新審判決紹介147 
〔純利益や粗利益等ではなく正規品小売価格相当額を損害額と認定した裁判例〕

論 点
1.著作権法114条1項(特許法102条2項と同旨)にいう,侵害行為により受けた利益とは何を指すか。
2.同2項(特許法102条3項)にいう実施料相当額とは何を指すか。
(東京地裁平成12年(ワ)第7932号,同13年5月13日判決〔民事第29部〕,判例タイムズ1060号275頁,判例時報1749号19頁)
 
 
1.事実の概要
1−1 当事者
 原告Xら=コンピュータ・プログラム及びシステムの開発,制作,販売等を業とするアメリカ法人。
 被告Y=司法試験等の各種資格試験の指導等を業とする株式会社。
 
1−2 事案の概要
 Xらは,コンピュータ・プログラムについての著作権を有するが,Yによる複製行為が行われたとして,Yに対し,同プログラム(本件プログラムという。)の使用行為の差止め及び損害賠償を求めたものである。
 すなわち,Yは,その経営する「西校校舎」において,設置された多数のコンピュータに本件プログラムをXらの許諾なしにインストールして複製し,もって,Xらの複製権を侵害した。
 その無許諾複製の状況は,平成11年5月20日,西校校舎において,証拠保全としての検証手続が行われ,その結果,西校校舎4階の41教室に16台,同42教室に47台,同43教室に45台及び同44教室に46台のコンピュータが存在し,西校校舎4階廊下部分に1台及び1階各室に合計64台,合計219台のコンピュータが存在することが確認され,時間の関係で,これら全219台のコンピュータのうち,本件検証手続は,136台を対象として行われた結果,これらのコンピュータ内の記憶装置に,本件プログラムの無許諾複製がされている事実が確認された。
 
1−3 争点(損害額)
 本件は,コンピュータ・プログラムの無許諾複製の事案であるから,複製権侵害の有無は問題とはなっておらず,また,差止めの必要性が争点の1つとなっていたが,ここでは,侵害行為の存在を前提として,損害論を中心に取り上げることとする。
 
1−3−1 Xらの主たる主張
(1) Yの利益額
 Yが侵害行為により得た利益額(Xの損害額)は,Yが,本件プログラムを違法に複製したことにより,正規に購入すれば支出すべきであった本件プログラムの正規品小売価格分の利益を得たから,本件プログラムの正規品小売価格の総計である4782万8800円が,侵害行為によりYが得た利益となる。(その他の主張は省略)
(2) 許諾料相当額
 許諾料相当額は,コンピュータソフトウェア業界において,権利者が事後的に違法複製者に対し過去の行為に対して許諾料相当の損害賠償額を求める場合は,正規品の販売価格とは,区別して取り扱うのが通常である。そして,「著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額」は,以下の理由により,正規品小売価格の2倍相当額を下ることはないと解すべきである。
 
1−3−2 Yの主たる反論
(1) 損害の不存在
 Yは,本件検証手続後,西校校舎におけるプログラム使用状況を徹底調査し,正規に使用許諾を受けていない複製品及び正規使用許諾を受けているか否か不明なものも含めて,設置コンピュータの内部記憶装置のすべてから該当プログラムを完全に抹消し,適法な使用許諾を受けたプログラムに置き換えた。したがって,購入時点での本件プログラム現行バージョンを取得し,使用中の本件プログラム消去を行うことで合意したことによるのであるから,Yにおいて賠償すべき損害は存在しない。
 また,Xらは,Yが正規品を購入したことは,それ以後の使用を合法化するにすぎず,過去に遡ってすべてを合法化するものではなく,過去の使用に対しては,別途,損害賠償を支払う義務がある旨主張するが,@ペイド・アップ方式によるシュリンク・ラップ使用許諾契約においては,同一プログラムの使用対価は1回払えば,永久且つ無制限に使用できるのであるから,その過去の使用分も遡及してカバーすると解すべきである。AXらとYは,継続的使用の維持方法として正常ソフトウェアの新規導入を合意したものであるから,同一プログラムの過去,現在,未来の使用は連続した一つの使用行為である以上,かかる合意は,当然,過去の使用もカバーすると解すべきである。B仮に,Yがプログラムを違法に使用した行為に対する損害賠償として,本来のペイド・アップ・ライセンス料を支払っていたとすれば,その損害賠償によって当該プログラムの継続使用は正当な使用権に基づく使用となったはずである。Xらが,同一プログラムにつき,損害賠償を受け取りながら,さらに将来に向かってのライセンス料を受領するとすれば,シュリンク・ラップ方式の下での使用料の二重取りとなり,不当利得を構成する。Cシュリンク・ラップ契約方式は,ライセンス料回収のコスト節約と貸倒れ防止という,著作権者の利益のために採用された契約方式であるから,それが著作権者側の不利に働く場合でも変更することは許されない。DYは,本件検証手続後に,適法なプログラムに置き換えたが,その正規プログラムは,Yが無許諾で使用していたプログラムと基本的に同一プログラムである。また,たとえ,バージョンが違う場合でも,新バージョンは旧バージョンを包含し,一体性を保ちながら機能を拡張しているものであり,実質的に同一である。したがって,本件において,Yの1事業所で使用されていたプログラムの中に,たとえ正式な使用許諾契約に基づかないものがあったとしても,Yがそれを全部適正な使用許諾契約に基づくプログラムに置き換え,使用許諾料全額を支払ったことにより,Xらは,Yによる一時的無断使用による損害を含め,当該各プログラムの生涯収入を全部回収したから,もはや賠償すべき損害は存在しない。
(2)Xらは,正規小売品の価額の2倍に相当する額が著作権侵害に基づく損害であると主張するが,最高裁平成9年7月11日判決は,「我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,被害者が被った不利益を補てんして,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり・・・,加害者に対する制裁や,将来における同様の行為の抑止,すなわち一般予防を目的とするものではない。・・・不法行為の当事者間において,被害者が加害者から,実際に生じた損害の賠償に加えて,制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは,右に見た我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。」と判示しているが,Xらの主張は,前記基本理念に反する。
 
2.判 決
2−1 結論
 差止請求は棄却し,損害賠償請求は一部認容(約8,470万円)した。
 
2−2 判決理由の概要
2−2−1 損害額
 西校校舎に存在した全219台のコンピュータのうち,83台を除外した合計136台に係る侵害行為によって得たYの利益額は,無許諾複製したプログラムの数に正規品1個当たりの小売価格(価格は弁論の全趣旨により認める。)を乗じた額であると解するのが相当である。
 西校校舎内における各コンピュータの使用態様は,本件検証の対象とされた136台と対象とされなかった83台との間で相違がないものと解するのが合理的であるから,西校校舎に存在した219台の全コンピュータに係る侵害行為によって得たYの利益額が,原告の受けた損害と推定され,また,許諾料相当額により損害を算定するとしても許諾料相当額と同額と解するのが相当である。
 
2−2−2 Xらの主張(1−3−1)に対する判断
(1)Xらは,西校校舎での無許諾複製状況から他の事業所においても同様の無許諾複製の事実が推認されるべきである旨主張するが,Yの西校校舎以外の事業所において,本件プログラムの無許諾複製がされている事実を認めるに足りる証拠は一切なく,また,他の事業所はそれぞれ西校校舎とは使用目的,使用状況が異なると考えられるから,他の事業所における無断複製の事実及びその規模を,西校校舎における無断複製状況を基礎として推認することも相当でない
(2) Xらは,許諾料相当額は正規品小売価格の2倍相当額を下らない旨主張するが,本件全証拠によるも,そのような事実を認めることはできない。
 
2−2−3 Yの主張(上記1−3−2)に対する判断
(1)Yは,本件プログラムについての違法複製品をすべて正規品に置き換え,正規品を購入することによって許諾料全額を支払ったから,Xらの損害は生じていないと主張する。
 しかし,YのXらに対する著作権侵害行為(不法行為)は,Yが本件プログラムをインストールして複製したことによって成立し,これにより,Yは,本件プログラムの複製品の使用を中止すべき不作為義務を負うとともに,上記著作権侵害行為によって,Xらに与えた損害を賠償すべき義務を負う。そして,本件のように,顧客が正規品に示された販売代金を支払い,正規品を購入することによって,プログラムの正規複製品をインストールして複製した上,それを使用することができる地位を獲得する契約態様が採用されている場合においては,Xらの受けた損害額は,著作権法114条1項又は2項により,正規品小売価格と同額と解するのが最も妥当であることは前記のとおりである。その意味で,本件においては,Xらの受けた損害額は,Yが本件プログラムを違法に複製した時点において,既に確定しているとみるのが相当である。
 確かに,Yは,Xらから違法複製品の使用の中止を求められた後,新たに本件プログラムの使用を希望して,自ら選択して,本件プログラムの正規複製品を購入したこと,上記正規品は,違法複製品と同一又は同種(違法複製品とは版の異なるものも存在する。)のものであることが窺える。しかし,Yの上記行為は,不法行為と別個独立して評価されるべき利用者としての自由意思に基づく行動にすぎないのであって,これによって,既に確定的に発生したXらのYに対する損害賠償請求権が消滅すると解することは到底できない(もとより,弁済行為と評価することもできない。)。顧客は,価格相当額(許諾料相当額)を支払うことにより当該正規品(シリアル番号が付された特定のプログラムの複製品)を将来にわたり使用することができる地位を獲得するが,その行為(当該正規品についての所定の条件の下での使用許諾申込みを承諾する行為)により発生した法律関係が,顧客と著作権者らとの間において既に成立した権利義務関係(損害賠償請求権の存否又は多寡)に影響を及ぼすものではないことはいうまでもない。
 この点,Yは,当初から正規品を購入した場合や,最後まで正規品を購入しなかった場合と不均衡が生ずるから不都合である旨主張する。しかし,当初から正規品を購入した場合には違法複製行為がないのであるから,損害を賠償する義務がないのは当然のことであって不均衡とはいえないし,最後まで正規品を購入しなかった場合には,本件プログラムの複製物の使用が許されないのであって,自らの自由意思により,正規品を購入して将来にわたり使用する地位を確保した本件のような場合とはその前提を異にするから,やはり不均衡とはいえない(Yにおいて,本件プログラムに係る正規品を購入せず,他社のプログラムを購入するという選択もできる。)。さらに,本件全証拠によるも,Yが正規品を購入したことにより,XらがYに対して,損害賠償義務を免除する旨の意思表示をしたと認めることもできない。したがって,上記主張は理由がない。
 
3.研 究
3−1 賠償額の高額化
 知的財産研究所の「知的財産権侵害にかかる民事的救済の適正化に関する調査研究」(1996)や特許庁が独自に算出したとされる「過去の主要な特許・実用新案権侵害訴訟の平均賠償額の推移」によれば,1990〜1994年(平成2〜6年)では,平均賠償認定額は約4,624万円であったが,1998〜2001年では,約1億8,125万円となっている。具体例としては,東京地判平成10年10月12日(シメチジン事件)では約30.6億円,同平成12年1月28日(手術用縫合針事件)では約7.2億円,同平成13年12月21日(帯鋼巻取装置事件)では約4.3億円,同平成13年7月17日(記録紙事件)では約3.7億円,等となっている。さらに,東京地判平成14年3月19日(パチスロ事件)では,2社に対し合計約84億円の賠償が命じられたので,この平均賠償額は大きく増加することとなる。
 
3−2 損害賠償規定の整備
 もともとわが国における民事訴訟のうち,知的財産権侵害訴訟は,昭和30年代以降に徐々に増えだしたのであるが,当時は仮処分の本案化といわれたように,差止請求が主題であるものがほとんであり,損害賠償請求はあまり今ほどに起こされなかったといわれている(松本重敏「工業所有権侵害訴訟における損害賠償請求の現状と問題点」〔東京弁護士会法律研究部無体財産法部会編「知的所有権をめぐる損害賠償の実務」別冊NBLno.33〕2頁)。
 有体物の侵害とは異なり知的財産権の侵害による損害の認定は,その侵害行為と損害との因果関係の立証が極めて困難であること,あるいは今日の専門部における審理のように侵害論と損害論とが峻別されていなかった時代には,「原告は特許権侵害の事実すなわち技術関係の主張立証に全力投球をする場合がほとんどであり,被告側もこれに主力を注いで対抗し差止請求を免れようとするものである。したがって,損害の有無,その額の主張立証とこれに対する防御は,他の一般の不法行為とは異なり,いきおい付け足し的または手薄になっているのが実情である。」といわれてきた(畑郁夫「『ハンダ溶剤』の技術的範囲の解釈および1個の製品の一部分だけが特許権を侵害する構成になっている場合の損害額」〔馬瀬文夫先生古稀記念「判例特許侵害法」〕742頁)。
 しかし,近年になってプロ・パテント(特許重視)の機運が高まり(その嚆矢が1997年に当時の特許庁長官荒井寿光著にかかる「これからは日本もプロ・パテント(特許重視)の時代」発明協会,であろう),特許法102条1項として,「特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。」との規定を追加し,また実施料相当額について「通常」の文言を削除し,さらに,通常実施料相当損害金の(低額化?)認定に際し大きな影響を与えていた国有特許使用料の自由化を1998年6月に実施するなどして,損害額認定の低額化に歯止めを与える制度改正がなされた。
 
3−3 利益概念の変遷
 ところで,著作権法上の損害賠償の規定は,未だ,特許法102条2項・3項と同じ内容にとどまっている。
 すなわち,「第114条(1項)  著作権者、出版権者又は著作隣接権者が故意又は過失によりその著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、当該著作権者、出版権者又は著作隣接権者が受けた損害の額と推定する。 
 (同2項) 著作権者又は著作隣接権者は、故意又は過失によりその著作権又は著作隣接権を侵害した者に対し、その著作権又は著作隣接権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。」
という規定ぶりである。
 しかしながら,賠償額の高額化傾向は,上記の規定における「利益」概念の変遷に大きく依存している。
 すなわち,法律上の「利益」概念は定義されていないが,伝統的には,一般的に売上−売上原価−販管費(時には−営業外損益や特別損益)=経常利益的なものとされてきた(販管費等については,割合的に捉えて控除する)。この背景には,もともと知的財産権者の保護のために,侵害者の得た利益を権利者の損害と推定するという保護規定を設けた関係があったかも知れないが,損害額は極めて低廉であった。実際に,訴訟代理人として侵害者側の代理をする場合には,敗訴となっても依頼者側にあまりダメージは生じないだろうというのが一般的な感覚であった。
 しかし,これでは,権利者の保護が十分でないということで,売上−売上原価=粗利益的な考えも有力であった。こうすれば,控除額が少なくなるので賠償額がアップする。時には,立証責任を転換してその保護を図る判例も例外的ではあるが出た(大阪地判昭和60年6月28日〔エチケットブラシ事件〕無体集17巻2号311頁)。
 しかし,今日では,被告側を代理するとなると,敗訴した場合には,依頼者が倒産を余儀なくされかねないとの危惧の念を抱くことが多くなっているが,それは,「利益」をいわゆる「限界利益」的に捉える考え方の定着傾向の結果である。特許権者が追加的に必要な費用が変動費のみである場合には,侵害者の利益算定に当たり,侵害者が要した変動費のみを控除すべきであるとする,田村善之北大教授の提唱として知られているものである(田村善之「知的財産権と損害賠償」)。そして,著作権侵害事件であるが,東京地判平成7年10月30日〔システムサイエンス事件〕判例時報1560号24頁が最初に変動費を控除するとしてその考え方を取り入れた。したがって,実質的には粗利説とほぼ同じような結果になっているといえよう。
 さらに,今日では,知的財産権侵害訴訟の専門部ではこの限界利益説的な考えをとることで一致しているといえる(これらの変遷について種々の論考があるが,最近のものとして,例えば,高松宏之「損害(2)ー特許法102条2項・3項」新・裁判実務大系4・307頁)。もっとも売上からなにを控除すべきなのかはまだ確立していない(例えば,原価償却費の控除の可否等)。
 以上から,利益概念の変化を通じて,損害賠償額の高額化傾向が裏付けられていることが理解されるであろう。
 
3−4 差額説から規範的損害論へ
3−4−1 損害論における差額説と最高裁判決    
 本件では,正規品小売価格相当額を損害額と認定した。また,許諾料相当額と同額が損害とも算定した。しかも,Yは,後日,侵害品と同一(同種)のソフトを購入している事実もある。
 これらは,いわば,「売上」そのものを損害とするものであり,なんらの控除もしていないし,権利者からすれば,損害は回復されたのではないかと見られる。つまり,従来の損害論と比較するとかなり特異なものである。
 ところで,知的財産権侵害による損害賠償は,当然のことながら,不法行為の基づく損害賠償の一形態である。
 そして,権利者が蒙った損害の補填を目的とするものであるが,それは,「不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補てんして,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするもの」である。この理は,最判平成5年3月24日民集47巻4号3039頁や,最判平成9年7月11日民集51巻6号2573頁において繰り返し説示されているところである。つまり,損害とは,侵害がかなったとすればあるはずの財産状態と現状との差額ということである。
 この考えと合わないものの1つが懲罰的賠償である。しかし,上記最判平成9年7月11日(萬世工業事件)では,懲罰的賠償制度はわが国における不法行為に基ずく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相容れないと明言している(この事件では,懲罰的賠償を認めた外国判決はわが国の公序良俗に反するとして執行判決はできないとした)。加藤雅信「知的所有権侵害と規範的損害論」判例タイムズ1074号74頁も,この最高裁判決からすれば,本件における損害賠償請求権は否定されることになる,と指摘している(同76頁1段。なお,本件では,Xは許諾料相当額の2倍の賠償を求めていたが,そのような事実は証明されていないとして排斥されているが,仮に証明されたとした場合,3倍賠償は公序良俗違反であるが,2倍賠償なら許されるといえようか)。
 
3−4−2 本件判決との関係
 であるとすると,この判決における損害額の認定は許容されるものであろうか。
 なるほど,実施料相当額を損害賠償とする規定については,侵害行為と損害との事実的因果関係がなくても常に賠償を認める規定であるから,その性質を規範的損害概念と捉えることが可能かも知れない(田村前掲217頁注(7))。しかし,侵害者の利益を権利者の損害と推定する場合には(もっとも特許法102条1項では,推定ではなく擬制的である),蓋然的にも因果関係を前提としているのであるから,差額説を超えることはできないのではないかと思われる。
 例えば,相手のソフトを破壊したが,その後に,権利者に同額の賠償金を支払ったとすれば,損害は完全に回復されている。これは問題がない。仮に,他で権利者のソフトを購入すれば,結果的には差額はなくなったことになるのではなかろうか。
 しかも,正規品の小売価格は,ソフトメーカーが本来的に得る卸値とも異なる(三山峻司「コンピュータ・プログラムの企業内無許諾複製による損害額」知財管理51巻11号1731頁)。さすれば,ますます差額説的立場とは乖離することとなる。
 今日では,無許諾複製行為が大量に行われているという情報もあり,知的財産権の保護を十全ならしめるには,制裁的要素を取り入れる発想も求められるところであろう。しかし,懲罰的な問題は,通常は慰謝料請求等の中で解消されるべきものであろう(このような考え方は一般的である。なお,京都地判平成1年2月27日判例時報1322号125頁参照)。もっもと,本件では慰謝料請求はなされていない。
 本件が知的財産権侵害訴訟の損害論に与える影響は極めて大きいというべきである。今後の動向が注目される。
                                (小松陽一郎)