパ。新宿の料亭です。板前さんの腕が冴えてるお店です。予算をコミコミで頼んだので、料理も適当に選んでもらったのですが、とてもおいしかったです。お店の人も喜んでいて、お土産に鈴をもらいました。コンパでは恒例の1年の感想を述べてもらってビデオ撮りをしました。とてもよい記念になるのですが、編集してダビングする必要があります。例年ですとゴールデンウイークにやるのですが、がんばりましょう。
 風が冷たい1日でした。でも雨は降らなかった!

2月17日 一般編入試験。受験者数が多く、予定時間をオーバーしました。面接には立ち会わなかったので、分かりませんが、よい学生が入ってくれるとよいのですが。管理も9名に抑えることができたので、実習などは大丈夫のようですが、果たして、2年間で単位が取れるのでしょうか。

2月18日 米の分析試験の依頼を受けていた食糧検査協会の方がお見えになりました。分析結果を渡して説明しました。まずまずの結果だったので自信をもって渡せました。相関係数の計算結果がソフトによって違っていて、そこだけが心配です。後で、自作のプログラムで計算しなおすことにしました。これはBASICで書いたプログラムなのですが、自分でいうのも変ですが、よくできています。
 狩野さんと話しあって、食味試験だけやり直して、学会発表しようということにしました。食味試験は新しい院生の課題でも使用するので、一緒にやればよさそうです。そこで、砂川さんにメールを送りました。
 午後からまたまたTBSのスーパー知恵MONの取材。麻婆豆腐の材料に使うひき肉のおいしさの測定です。これは馴れているので2時間で終了。今回のクルーは、とってもおとなしいディレクターでした。
 取材の合間に、NTVの特命リサーチから問い合わせ。またまた睡眠の話でした。
 入試センターから、大学案内パンフレットに載せる、活躍している先輩の紹介の人選を頼まれました。ゼミの卒業生3人を推薦しました。活躍している卒業生はいっぱいいます。
 
2月19日 Food Science and Technology Reserchという雑誌の編集で学会事務センターにお出かけ。新しい事務所で、新しいコンピュータも入っていました。電子出版に対応するサーバーだそうで、この種の進歩は速いです。

2月21日 夕方から未来工学研究所というところで、科学技術庁から委託を受けた調査研究のプロジェクトチームの打ち合わせがありました。技術の将来をアンケートで予測するもので、5年ごとに行われています。前回に引き続き引き受けることになりました。半年のおつきあいです。メンバーは15人くらいですが、半分はお役人かお役人あがりの人です。そういう私もその一人ですが。そのために会議はスムーズで定刻どおりきっちり終わりました。

2月22日 管理2年生の食品学のノートの採点がまだでしたので、あせって見ました。狩野さんも言っていましたが以前よりもノートが薄くなりました。成績を付け終わりましたたが、不合格は無し。まずはおめでとう。

2月23日 1日休んで、確定申告の記入。ついでに研究費の領収書の整理。

2月24日 大学院の2期試験。受験者は1人のみ。面接は9人の試験官に囲まれるのですから大変です。それでももう少し胸を張った返答が欲しいものです。もう大学卒業生なのですから。
 6時半からプロジェクトチーム委員会で終わったのは9時でした。本当に民主主義は時間がかかります。
 TBSの「はなまるマーケット」から電話。インタビューだけなので、日野は遠いので自宅での取材の依頼。28日に来てもらうことにしました。そのために白衣を持ち帰るはめになりました。自宅を教授室らしく見せて撮影するのです。

2月28日  朝10時から自宅でTBSの取材。クイズの回答を解説するだけなので出演は5秒程度。撮影もセッティングを含めて30分で終わりました。狭い部屋にクルーが5人も来たので、大変でした。
 午後から出校して夕方から評議員会。今年の入試状況への対応が一番の話題でした。

2月29日 400年に1度の特別のうるう年です。科学技術庁の新プロジェクトの打ち合わせと、秋のシンポジウムの準備委員会で日本消化器学会の事務所に朝からお出かけ。銀座の真中にあるので、お昼休みを利用して銀座通りを散歩。ついでにホワイトデーの贈り物を買いました。学生さんには卒業式の日に渡しますので楽しみにしていてください。
お昼休みに、ついでに郵便局に寄ったら、何か騒がしかったのですが、帰宅してから、2000年問題のATMのトラブルだと知りました。

3月1日 昨日が卒論の提出締切日だったので、卒論が全部そろいました。整理して、押印して回覧に回しました。なんやかんやで1時間かかりました。そうそう、長い間、お世話になった、MSDOSパソコン(PC98)をついに廃棄しました。アンケート集計システムや、自作の統計プログラムなどが今後、利用できなくなります。官能検査の結果を分析するのに役立っていたので、少し残念です。何か、別の手を考える必要があります。

3月2日 午前中は教授会。これで何回目になるのか例の教務部長の件。結局また決着が付かず、9日に教授会が行われることになってしまいました。お昼は、奥山先生ほかの送別会。桜ホールでケータリングを利用して行われました。幹事が、環境学科の山崎先生なので、ところどころユニークな進行でした。3時からプロジェクトチーム委員会。たいしたことが決まらずに、6時までかかりました。でもこれが多分最終でしょう。来年は新委員会となりますから。

3月3日 用事も無いので、OFF。「はなまるマーケット」を生で見られました。予定どおり5秒の出演でした。

3月5日 日曜日だったので、「あるある大事典」を生で見られました。視聴率が高い番組なので、きっと多くの人が見ていることでしょう。やっぱり狩野さんは出てきませんでした。糖の測定をやっているのですが、結果だけで出演していませんでした。何とかならないのかなア。

3月6日 卒業判定の教授会。続いて、大学院委員会。案の定、文学研究科の方が遅れて、会議が始まったのが6時。終わったのは6時半。学科の慰労・送別会に1時間遅刻しました。司会進行がお上手だったのでとても和やかな会でした。

3月7日 科学技術の未来予測についての国際シンポジウムに出席するため都市センターホテルにお出かけ。国際会議は去年の夏の国際家政学会議以来です。講演者は、米国、英国などの英語原語圏だけでなくタイ、韓国、ドイツ、イタリアなど非英語圏からもでしたので、各国訛の英語が聞けておもしらかったです。9時から5時まで英語漬けだったので少し疲れますが、タダで英語の勉強ができるのでもうけものです。何せ、大学では英語と接する機会がありませんから。
 夕方から丸善で事典の編集委員会。会議の始まる前に売場に寄って、EXCELの統計の解説書を購入しました。これはMS-DOSパソコンを廃棄してしまったので、今までそれでやっていた統計をEXCELでやらなければならないはめになったからです。
 狩野さんから連絡が入り、女子栄養大の三浦先生のご紹介で、テレビ東京から取材の依頼。詳しくは、FAXで送ってもらうことにしました。

3月8日 お昼から、東京駅ビルのレストランで、食品保蔵科学会の授賞選考委員会に出席。2年間委員長をしたので、今年は替ってもらいました。極めてなごやかに進行し、推薦どおり決まりました。
 夕方から教育図書で教科書の編集委員会。現役の高校の先生がお二人、お茶大出身の大学教員が3人、それに私が1人。本当にお茶大は結束が固いです。お茶大出身の知人の消息をいろいろ聞けました。
高校の先生は、絵に描いたような女性教師の雰囲気だったのがおもしろかったです。いったいどんな雰囲気ですって。それは秘密。
 ゼミの3年生からメールが入っていて、エントリーシートの書き方など相談に乗りました。ちゃんとホームページ見ていてくれるのですね。そうそう同窓生からもメールが入っていて、切のいいカウントを取りましたとのこと。今度、1000をゲットした人に景品でも出しましょう。この調子だと7月頃になるのでは。
 検索エンジンのEXCITEやLYCOSで田島ゼミを検索するとちゃんとヒットするので、不特定多数の人も見ている可能性はあります。

3月9日 久しぶりに管理のゼミ生が来ました。何故かというと国家試験の模擬試験をするためです。午前中に解答してもらい、午後から解説をしました。教授会が午前にあったのですが、例によって延びて終わったのが1時。その後、助手の人に問題があるので宮澤先生と相談したり、当人を呼んで事情を聞いたりしたので、解説が2時半からになってしまいました。管理の学生さんにはこの場を借りてお詫びします。あるあるのVTRテープが届いていたので、見そこなった学生さんにお貸ししました。
 テレビ東京と電話で打ち合わせ。だんだん話が大きくなってきて、15日に1日かけて実験のロケをして、その結果次第で21日の生放送にゲスト出演することになりました。生放送は経験が無いので、少し緊張しそうです。

3月10日 後期試験の日。でも出番は無いので関係なし。4時から入試対策委員会。

3月11日 午後から食品保蔵科学会の理事会に出席するため東京農業大学にお出かけ。久しぶりに当学の前任教授で名誉教授の三浦先生にお会いしました。大変、お元気そうでした。昔話に花が咲きました。
会の冒頭に委員長の昭和女子大の先生の挨拶で、今の日本は気力が無くなっている、銀行も自動車メーカーも皆、外国資本に乗っ取られている。若い人にもっと気力を出して欲しいといっていましたが本当に同感です。

3月13日 後期入試の判定会議。他の学科は苦労していますが、食生活科学科は、全く問題無く募集どおりの各5人を合格としました。管理栄養士専攻は、25倍の競争率となりました。すごいですね。午後から教授会。例の教務部長の件がやっと決着しました。その後、今期最後の科会を開催。来年度へ向けての宿題がいろいろ出ました。来年から健康スポーツで卒論を引き受けてくれることになったのが最大の収穫でしょう。とにかく来年からオフィスアワーの新設と、学生による授業評価はなんとしても実現したいです。

3月14日 3月15日にテレビ東京の取材が決まったので、その準備のため出校しました。ついでに科の書類の整理。主任の仕事は、主婦の仕事と同じで切りがありません。

3月15日 朝から、夕方まで、テレビ東京の取材。実験室をスタジオにして結構本格的に撮影しました。主婦レポーターと称して、タレントさんも2人来て、実験したり、話をしたり、いつもの単なるインタビューと違っておもしろかったです。タレントさんはさすが、演技がうまいですね。タレントさんに対しては、ディレクターの態度が大きいのが印象的。放映は21日です。

3月16日 朝から、品質保持技術研究会の理事会に出席。会社関係の理事の人達と名刺交換しました。学生の就職のときに役立つかもしれないので大事です。午後から、同じ場所で、講演会。昔の食品総合研究所の先輩と後輩が講演者でした。でも話の中身に目新しいことはありませんでした。夕方から、未来工学研究所の会議。つまり今日は会議3つをこなしました。

3月17日 朝から、出校。というのも、日本テレワークのディレクターと「得するテレビ」の打ち合わせがあるからです。このディレクターがおもしろい人で、京都大の文学部出身で元役者さんなのだそうです。前は「あるある大事典」のディレクターをしていて、その裏話や最近のフジテレビでの事件の話など盛りあがりました。そうそう取材目的はハーブのバジルの生理効果です。4月の上旬に取材の予定です。
 お昼から日本食品科学工学会の理事会に出席。それが終わると大妻女子大学で同学会の47回大会の準備委員会。大妻の側の委員も出席で副手さんも同席していましたが、気配りが今いちでした。本学の副手さんの方が、ずっと気がききます。やはり校風の違いかな。

3月18日 管理のゼミ学生さんと大竹先生がオーナーシェフのお店にランチを食べにいきました。相変わらず、本格的な料理で楽しかったです。本格的といったらかえって意が伝わらないですね。シェフの思想がこもった料理というのが正しい言い方でしょう。多くの人に勧めたいお店です。

3月20日 今日は卒業式。雨は降らなかったのですが、すごい風。写真撮影も風に吹かれて袴のすそも乱れがちでした。写真撮影が2番目だったのでお昼には終わりました。ゼミでも写真をとって、同窓会での再会を約しました。

3月21日 謝恩会が夕方からなので、テレビ東京の出演を生で見られました。使っている食器などが研究室にあったありあわせのものなのが恥ずかしかったです。でも、一般の視聴者は分かりませんよね。今までの中で一番長い出演でした。でも多分、学生さんは見ていないですよね。
謝恩会は去年と同じ赤坂プリンスホテル。出席は7割くらいでしょうか。とくに管理が少なかったようです。例によってビンゴ。今年は賞品の数が少し少なかった。参加賞は止めて、もう少し賞品が多い方が盛りあがりそう。記念品に卓上時計をもらいました。なかなかしゃれていて、早速デスクの上に置きました。いつものようにゼミで集まって記念撮影。ただ助手さんが行方不明だったのが残念。途中で退席したみたいです。今年の特徴はチャイナドレスやアオザイの着用が多かったことです。アジアブームなのかな。そういえば去年もチマチョゴリの方がいました。振袖が減って、和服屋さんは気の毒です。

3月22日 春休みなのに出校。その理由は、まず、雑誌の取材があったからです。「大丈夫」という雑誌で、レタスの話。ライターはいつものとおりフリーの人です。新しい女性の職場として定着したようです。カメラマンがいないので自ら撮影してくれました。ただ、立派な一眼レフも持ってきたのですが、自信が無いといって、撮りっきりカメラでも撮っていったのが愉快です。午後から、学会の講演で使用するOHPを作りました。研究室にはカラーレーザープリンターがあるので、速くてきれいに出来あがります。
 モーションイメージという会社から電話があって、高校の家庭科の副読本として使用するVTRの撮影の依頼がありました。鮮度の実験なので、助手さんにやってもらうことで、メールで連絡しました。

3月23日 午後から、原子力産業会議という団体の会合に出席。この会議は日本の原子力産業のメーカーさんの集まりで、どういう訳か私もメンバーになっています。今日の議題は、放射線利用の経済規模の話と食品照射の話でした。元の職場の後輩に会いました。やはりインターネットを駆使してデータを集めている様子で、インターネットが使えるかどうかで情報に差がでることがよく分かりました。学生さんにも教えなきゃ。

3月24日 午後から、JAS協会の会議に出席。JAS(日本農林規格)の精度向上のための会議で、議長なので大変。結構問題が多く、2時間の予定を10分ほど上回りました。でも大学の会議に比べたら、ぜんぜんです。ちなみに始まりも定刻どおりぴったりです。大学の会議は早くて10分遅れでの開会ですから。

3月27日 午後から再びJAS協会の会議に出席。JASの分析法の改善に関する会議で今年は、ドレッシングを取り上げています。これも議長なので少し緊張。でも委員は、知人ばかりなので気楽です。予定より早めに終了しました。会議資料が写真入りできれいにつくられていたのが印象的でした。
 夕方から、ホテルグランドパレスで、明日から始まる食品科学工学会の前夜祭に出席。名誉教授の三浦先生にお会いしました。ホテルですが和食のフルコースで、結構おいしかったです。

3月28日 3日間にわたる食品科学工学会の初日。まず、特別講演で、大学時代の恩師が講演するので、しっかりと聞きに。教え子が大勢来ていました。本学の中川先生と数野先生にもお会いしました。
 午後から評議員会と総会。議事録署名人なので、欠席はできません。会自身はシャンシャンで終わりました。
 夕方から懇親会。その場を利用して、丸善の事典の執筆を3,4人の先生にお願いして回りました。皆さん、快諾してくれてほっとしました。
懇親会の会場は、大学(大妻)食堂で、入口にメニューケースがあって、値段が書いてありました。定食が480円で本学より高かったです。やはり都心にあるせいかな。

3月29日 お昼に、FSTRという雑誌の編集委員会。仕出しのお弁当が冷えていて、お茶も冷えた缶入りで、お腹が冷え冷えしました。午後からシンポジウムの講演。座長もしたので、大忙しでした。ミキサーには出ませんでした。

3月30日 学会は今日はとくに出番は無いのでお昼近くにいってお弁当だけ食べさせてもらいました。

3月31日 家庭科の教科書の副読本として使ってもらうビデオの撮影で出校。食品の鮮度を測るというテーマで、肉の変色を色差計で、魚の細菌検査をペトリフィルムで測定します。後半は、狩野さんにやってもらいました。TVと違って、キャンセルは無いので安心です。TVと映画では、聞いてはいたのですが、撮り方に違いがあります。TVは、全体をカメラを止めずに流して撮影して、あとから編集します。映画(この場合、ビデオですが基本は映画)は、先にシナリオがあって、そのコマ割ごとにカットして撮影します。ですから、実験をちょっとやっては、停止してライトや位置を直して、次のカット、というように大変、手間がかかります。同じ動作を3回くらいやりました。できあがりが楽しみです。

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