アメリカ博物館協会(AAM)の助成により,ロサンゼルス郡立自然史博物館に,2000年2月から3月に勤務する機会を持ちました。同自然史博物館の分館の一つに,ハンコック公園の一角に位置するページ博物館(George C. Page Museum:1977年開館)があります。ページ博物館は,Rancho La Breaと呼ばれるタールピットから発掘された化石動物たちのコレクションで有名ですが,サーベルタイガー(Sable Toothed Cat: Smilodon fatalis)やダイアウルフ(Dire Wolf:Canis dirus)の膨大なコレクションと並んで,Giant Short-faced bear(Arctodus simus)の化石標本も収蔵されています(注1)。この巨大化石グマの標本に触れる機会を持ちましたので簡単に報告します。

【ランチョラブレア・タールピットについて】

 最後の氷河期(4,000から40,000年前)の化石が大量に発見されている場所で,これまでに350万点,種数にして650種以上の動植物化石が発掘されています。このように多量の化石がまとまって発見される理由は,地表に滲出した天然アスファルトに動物たちが足をとられてそのまま化石化し,堆積したためです。またアスファルトの罠にかかったオオナマケモノ,ラクダ類,ウマ,バイソン類などの草食動物を狙ってやって来た肉食動物たち,すなわちサーベルタイガー,ダイアウルフ,オオカミ,アメリカライオンなども,次々とアスファルトに足をとられました。肉食動物標本の割合は発掘された化石全体の70%に達しますが,この際だった多さは,前述のような特筆すべき要因によるようです。

【Short-faced Bearについて】

 Rancho La Breaではアメリカクロクマやグリズリーの化石も発掘されていますが,もっともポピュラーなクマ類はShort-faced Bearです。現生のクマ類では南米のメガネグマに近縁のこのクマは,更新世晩期最大の捕食動物で,オス成獣の推定平均体重は610キログラムで,肩高は5フィートに達しました(メスは25%程小型)。オスは立ち上がると11フィートの高さになります。これまでに発見された最大の標本からの推定体重は,何と1,000キログラムだそうです!
 ページ博物館に収蔵されているShort-faced Bearの標本は,サーベルタイガーやダイアウルフの数千点というオーダーに比べるとしかしひじょうに少なく,数十体分に過ぎません。下顎が欠損したりしているものの,まあ完全に近いという感じの頭骨では,わずかに4点だけです。後述するように高次の捕食者でもともと個体数が少なく,しかもサーベルタイガーやダイアウルフのように群で生活せず,広範な行動圏を有したためではないだろうかというのが,ページ博物館スタッフの説明でした。
 頭骨は幅が広い割に,鼻面は短く,クマというよりネコ科の動物のような形質を持っています。上顎の最後の前臼歯と,下顎の第一臼歯はナイフのように咬み合う構造で,グリズリーなどより良く発達しています。また大きく円錐形の犬歯や,強靱な咬筋の存在等から考え,ホッキョクグマを除くどの現生のクマ類よりも,肉食性が強かったことが示唆されています。さらにShort-faced Bearは長くほっそりとした四肢を持つことでも際だっています。前肢より後肢の方が長く,他のクマ類が内股で前肢をローリングさせながら歩行することに比べ,Short-faced Bearではつま先を真っ直ぐにして歩行できたようです。比較的短い胴部などからも推察されるように,他のクマ類より敏捷に走ることができ,ラクダ類,バイソン,ウマ等の更新世には北アメリカに広く分布した草食獣をハンティングしていたようです。
 Short-faced bearは,アラスカ,カナダ西部から中央メキシコにかけての北米の広い範囲の様々な生息環境に生活しました。約11,000年前と考えられる絶滅の明確な理由は現時点では説明できませんが,気候と植生の急激な変化がそのひとつの理由として想像されています。
 体重1tもの巨大なクマが草原を闊歩する様は,想像するだけでもわくわくする光景ではないでしょうか。もちろん草原でばったり会いたくない相手であることに間違いはありませんが,もし絶滅していなければと考えてしまうのは私だけでしょうか。

(注1)北米には当時,Giant Short-faced bearの他にも,Lesser short-faced bear(A. pristinus)と呼ばれる小型でより原始的なもう1種類の仲間が,主に南東部に生活していましたが,ここでShort-faced bearと記する場合は,すべてGiantの方を指しています。

ページ博物館正面入り口の風景 ハンコック公園内で現在発掘作業中のタールピット
木枠の足場の間に,アスファルト層と化石骨が見える
博物館に展示中のShort-faced bearの全身骨格標本
何ヶ所かの骨格は複製品
長い後脚とスレンダーな体がよく分かる
収蔵庫内部の風景
整然と棚が並び,動物群ごとに収蔵されている
こうした作業には多数のボランティアが関わっている
Short-faced bearの頭骨標本(2個体分) Short-faced bear(左)とグリズリー(右)の頭骨標本の比較
Short-faced bear(左)とグリズリー(右)の頭骨標本の比較 Short-faced bearの歯の標本群を見せてくれるページ博物館の学芸アシスタントのShelley
他地域で発掘された最大級のShort-faced bearの大腿骨のレプリカ標本と,ランチョラブレアで発掘された大腿骨の部分標本(大腿骨頭)の大きさの比較をしてくれるShelley。ランチョラブレア標本の方が一回り大きい。

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