二千六年 七十句

 

駅のあと駅前のあと日脚伸ぶ

たばこ屋の春待つ自動販売機

包装紙ばかり出てくる冬の蔵

体毛の気泡ゆたかに寒の風呂

藪巻のやうなる犬の駆け抜けり

電球の晩節潔き四温かな

春近き雨は蛙を欺けり

自在なる鉛直面を恋の猫

春陰や律儀に曲がる高圧線

絵馬のごと膨るる春の単語帳

春光や斜に切るものにフランスパン

春の夜の十指に余るピアノかな

水平に春の牛乳拡がれり

お彼岸や左右対称にて拝む

木蓮や嘘つくときの同じ顔

門灯に悟空の輪ある春の宵

道行きは放物線の花ばかり

音のなき飛ぶものあふれ春の暮

しづくなき洗濯物や百千鳥

竹刀持つ利き腕長し風光る

春昼のオペラグラスに脳の皺

芽には芽を花には花を葉には葉を

春陰や器の字に似たる安全器

春の夜の脂おとせば毛穴かな

ひらがなでひげのはえたるはるうれひ

腕のばし花の写真を撮りにけり

花のなき視界に及ぶ花曇

帆柱として薫風を受けにけり

住職に似てゐるものに佳織かな

五月雨は電話をしとど伝ひけり

六月の重たき魔法瓶濯ぐ

入梅や束ね持ちたる松葉杖

秒針がかき寄せて行く梅雨の夜

敷居から狂ひ始める梅雨の家

草刈の香の及びたる地下の駅

ざりがにの蒼こそかなし夕薄暑

海の日や高まつてゆく古時計

夜の浜の上からほどくビキニかな

内野手が集まり蚊柱となれり

扉に椅子をかませて入れる夜涼かな

蝉の穴しづか冥王星もまた

蚊のあとも愛のしるしのひとつかな

小太鼓のバネだらだらと朝曇

夏帯が分ける彼女の上下かな

駐輪の仰角揃ふ今朝の秋

秋に入る地球の自転ゆるやかに

鉦速き次の一群阿波踊り

押忍と書くおはやうございます九月

秋蝉に古き尿意のありにけり

やはらかき馬のあたりを秋の風

ありの実の人の高さに実りをり

写真機を開けて昔の秋灯

ピント合ふまでのつかのま秋高し

全開のぼけ味よろし秋日和

月明のぐんぐんと飛ぶ野分かな

秋分の水平線を見に行かむ

曇天の割れあをみたる秋の海

秋の日の進化の果ての木魚かな

気持ちよき物理のちから夜半の秋

長月や作曲に要る指のかず

秋の夜の空気を読んでゐたるかな

秋深きまだまだ入る内視鏡

葉書から古びはじめる菊日和

銀杏の善玉菌の芳しき

外苑に寒がりになるために行く

寒さゆゑ流線型となりにけり

懸垂の鉄棒凍ててなほ撓ふ

まちまちな切手の四角雪催ひ

西口の地下交番の時雨れをり

木と山のかたちに曲がる寒夕焼

 

俳句目次に戻る

 

トップページに戻る