駿州八助行状聞書

 

宝暦六丙子年。正月御公儀様

よ里。駿州。八助へ。御褒美として。

銭。五拾貫文。下し賜る。八助八。駿州

府中。伝馬町。石垣甚兵衛の。下人なり。

甚兵衛。旅人能宿するを業とせり。

始八。家豊なりし可゛。先年。其所の。

火事にあひ天より。身上。衰け里。

且。甚兵衛。今年七十。妻も。ま多老多り。

始よ里。男子なけ連八゛。家業す多れ天。

貧窮せり。娘壱人あり。佼※1。年二十六尓

な里。介れども。家貧し介れ八。婚姻の。

営もなり可゛多く。徒く。年月を。過し介り。

八助。年十一の時。始て。甚兵衛。可多へ。

来たり。奉公せり。かくて。十五歳にい多る

とき。男女の奉公人。皆暇をとり天

者なれ。のこりし八。唯。八助。ば可り奈り。

甚兵衛。八助尓告て曰。我貧窮して。

今かくまでに。およべ里。汝も。今日より。

我方を。い天゛。よき主人を。とりて。末能

立身を。者可らふべしと。いひ介れ八゛。八助。

承引せずして曰。幼年より。やし奈ひ

下されし。御主人を。は奈連。私の。立身能

ために。いづ可多へ。参るべき。唯。いつまでも。

御家に。奉公い多し候と。涙をな可゛し

いひ介れ八゛。甚兵衛。さあらば。つとめ

くれよ。過ぶんなりとて。感涙を

な可゛しけ里

八助。夫より能業尓は人に雇れ。或八。

田能草とり。或八。まぐさ可り。あるひ八。

薪と里。或八。田可り。或八。普請の手伝。

或八。旅人の荷を持。或八。駕篭を可き。

あるひ八。驛の急役。或八。急追の先觸。

或八。夜番。すべ天。何ごとにも。いとひ

きらふことなく。雇れけ里。其暇

あれ八゛。ざう里。○らんづを。徒くり。ま多。

野に。ある草の。食ふべき。物を。つ三

とりて。賣あるき。又。知る人の家に八。

頼三おきて。せん多゛く物。仕立物。

○多打。木めん糸ひき。賃織の物を。

請取て。主人の妻。娘能業にさせ。

我八。冬も。脛をお本八ざり。半切のつゞれを

まとひ。寒暑。昼夜能いとひなく。

外をかせぎけ里。されども。主従。四人の

養ひ。又。屋敷年貢。町儀等の。入用を

出せることなれ者゛。ま可奈ひ可年。常に

出入する。家々尓て。賃銭の。先がりを

することあり。志可れども。八助。丁寧に

算用せるゆへ。人。厭ふことなし。八助。

今年。三十六。主人能ため尓。辛労し。

勤ること。凡廿一年一日も息ことなし

八助。夜。雇連い天゛。更天。帰るといへども。

主人能。安きを。聞ずして。いぬる

古となし

主人始。豊耳くらせし故。廉酒を

のまず。魚の少しも。日を経多る物を

くら八ず。こ能ゆヘ尓。八助。酒を買ふ耳。

上諸白と。次酒と。二品尓なし置。主人

より。志い天。のましむ連八゛。我八。次酒を

の三。主人へ八。

上諸白をす々めけ里。又。

魚を賣者。き多る事あれ八゛。必。八助。

其あ多らしきを。ゑら三て。買介り。若。

おも者しき。魚なき時尓は。そのまゝ。

魚問やへ。走里行て。買ひ。志ばらくも。主人の

のぞ三を。とゞめ置ことなし

八助。鞠子の辺へ。日雇尓行て八。必ず。

あべ川の。もちを。と々のへ。みやげ尓し。

江尻へ行八゛。やま能いも。青な。など。調へ。

帰り。みづ可ら。煮熱して。主人へす々め介り

八助。近所へ。日雇尓行。食尓徒きて八。

必ず。三椀尓於よぶ☆尓。起天。椀を

丁寧にあらひて。食もる人へさし出せり。

さて。も里多る飯を。そと。袖を覆ひて。

持帰り。御茶のこになされて下さり

ませとて。主人へ。進め来れり。折尓は。

菜をも。持帰りて。す々めけ里。人これを

志里。三椀め尓は。殊尓多く。盛天

あ多へける

八助。或日。賃銭多く。得る事あり。家尓

帰りて。いふやう。今日八。おもひよらざる。銭を

もうけ候。楽三ゐへとて。生魚能。美物を

買。なますにつく里。あぶ里もの尓し。

煮調へ。などして。三人の。主人へ。酒を

すゝむ連八゛。主人も。八助可゛あまり。苦労せし

事をおもひ。汝もともにのむべき可。若。汝。

のまず八。我々も。のむまじと。いひける。八助。

よろこべる顔色尓て。盃を。い多ゞき。酒

も里して。なぐさめけ里。主人興尓

入しとな里

或日。生鰹を賣る者あり。隣家の人。これを

買ふ。八助も。主人尓。すゝめたく思ひ。買んと

すれども。銭三十文ならで八奈し。切賣八

せず。全体の僊尓は。およ者゛ざれ八゛。せん可多も

なく。魚をうる者尓頼ける八。我主人の家を。

過る時。必ず。魚を。よ者゛○り。たま八る

なと。餘義なく。いひ介れども。聞い連

ずして。大聲あげ天。う里行介れ者゛

八助。戸口尓。立天。なき居ける。夫。魚

買し人。其故を。問けるに答て曰我

主人。鰹を好三候へども。價な介れ八゛買べき

やうなし。賣聲を聞八゛。嘸これを。多べたく

思八るべしと。存。かなしふ候と。いひ介れ八゛。其人。

感心して此魚。一皿。あ多ふべし。主人へ。

すゝめよとて。即。料理し。あ多へ介れ八゛。八助。

よろこび。い多ゞきて。これをうけ。家に帰り。

おもひよら須゛。隣より。給八り候とて。主人に

三せ。ありける。銭尓て。酒を買ひ。主人へ。

すゝめ介れ八゛。主人。大尓。悦びしとなり

或時。近所の二三人芝居へ行んと。

催しける尓。一人曰。甚兵衛方の。八助八

主人能多め尓。昼夜。勤天。休時なし。

誠尓。きどくの者なり。彼。芝居を。

すくよし。きくなれ者゛つ連行八゛。やとすゝ

めし可は。皆。同心し。八助を。召て。明日

芝居へ。同道すべしと。いひき可すれ者゛

八助。甚。よろこびける。即。連中より。

銭。百文。あ多へ。五十文八。主人の。飯料尓

すべし。五十文尓て。芝居へ入。連中能。

居る場へ。来るべし。契約せり。さて。

翌日。連中。芝居尓て。八助を。待し

可ども。終尓。来りずして。芝居者天

け里。漸。帰る道にて。あひし可八゛。連中。

不興尓し天。何とて。約を違へしぞと。

いひ介れ八゛。八助。腰を折。扨々。不届

い多し候とて。めい王くし多る体なり。

連中。又。来なざりし故を。問し可八゛。

八助。答て。曰。今朝。家を出候ひし可゛。

途中尓て。魚荷を。見可け候尓。其魚。

善物なれ者゛。何とぞ。主人尓。たべさせ

たく。ぞんじ。昨日。為○り候。銭尓て。其魚と。

酒とを。買。帰りて。主人に。すゝめ候へ者゛。

殊外尓。悦び候。これ。偏尓。御可げ尓て候へ八゛。

御禮。且。御断な可゛ら。者やく。参り多く。

心せき候へども。彼是い多し。たゞ今に。

相成候と。いひ介れ八゛。連中。嘆息して。

尓可れけ里

其所尓。いひ合せ。伊勢参宮。する

人あり。八助を。よびて曰。汝を。参宮の

供尓。頼三度。おもへ里。賃銭。路用。合て。

金壱両。遣すべし。来るべきやと。いひ

け連者゛。八助曰。御供尓参り度候。併。

主人へ。尋候て。御返事申候べし。弥。御供

い多し候○ゞ。何とぞ。御多ちまへに。賃金能

壱両。御渡。下されかしと。いひ介る。連中。

もとよ里。八助可゛。正直なるを。能志れ者゛。

これをゆるせり。八助。家尓帰りて。事能

王けを。主人へ。告げ。且。曰。私。留守中の。

御飯料。小遣等。賃金能。壱両尓天。

大可多。これあるべく候。祢可゛八く八。参宮

致多く候。志八゛らくの。御暇。下され可しと。

いひ介れ者゛。主人。こゝろよく。これをゆるし介る

ゆへ。八助八。連中の。許へ行て。契約し。

賃金壱両。請取帰りて。主人へ○多し。

祢んごろに。いと満ごひし。主人能。妻。

娘に。いふやう。此度。供尓参り候八。休息

な可゛らに候と。あんしんさせ天。行ける。

さて。連中能。重き荷をもち。道す可゛ら能

取者可らひ。い王ん可多なし。必夕可多尓八。

先へ走。行。家を見多て。宿を定け里。

扨。ひそ可尓。宿能主に。あひて。いふやう。

我壱人八。夜具もいらず。食事も

供をせし。旦那のあまりあらば。

たま○るべし。あま里なく八゛。たべず

とても。くるしからざれ八゛。宿銭をゆるし

為○れと。頼ける。宿ごとに。かく能

ごとくなりし可゛。得心せざる八。なかりし

とな里。かく能ごとき。ことなれ者゛。

昼食とて八。せざりしなり。かくて

漸。いせ。ち可くなりて。連中能内。壱人。

八助に。志八゛らく。銭五十文可へくれよと

いひ介れ八゛。一銭も。持来らずといふ。連中。

これを。聞。何と天。路用をば。持多ざるや。

前尓渡せし。壱両能金八。い可ゞせしぞと。

問に。八助。あり能まゝを。か多り介れ者゛。

連中。大に。感じ。其後八。三度の食事。

其外尓も。心をつけ。い多○里しとなり。

さて。下向し。家に帰りて。主人の。無事

なるを。悦ぶこと。かぎりなし

八助謹三厚く。嘗天。主人能。意に違ふ

ことなし。主人も。ま多。八助を。慈愛

せ里。或日。不圖。主人の。妻能。意に違ふ

事。ありて。箒尓て。打んと志け連者゛。

八助。隣家へ。尓げの可゛連。主に。あひ天。

事能よしを。語り。何とぞ。詫言して。

家に帰し。為○れと。いひ介れ八゛。主曰。汝。

何の罪可あらん。且。一日も。汝なく八゛。

三人能主人。飢尓およぶべし。気遣ふ

こと。な可れ。や可゛て。よび尓来るべしと。

いひ介る。八助。いふ。主人の。きげんを。

そこなひて八。志八゛らくも。こゝろやす

からず。唯。詫言し為○るべしと。志きりに。

頼三け連八゛。主。やむことをゑず。往て。

あひさつし。八助を。帰しけ里。八助。

家尓帰り。いよ々。つとめて於こたる

ことなし

主人。夫婦。相談の上。主人の妻。八助尓

告ていふ。汝。数年。辛労し勤。我々を

養ひくれ候。大恩報じたく。思へども。

家貧し介れ八゛。すべきやうなし。されども。

娘あれ八゛。汝尓。これを妻。名跡とすべし。

此旨をとく志んし。弥。老衰のも能を。

安じくれよと。いひけ連者゛八助。

兔角能返答もせず。な三多゛をな可゛し。

なき居ける。主人の妻。八助可。心を

察するに。主人能。家前のごとく。豊

ならば。相應の家よ里。賑々しく。

婿とりも。あるべきも能をと。い多三

なげき。又。身を。主人へ委。生涯。身を

立る。志しなきことを。志い

ざ里けり。其後も。猶。黙止可゛多く。

おもひし可ども。八助可゛。忠誠なるに

恥。ま多い王ずして止ぬ。主人の娘も。

八助尓。化せられ。父母尓。能つ可へし

となり

主人の妻。八助可゛着る物のあまりに

薄をい多三。娘と者可らひ。木綿の○多

入を。調へ。あ多へ介れ八゛。八助。おどろき。

何とて。可やう能物を。着し候べき。もつ

たいなしとて。うけざれ者゛。主人能妻

いふ。主人の志しな連八。是非ともに。

着しくれよと。志いけるを。八助。固。

辞して。曰。御主人へ。前可多八。常に。絹の

物を。かさね為へども。今八。さむさを

志能ぎ為ふ事さへ。御心のまゝ。ならざる

こそ。い多ましふ存候へ。ね可゛○く八。こ能。

○多入を。御主人に召させ。為○るべしと。

いひ介れ者゛。主人の妻。感心し。志可らば

とて。新らしき。○多入を。夫尓着せ。

夫能。これまで。着せる。古き。○多入を。

八助尓あ多ふ連ば。悦び。い多ゞき天。

着しけ里

主人の妻。折々。夫尓さ可らふことあ里。

八助。これを気の毒に。おもひ居

ける可゛。或時。折を得て。主人の妻へ。

いふやう。私ことを。何とやうに。思召下

さ連候て。可やうに。御憐愍を。御加へ下

されさふらぬやと。いひ介れ八゛。主の妻いふ。

汝可゛事八。我子のごとく。おもふといへり。八助。

あ里可゛多き事尓候。私をも。さやうに。

あつき思召尓候へ者゛。旦那様能

御事は。さぞ。御大切尓。於本゛し

めし候らんと。いひけ連者゛。主能

妻。そのことば尓。者ぢ。い里天。

そ能ゝち八。夫耳さ可ふこと。ふつ々。

や三しとなり

或時。主人。病尓臥け里。八助。左右を

者な連ず。介抱し。看病しける。然連共。

朝夕能。営尓せま連八゛。是非なく。昼能

間八。主人の妻。娘尓看病を。ま可せ

置。我八。日雇尓行。帰りて八。またよも

す可゛ら。看病し介り。或日。八助可゛。留守能

間に。主人能病。重里。夜尓入天は。

湯水も。咽尓通り可゛多くなりぬ。八助。

帰りて。大尓おどろき。夜中な連ども。

大醫を請じ来里。醫療術をつくせ

ども。其志るしなけ連八゛。八助。庭尓

出天。沐浴し。天に仰ぎ。地尓伏し。

身を。もつ天。主人能命尓。か王らんと

祈里ける。其ありさま。物狂しき。者尓

似多り。又。入天。主人能左右をさらず。

目を者なさず。まもり居ける可゛。志八゛らく

あ里天。主人。聲いでゝ。水を求め介る。

八助。悦び天。これをすゝめ。ま多かゆを

すゝむ連八゛。これを食せり。それよ里。

十日を経ずして。病いゑけ里。これ。

八助可゛。忠誠の。い多す所なりと。人

皆。いひあへ里

宝暦五乙亥の年。府中能宿老。

八助可゛行状の次第を御奉行所へ。

言上しける。これに依天。其後。八助を

御奉行所へ。召為ふ。宿老。町年寄。付

そひ出ける 御奉行 松平隼人正・源順廣様也

諸。御役人を志多可゛へ。御廣間尓。

列座し為ふ。威嚴赫々たり。八助八。

あら多むる。衣服なけ連八゛。半切のつゞれの

まゝに天。御白砂尓。畏る。時尓御奉行。

佯里。怒て曰。汝可゛。主人。甚兵衛八。平生。

酒を好三天。家業を忘れ。徒い耳。

家を。敗る尓い多り。且。拝借せし。公金を。

返納せざる。其罪。莫大なり。其不埒

者を。主人と頼む八。い可なること

ぞと。仰られ介る。八助。戦慄て。申やう。

私こと。幼年の時よ里。甚兵衛。方尓天。

畜れ候へ者゛。甚兵衛八。主人なり。親

な里と。存。奉公仕候と申上ける

御奉行。又曰。甚兵衛八。不埒者と

いひ。且。家。貧な連者゛。汝。久しく。

辛労し。勤るとも。い多づら事。なるべし。

す三や可に。甚兵衛を。すて。升を。かせぎて。

末の立身を。者可らふべし。憐愍を。以天。

かく。申な里と。仰られける。八助。答て

申やう。御意あり可゛多く。存奉り候へども。

誰ありて。主人を。養育仕。者なく候へ八゛。

御意能ごとく尓は。江。つ可まつあず候と。

申上ける 御奉行。又。佯怒天曰

汝。主人尓ゝ天。たすけ。公儀を軽んじ。

申付を。違背する罪。牢舎。の可゛るゝ

所尓。あらず。縄を。かけよと。仰ら可れ者゛。

役人。承り。な王を可けんとし介る。

八助。聲をあげ。ない天。申やう。年老

たる。主人。頼むか多なきことを。い可ゞ。

仕るべき。な尓とぞ。御慈悲尓。主人。

存命能間八。私。牢舎能義。御宥免下

さるべし。主人。相果候後八。い可やうの

義に。仰付られ候も。御恨三。申上るところ。

御座なく候と。申上れ八゛ 御奉行を。

始奉り。諸。御役人。不覚能。御涙を。

落し為ひ。御言葉な可り介る。其場尓

有あふ者。皆。涙を。おとさゞるは。な可

里しとなり。志○゛らく。ありて 御奉行曰。

向の事八。我。汝を。試の三。怖畏こと

な可連と。懇懃に。御意を下され介り。

重て宿老。年寄。庄や等へ。告て曰。

世尓。聖人能道を。まなび。博く。書に。

○多る者。ありといへども。其教の

ごとく。身尓。行者を。いま多゛。き可ず。八助八。

一字を。志らざれども。これを。よく身に

行ふ者なり。其意を三るに。後の幸を。

願ふ尓もあらず。又。誉を求る尓も

あらず。実に性の善なる。者といふべし。

我。前尓。近隣の僧尓。委。彼可゛。行状を

聞おけ里。然ども。猶。其実を糺ん

ため。今日能事あり。こ能うへ八 関東へ。

上書すべし。汝等も。随分に。こゝろを

つけ。遣すべしと。仰られけ里

正月五日 御奉行所より。明日。八助を

召連。出べき旨。府中。宿老。九十六町の

年寄。清水。鞠子。江尻の庄やへ。御召状

あり。翌日。六日。八助。御召に志多可゛ひ。

出ける 御奉行諸御役人と。共に。

御廣間に。出為ひ 御奉行の多まふ。

八助可゛忠誠 関東へ達し。御褒美とし天。

銭を下し。賜ると。仰られ。則。御座を

起多まひ。自。八助を。引天。これを。

頂戴させ為へ里。又。宿老。年寄。庄や

等も。八助を。見習ふべしと。仰き可

され天。入多まひけ里。さて。八助を

別の所へ。召したまひて。御料理を。下され。

御嫡子を。侍食につけ為ふ。八助。怖れ

入天。食すること。あ多八ず。拝し天。

御暇を願ひ。下里け里。そのとき。

御褒美能銭を。車に載。町。年寄。

先を拂ひ。御役人。警固し為ひ。

八助可゛主人。甚兵衛可゛家に。送り

下され介り。諸人。群集し。拝見しける

となり

八助。御褒美を拝領し帰りし日も。

常にか王らず。○らんづ。銭さし。など

作里て居介るゆへ。主人のいふ。汝。数年

来。心を尽し。身を労せるゆへ。此度。

御褒美を。い多ゞき奉りし。事なれ者゛。

今より八。少。休息もせよ可しと。いひ介る。

近辺の懇意なる人々も。同じやうに。

いひ介れ八゛。八助いふ。此度。い多ゞきし。

御褒美八。主人。あるゆへの。御恵三

な連八゛。全く。主人の物尓候。志可れ八゛。

これ尓よつ天。如何ぞ。私の。奉公を。

おこ多り候べき。且。主人の家。貧しく。

娘子能婚姻の取組もなら須゛。又。主人の

親。相果られし時八。葬礼の営も。相應に

調ひ介れども。當。主人。相果られ候○ゞ。

葬等の事。い可ゞい多すべきやと。常に

なげ可王しく。存居候尓。あ里が多くも。

此度の。御恵三にあづ可り。奉りしに

よ里。心やすく此事を調へ。申べしと。

其入用尓あて置可へば。常の事八。今迄と。

可○ることなく候とて。やまずして。業を

つとめける。其後。其所の家々より。分に

志多可゛ひ。金子を持行。請ひて。八助可゛。

拝領せし。銭尓かへ。子孫にのこし。伝へし

となり。其頃。或人。八助可゛。忠誠なるを

聞。先非を悔。剃髪。出家し。道を

修せしも。あ里しとなり。八助可゛。多年の

行状。記べきもの。多可らん。此耳聞

伝ふるあら満しを。挙る而巳

 

明和7年庚寅四月 富岡以直記

 

 

         寺町通四条下ル町

             伏見屋藤次郎

 京都書林    堀川通佛光寺下ル町

             銭屋七良兵衛

駿州八助行状聞書

 

宝暦六丙子年。正月御公儀様

より。駿州。八助へ。御褒美として。

銭。五拾貫文。下し賜る。八助は。駿州

府中。伝馬町。石垣甚兵衛の。下人なり。

甚兵衛。旅人の宿するを業とせり。

始は。家豊なりしが。先年。其所の。

火事にあひてより。身上。衰けり。

且。甚兵衛。今年七十。妻も。また老たり。

始より。男子なければ。家業すたれて。

貧窮せり。娘壱人あり。みめよく。年二十六に

なり。けれども。家貧しければ。婚姻の。

営もなりがたく。むなしく。年月を。過しけり。

八助。年十一の時。始て。甚兵衛。かたへ。

来たり。奉公せり。かくて。十五歳にいたる

とき。男女の奉公人。皆暇をとりて

はなれ。のこりしは。唯。八助。ばかりなり。

甚兵衛。八助に告て曰。我貧窮して。

今かくまでに。およべり。汝も。今日より。

我方を。いで。よき主人を。とりて。末の

立身を。はからふべしと。いひければ。八助。

承引せずして曰。幼年より。やしなひ

下されし。御主人を。はなれ。私の。立身の

ために。いづかたへ。参るべき。唯。いつまでも。

御家に。奉公いたし候と。涙をながし

いひければ。甚兵衛。さあらば。つとめ

くれよ。過ぶんなりとて。感涙を

ながしけり

八助。それよりの業には人に雇れ。或は。

田の草とり。或は。まぐさかり。あるひは。

薪とり。或八。田かり。或は。普請の手伝。

或は。旅人の荷を持。或は。駕篭をかき。

あるひは。驛の急役。或は。急追の先觸。

或は。夜番。すべて。何ごとにも。いとひ

きらふことなく。雇れけり。其暇

あれば。ざうり。わらんづを。つくり。また。

野に。ある草の。食ふべき。物を。つみ

とりて。売あるき。又。知る人の家には。

頼みおきて。せんたく物。仕立物。

わた打。木めん糸ひき。賃織の物を。

請取て。主人の妻。娘の業にさせ。

我は。冬も。脛をおほはざり。半切のつゞれを

まとひ。寒暑。昼夜のいとひなく。

外をかせぎけり。されども。主従。四人の

養ひ。又。屋敷年貢。町儀等の。入用を

出せることなれば。まかなひかね。常に

出入する。家々にて。賃銭の。先がりを

することあり。しかれども。八助。丁寧に

算用せるゆへ。人。厭ふことなし。八助。

今年。三十六。主人のために。辛労し。

勤ること。凡廿一年一日も息ことなし

八助。夜。雇れいで。更て。帰るといへども。

主人の。安きを。聞ずして。いぬる

ことなし

主人始。豊にくらせし故。廉酒を

のまず。魚の少しも。日を経たる物を

くらはず。このゆヘに。八助。酒を買ふに。

上諸白と。次酒と。二品になし置。主人

より。しいて。のましむれば。我は。次酒を

のみ。主人へは。

上諸白をす々めけり。又。

魚を売者。きたる事あれば。必。八助。

其あたらしきを。えらみて。買けり。若。

おもはしき。魚なき時には。そのまゝ。

魚問やへ。走り行て。買ひ。しばらくも。主人の

のぞみを。とゞめ置ことなし

八助。鞠子の辺へ。日雇に行ては。必ず。

あべ川の。もちを。と々のへ。みやげにし。

江尻へ行ば。やまのいも。青な。など。調へ。

帰り。みづから。煮熱して。主人へす々めけり

八助。近所へ。日雇に行。食につきては。

必ず。三椀に於よぶ☆に。起て。椀を

丁寧にあらひて。食もる人へさし出せり。

さて。もりたる飯を。そと。袖を覆ひて。

持帰り。御茶のこになされて下さり

ませとて。主人へ。進め来れり。折には。

菜をも。持帰りて。す々めけり。人これを

しり。三椀めには。殊に多く。盛て

あたへける

八助。或日。賃銭多く。得る事あり。家に

帰りて。いふやう。今日は。おもひよらざる。銭を

もうけ候。楽み為へとて。生魚の。美物を

買。なますにつくり。あぶりものにし。

煮調へ。などして。三人の。主人へ。酒を

すゝむれば。主人も。八助があまり。苦労せし

事をおもひ。汝もともにのむべきべし。若。汝。

のまずは。我々も。のむまじと。いひける。八助。

よろこべる顔色にて。盃を。いたゞき。酒

もりして。なぐさめけり。主人興に

入しとなり

或日。生鰹を売る者あり。隣家の人。これを

買ふ。八助も。主人に。すゝめたく思ひ。買んと

すれども。銭三十文ならではなし。切売は

せず。全体の価には。およばざれば。せんかたも

なく。魚をうる者に頼けるは。我主人の家を。

過る時。必ず。魚を。よばわり。たまはる

なと。余儀なく。いひけれども。聞いれ

ずして。大声あげて。うり行ければ

八助。戸口に。立て。なき居ける。夫。魚

買し人。其故を。問けるに答て曰我

主人。鰹を好み候へども。価なければ買べき

やうなし。売声を聞ば。嘸これを。たべたく

思はるべしと。存。かなしふ候と。いひければ。其人。

感心して此魚。一皿。あたふべし。主人へ。

すゝめよとて。即。料理し。あたへければ。八助。

よろこび。いたゞきて。これをうけ。家に帰り。

おもひよらず。隣より。給はり候とて。主人に

みせ。ありける。銭にて。酒を買ひ。主人へ。

すゝめければ。主人。大に。悦びしとなり

或時。近所の二三人芝居へ行んと。

催しけるに。一人曰。甚兵衛方の。八助は

主人のために。昼夜。勤て。休時なし。

誠に。きどくの者なり。彼。芝居を。

すくよし。きくなればつれ行ば。やとすゝ

めしかは。皆。同心し。八助を。召て。明日

芝居へ。同道すべしと。いひきかすれば

八助。甚。よろこびける。即。連中より。

銭。百文。あたへ。五十文は。主人の。飯料に

すべし。五十文にて。芝居へ入。連中の。

居る場へ。来るべし。契約せり。さて。

翌日。連中。芝居にて。八助を。待し

かども。終に。来りずして。芝居はて

けり。漸。帰る道にて。あひしかば。連中。

不興にして。何とて。約を違へしぞと。

いひければ。八助。腰を折。扨々。不届

いたし候とて。めいわくしたる体なり。

連中。又。来なざりし故を。問しかば。

八助。答て。曰。今朝。家を出候ひしが。

途中にて。魚荷を。見かけ候に。其魚。

善物なれば。何とぞ。主人に。たべさせ

たく。ぞんじ。昨日。為わり候。銭にて。其魚と。

酒とを。買。帰りて。主人に。すゝめ候へば。

殊外に。悦び候。これ。偏に。御かげにて候へば。

御礼。且。御断ながら。はやく。参りたく。

心せき候へども。彼是いたし。たゞ今に。

相成候と。いひければ。連中。嘆息して。

にかれけり

其所に。いひ合せ。伊勢参宮。する

人あり。八助を。よびて曰。汝を。参宮の

供に。頼み度。おもへり。賃銭。路用。合て。

金壱両。遣すべし。来るべきやと。いひ

ければ。八助曰。御供に参り度候。併。

主人へ。尋候て。御返事申候べし。弥。御供

い多し候わゞ。何とぞ。御たちまへに。賃金の

壱両。御渡。下されかしと。いひける。連中。

もとより。八助が。正直なるを。能しれば。

これをゆるせり。八助。家に帰りて。事の

わけを。主人へ。告げ。且。曰。私。留守中の。

御飯料。小遣等。賃金の。壱両にて。

大かた。これあるべく候。ねがはくは。参宮

致たく候。しばらくの。御暇。下されかしと。

いひければ。主人。こゝろよく。これをゆるしける

ゆへ。八助は。連中の。許へ行て。契約し。

賃金壱両。請取帰りて。主人へわたし。

ねんごろに。いとまごひし。主人の。妻。

娘に。いふやう。此度。供に参り候は。休息

ながらに候と。あんしんさせて。行ける。

さて。連中の。重き荷をもち。道すがらの

取はからひ。いわんかたなし。必夕かたには。

先へ走。行。家を見たて。宿を定けり。

扨。ひそかに。宿の主に。あひて。いふやう。

我壱人は。夜具もいらず。食事も

供をせし。旦那のあまりあらば。

たまわるべし。あまりなくば。たべず

とても。くるしからざれば。宿銭をゆるし

為われと。頼ける。宿ごとに。かくの

ごとくなりしが。得心せざるは。なかりし

となり。かくのごとき。ことなれば。

昼食とては。せざりしなり。かくて

漸。いせ。ちかくなりて。連中の内。壱人。

八助に。しばらく。銭五十文かへくれよと

いひければ。一銭も。持来らずといふ。連中。

これを。聞。何とて。路用をば。持たざるや。

前に渡せし。壱両の金は。いかゞせしぞと。

問に。八助。ありのまゝを。かたりければ。

連中。大に。感じ。其後は。三度の食事。

其外にも。心をつけ。いたわりしとなり。

さて。下向し。家に帰りて。主人の。無事

なるを。悦ぶこと。かぎりなし

八助謹み厚く。嘗て。主人の。意に違ふ

ことなし。主人も。また。八助を。慈愛

せり。或日。ふと。主人の。妻の。意に違ふ

事。ありて。箒にて。打んとしければ。

八助。隣家へ。にげのがれ。主に。あひて。

事のよしを。語り。何とぞ。詫言して。

家に帰し。為われと。いひければ。主曰。汝。

何の罪かあらん。且。一日も。汝なくば。

三人の主人。飢におよぶべし。気遣ふ

こと。なかれ。やがて。よびに来るべしと。

いひける。八助。いふ。主人の。きげんを。

そこなひては。しばらくも。こゝろやす

からず。唯。詫言し為わるべしと。志きりに。

頼みけ連ば。主。やむことをえず。往て。

あひさつし。八助を。帰しけり。八助。

家に帰り。いよ々。つとめておこたる

ことなし

主人。夫婦。相談の上。主人の妻。八助に

告ていふ。汝。数年。辛労し勤。我々を

養ひくれ候。大恩報じたく。思へども。

家貧しければ。すべきやうなし。されども。

娘あれば。汝に。これを妻。名跡とすべし。

此旨をとくしんし。弥。老衰のものを。

安じくれよと。いひければ八助。

兔角の返答もせず。なみだをながし。

なき居ける。主人の妻。八助か。心を

察するに。主人の。家前のごとく。豊

ならば。相応の家より。賑々しく。

婿とりも。あるべきものをと。いたみ

なげき。又。身を。主人へゆだね。生涯。身を

立る。志しなきことを。しい

ざりけり。其後も。猶。黙止がたく。

おもひしかども。八助が。忠誠なるに

恥。またいわずして止ぬ。主人の娘も。

八助に。化せられ。父母に。能つかへし

となり

主人の妻。八助が着る物のあまりに

薄をいたみ。娘とはからひ。木綿のわた

入を。調へ。あたへければ。八助。おどろき。

何とて。かやうの物を。着し候べき。もつ

たいなしとて。うけざれば。主人の妻

いふ。主人の志しなれは。是非ともに。

着しくれよと。しいけるを。八助。固。

辞して。曰。御主人へ。前かたは。常に。絹の

物を。かさね為へども。今八。さむさを

しのぎ為ふ事さへ。御心のまゝ。ならざる

こそ。いたましふ存候へ。ねがわくは。この。

わた入を。御主人に召させ。為わるべしと。

いひければ。主人の妻。感心し。しからば

とて。新らしき。わた入を。夫に着せ。

夫の。これまで。着せる。古き。わた入を。

八助にあたふれば。悦び。いたゞきて。

着しけり

主人の妻。折々。夫にさからふことあり。

八助。これを気の毒に。おもひ居

けるが。或時。折を得て。主人の妻へ。

いふやう。私ことを。何とやうに。思召下

され候て。かやうに。御憐愍を。御加へ下

されさふらぬやと。いひければ。主の妻いふ。

汝が事は。我子のごとく。おもふといへり。八助。

ありがたき事に候。私をも。さやうに。

あつき思召に候へば。旦那様の

御事は。さぞ。御大切尓。おぼし

めし候らんと。いひければ。主の

妻。そのことばに。はぢ。いりて。

そのゝちは。夫にさかふこと。ふつ々。

やみしとなり

或時。主人。病に臥けり。八助。そばを

はなれず。介抱し。看病しける。然れ共。

朝夕の。営にせまれば。是非なく。昼の

間は。主人の妻。娘に看病を。まかせ

置。我は。日雇に行。帰りては。またよも

すがら。看病しけり。或日。八助が。留守の

間に。主人の病。重り。夜に入ては。

湯水も。咽に通りがたくなりぬ。八助。

帰りて。大におどろき。夜中なれども。

大医を請じ来り。医療術をつくせ

ども。其しるしなければ。八助。庭に

出て。沐浴し。天に仰ぎ。地に伏し。

身を。もつて。主人の命に。かわらんと

祈りける。其ありさま。物狂しき。者に

似たり。又。入て。主人のそばをさらず。

目をはなさず。まもり居けるが。しばらく

ありて。主人。声いでゝ。水を求めける。

八助。悦びて。これをすゝめ。またかゆを

すゝむれば。これを食せり。それより。

十日を経ずして。病いゑけり。これ。

八助が。忠誠の。いたす所なりと。人

皆。いひあへり

宝暦五乙亥の年。府中の宿老。

八助が行状の次第を御奉行所へ。

言上しける。これに依て。其後。八助を

御奉行所へ。召為ふ。宿老。町年寄。付

そひ出ける 御奉行 松平隼人正・源順廣様也

諸。御役人をしたがへ。御広間に。

列座し為ふ。威嚴赫々たり。八助は。

あらたむる。衣服なければ。半切のつゞれの

まゝにて。御白砂に。畏る。時に御奉行。

佯り。怒て曰。汝が。主人。甚兵衛は。平生。

酒を好みて。家業を忘れ。ついに。

家を。敗るにいたり。且。拝借せし。公金を。

返納せざる。其罪。莫大なり。其不埒

者を。主人と頼むは。いかなること

ぞと。仰られける。八助。戦慄て。申やう。

私こと。幼年の時より。甚兵衛。方にて。

畜れ候へば。甚兵衛は。主人なり。親

なりと。存。奉公仕候と申上ける

御奉行。又曰。甚兵衛は。不埒者と

いひ。且。家。貧なれば。汝。久しく。

辛労し。勤るとも。いたづら事。なるべし。

すみやかに。甚兵衛を。すて。升を。かせぎて。

末の立身を。はからふべし。憐憫を。以て。

かく。申なりと。仰られける。八助。答て

申やう。御意ありがたく。存奉り候へども。

誰ありて。主人を。養育仕。者なく候へば。

御意のごとくには。江。つかまつあず候と。

申上ける 御奉行。又。佯怒て曰

汝。主人にゝて。たすけ。公儀を軽んじ。

申付を。違背する罪。牢舎。のがるゝ

所に。あらず。縄を。かけよと。仰らかれば。

役人。承り。なわをかけんとしける。

八助。声をあげ。ないて。申やう。年老

たる。主人。頼むかたなきことを。いかゞ。

仕るべき。なにとぞ。御慈悲に。主人。

存命の間は。私。牢舎の義。御宥免下

さるべし。主人。相果候後は。いかやうの

義に。仰付られ候も。御恨み。申上るところ。

御座なく候と。申上れば 御奉行を。

始奉り。諸。御役人。不覚の。御涙を。

落し為ひ。御言葉なかりける。其場に

有あふ者。皆。涙を。おとさゞるは。なか

りしとなり。しばらく。ありて 御奉行曰。

向の事は。我。汝を。試のみ。怖畏こと

なかれと。懇懃に。御意を下されけり。

重て宿老。年寄。庄や等へ。告て曰。

世に。聖人の道を。まなび。博く。書に。

わたる者。ありといへども。其教の

ごとく。身に。行者を。いまだ。きかず。八助は。

一字を。しらざれども。これを。よく身に

行ふ者なり。其意をみるに。後の幸を。

願ふにもあらず。又。誉を求るにも

あらず。実に性の善なる。者といふべし。

我。前に。近隣の僧に。委。彼が。行状を

聞おけり。然ども。猶。其実を糺ん

ため。今日の事あり。このうへは 関東へ。

上書すべし。汝等も。随分に。こゝろを

つけ。遣すべしと。仰られけり

正月五日 御奉行所より。明日。八助を

召連。出べき旨。府中。宿老。九十六町の

年寄。清水。鞠子。江尻の庄やへ。御召状

あり。翌日。六日。八助。御召にしたがひ。

出ける 御奉行諸御役人と。共に。

御広間に。出為ひ 御奉行のたまふ。

八助が忠誠 関東へ達し。御褒美として。

銭を下し。賜ると。仰られ。則。御座を

起てまひ。自。八助を。引て。これを。

頂戴させ為へり。又。宿老。年寄。庄や

等も。八助を。見習ふべしと。仰きか

されて。入たまひけり。さて。八助を

別の所へ。召したまひて。御料理を。下され。

御嫡子を。侍食につけ為ふ。八助。怖れ

入て。食すること。あたはず。拝して。

御暇を願ひ。下りけり。そのとき。

御褒美の銭を。車に載。町。年寄。

先を拂ひ。御役人。警固し為ひ。

八助が主人。甚兵衛が家に。送り

下されけり。諸人。群集し。拝見しける

となり

八助。御褒美を拝領し帰りし日も。

常にかわらず。わらんづ。銭さし。など

作りて居けるゆへ。主人のいふ。汝。数年

来。心を尽し。身を労せるゆへ。此度。

御褒美を。いたゞき奉りし。事なれば。

今よりは。少。休息もせよかしと。いひける。

近辺の懇意なる人々も。同じやうに。

いひければ。八助いふ。此度。いたゞきし。

御褒美は。主人。あるゆへの。御恵み

なれば。全く。主人の物に候。しかれば。

これによつて。如何ぞ。私の。奉公を。

おこたり候べき。且。主人の家。貧しく。

娘子の婚姻の取組もならず。又。主人の

親。相果られし時は。葬礼の営も。相応に

調ひけれども。當。主人。相果られ候わゞ。

葬等の事。いかゞいたすべきやと。常に

なげかわしく。存居候に。ありがたくも。

此度の。御恵みにあづかり。奉りしに

より。心やすく此事を調へ。申べしと。

其入用にあて置かへば。常の事は。今迄と。

かわることなく候とて。やまずして。業を

つとめける。其後。其所の家々より。分に

したがひ。金子を持行。請ひて。八助が。

拝領せし。銭にかへ。子孫にのこし。伝へし

となり。其頃。或人。八助が。忠誠なるを

聞。先非を悔。剃髪。出家し。道を

修せしも。ありしとなり。八助が。多年の

行状。記べきもの。多からん。此に聞

伝ふるあらましを。挙る而巳

 

明和7年庚寅四月 富岡以直記

 

 

         寺町通四条下ル町

             伏見屋藤次郎

 京都書林    堀川通佛光寺下ル町

             銭屋七良兵衛

駿州八助行状聞書