一九九七年以前 五十句

 

化け猫が仏壇返す春の宵

地下鉄の地上に出でて弥生かな

永き日の祖父の家にはおならの間

夏めくや我等嘱目銀輪隊

ここからは埼玉県の青葉なり

紫陽花やまた初めから前奏曲

返信の御と芳を消す梅雨の入り

梅雨入りや給食はまだかと思ふ

ひめぢよをんのやうといつたらおこるかきみ

万緑や妻には開かぬ壜の蓋

炎昼のあどう゛ぁんていじれしいう゛ぁあ

昼顔やしづかに尖る贋乳房

つくつくと球音のほか何もなし

片陰の表札は同じ姓ばかり

片陰の犬の瞳のうるみかな

黒髪や西日の底の手風琴

すれ違ふ明治の船に日傘溢る

夕凪や看板のない理髪店

永久歯いま生えそむる夜涼かな

朝顔の閉じては開きエンデ逝く

二百十日すごく大きな女ゆく

きみと会ふこの世へ続く花野かな

稲妻にうたへ私の好きなもの

天高し山下洋輔トランポリン

秋麗林檎先生授業中

豊年や初めてきみと手をつなぐ

ラケットで布団を叩く秋麗

またきみがはなしをかへるねこじゃらし

楽園の鳥三度啼く秋の暮

二歳半人語を交わす秋の暮

暮れ落ちて二塁透明野球の子

銀漢や秤の皿の懸想文

虫出でて超合金に敗れけり

新聞が古新聞となる夜長

初霜や独といふ字にけもの偏

ふとももはかほよりふとし冬日向

河涸れて彼方の記憶五億年

ピアニスト爪摘みてなほ冬日向

バス停でふたつばかりの時雨かな

葱を手に急ぐ緑と赤の街

聖夜更け身を正し聴く現代音楽

年越や岩波文庫虚子句集

姿なき六弦の人炉辺にゐて

論争の果てなき寒夜あっぷっぷ

冬霧や二度目の店の中華丼

寒星や細き人には細き筆

コロラドの女主人も着ぶくれぬ

大寒の何やら尖る自分の歯

いちめんの車眩しき寒の凪

降る雪や象の名前のカレー店

 

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