<ミナルディ>

 チーム代表はジャンカルロ・ミナルディ、チーム・マネージャはフレデリック・ダイノー、 テクニカル・コーディネーターはガブリエル・トレドーズィ、チーフ・デザイナーはマウロ・ゲナーリ。
 チームの経営はフラビオ・ブリアトーレ(ベネトン)、アンドレッサ・ナニーニ(元F1レーサー)、 ガブリエル・ルミ(フォンドメンタル)を含んだ投資家グループが握っている。 これらの経営陣のおかげで97年は資金不足による存続危機から脱した。
 経営、スポンサー、マシン、エンジン、タイヤ、ドライバーと一新され飛躍が期待されたが、 開幕するといつもとマシンのグリットは変わらなかった。 非力エンジンの為、予選のライバルは同じ8気筒エンジンのティレルだった。
 開幕戦オーストラリアGPでは片山が予選15位につけマシンの速さに期待がかかったが 結局これが年間を通じての予選最上位になってしまった。
 フリー走行や予選ではトラブルが続出し、満足に周回出来ないレースが沢山あった。
 シーズン中盤にはBAT/レイナード(チーム・ビルヌーヴ)へのチーム売却が噂になった。  イタリアGPでF1参戦200回を迎える。
 日本GPで来年フォードV10の使用を表明した。

<M197>

 ゲナーリは89年からミナルディのマシン設計に携わり、96年からチーフ・デザイナーに。 空力面ではベネトンの影響が見られる。ブリアトーレが経営に参加した効果か。
 空力面には独自の工夫が各所にある。フロント・ウイング翼端板には小型ウイングが付いている。 フロント・ノーズ脇には小さなフィンを付けており、これはジョーダンも採用している。
 サスペンションはフロント・リヤ共に3ダンパーを採用。 ドライビングは良くテクニカルなコースでは良い走りを見せる。
 エンジンは昨年のフォードV8カスタマーからハートV8へ変更した。 しかし、V8ではマルチシリンダーには及ばず、予選では同じV8(フォード)のティレルと最後尾争いをする事に。 ハートエンジンは今年からニューマチック・バルブを使用する。
 ハートエンジンのマネージメントシステムは昨年のアローズ搭載時にはTAGだったが、 ミナルディではマニエッティ・マレッリに変更した。この事により初期トラブルが発生し、 解決に時間を取られた。
 シーズン途中でエンジン開発者のブライアン・ハートはハートV8の開発を早々に諦め、 来年用のV10の開発に移った。

<片山右京>

 34歳の日本国籍。92年ラルースからF1デビュー、93年から96年までティレル、 97年ミナルディに移籍。
 この年で6年間のF1を引退する。不完全燃焼の1年だった。 予選では特に右京にトラブルが続出し、決勝までに走り込む事が出来ないレースが多かった。
 開幕戦オーストラリアGPでは年間最高位の予選15位につけるが、予選から続いていた 電気系統のトラブルからエンジンが止まってしまう。
 ブラジルGPでは抜群のスタートを決め12位にアップするが赤旗に。 2回目にスタートではクラッチトラブルでエンジンストールに、スタート後もリヤウイングにトラブルがでて完走がやっとだった。
 サンマリノGPでは予選でエンジン2台がブロー、マシントラブルも。 決勝ではグリッド上で行った雨対策のセッティングが裏目になり、アンダーステアと戦うはめに。 何とか11位で完走する。
 モナコGPは初の完走で11位に。
スペインGPでは初めてフリー走行をノートラブルで走れた。決勝はタイヤの勝負と考え、 タイヤを温存しながら走っていたがギヤトラブルでリタイヤ。
 カナダGPでは又も予選までに走り込む事が出来ず、最後尾からのスタートに。 決勝ではアクセルが戻らなくなりウォールに激突、幸い怪我はなかった。
 フランスGPでは予選21番手からスタート。 途中サロ(ティレル)を追いかけている時に、シケインでジャンプしてしまい腰を痛める。 その後左足も痛み出し完走するのがやっとだった。
 イギリスGPでは2度目のスタート直後スピンで壁に直行して激突してしまう。
 ドイツGPでは序盤にフェルスタッペンと接触しマシンバランスを崩してしまう。 この時から激しいバイブレーションが起き、サインボードが読めず無線も壊れてしまう。 この為、給油のピットインが分からずガス欠に。
 ハンガリーGPでは20位スタートで10位完走を果たす。
 ベルギーGPでは雨のフリー走行では10位を記録した。 しかし、ドライの予選ではいつもの20番手に。決勝でも雨が降り期待されたが15位に。
 イタリアGPはフリー走行で大クラッシュに、幸い怪我はなかった。 決勝では左フロントタイヤがパンクしスピンする。この時にブレーキを壊しリタイヤに。
 オーストリアGPは19番スタート。マシンの調子は良かったが終盤エンジンから異音が発生。 セーブして走り11番でゴール。
 ルクセンブルクGPは最後尾からのスタート。 スタートは良くティレルやザウバーを抜いたが、ジョーダン同士の接触に巻き込まれリタイヤに。
 日本GPでF1引退を表明。レースはスタートに失敗し、9週目にはエンジンブロー。
 最終戦ヨーロッパGPは19番手スタートで17位完走する。

<ヤーノ・トゥルーリ>

 23歳のイタリア国籍。97年ミナルディからF1デビュー、途中でプロストへ移籍。 容貌はセナに似ている。ドイツF3チャンピオンからF1へ。
 開幕戦オーストラリアGPでは、コースアウトする場面も見られたが9位で完走する。
 ブラジルGPでは1ストップ作戦が成功し18台完走中12位でゴール。
 アルゼンチンGPではスタートの混乱でコースアウトに。しかし無事にコースに戻り、 何回かのドライビングミスにも負けずサバイバル戦を9位で完走する。
 サンマリノGPではフォーメーションラップ中にギヤが入らなくなりピットイン。そのままリタイヤに。
 モナコGPはブレーキイングミスでクラッシュ。
 カナダGPでは決勝が快調で中盤に12位を走行していたが、エンジンが突然ストップ。
 フランスGPからは怪我で欠場したパニスの代役でプロストのハンドルを握る。

<タルソ・マルケス>

 21歳のブラジル国籍。96年ミナルディからF1デビュー。
 97年はテスト・ドライバーで開幕を迎えたが、トゥルーリがプロストに移った為、 フランスGPから正ドライバーに昇格した。
 フランスGPでは22番目からのスタートで、6週目にはエンジントラブルでリタイヤする。
 イギリスGPではタイヤやブレーキペダルに問題が起こったが10位でゴール。F1初完走。
 ドイツGPはスタートでトランスミッションが壊れてしまった。
 ベルギーGPはタイヤをロックさせてグラベルに突っ込む。
 イタリアGPでは決勝中ブレーキに問題を抱えていたが、何とか完走する。
 オーストリアGPでは予選中に車両最低重量違反で失格になる。
 ルクセンブルクGPは自己最高の予選18番手に。 スタートも良く14番にジャンプアップするも、2週目にエンジントラブルでリタイヤ。
 最終戦ヨーロッパGPでは20番目のスタートで15位完走する。


モデル
1/43ミニカー シネリウス社(ポルトガル) ONYXシリーズ X302 MINARDI-HART M197   
参考資料
・「AS+F」 オーストラリアGP号〜ヨーロッパGP号 三栄書房発行
・「F1グランプリ特集」 97年6月号〜12月号、98年2月号 ソニー・マガジンズ発行
・「F1 1997総集編AS+F」 三栄書房発行
・ミナルディ・オフィシャル・サイト ミナルディ〜English〜Minardi'97〜→
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