新審判決紹介138
〔競走馬に関するパブリシティ権を否定した裁判例(オグリキャップ事件)

論点
1,パブリシティ権の根拠・内容。
2,物の所有者はパブリシティ権を取得することができるか。
3,競走馬の経済的価値の利用について期待権を有する場合,損害賠償請求権が認められるか。
(東京地方裁判所平成10年(ワ)第23842号、同13年8月27日判決〔民事第29部〕、最高裁判所HP知的財産権判決速報)
 
1,事実の概要
1−1 当事者
 原告X=競走馬を所有する会社等23名
 被告Y=家庭用ビデオゲームソフトを製作,販売等する株式会社
 
1−2 事案の概要
  本件は,競走馬を所有するXが,いわゆる「パブリシティ権」の侵害に当たるとして,Xの所有する競走馬の名称を使用して家庭用ビデオゲームソフトを製作,販売等するYに対し,ゲームソフトの製作等の差止めと損害賠償を請求したものである。
 すなわち。Xは,競走馬オグリキャップ等所有し又は所有しており,Yは,平成8年3月ころから,競走馬育成シミュレーションゲーム(ダービースタリオン96,スーパーファミコン版等)のゲームソフトを製作,販売し,またその複製を許諾していたところ,本件のシミュレーションゲームは,家庭用ゲーム機で使用するビデオゲームソフトであり,プレーヤーが,競走馬の生産者,調教師及び馬主として,牧場,一頭の繁殖牝馬及び一定額の資金を与えられ,種牡馬と繁殖牝馬の血統や特性を考慮しつつ交配を行って馬を生産し,牧場で仔馬を育て,厩舎において競走馬としての調教を行い,競馬場のレースで勝利を目指し,賞金を獲得すれば,より良い種牡馬と繁殖牝馬の交配を行うことでさらに強い競走馬を育成し,いわゆる「G1」レースの制覇を目指すことなどを内容としていた。そして,これらゲームソフトにおいては,種牡馬,繁殖牝馬及びレースに出走する競走馬の一部に,Xが所有する本件各競走馬の名称が使用されているが,Yは,上記使用についてXの許諾を得ていなかった。
 
1−3 Xの請求の概要
 1 Yは,各ゲームソフトを製作し,販売し,貸し渡し,又は販売若しくは貸渡しのために展示してはならない。
 2 Yは,ゲームソフトの複製権を許諾してはならない(以上,差止請求)。
 3 Yは,原告Aに対し200万円,原告Bに対し150万円,原告Cに対し500万円,…等並びにこれら各金員に対する平成10年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を各支払え(損害賠償請求)。
 
1−4 争点
 1,パブリシティ権の根拠・内容はなにか。
 2,物の所有者はパブリシティ権を取得することができるか。
 3,競走馬の経済的価値の利用について期待権を有する場合,損害賠償請求権が認められるか。
 
2 判決
2−1 結論
 原告請求棄却
 
2−2 判決理由の概要
2−2−1 いわゆる「パブリシティ権」の内容及び法的根拠について
  (1) Xは,物の所有者は,所有に係る物が,商品の購買に当たっての訴求力又は顧客吸引力等の経済的利益,すなわち「パブリシティ価値」を備えるに至った場合には,物の「パブリシティ価値」を利用して,商品を製造したり,対価を得て商品化を許諾したりするなど,その経済的利益を排他的に支配する財産的権利,すなわち「パブリシティ権」を取得すると解すべきであるとする(なお,Xは,排他的な権利が認められるべきであるとの結論を述べるのみで,その法的な根拠を一切明らかにしていない〔のみならず,Xは,本件請求は,所有権,人格権又は知的財産権に基づく請求とは異なる別個の請求であると釈明する。〕)。
  (2) しかしながら,以下のとおり,「物の顧客吸引力などの経済的価値を排他的に支配する財産的権利」の存在を肯定することはできないと判断する。
 
2−2−2 実定法上の根拠の有無
  排他的な権利を認めるためには,実定法の根拠(人格権など明文がないものも含む。)が必要であるが,Xが主張する「物の経済的価値を排他的に支配する権利」を,従来から排他的権利として認められている所有権や人格権の作用を拡張的に理解することによって,根拠付けることは到底できない。
 第1に,所有権の権能を拡張的に理解することにより根拠付けられるかをみてみると,所有権は,有体物を客体とする権利であって,その作用は,有体物を物理的に占有支配する権能及びこれを円滑に行使するのに必要不可欠な権能(例えば,登記請求権等)にとどまる。物の所有者以外の第三者が,物に備わった顧客吸引力を利用する場合であっても,所有者の物に対する物理的な支配状態を妨げない限り,所有者が物について有する排他的な支配権と矛盾しないというべきであるから(最高裁昭和59年1月20日判決民集38巻1号1頁参照),所有権の作用によって,物の顧客吸引力などの経済的価値を排他的に支配する権利を基礎付けることはできない。
 第2に,人格権により根拠付けられるかについて検討すると,第三者が,他人の所有物を,所有者の承諾なく,物理的に毀損したような場合であっても,特段の事情の存しない限り,所有者の人格権を侵害することがないことは明らかである。これと同様に,第三者が,他人の所有に係る物について,所有者の承諾なく,その物が備える顧客吸引力を利用したとしても,所有者の人格権を侵害することにはならないことも明らかである。
 確かに,第三者が,社会的評価,名声等を獲得した自然人の氏名,肖像等を,当該自然人の承諾なく利用した場合に,その利用行為が,当該自然人の社会的評価,名声等を低下させると評価される限りにおいて,当該自然人の人格権を侵害することになるため,当該自然人は,自己の人格権に基づいて,氏名,肖像等を利用する第三者の行為を差し止めることができる。このことを経済的な側面から観察すれば,自然人が社会的評価,名声を獲得した場合には,顧客吸引力などの経済的価値を利用する一切の行為を独占することができると理解することもできよう。
 しかし,このような排他的な権能は,あくまでも,自然人が本来有している人格権が侵害されたと評価される場合に初めて認められるのであって,これと異なり,そもそも,第三者が,他人の所有物を利用しても,直ちには物の所有者の人格権を侵害するものではないから,人格権を基礎にして,Xの主張するような排他的権能を根拠付けることは到底できないといわざるを得ない。
 
2−2−3 慣習法等による根拠付けの可否
  知的財産権制度を設けた現行法全体の制度趣旨に照らし,知的財産権法の保護が及ばない範囲については,排他的権利の存在を認めることはできない。また,「物の経済的な価値を排他的に支配する」利益を尊重する社会的な慣行が長い間続くことによって,これが慣習法にまで高められれば,明文上の根拠がなくとも,排他的権利の存在が認められるとの見解に立ったとしても,Xが主張する排他的権利を肯定することは到底できない。
  仮に,「所有者は,自己の所有物について,訴求力又は顧客吸引力等の経済的利益を備えるに至った場合,物から生ずる経済的利益を独占的に享受する」ことについての社会的な慣行が存在し,その慣行が,長い期間尊重され,慣習法にまで高められていたと評価されるような場合に,そのような権利利益を排他的な権利として肯定することができるという見解が採用し得るとした場合,Xの主張に係る排他的権利を肯定する余地があるか否かについてみてみると,
   ア 我が国において,物の名称等の使用等に関しては,著作権法,商標法,不正競争防止法などの知的財産権関係法が置かれ,それぞれの法律の立法趣旨に沿って,各法律が,所定の範囲の者に対して,所定の要件の下で,排他的な使用権(すなわち専有権)を付与している。例えば,著作権は,著作権の取得要件や著作権の制限について詳細な規定を置いた上で,著作物の創作者等に対して,排他的権利である著作権及び著作者人格権を付与しており,また,不正競争防止法は,いわゆる周知又は著名な商品等表示を取得した者などに対して,当該商品等表示を使用する排他的権利を付与している。
 各法律により,それぞれの権利の発生原因,内容,性質,範囲,消滅原因等が明確に規定されている所以は,そもそも,法律の制約がない限り,国民は私的活動の自由が保障されていること,また,排他的な権利は一般人の経済活動や文化活動の自由を抑制するものであり,取得原因,内容についての明確な規定を設けることなく排他的権利を付与することがあれば,国民の行動の自由を過度に制約するおそれが生じて,妥当でないことなどの理由によるものである。
 このように,知的財産権関係法が付与する排他的権利は,その性質上,権利者に対して,独占的保護の限界を画したものと解されるべきであり,第三者に対して,行為の適法性の限界を画するものとして解されるべきものである。したがって,第三者が,知的財産権関係法の定める排他的権利の範囲に含まれない態様で行為をすることは,適法な行為というべきことになる。
   イ また,物の所有者が,資本,労力及び時間を費やして,物の顧客吸引力を高めた場合には,実定法の根拠がなくとも,投下した資本等を回収するための手段として,所有者の排他的権利を認めることこそが,合理性に適うという見解もなくはない。
 しかし,投下した資本等の回収を図る必要性があるか否か,あるいは物に顧客吸引力が生じたか否かという基準は,あまりに主観的かつ曖昧にすぎるのであり,これらの不明確な基準により,排他的権利の発生を肯定するようなことがあれば,その独占的保護の外延が明らかでないため,混乱を招くことになりかねず,実際にも,このような見解や実務慣行が,長年承認されてきたと認めることはできない。
   ウ さらに,第三者が,他人の所有物について生じた経済的な価値を利用しようとする場合に,有償又は無償で,所有者の許諾を受ける実例が無いとはいえない。
 しかし,一般に,排他的保護が及ばない場合であっても,紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行し,あるいは,より詳細な情報を所有者から得るなど,さまざまな目的で,利用者が許諾を受けることもあり得るのであるから,このような実例があるからといって,直ちに,「物から生ずる経済的利益を独占的に享受する」ことを承認する社会的な慣行が定着し,その慣行が,長い間尊重され,慣習法にまで高められていたと認めることはできない。
 
2−2−4 損害賠償請求権に関する付加的判断
 Xが本件各競走馬から生ずる経済的価値の利用について,単に事実上の利益(期待権)を有するにすぎない場合であっても,このようなXの利益の程度とYの行為態様の反社会性の程度とを総合的に考慮することにより,Yの行為が民法所定の不法行為に該当するとして,損害賠償義務を負うと解する余地もないではない
 しかし,本件ゲームソフトを製作,販売したYの行為の態様,性質,競走馬の名称を使用するに至った経緯,Xの事実上の利益の性質,内容等を総合考慮すると,以下のとおり,Yの行為が民法所定の不法行為に該当すると解することはできないと判断する。
 (1) ア 本件各ゲームは,一定の資金等を与えられたプレーヤーが,費用を支出しつつ競走馬の交配,生産,調教,あるいは厩舎の維持等を行い,資金が底をつけばゲームが終了するという制約の中で,どのように交配して馬を生産し,これをどのように調教するか,どのレースに馬を出走させ,どの騎手に騎乗させて騎手にどのような指示を与えるか,いつ馬を引退させあるいは売却するかといった様々な事柄について,馬の交配や血統に関する知識を利用し,あるいは馬の特性や適性を考慮しつつ決定や選択を繰り返すことによって,あたかも実際に馬の生産者,馬主又は調教師になったかのようにゲームを進め,その過程でプレーヤーが成功や挫折を経験するという,競走馬育成シュミレーションゲームである。
   イ 本件各ゲームソフトでは,種牡馬,繁殖牝馬,競走馬の一部に実在する多数の競走馬(証拠略によれば種牡馬240頭,繁殖牝馬340頭とされ,他の同種ゲームの例に照らすと,全体では1000等を超えるものと推認される。)の名称や,その他血統,距離特性,実績などのデータが使用されている。しかし,本件各競走馬の名称等は,プレーヤーが,本件各ゲームソフトを使用して,プレーをする段階でゲーム中の要素として現れるにすぎない。Yは,本件各ゲームソフトを販売するに当たって,特定の競走馬に対する関心,好意又は憧憬に訴えて,顧客の購買意欲を高めようとしたことはなく,また,特定の競走馬に関連する宣伝広告をしたことはない。
   ウ 他方,Xの中には,Y以外の競馬ゲームソフトを製作,販売するメーカー数社に対し,それぞれの有する競走馬の肖像,名称等の使用を許諾し,ゲームの販売額や使用する馬の数に応じて使用料の支払を受けた者がいる。本件各競走馬の中には,いわゆるG1レースに出走した馬もあるけれども,Xが,その所有する競走馬の顧客吸引力等を利用して,格別の営業活動を行っていた形跡はない。なお,このように排他的利用権を有しない領域においても,当事者間において使用許諾契約が交わされる例は世上あり得るが,その目的は,究極的には,紛争を予め回避したり,より詳細な情報を得るためのものと解される。
  (2) 上記認定した事実,すなわち,Yの本件ゲームソフトにおける本件各競走馬の名称の使用態様,ゲームソフトの内容,性質と,Xが本件競走馬の名称等を利用していた状況等を総合考慮すると,本件ゲームソフトを製作,販売したYの行為が,Xの所有する本件各競走馬の利用を妨げたり,その客観的価値を著しく損なうような反社会性の強い不法行為に当たると解することはできない。
 
2−2−5 結論
 以上のとおり,物の所有者は,物の顧客吸引力などの経済的利益を排他的に支配する財産的権利を享受するとするXの主張は,主張自体失当として採用することはできない。
 したがって,Yが本件各ゲームソフトを製作する行為等は適法というべきであるから,その余の点を判断するまでもなく,XのYに対する差止請求及び損害賠償請求は理由がない。
3 研究 
3−1 パブリシティの権利
 パブリシティの権利(right of publicity)とは,例えば,「氏名・肖像の有する財産的価値を利用する権利」(注1),あるいは,「プロ野球選手,プロボクサー,また,俳優等がその氏名・肖像等についてもつ一種の財産権であり,プライヴァシーの権利と表裏の関係にある権利ともいわれている。」(注2)。また,肖像をめぐる経済的な利益に関する権利として,「人(特に俳優,スポーツ選手など)はその社会的評価,名声,印象などが商品その他の宣伝や販売促進に望ましい効果を与えうる場合に,自己の肖像を対価を得て第三者に専属的に利用させうる利益を有している」と説明されたりする(注3)。
 わが国の判例上,「人格的利益とは異質の,独立した経済的利益」を映画俳優の肖像に認め,実質的にパブリシティの権利を初めて肯定したのは「マーク・レスター」事件(東京地判昭和51.6.29判時817.23)であるといわれているが,用語として「パブリシティ権」を初めて認めたのは,「光GENJI」事件(東京地判H1.9.27判時1326.137)であり,高裁段階の判決としては,「おニャン子クラブ」事件(東京高判H3.9.26判時1400.3)において,パブリシティの権利という表現は使っていないが,「当該芸能人は,顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利を有する」ことを説示している(注4)。
 したがって,パブリシティの権利は,その定義をどのように表現するかは別にしても,氏名・肖像に関する財産的権利ないしは利益として,判例上もその保護が認められているものである。
 
3−2 動物等にパブリシティの権利が認められるか
 動物では,その肖像(姿)の人格的側面(プライバシー権)は考えられず,経済的側面のみ問題となるから,一般不法行為法では差止請求等の特定救済は難しいのではないか,という問いかけがある(注5)。
 
3−2−1 従来の学説
 この点に関する従来の学説を見ると,
 肯定的な立場としては,
 (1) 「犬や馬のような動物がいる。例えば,犬の場合は「ラッシー」という名前の名犬が,代は代わっていても,長年われわれに知られていて,それ故にその犬はパブリシティの権利を所有しているものということができる。動物にはプライバシーの権利はないけれども,パブリシティの権利は所有することができるのである。このようにパブリシティの権利は,実在人物のみならず,実在動物についても発生する権利であり,したがってそれは一種の財産権として保護されることができるであろう。」牛木理一「商品化権」224頁。但し,差止請求まで認める趣旨かは不明である。
 (2) 「上野動物園の熊の「太郎」が特殊な衣装や飾りなどをつけられて他の熊と区別された存在となって人気を博し,特殊な顧客吸引力を有するようになった場合には,パブリシティ権が認められるようになると考えられる。」。伊藤真「物のパブリシティ権」知的財産をめぐる諸問題・田倉整先生古稀記念513頁。
 (3) 「所有物を使用した広告を見た消費者が所有者が商品を明示・黙示に推薦した思うような場合に,パブリシティ権が成立するものと考える。」。田倉保「パブリシティ権」前掲知的財産をめぐる諸問題497頁。
 これに対し,否定的な立場として,
 (4) 「著作物でない他人の所有物を撮影して利用しても人の氏名・肖像と異なり,契約違反になる場合や名誉毀損になる場合を除いて本来,法的問題は生じないはずである。」。横山経通「パブリシティの権利」知的財産権研究V228頁。
 (5) 「競走馬から名前,コスチュームや履歴などを取り去った純粋の姿形にパブリシティ価値があるかについては,甚だ疑問というべきではなかろうか。結局のところ,所有権理論から一歩も出ていないのではないかとの疑問を呈しておく。また(人間以外の動物などの)名前や履歴についても,これらをパブリシティ権によって保護することは「モノのパブリシティ権」を承認することとなり,妥当ではない。」内藤篤・田代貞之「パブリシティ権概説」167頁,116 頁以下。
 
3−2−2 従来の判例
 従来,物とパブリシティ権に関連すると思われる判例としては,
 (1)広告用ガス気球事件(東京地判S52.3.17判時868.64,東京高判S53.9.28著作権判例集V846頁),(2)長尾鶏著作物事件(高知地判S59.10.29著作権判例集W71頁),(3)顔真卿自署建中告身帖事件(最判H59.1.20判時1107.127頁),プリンス号事件(神戸地裁伊丹支部判S3.11.28判時1412.136事件)等が存在する。
 これらのうち下級審の判決は,その物が一定の商品価値等を有するときにそれを絵葉書にしたり写真に写したりしたして無断で利用することによって所有者の権利を害する場合には違法性が認められ可能性があるとしているが,最高裁は「有体物に対する所有権は作品の有体物の面に対する排他的支配権能であるにとどまり,無体物の面に対する支配権能は認められない」としている。
 本件と同様の事案で,差止請求は否定したが,損害賠償請求を認容した競走馬ゲームソフト事件がある(名古屋地判H12.1.19判例体系CD-ROM28050096)。
 この事件では,「物に関するパブリシティ権が侵害された場合に権利者がとり得る手段としては、不法行為に基づく損害賠償を請求することは認められるものの、差止めは許されないものと解する。たしかに、パブリシティ権を排他的支配権と理解すれば、これを侵害する者に対し、その排除を求めることができるとすることが権利の実効性を果たすために必要である。物権に基づく妨害排除請求権や知的所有権や人格権に基づく差止請求権が認められる理由の一つもこのようなものである。しかしながら、差止めが認められことにより侵害される利益も多大なものになるおそれがあり、不正競争防止法による差止請求権の付与など、法律上の規定なくしては、これを認めることはできず、物権や人格権、知的所有権と同様に解するためには、それと同様の社会的必要性・許容性が求められる。ましてや、物権法定主義(民法一七五条)により新たな物権の創設は原則として禁止されているのであり、所有権と密接に関わる権利である物についてのパブリシティ権は、慎重に考える必要がある。結局、物のパブリシティ権が経済的価値を取得する権利にすぎないことを考慮すると、現段階においては、物についてのパブリシティ権に基づく差止めを認めることはできないものと解する。ただし、物についてのパブリシティ権であっても、不法行為に基づく損害賠償の対象としての権利ないし法律上保護すべき利益には該当するものと認められるから、損害賠償は認められるものと解する。」と判示している。なお,この事件では,「本件各ゲームソフトにおける主たる競技方法は、プレイヤーが競馬の騎手(ジョッキー)になり、登録されている競走馬のうちから、自分で騎乗する競走馬を選択し、さらに、実在の各種競馬場を選択して、レースを展開するものである。プレイヤーは、コントローラーを操作することにより、自ら選択した競走馬を操作し、実在馬とのレースに参加している雰囲気を味わうことができる。」という点に着目して,G1に出走したことのある競走馬については顧客吸引力があるからこれを無断使用したことによりパブリシティ権の侵害を認め損害賠償請求を認容した。
 
3−2−3 本判決について
 本判決では,損害賠償請求も否定したが,理論的には肯定できる余地を認めている点は正当である。
 一般不法行為の世界では,被侵害利益と侵害行為の違法性の程度との利益考量によって,不法行為の成否が認められるのが通説判例である。保護対象は権利でなくても良く一定の法的保護の必要性のある利益でよい。その意味では,動物の存在に対する経済的価値を認めその保護の可能性を肯定したことは当然であろう。
 ただ本件と名古屋地裁の事件との結論の相違は,本件では,「各競走馬の名称等は,プレーヤーが,本件各ゲームソフトを使用して,プレーをする段階でゲーム中の要素として現れるにすぎない。Yは,本件各ゲームソフトを販売するに当たって,特定の競走馬に対する関心,好意又は憧憬に訴えて,顧客の購買意欲を高めようとしたことはなく,また,特定の競走馬に関連する宣伝広告をしたことはない。」との事実認定が前提となっていることが影響している。しかしながら,本件でも著名な競争馬「オグリキャップ」等の名前がゲームをプレイする場合に登場することには変わりがなく,それによって顧客吸引力をその程度は別にしても高めている事実の存在も否定できないとすると,一刀両断に損害賠償請求権を排斥してしまったことには疑問がある。例えば,民事訴訟法248条では,損害額の推定規定が設けられており,損害が生じたことが認められるがその額を立証することが困難な場合には,オールオアナッシングではなく裁判所の裁量で相当額の損害を認定できるのであり,著名な馬の名前を使用することはただ乗り行為には相違ないのであるから,なんらかの損害額の認定をすべきであったも言える。
 さらに問題は,動物等のパブリシティの権利に差止請求まで認めるべきか否かという点である。
 本判決は上記最高裁判決を引用しているが,それはパブリシティ権を前提としたものではないから,それによって動物のパブリシティ権による差止請求権の存在が否定される根拠とはなしえない。
 上記名古屋地裁の判決は,「競馬は、騎手が競走馬に騎乗して速さを競うものであるが、大衆の関心は、騎手のみならず、競走馬そのものに対しても集まり、重賞レースに優勝するなど、競争に強い馬の知名度、好感度は増し、プロスポーツ選手同様にファンからスター扱いされていることは、公知の事実である。このような競走馬の人気を商業的に利用しようとした場合には、著名人と同様な顧客吸引力を発揮するものと思われる。このように、「著名人」でない「物」の名称等についても、パブリシティの価値が認められる場合があり、およそ「物」についてパブリシティ権を認める余地がないということはできない。また、著名人について認められるパブリシティ権は、プライバシー権や肖像権といった人格権とは別個独立の経済的価値と解されているから、必ずしも、パブリシティの価値を有するものを人格権を有する「著名人」に限定する理由はないものといわなければならない。
このような物の名称等がもつパブリシティの価値は、その物の名声、社会的評価、知名度等から派生するものということができるから、その物の所有者(後述のとおり、物が消滅したときは所有していた者が権利者になる。)に帰属する財産的な利益ないし権利として、保護すべきである。このような、物の名称等の顧客吸引力のある情報の有する経済的利益ないし価値を支配する権利は、従来の「パブリシティ権」の定義には含まれないものであるが、これに準じて、広義の「パブリシティ権」として、保護の対象とすることができるものと解される」と説示している。
 パブリシティ権を人格権から派生する権利ないし利益ととらえると,人格なきものに人格権に根拠をもつ差止請求を認めることは難しくなる。しかしながら,前述の東京高裁の「おニャン子クラブ」事件判決では,「当該芸能人は,顧客吸引力のもつ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利を有する」としており,「あえて1審でとられた理論構成である人格権侵害に基づくアプローチを捨てて「財産的権利」に基づく差止請求を認めている」のである。そして,その背景には,パブリシティ権を不正競争防止法上の権利に近い性質のものととらえていることが理解できる(注6)。例えば,不正競争防止法では,もともと差止請求が認められなかった営業秘密保持義務違反について立法的に差止請求を肯定することとしたが(同法2条1項4〜9号),また商品形態模倣行為についても差止請求を認める立法的解決をした(同3号)。動物についてもそれが有名となり一定の財産的価値が認められるようになるためには,一般にかなりの投下資本の投入が必要である。したがってそれにただ乗りする行為は,まさに「不正競争行為」である。そして,肖像権で議論されている例を挙げれば,死者の肖像権を認めるべきか否かについて,否定的な立場に対して,法の欠缺を判決で埋めて肯定すべきであるとする考え方も有力に唱えられている。このような発想により正義の実現を図ることが司法に期待されている重要な使命のひとつでもある。
 その意味でも,本判決には物足りなさを感じる。
                           (弁護士 小松陽一郎)
 
(注1)竹田稔「プライバシー侵害と民事責任」198頁。 
(注2)阿部浩二「パブリシティの権利と不当利得」新版注釈民法(18)564頁参照。
(注3)著作権法令研究会「著作権法ハンドブック改訂新版」169頁。
(注4)パブリシティに関する比較的最近までの判例を紹介するものとして,阿部・前掲574頁以下,作花文雄「詳解著作権法」125頁以下,岡邦俊「パブリシティの権利」裁判実務大系27,402頁以下,等。
(注5)拙稿「パブリシティ権(商品化権と絡めて)」大阪弁護士会会報187(1988.6)号13頁。
(注6)知的所有権実務編集会議編「商品化権 実務ルールブック」52頁。