『河童』

 

絵 つげ忠男

文 藤下真潮




 ススキの生い茂った小道を私は河童を連れて歩いていた。

 河童の背の丈は私の腰ほどしかないが、これがおとなの河童なのか子供の河童なのかはよく分からない。

 なにぶん私は河童なんぞに付き合いは無いのだ。なるほど頭の上には真っ白な磁器のような皿があり、背にはすっぽんのようにつるっとした甲羅をしょっている。いかにも河童だというなりを備えてはいるが、これが標準的であるかどうかはやはり私には判然としない。

 なんで河童なんぞ連れて歩いているのやら。私にはその理由が皆目思い付かなかった。自分に理由が無いのであれば、私が河童を連れているのではなく、河童が私を連れているのではないか。そういうふうに思いが行くと、私は何やら奇妙な胸騒ぎを覚えた。

 道は河原の踏み分け道のようであった。先は段々と盛り上がり、何やら薄明るい空に溶け込んでいるようで行方は判然としない。

 左手が川面だとは思われるが、ススキやら葦やらに邪魔されて河面を伺うことができない。水音も聞こえない。

 「そう、きょろきょろするな」不意に河童がしゃべった。

 ずいぶんと横柄な口のききようだった。そうするとこいつは矢張りおとなの河童やもしれない。

 「おい、河童」

 私もつとめて横柄な口ぶりを真似てみた。

 「なんだい」

 「ここいらは何処なんだ」

 河童はちらりとこちらに顔を向けた。そうして少々面倒くさそうな表情を浮かべた。

 「どこだってよいではないか。そんな半分がた朽ちた頭でやくたいも無いことを考えるな」

 そう言われてみれば私の頭の上半分はすっぱりと無くなっている。どこでこんなことになってしまったのか。

 すっぱりと切れた頭の上を滑るように風が抜けると、私は急に頼りない気分になった。

 「河原じゃないのかい」私は問うた。

 「そうだな。そういうことでも好かろう」

 すると左手から急に川のせせらぎが聞こえた始めた。

 どういうことかと怪しみ立ち止まって川面を見て取ろうとしたが、なぜか足を止めるのがためらわれた。

 「おい、河童」

 「なんだい」

 相変わらず、返事は素っ気無い。河の様子を聞くつもりであったが、それも何だかためらわれてしまった。

 「おまえは何物なんだい」

 河童とつないだ手が、ぬらぬらと汗ばんだ。

 「何をいまさら・・・もう六十年だぞ・・・」

 なるほどそうかと思ったが、いったい何が六十年かは合点がいかない。

 「もうじきだ・・・」河童はそう呟いた。

 確かにもうじき道は尽きる。頭ばかりか背筋まで少々寒々とした気分に陥った。そして、手のひらばかりが焼け付くように熱い。

 「いったいどこへ行くのだ」

 「やれやれ、面倒の掛かる奴だ」河童は、さもうんざりしたように答えた。「そいつぁ、おまえ次第だ」

 「俺次第だと」

 「そうさ、これはおまえの問題だ」

 そうだ・・・これは確かに私の問題だ・・・。いや、そんな筈は無い。なぜなら私はこんな場所は知らない。

 「ここは中有さ。おまえは何遍もここへ来た」私の頭を見透かすように河童が答えた。

 「ちゅうう?」

 「思い出せぬのか?」河童はそう言うと、ぬらっとした顔を歪ませるように笑った。

 何かを思い出しかけた。強烈に光るあの一瞬。何度も巡った光景。耳をつんざくような、あの・・・あの・・・

 道は尽きた。薄ぼんやりとした輝きがだんだんと強くなり、自分を包み込んだ。だが歩みを止めることが出来ない。

 あえぐように口を大きく開いた。

 「さあ、着いたぞ・・・もう一度始めよう」

 私は叫び声をあげたように思う。


 

 



 この作品は漫画家つげ忠男氏の絵に私が話を後から起こし、付け加えたものです。
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