一九九九年 七十句

 

賀状書き終へて最初の大気吸ふ

さよならの練習のごと初詣

角膜と水晶体と冬日かな

よく食べて山の如くに笑ふべし

節分の花咲爺となりにけり

牛のゐるあたりで蝌蚪を捕りにけり

探梅や歯茎の如き土踏めり

川の字の流れ絶へざる春の夢

女子高生みな蒲公英の絮となり

春暁の街を博士の急ぎ足

体温を測りて後の春の昼

満開や古き写真の人となる

がうがうと地表を覆ふ花嵐

滑走路跡なる桜並木かな

きらきらとものみなひかる虚子忌かな

葡萄状球菌もゐる弥生かな

囀や釘をくはへて立ち上がる

船で行き歩いて帰る暮春かな

背の高き甥の日陰を歩むかな

隧道を抜けて蛍となりにけり

愛欲やだらりと重き鯉幟

波を読む三半規管夏来る

くのいちのみづにおちたるあやめかな

はじめからじつと見てゐる蚊遣豚

曇天の弱みを握る菖蒲かな

梅の実をふたつ拾ひて子をつくる

騎馬戦の少女気高き薄暑かな

入梅や遠巻きに見るねぢまはし

水平を知らせる古き空気かな

自転車の背中ふくるる薄暑かな

年老いたバームクーヘンばかりなり

水中に天敵多し夏の恋

夏めくや鳥は電波に射抜かるる

髪止めの灼け残りたる手首かな

よくまはる夏ゆふぐれの地球かな

梅雨闇のものみな交む深さかな

刈り上げる地下鉄の風梅雨寒し

七夕の蛸の飾りに足多し

尺玉の蜂の巣ありて玉屋鍵屋

大樹から闇となりけり夏の暮

陽転を測る定規や夏燕

麦酒来て昭和の革の栞挿す

風鈴の細き音のごとおはすかな

ひとまはり大き自転車夏木立

値札なき古書並びをり蝉の穴

欲望の蛋白質の海月かな

踊る背に郵便局と書かれをり

丸盆の転がり出づる夜涼かな

どの道もやがて涼しき隅田川

女童が団扇全部を持つてくる

骨よ響け萌えるオーボエ燃えるオーボエ

ひとを抱く白昼長し震災忌

虫の夜のごとりとできる氷かな

初恋のまだ続きをる花野かな

刺青の肌のたるみや秋暑し

マイルスの姿勢で洟をかみにけり

牡蛎となる前に光を失へり

単衣にて柿の姿を保つなり

木犀や悲鳴の言葉よどみなし

胃袋のかたちは酒のかたちかな

冬天に最後の椅子を向けにけり

極月や我より若き小野洋子

寒さうな唇と冬来たりけり

癇癪の静脈ありて冬木立

木枯や骨壺ほどのコンピュータ

水かけて家壊さるる小春かな

祝福の米の如くに冬麗

幻の自転車増える師走かな

降り積る雪降り積る人の耳

黒猫のスケルツォ駆ける冬銀河

 

俳句目次に戻る

 

トップページに戻る