二千五年 七十句

 

オカリナのかたちに包む冬の息

水陸を分け鴨の群れ鳩の群れ

マフラーを巻いてから出す黒き髪

すこし距離置いてみたくて風邪をひく

ソバージュの寝間着にも似て日脚伸ぶ

春昼がしやがんでゐたる便所かな

ふくらんで鞄になじむ春の書類

鏡ある部屋に日永の留まれり

相合の傘に及ばず春の雪

真鍮の声のたなびく遅日かな

鉄棒の水平にして遅日かな

初蝶を映す角膜濡れてをり

崩れてもドアから入る海市かな

工場の春より広き府中かな

朧夜の幅にネクタイぶら下がる

朧夜の象牙の色を身籠りぬ

電線で引き込む朧月夜かな

春の夜を丸めて入れる洗濯機

濃密な留守といふべき春の部屋

運命の見えない赤い蝌蚪の紐

定期券叩いて駅を花衣

夜の酒をわづかに照らす桜かな

うたた寝の瞼は赤し苜蓿

夏近きアグネス・ラムは教室に

壁画より大き建物夏来る

地球てふ眼うるほひ夏来る

気持ちよき液体おほき夏来る

ふるさとの蠅はみどりにかがやけり

どの塔の電波もかなし夕薄暑

黒南風の折には黒し多島海

梅雨時の地表を覆ふ食事どき

音叉噛む歯並び悪し夕薄暑

幽霊もゐたる精神世界かな

級長のことなど夏の土管にて

自他ともに水玉となる夏の雲

水玉のゆゑにかなしき夏芝居

浜木綿を目印にして戻りけり

妖怪に似てゐる蘭の名前かな

熱帯夜ぜつたいいやと云はれけり

装置から博士出てくる夏の月

舟虫のペイズリーより平たくて

正直な縞の起伏の水着かな

罠のごと茹玉子切る夜涼かな

朝顔のつる巻きなほし出勤す

水すましのやうな台風進路かな

監督はスーツ着るべし鰯雲

色鳥やにきびの位置の十字切る

暗緑の缶から淹れる秋思かな

櫓の動き真似る泳ぎを秋の夢

きしめんや新体操を眺めつつ

水平となるまで秋の竿秤

ひと死んで伝記の終はる夜長かな

パブロフの犬とパブロフ秋深し

大変と言はれる柱時計かな

靴下に包まれふくらはぎ生るる

徐々に足す局部麻酔や秋の蝶

尾を引いてサマンサの飛ぶ夜長かな

待てこれは罠かも知れぬ神の留守

計画の明るく灯る寒暮かな

乾くまで柄は命を失へり

畳むまで洗濯のうち山眠る

時雨るるや男女差のある胸騒ぎ

薄型のテレビの中で鍋囲む

スチームの時に骨折してゐたる

性欲と呼ばれる前の鳩時計

未来から来たる海鼠も海鼠なり

冷や汗の単位はガロン返り花

ブレンドと云ふとき熱き静電気

じゆくれんの一個取り出す浅田飴

洟をかむために生まれし漢かな

 

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