二千二年 七十句

 

簡単な賀状に至る長電話

よく冷えた卵を測る秤かな

手をつなぎたいのでスケートに誘ふ

大根を下ろしてみたきオルゴール

直角の少なき部屋の蜜柑かな

濡れてゐる団地の続く鳥曇

母上の留守のやうなる遅日かな

永き日の保健室にて忘らるる

春昼や満ちては欠ける観覧車

春昼や妄想の後よいしよと言ふ

春の夜を送信したるボタンかな

充電する橋本主任春の闇

海市へと三歩進んで二歩下がる

散り急ぐ三鬼の忌なり二千二年

蘂くらく燃えてゐるなり花の雨

種を蒔くポール・マッカートニーかな

日曜を吊してゐたるアドバルーン

鳥の巣をくぐりて天竺に渡る

一冊と一着を持ち春野かな

てふてふがすべてのものをくひをはる

どの蝶も初蝶なりとのたまへり

野の終はるところに住みて虻を打つ

月曜を乗り継いでゐる躑躅かな

人おほきところにつばめ大見出し

いるかにもいるかみちあるみどりのひ

行春や印度を思ふ吉祥寺

弁天の穴の潤ふ暮春かな

仙人と霞を食ひて春惜しむ

あぢさゐの花の始めの刷毛目かな

石鹸のかたちに戻る包み紙

体重があやつる風と卯浪かな

葉桜のやうなひとから逃げ来たる

省線の色に濡れをり水羊羹

怪我人のやうな仮面や夕薄暑

燻製に沿ひ真空を切取りぬ

歌ふとき電気に満ちて青嵐

地下に国のびる卯の花腐しかな

歌謡曲を飼ふ卯の花腐しかな

中指のいちばん長き梅雨来る

自転車の重なつてゐる青野かな

田の水は夜の暗さを映しをり

うつくしき砂鉄あつまるからだかな

ちちははが並びサングラスをかける

逢ふまでにゆつくり選ぶ日傘かな

蜜豆のやうにいろいろ住んでゐる

終点の駅前で見る花火かな

形状を記憶してゐる雲の峰

ゆつくりと水の傾く金魚売り

遠巻きに闇を集める夏料理

飲み方を叔父に教はるラムネかな

火蛾舞へり床より生えしチェロもまた

ヨットからはみ出してゐる重さかな

シャンプーで裸のひとが髪洗ふ

前髪が西瓜のやうに濡れてをり

蜩はいつも近くで鳴き始め

行く夏や海の家には海が棲む

着衣からはみ出してゐるねこぢやらし

文豪と悪人のゐる良夜かな

野分聞く雨戸の内の濡れてゐて

簡単な昼餉を済ませ天高し

この国に横綱のゐる秋の場所

秋や濃き鉛筆で描く方眼紙

紅玉を包めるパイの湿りかな

台風がまつすぐ迫る九月尽

秋の夜のカレーができるまで人類

蛸を茹でそれから後はもう流星

長き夜の隣の国もアジアかな

長き夜に身を乗り出さないで下さい

屈伸の屈の血圧神の留守

人間は凍らぬほどの塩加減

 

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